第3話 ”先の世から来た者”と”鬼”の対面
やっと自分が戦国の世のタイプスリップしてしまったというのを自覚したというのに、落ち着く間もなく時は過ぎていく――――――――俺と橡の前に現れた男とその仲間と思われる連中は、敵対心むき出しの眼差しで俺らを睨みつける。
「朱雀…って、十二神将の…?」
無意識の内に出たこの台詞に対し、朱色の髪を持つ男が俺の方に視線を落とす。
「…お前、何ゆえ我らの祖たる者を知っているのだ…?」
「ほぅ…」
「…?」
俺は単に、南の守り神として有名な鳥・朱雀の名を出しただけなのに、橡やその場にいる全員が俺に関心の意を示していたのである。
何を不思議がっているのかは理解できないが、周囲がざわめき始める。俺は注意深そうにそんな連中の行動を観察していた。すると…
「そんなに気になるのならば…己の瞳で確かめてみる事だな」
「何…?」
橡の台詞に、男の表情が少し強張る。
殺気立った男の紅い瞳を物ともせず、橡は俺らに対して背を向ける。
「橡…!?」
俺は、自分をその場に置き去りにして去ろうとする奴を目にしたとたん、驚きと不安が生まれる。
不安そうにしている俺を横目で見た橡は、フッと哂いその場から霧のように消えてしまった。
今…少し寂しそうな瞳をしていたような…?
奴がこの場を去り、消えていった方角を見つめながら俺はそんな事を考えていた。
「…ったく、久々に東へ参ったというに…早速”蒼血鬼”に出くわしてしまうとは…」
そんな俺を尻目に、朱色の髪を持った男はため息交じりでポツリと呟いていた。
「そうけつき」…?
男が発した聞きなれぬ名に俺が首をかしげていると――――――――
「おい、餓鬼」
「あ?…って、痛ぇっ!!!頭!!掴むんじゃねぇよっ!!!」
一瞬の内に俺の背後にいた男は、頭上から俺の頭をわしづかみする。
髪の毛を強く引っ張られているようなものなので、ものすごく痛い。
「人間…のようだが、あの蒼血鬼が共にいたくらいだ。何か特別な人間か何か…か?」
「ちょ…寄るな!!気色悪ぃ!!!」
男は、物珍しそうな表情で俺を見下ろしている。
女ならともかく、野郎にこんなに見つめられるのが気色悪くて瞳を逸らしたかったが…髪をわしづかみされているので、瞳を横にずらす事くらいしかできなかった。
「ぐっ…!!?」
俺をまじまじと見ていた男は、わしづかみにしていた手を突然離したのとほぼ同時に俺の腹に一発の拳を入れる。
みぞおちに一発入った俺は激痛と共に、地面に膝をつく。
そしてそのまま、うつ伏せの状態で前に倒れこんだ。
「跖六親分!!この餓鬼、どうするんスか…?」
「ああ…。奴が引き連れていたのもあるが、何より人間の割には奇妙な”気”を感じる…。ちょうどあの女の所へ挨拶に行く途中だったんだ…。ついでに、こいつの事も聞いてみようかと思うてな…」
地面に倒れた俺の頭上で、朱色の髪の男とその手下達と思われる奴らの声が聞こえる。
今のような会話をおぼろげに聞きながら、俺は徐々に意識を失っていくのであった。
「う…」
それからどれぐらいの時間が経過したのかはわからないが――――意識を取り戻した俺が最初に感じた感覚は、顔に突き刺さるような風だった。
閉じていた瞳をゆっくり開くと、俺の視線には土や木の葉が見える。
「!」
身体を動かそうとすると、思うように動かせない事に気がつく。
どうやら俺は、縄か何かで縛られて移動しているようだった。顔が下向きになっていたために血が頭に上り、気持ち悪い感覚が徐々に現れる。誰かが俺を担いで走っているようだ。
…しかし、男一人担いで走っているわりには、すごく速くねぇか…?
自分の体重がそんなに軽いわけではないのをよく知っていた純一は、そんな自分を軽々と担ぎ、ものすごい速さで移動している彼らが不思議でたまらなかった。
身動きがまったく取れない俺は、そのまま成り行きに身を任せてその瞳を閉じる。否、いろいろとありすぎてじっくり考える余裕がなかったのかもしれない。そして瞳を閉じてから幾ばくかの時が過ぎ、突然俺を担いだ奴が立ち止まったため、その衝撃で目を覚ます。
「おい!!音音婆!!!いるんだろ…!!?」
あいつ…!?
