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犬鬼人随想録 ~蒼き牡丹外伝~  作者: 皆麻 兎
随想録その四~染谷純一~
15/21

第1話 幼馴染と比べて

「卒業したら、入院…か」

道端を歩きながら、俺は独り言を呟く。

俺――――――――――――染谷純一(そめやじゅんいち)は、どこにでもいる高校3年生。ただし、普通の奴らと違う所がある。それは、両親がおらず施設出身であり、今も里親なしに定時制の高校に通っているという事だ。そして、もう一つ…結核に冒されているという事実も、それに当てはまる。


暗い夜道を歩き、自身が住むアパートにたどり着く。学校が夜間のため、授業が終わった後に寄り道やらをしていれば、23時近くなる。これは俺にとって日常茶飯事であり、きついと思う事もあるが、すっかりこんな日常に慣れてきていた。

「ゴホッゴホッ!!」

アパートの鍵を開けた後、俺はむせたような咳をする。

靴をぬぎ、リュックを投げ捨て、部屋のベッドにうつ伏せで倒れこむ。

 働いて金ためてこれからだって時に、病気になるなんて…

ベッドに寝転びながら、俺はそんな事を考えて自暴自棄になっていた。素行が悪いわけでもないが、俺は生まれつき目つきが悪い。おそらく、そんな事もあってか、なかなか里親が見つからなかったのである。

また、この日に気分が悪かったのはもう一つ理由がある。それは、今朝見たニュースで身元不明の死体が発見。ただし、その顔が俺にそっくりの男だったという嫌な物を見てしまったという事もあるからだ。

「里親…か。狭はうまくやれているのかな?」

この時、俺は一人の女の名前を口にする。

狭こと三木狭子(みききょうこ)は、俺と同じ施設出身の幼馴染。現在も同じ高校に通っているが、俺と違って里親のいるあいつは、同じ学校でも全日制の方に通っている。登校する時間が大きく異なるため、高校に入学してからはほとんど会っていない。

 …まぁ、あいつと一緒にいると、必ず歴史の話が出てくるんだよな。だから、あまり会えなくなっても特に何も思っていなかったが…

俺はいろんな事で頭がいっぱいだった。そして、自分が結核になっているせいもあってか、何故か狭子の顔が浮かんでいた。

「…」

ベッドでうつ伏せになっている俺は、しばらくその場で黙り込む。

そんな自分の視線の先に見える机の上には、結核について書かれた本が置かれていた。

そして、仕事や病気の事を考えながら、俺は眠りにつく。



あー…くそ!昨晩、布団もかぶらないで寝ちまったから…か!?

その翌日…俺は風邪をひき、会社を早退した。風邪は咳や頭痛などの症状が主だが、熱はそんなにない事を、おでこを抑えた時に知る。

「この調子だと、今日の授業も休まなきゃだなぁー…」

俺はブツクサと独り言を呟きながら、高校へとたどり着く。校門から見える時計は、14時5分辺りを指していた。この時間は当然、全日制の奴らは授業中である。

!そうだ…!

時計を見て何か思いついた俺は、校舎に向けて歩き出す。それは、欠席の連絡を伝えるついでに、ある場所へ行ってみようと思ったからである。


「…って事は、このシーンが、あいつの言っていた所にあてはまる…か」

その後、帰宅した俺は、熱さましをおでこにはりつけてから、一つの本をじっくり読み漁っていた。

俺がこの日、学校の図書館で借りたのが、滝沢馬琴著の伝奇小説『南総里見八犬伝』の現代語訳された本。わざわざこの本を借りたのには、理由がある。それは、幼馴染である狭子が無類の歴史好きであり、最近は特にこの小説の話をメールや電話で聞かされていたからである。

「“私に似た女の子が血だらけで倒れていて、その子に対し、坊主頭をした人が抱きしめている。その夢が多分、一番頻繁に見ている夢なのかも”…か」

俺は、つい1週間前くらいに来た狭子からのメールを見ながら、八犬伝の本をめくる。

「“網乾左母次郎あぼしさもじろうに斬られた浜路は、異母兄妹たる兄・犬山道節の腕の中で死ぬ”…か。それにしても、いくら歴史好きとはいえ…かなり物語に忠実な夢を見ているんだな、あいつ…」

