第1話 ”先の世から来た娘”と出会って
この第1章では、八犬士の一人・犬塚信乃の視点で話を進めます。
「まことに、あの女子は肝が座っておる…!」
某が部屋に入ると、小文吾が妹の沼藺殿とそのような会話をしていた。
「おお…信乃!」
こちらに気が付いた彼は、屈託のない笑顔を見せる。
許我へたどり着いた某は成氏公に謁見をするが、あらぬ疑いにより追われる身となってしまう。芳流閣で死闘を繰り広げた男・犬飼見八と共にその場から川に転落し、流れ着いた先は利根川付近にある町・行徳。そこで宿を営む犬田小文吾と沼藺の兄妹に助けられる。しかし、匿ってもらってからまもない頃に、某は生死の境をさまよっていたのだが―――――――――――――
「何故、あの娘は某を救ってくれたのであろうか…?」
某は隣部屋の襖を見つめながら呟く。
「“誰かを助けるのに理由がいるのか?”…だそうだ」
「見八…?」
部屋の壁に寄りかかりながら、見八が一言呟く。
「わしが“破傷風にかかった貴様を何故、救おうとするのか”と問うたら、そのような答えが返ってきたのじゃ」
「…助ける…理由?」
「左様。おそらく…あの娘にとって、死にそうな命を救う事は、人の子として当たり前と考えてるのやもしれん」
「人助けが当たり前…」
その言葉は、普通であって普通でない。
…戦のないという時代から参ったからなのか…。それとも…?
某は狭が申していた台詞の真意を考えていた。しかし、今思えば…彼女の純粋でまっすぐな精神ゆえの言葉だったのだと実感ができるのである。
そしてこの会話から数時間が経過した後、狭が目を覚まし、某や現八――――――――この時はまだ“見八”と名乗ったおった若者。そして、小文吾や妹である沼藺殿は、丶大法師と名乗るご出家から、己らが持つ宿命の話を聞くこととなる。この行徳へたどり着くまでの間、法師殿は狭と共に旅をしてきたという。また、狭となぜ行動を共にしていたかも語ってくれた。
「…では、拙者はこれにて」
「法師様!お気をつけて…!」
その翌日、行徳を出る前に我らは法師殿の出立を見送った。
ただし、某と見八は許我での一件でお尋ね者となってしまったので、法師殿の見送りは小文吾と狭がしていた。
「狭子殿を宜しく頼みます…か」
「?どうした、信乃?」
「…いや」
古那屋の入り口付近にいた某に、現八が声をかけてくる。
我ら3人は、法師殿から託されたという事もあり、狭子と行動を共にする事となる。今まで女子を連れての旅をした事がなかったので、この先はどうなるかと考えていた。
浜路…。息災であろうか…
それと同時に、故郷である大塚村に残してきた許婚・浜路の事を考えていた。おそらく、狭の顔があの娘と瓜二つ故に思ったのかもしれない。
「ん…?」
気がつくと、現八が深刻そうな表情をしながら、周囲を見渡している。
「現八…どうしたの?」
見送りから戻ってきた狭が現八を見て、不意に声をかける。
「…お主か」
狭の存在に気がついた彼は、我に変えったような表情で口を開く。
「何やら、誰かに見張られているような気がしたのだが…。どうやら、気のせいのようじゃな」
フッと横目を向いた現八だったが、すぐにいつもの表情に戻った。
「相変わらず、お主は仏頂面のままじゃのう!少しは信乃を見習ったらどうだ?」
「…余計なお世話だ」
何事もなかったような顔で話す小文吾の台詞に、少し不快だったのかそっぽを向いてしまう現八。
そんな彼らに複雑そうな笑顔を見せる狭。それでも、某にとっては一時の安らぎともいえる時間であった。しかし、この時に現八が感じ取っていた気配の正体を、この後の旅で知ることとなるのであった――――――――――
「あれは…!?」
この台詞を某が口にしたとき、視界に入ってきた光景に驚いていた。
己に義兄弟であり、4人目の犬士・犬川荘助義任を迎えるために大塚村付近へ我々は向かった。そこで彼が牢に繋がれた話を聞き、助け出すためにと数日をかけて情報収集を行っていた。その最中、拠点としていた場所で狭や現八が謎の輩に襲われる。
「信乃!あれは、狭子ではないか!!?」