意識を失う前に見かけた朱色の髪を持ち、仲間から跖六と呼ばれていた男の声が周囲に響く。この時、ようやく自分はこの声の主に殴られて気絶した事を思い出す。自分が拘束されていなければ、きっとこの跖六とかいう野郎にくってかかっていたであろう。だが、この男の口から発せられたとある人物の名に、俺は何処かで聞いたような違和感を持っていた。
「我が主をそのような呼び方をする故、何奴かと思えば…」
すると、何処かから女らしき高めの声が聞こえてくる。
奴が言う”音音”とかいう女なのかとその時は考えていたが…”我が主”という言葉から、その人物本人ではないことを悟る。
「よう、単節。息災そうで何よりだな…!」
「お主もな…」
会話から察するに、あの男の知り合いか何かだろう。
その後の会話は聞こえなかったが、何やら話しをしていたようであった。そして、数分が経過した後、単節という女が跖六に何用で来たのかと問う。
「ああ!当然、お前らの主にあいま見えるために参った!面白い土産と土産話を持参したからな!」
「土産…?」
跖六の話に首をかしげながら話しているような口調の女は、俺の存在に気がついたのか、自分を担いでいる男の近くまで歩み寄る。
「人間…。だが、この者…!?」
自分の左横あたりから声が聞えた途端、後ろを振り返るような素振りが少しだけ見える。
「跖六…この者は…!!?」
「…早い所、音音に会わせてはもらえねぇかな…?」
表情は見えなかったが、この時跖六は不気味な笑みを浮かべながら、俺の方を見ていた。
「よっ、音音!!50年ぶりって所か?」
その後、跖六と俺を担いだ奴の手下は、何やら木造の建物の中を移動していた。
「騒々しいと思えば…そなたでしたか、跖六」
今度は、50代くらいのおばさんの声が聞えてくる。
「西の国・近江に住まう朱雀炎鬼を束ねるそなたが、このような山奥に何用ですか…?」
落ち着いた口調の声が後ろから聞えてくる。
このやり取りだと…今話している奴が”音音”とかいう奴か…
相変わらず肩の上に担がれたままだった俺は、吐き気を感じつつも彼らの会話に耳を傾けていた。
「…まぁ、この関東に参ったのは大した所以じゃねぇんだ!!だが…此度はあんたに聞きたい事があってな」
「…その者が背に担いでいる”それ”について…ですか?」
「ああ!!」
「痛てっ!!?」
跖六が何か言った直後、俺は地面に放り出される。
地面が木でできていたためか、激突した尻が物凄く痛かった。
「そなた…!!?」
「ん…?」
地面に倒れた俺は、奴の手下の腕でその場に座らされる。
気がつくと俺の目の前には、二の腕くらいまで伸びた白髪と蒼い瞳をした老女が座っていた。その老女は俺を見た途端、最初は落ち着いていた表情が一変し始める。
「…この者を何処で…?」
少しの間だけ黙り込んだ後、この音音という老女は深刻そうな表情で口を開く。
「さて…な。とにかく、長き語りになりそうだから…茶でも馳走してもらおうじゃねぇか?」
その言葉を待っていたかのような表情で音音に言い放つ跖六。
俺はこの野郎が何を考えているのかと思いながら、彼らの会話に耳を傾ける。
その後、跖六は俺が橡と共にいたのを目撃した事からこの場所にたどり着くまでの経緯を音音に語っていた。
「左様ですか…。しかし、何ゆえあの蒼血鬼はこの若者と共に…?」
”蒼血鬼”というこれまで何回か耳にした言葉を口にしながら、音音は首をかしげていた。
…さっきから出てくる”蒼血鬼”って何だろう?橡の事を指しているのは何となくわかるが…
そう思った俺は、つばをゴクリと飲み込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「なぁ…さっきから、”蒼血鬼”とか”朱雀炎鬼”とか…。あんたら一体、何者なんだ?」
「!」
この段階で俺が口を開くのが予想外だったのか、少し驚いた表情で音音の視線がこちらに向く。
彼女は朱色の髪の鬼を見つめなおした後、ハーッとため息をつく。
「…事情も語らずにこの場に連れてきたのですね、そなたは…」
「はは…。いやぁ、いちいち語るのが面倒だったからな!」
「全く…」
あきれたような表情をする音音。
しかし、すぐにその蒼い瞳は真剣な眼差しへと戻る。
「…おそらく、そなたも混乱しておるでしょう…。ですが、我々が敵対するあの男と行動を共にしていたという事は、何か特別なものを持ち合わせた人間なのでしょう…。それに…」
「それに…?」
途中言いかけた音音に対し、俺は首をかしげる。
「…そなたからは…この世の者ではない”気”を感じます。…彼に会うまで何があったのか…この老いぼれに語ってはくれまいか?」
「…はぁ…」
何だか、この音音とかいうおばさんの雰囲気にすっかり毒されたのか…素直に頷く自分がいた。
だが一方で、音音と話していると、何やら落ち着くような不思議な感覚を覚えたのである。
何だか、丸め込まれたような…?