おそらく、今から1か月前の事だろうか――――――――――歴史が嫌いになるくらいいろんな話を聞かされてきたが、その時を境に、狭子あいつはこの『南総里見八犬伝』の夢について語るようになる。見る内容は日によって異なるが…最も多かったのが、今のような“浜路はまじ”という女が出てくる夢。あいつ曰く、この浜路という女は物語に登場するヒロイン的な少女。そのため、八犬伝をモチーフとした作品ではヒロインとして扱われる事が多いらしい。

この時は、単に狭子がかなりの妄想女なだけかと思っていたが…これから起こる出来事の後、あいつの見た夢がただの妄想でない事を悟る事となる。


「ん…」

夜、就寝してから何時間か経過した後、妙な寒気を感じた俺は目を覚ます。

「んなっ!!?」

意識のはっきりした俺の上には、何と誰かが乗っかっていた。

「泥棒!!!」

泥棒が入ったのかと思った俺は、拳を握りしめてその人物らしきのを殴る。

しかし、頬にあてたつもりが空振りしてしまい、その人物らしい奴はフッと消える。

急いで起き上った俺は、部屋の電気をつけて不法侵入者らしき者を睨みつける。

「!!?」

この時、その人影の正体を見た俺はギョッとした。

というのも、その人影は所々汚れた着物を身にまとい、顔が俺にうり二つだったからである。

『まさか、こんな所で…来世の己に逢えるとはな…』

「!?」

すると、この着物を身にまとった男は口を開く。

その意味不明な言動に驚く俺だったが、それ以上に驚いた事が一つある。それは―――――

「…幽霊…?」

俺は恐る恐るその言葉を口にする。

その理由は、この目の前にいる野郎は身体が透けているように薄く…足が宙に浮いているからだ。

『…左様。俺は既に死んでいる…』

 なんだこれ…夢か?

何が起こっているのか把握しきれていない俺は、頭の中が真っ白になる。

『お前が慕っている娘…。そいつの正体が知りたいとは思わぬか?』

「!?どういう…?」

再び口を開いた俺は、この意味深な台詞に首をかしげる。

「慕うって…お前、狭子のことを知っているとでもいうのか!!?」

『…さぁな』

「…」

否定も肯定もしないこの野郎は、不気味な笑みを一瞬浮かべていた。

 変なコスプレしやがって…。だが、なぜ俺にそっくりな奴がこんな所に…!?

事態を把握できない俺は、冷静になろうと必死に考える。

『俺は妙椿が見せた幻の姫をこの手に抱きたくて、契りを申し出たのに…。里見の野郎…にべもなく断りやがって…!!!』

「?」

気が付くと、男はブツクサと何かを呟いていた。

しかし、声が低くて聴き取りずらかったため、何を話しているかはわからなかった。

『まぁ、とにかく!』

俯いた顔を上げた男は、大股で歩いて俺の目の前にやってくる。

『せっかく、“先の世”に来れたんだから…もっと楽しまなきゃ…だよな?』

「!!」

顔を思いっきり近づけてくる男が持つ灰色の瞳は、顔は哂っていても憎悪のようなものが宿っていた。


「うわぁぁぁっ!!!」

すると、俺は叫び声と共に目を覚ます。

 夢…

気が付くと、俺は汗だくになっていた。熱でうなされていたのだろうが、そこに夢の内容が関係していないとも言い切れない。

 何だって、こんな夢を…。夕べ、この本を読んでいたから…か?

ため息をこぼしながら、俺はふと机の上に置いていた『南総里見八犬伝』の本を見つめていた。



「…こういう嫌な気分の時は、勉強に集中するのが一番かもな!」

それから数日後―――――――――久々に仕事で平日の休みが入ったので、久々に昼間の学校で自習をする事にした。制服に着替え、教科書やノート。携帯電話等を持って登校する。通り慣れた道を歩いて学校に到着した頃には、13時30分くらいになっていた。すると、校舎の窓ガラスから、一人の人物が目に入る。

 狭…

その人物は紛れもなく、幼馴染である狭子だった。

午後の授業を必死に聞いている狭。授業の時間枠がずれているため、まともに会える機会はなかなかない。かといってあいつに会いに行ったら、周囲の友人を怖がらせてしまうかもしれないという不安から、狭子に会いに行くのは避けた方が良いと俺は考えていた。

複雑な表情をしながら、俺は校舎の中へと入っていく。そんな俺を物陰から見つめる、一人の男の存在があった。


「生きたいのに、生きれない…か。皮肉なものだな」

人気のない図書室で自習をしていた俺は、ポツリと独り言を呟く。

自習の合間に俺が読んでいたのは、紫式部が書いた源氏物語に出てくる、歌などが載っている本であった。その中で読んでいたのは、主人公たる光源氏の生母・桐壷更衣きりつぼこういという女性ひとが詠んだ歌。その歌には、本当は生きたいのに、死にゆく運命から逃れられない己の悲しみについて詠まれていた。