この時、共に偵察へ行っていた小文吾が、ある方向を指す。
「!!!」
群青色の髪をした忍びと刃を交える現八を目の当たりにした某は、その少し離れた所に、白髪の男と共にいる人物―――――狭の後姿が目に入る。
我らのいた場所は彼らから少し離れていたため、何を話しているのかは聞こえない。しかし、彼女の後姿を見る限り、狭は白髪の男に右腕を掴まれているようであった。
「狭!!?」
すると、男は右手で狭の首筋に一撃を加えて気絶させてしまう。
右腕だけが吊り上げられている状態になってしまった彼女を、己の右腕で抱えようとする白髪の男。
「…っ!!」
この事態を某と同時に、現八も気がついていたと思われる。
しかし、彼は別の敵と戦っているため、狭の所へはなかなかたどり着けない。「このままでは狭が攫われる」と直感した某は、敵の元へ走りながら、脇差・桐一文字を抜いた。
キィィィン
刀と刀の交わる音が山林中に響く。
その後、何とか狭が連れ去られる事なく、その場は収まった。
「狭…!どこも怪我はないか…!?」
敵が去った後、地面に座り込む狭の側に駆け寄る某や現八。
「“純一を知っている”…って…どういう…こと…?」
「狭…?」
当の彼女は、某達の声が聞こえていないらしく、よくわからぬ台詞を呟きながら呆然としていた。
…よほど、怖い想いをしたのだな…
某は無意識の内に、狭の肩に右手を添えていた。その時、彼女の身体が小刻みに震えていたのを感じたからである。
「…兎に角、移動するぞ。小文吾、有力な情報は得られたのだろうな?」
「ん…?ああ!じゃあ、この場を移動してから、俺らが得た情報を話す!」
状況を察したのか、刀を握る右腕を押さえていた現八が小文吾に声をかけ、某達と狭はその場を後にする。
「…これから、永い語りとなるでしょう。それは、私が人の子ではない…“鬼”という生き物だからです」
「!!?」
この台詞は、荒芽山で出会った老女・音音殿が申した台詞である。
荘助を助けた後、次なる犬士・犬山道節忠与を迎えるため、白井へと向かった。その道中で彼の仇討ち騒動に巻き込まれ、関東管領・扇谷定正の家臣達と刃を交える事になる。その後、単節と名乗るくの一の手引きで、音音殿と出会う事となる。
彼女は狭が“先の世から来た娘”である事を知っていたらしく、神霊と成られた伏姫様の事や、己らを含む“鬼”の存在について語ってくれた。
あの時、狭を連れ去ろうとしていた白髪の男…。あれが蟇田権頭素藤というのか…
この時、そのような事を某は考えていた。また、それと同時に、何故に彼女を連れ去ろうとしていたのか…その真意がますますわからなくなってしまった。
この後、残る犬士を探すため、3つに別れて旅を再開する事になる某達。その内訳は、下野国に現八と狭子。そして某が向かう事に。次に武蔵国へは、荘助と小文吾。新たに仲間となった道節は独り、許我へと情報収集のために向かった。
この時は許婚を失った悲しみでそれどころではなかったが…これまで以上の謎とその答えが、その先の旅で待ち受けていようとは、微塵も思っていなかったのであった――――――――
いかがでしたか。
本編では第2章~3章の間をスピーディーにまとめたかんじです!
ちょいとまとめすぎたかなとも思いましたが、狭子が素藤らに襲われている所をずっと狭子以外での視点で描きたかったんで、ここを描けたのはよかったと思います。
同じ物語でも、視点を変えるとこんなにも違うんだと実感。笑
さて、物語の方ですが…
実は、話の中に出てきた信乃の脇差・桐一文字とは、実際に原作(=南総里見八犬伝)でも彼が使用していた刀。ただ、この時はまだ名刀で有名な村雨丸を持っていなかったので、この脇差を使ったという次第になります。
さて、次回は本編では第4章辺りの所からスタートします。ここからだんだん深くなるであろうと思いますので、原作との違いを見せながら書いていきますんで、よろしくお願いします(^^
今作品は外伝となりますので、作品としてはさびしいかもですが、宜しければご感想を戴ければ幸いです。
よろしくお願いします!