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犬鬼人随想録 ~蒼き牡丹外伝~  作者: 皆麻 兎
随想録その四~染谷純一~
18/21

第4話 異常事態

<前回までのあらすじ>

現代で定時制の高校に通う青年・染谷純一は、結核と医師診断されて自暴自棄になっている中、ある日突然、「南総里見八犬伝」の世界にタイムスリップしてしまう。(つるばみ)と名乗る謎の男と出逢い途中まで行動を共にするが、彼に敵対しているという男・跖六(せきろく)と出くわした後、姿をくらましてしまう。

その後、跖六(せきろく)の手によって音音おとねという老女の住む庵へと連れていかれる。

そこで彼らは、自分たちが”鬼”という生き物である事を純一に明かす。

すると、話の途中で咳き込んだ純一が目にしたのは、赤黒い血なのであった。

「…」

音音の草庵にて吐血した俺は、鬼だの何だのという突拍子もない話から現実に引き戻される。

地面にしたたり落ちる「赤黒いもの」。掌でゆっくりと唇に触れ離すと…赤黒い「それ」は、俺の掌にほんの少しだけこびりついていた。

 やっぱり、俺は…

ポツリとそんな言葉を心に描いた俺の頭の中には、これまで積み上げてきた何もかもが音を立てて崩れるような絶望感が押し寄せてくる。俺を取り囲む二人の鬼は、血を吐いた俺を見て言葉を失っていたが―――――――――――ほどなくして、音音が口を開く。

「そなた…先が永くないのですね?」

「…」

老女の問いに、俺は何も答える事ができなかった。

「おいおい…こいつは、人間が冒されるという“伝染病”…か?」

跖六(せきろく)は、何か奇妙な物を見たような表情をしながら、そう述べる。

「…同じようなものだ」

朱雀炎鬼の台詞で我に返った俺は、右手で口をこすりながら声を出す。

「…この病は他者に伝染するが、その可能性は極めて低い…。ましてや、あんたら“鬼”とやらが生命力の強き生き物ならば…俺から感染する事はねぇさ…」

「…そうか…」

この時、俺はどこか見えない遠くを見つめているような表情で今の台詞を口にしていた。

数秒ほど、沈黙が俺らの中で続く。


「おお…そうじゃ!そういえば、音音。この餓鬼を見つけたのが安房国と上総国の国境辺りであったが…。安房の方は、異常なくらいの邪気が広がっていた。…何ゆえか存じておるか?」

すると、跖六(せきろく)は話題を変えるかのように次々と話し始める。

「今、この関東は人間共の煩悩にまみれ、乱れておるのは知っておったが…あの国の状態は異常だった」

「…私も原因は知りません。ただ、この上野国を含む各地で神護鬼(どうほう)が人間や魑魅魍魎に殺められるという事態は、耳にしております」

「俺ら”鬼”が、そんな雑魚共に!!?」

「…ええ」

そう語る彼らの表情は、とても深刻なものになっていた。

 詳しくはわからないが…何か異常事態が起こっているということか…?

突然深刻な話をし出した彼らを見た俺は、とりあえずはその会話に耳を傾けながら考え事をする。

「…本来ならば、この老いぼれもそなたのように己の()で真実を見極めたい所ですが…今はあまり派手に動けぬのです」

「何故だ?」

「…私は今、煉馬家重臣たる犬山家に仕えております。今は乳母の任を解かれておりますが、何やらそちらの方で不穏な動きがある…と耳にした所以です」

「そういえば…20年くらい前に、お主が人間に仕えるようなったのは風の噂で耳にしておったが…」

「ええ。そして、若君がこの後、この関東に波紋を生む一人と相成られる…」

「それは、どういう…?」

音音の台詞に、俺は少し反応する。

 …”犬山”って姓…。どこかで聞いた事があるような…?