自分の問いに答えてくれなかった彼らに少し苛立ちを感じつつも、俺は自分が先の世からこの時代に飛ばされたこと。そして、そんな自分を最初に見つけたのが彼らの言う蒼血鬼だと2人に説明した。跖六は全く理解できないような表情をしていたが、音音はこんな突拍子もない俺の話を真剣に聞いてくれた。
「先の世…ですか。あの方から伝え聞いてはおりましたが…先に申されていた者とは全く違う人間…?」
「…?」
俺の話を信用してくれたのか、音音は何か考え事をしながら呟いていた。
この時代の人間にとって“未来”なんて全くわかったような物ではないが―――――――この音音という老女はそんな世があるのを、まるで知っていたような口ぶりだった。
「…失礼。今のは、私どもの話ですので、お気になさらず…」
「“先の世”ねぇ…。まぁ、俺にとっては特に関わりのなき事だろうが…」
「…なぁ、今さらかもしれねぇが…お前らって、人の子ではない…のか?」
普通に話し込んでいる彼らの間に、割って入るかのように俺は話し出す。
その台詞で、我に返ったような表情をする老女。
「…貴方は、“鬼”という生き物を知っておりますか?」
「は!!?」
「…てめぇら人間より強き力と才…。そして、寿命を持つ生き物の事だ」
「“鬼”自体は知っているけど…。って、え?マジで…!!?」
唐突な答えが返ってきて、俺は内心焦る。
何せ、この里見八犬伝の世界で鬼なんて存在は出てこない事くらいは俺でも知っているからだ。しかし、驚いている俺に構う事なく、音音は話を続ける。
「先にそなたの事を申すように命じたのは、我々と敵対する蒼血鬼…橡と共にいたそなたが敵か否かを見極めるが為。…しかし、先に申された解せぬ言葉を聞いている限り…そなたが奴の仲間でない事は明白のようですね…」
「…」
俺はこの時、「何故お前らは橡と敵対しているのか?」と訊こうとしたが…この先は俺みたいな部外者が立ち入ってはいけない領域だと直感で悟り、尋ねることなく踏みとどまった。
「ゴホッゴホッ!!!」
次の言葉を口にしようとした瞬間、俺はむせたような咳を出す。
それと同時に、何か赤黒いモノが地面に飛び散る。
「血…!!?」
それを見た途端、2人の鬼の表情が強張る。
「…!!」
俺の口から吐き出された血―――――――――――それは、結核に冒された俺が吐いたものだ。しかし、この行為を目の当たりにした瞬間、俺はとても重大な事に気が付く。
この時代はまだ、医療なんてほとんど発達していない。もしこのまま、俺が現代へと帰れなかったら…!!?
そんな風に思った時、己の中の血の気が失せたように青ざめていく。「こんな見知らぬ土地で人知れず死ぬのではないか」という嫌な予感が全身を埋め尽くした瞬間であった―――――――――――
いかがでしたか!
何だかホイホイ展開が変わる今回でしたが…
「蒼き牡丹」を読まれた方や原作(=南総里見八犬伝)をご存じの方はわかると思いますが、音音という老女は前者・後者共に登場する人物。また、彼女が言っていた台詞には、「蒼き牡丹」に纏わる事もあったのですが…どれかわかりましたか?
いろんな展開があって詳細は次回になりそうなのですが…。今回初登場となった跖六という鬼は、実は原作で犬士達の敵だった蟇田権頭素藤の父親の名前なんです!
これについての詳細も、また次回以降に…
さて、純一編はまだまだ続きます!
彼は「このままだと、八犬伝の世界で自分が死ぬかも」という事に気が付いてしまいました。彼の運命は如何に?
…最も、「蒼き牡丹」やこれまでの随想録を読めば、彼の結末は大体わかるかもですがね。笑
何はともあれ、ご意見・ご感想があればよろしくお願いします(^^