同時に純一はそのような考えも生まれていた。

俺が口を挟んできたのに気がついた老女は、我に返ったような驚きの表情を見せる。しかし、瞳を一瞬閉じた後、先ほどと同じ真剣な表情に戻る。

「…口が過ぎたようですね。兎に角、そなたも足元をすくわれぬよう用心してくださいね」

「…肝に命じておこう」

音音の台詞に対し、素直にうなづく跖六。

口調からして反発をしそうな強気な男と考えていた純一は、意外に素直である彼に対して拍子抜けな感覚に陥っていた。

「…して、”先の世から参った若者”よ」

「…純一」

「…?」

「俺の名は、染谷純一。呼び捨てでいいから、俺もあんたの事を名で呼ぶからな?音音!」

言いにくそうかなと思った俺は、自分の名前を名乗った。

また、今の彼らならば名乗っても大丈夫だろうという確信が純一にはあったのである。

「へぇ…。野蛮そうな人間かと思ったが、存外礼を重んじるんだな?」

「…いきなり殴って拉致する奴の口から”礼”なんて言葉とはな」

「あん?」

朱雀炎鬼の口調があまりにいやみったらしかったから、俺も負けずに皮肉ぶった口調で答える。

そんな俺らの会話に動じる事なく、音音は話し始める。

「では、純一よ。そなたはこれから如何するつもりか?…人の子という事もあり、行動を共にする事は叶いませんが…下手に動かぬのならば、この庵で療養しても…」

「それはいい」

「は…?」

音音の提案を、俺は即座に断った。

しかし、それには理由がある。

「名乗りはしたが、俺はまだお前らを信用したわけではない。ずっとこんな時代にいるのは真っ平ごめんだからな!それに…」

自分の意見を述べながら、俺は身に着けている小袖の袂を握る。

やつに着物の借りを返さなくてはいけない」――――――――――――そう口にしようとしたが、蒼血鬼と敵対している彼らに言えば事態がややこしくなる可能性があったため、俺は途中で口をつぐんだ。

俺が何を口にしようとしたかを察したのか、音音は静かな口調で話を続ける。

「承知致しました。ならば、跖六(せきろく)が率いる朱雀炎鬼達と行動を共にするのも断る…と?」

「はん!てめぇみたいな餓鬼一匹じゃ、人間の野党共に持ち物奪われて終いだぜ?」

「結構だ」

「…」

強気な態度を取った俺に、2人の鬼は少し圧倒されたのかもしれない。

「…そこまで申すのならば、止めませぬ。しかし、今のそなたでは跖六(せきろく)が申す通り、病に蝕まれるより先に命尽きるでしょう。故に…」

そう呟いた音音は、襖の方に視線を移す。

すると、その一瞬の内に忍びの格好をした女が姿を現す。

「…あんたが、さっき跖六こいつと話していた、単節(ひとよ)…?」

「…」

俺の問いかけに答える事なく、単節という女は俺の方に近づいてくる。

「これを」

俺の前で来てその女は、俺に何かを差し出した。

「太刀…いや、打刀…か?」

単節から手渡された物は、長さが90cm近くある刀だった。

「こいつは…ありがたい!」

左腰の帯にさした時に茎の銘が外向きに刻まれていたため、これが打刀である事を俺は悟る。

「…これで、少しはましになるでしょう。ただ、刀を扱った事あるかは知りませぬが…」

「確かに、真剣を使うのはこれが初めてさ。だが…俺はこれでも、先の世で剣道を習っていたからな!野盗には負けないさ!」

「…左様ですか」

少し得意げに語る俺に対し、音音は軽く微笑む。

 …けど、何も抵抗しなければ、苦しまずに死ねる…なんてこともあるのかもな…

口にした台詞とは裏腹に、内心ではそんな考えが頭の中によぎっていた、

明日(みょうにち)、単節に山の麓まで送らせましょう。…そなたが独りとなってまで果たそうとする目的…果たせると良いですね」

「…ああ。ありが…かたじけない」

俺はこの時代の人間にもわかるような言葉で、この老女に礼を言った。

こうして、音音の庵で一宿借りた後、俺はこの荒芽山を下りる。手がかりはほとんどなかったが――――――――――蒼血鬼・橡を探すのが俺の目的だった。というのも、奴は他にも何かを知っているような気がしてならないからだ。もしかしたら、現代へ帰る術を知っているかもしれない。…そんな淡い期待を抱きながら、俺はこの八犬伝の世界を一人回り始めようとするのであった。


いかがでしたか?

今回は、前回と比べると少し短いかもです。


今回、跖六(せきろく)が話していた”異常事態”ですが、この原因となっている出来事が、「蒼き牡丹」でも語られていた”玉梓の呪い”に当たります。

詳しくはそちらの方をご覧ください★


さて、今回は”打刀”というあまり聞きなれない言葉が出てきましたが…それについて。

刀についてはネットで調べた事なのですが、本文に書かれていた「腰に差した時の…」は本当に、太刀と打刀を区別する方法なんです!ちなみに、打刀とは室町時代中期に生まれた刀剣の種類。長さも70~90cmくらいが一般的だと言われています。それと、「帯刀」という言葉はこの”腰の帯に差す”というこの打刀の携帯方法から生まれた言葉だそうです!


純一が剣道を得意としていたのは、純一編を書く前から決めていた設定なんで、ようやくこの辺りが書けたのかな?といったかんじですね★


まだまだ続く純一編。

今回は道節の事が会話の中で出てきましたが、次回以降は犬士の誰について触れられるか…いろいろ構想をまとめながら書いていきたいと思います!


ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します(^^

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