狭子が歴史好きなのに対し、俺は割と源氏物語のような古典や古典文学が好きであり、得意科目であった。里見八犬伝も「文学」に入るが、物語自体は江戸時代に書かれた物。元禄文化や化政文化にはさして興味がなかったので、今まで詳しく勉強をしようとしなかった俺であった。

それから小一時間が経過し、今日の授業が始まる15分くらい前の時間になっていた。

 さて…便所にでも行ってから、教室に行くか…!

そう思い立った俺は、教科書等をカバンにしまい、図書室を後にする。

部活をしている奴らは除き、校舎内にほとんど人影はなかった。俺はそんな中、廊下の隅にある便所へと歩き出した時――――――――――――

『面白き事を思いついたぜ!』

「お前…!!?」

背後から低めの声が聞こえて驚いた俺は、バッと後ろを振り向く。

するとそこには、夢に出てきた男の幽霊がいた。

「お前…一体!!?」

幽霊なんて存在するはずはないが、今の俺にはそんな事を考える余裕はなかった。

心臓が強く脈打つ中…顔をニヤリとした男は再び口を開く。

『俺の名は、蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじ。まぁー…どういう訳か、お前らが言う“南総里見八犬伝”とやらの世から、この“先の世”にたどり着き、事故死した男だ』

「!!!」

その台詞を聞いた途端、俺の脳裏には数日前にTVで見たニュースが思い浮かんでいた。

「ニュースでやっていた身元不明の死体って…てめぇか!!?」

『…そうみたいだな』

目を丸くして驚く俺に対し、この素藤…とかいう野郎は皮肉を込めた笑みをしていた。

『まぁ、俺の事はともかく…。“あいつとうり二つの女”を見るお前を見て、思いついたのさ!…「お前を俺が生きてた世に飛ばしたらどうなるか」…てな!』

「は!!?」

突拍子もない台詞ばかりで、いちいち考える余裕もない。

しかし、後半でかなり非現実的な言葉を言い放った奴は、俺に突進するかのように猛ダッシュで走りこんでくる。

「っ…!!!」

あまりに突然の出来事に、俺は両腕で顔面を庇い、瞬時に目をつむる。

だが、突進されても幽霊である奴の身体が俺に衝突する事もなかった。特に怪我とかしなかったと思った俺は、恐る恐る瞳を開くと俺の身体は蒼い光に包まれていた。

「んなっ!!?」

周囲を見渡すと、周囲は漆黒の闇に包まれていた。

 なんだこれ…!!?また…夢!!?

自分の身体が蒼い光に包まれて、真っ暗闇の中にいる――――――――――――そんな非現実的な状態の中で、落ち着いていられる訳がない。

『ちっ…伏姫…あの女の仕業かぁ!!!』

すると、姿は見えないが素藤の野郎の声が響く。

表情は見えずとも、その声には焦りが感じられる。

『…まぁ、いいさ!どの道…てめぇはもう、あの時代には戻れない!!せいぜい“パラレルワールド”やらで、楽しくやることだな!!!』

「…!!落ち…!!?」

奴の高らかな声と共に…浮いていたと思われる俺の身体が急降下を始める。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

叫び声をあげながら、俺は奈落の底へと落ちていくのであった―――――――――――



「うっ…」

意識を取り戻した俺は、重たくなった瞼をゆっくりと開く。

頭がボンヤリしていた俺は、寝起きのようにだるい表情で周囲を見渡す。そんな自分の視界に入ってきたのは、草木が多く生えているまるで山の中の景色。近くには荊棘(けいきょく)が存在し、少しばかりか霧がかかっていた。

「ここは…一体?」

ゆっくりと立ち上がった俺は、フラフラしながら周囲を歩く。

 さっきまで学校の廊下にいたってのに…それに…

考え事をしていた俺は、意識を失う前に起きた出来事を思い出す。

蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじとか名乗った野郎が突進してきて、そしたら蒼い光に包まれて…」

「“蒼き光”…だと?」

「!!」

すると突然、頭上からかなりハスキーな声が響いてくる。

驚いた俺が顔を上げると、そこには白銀色の髪を持ち、変わった柄の着物を着た男が木の上に立っていた。

「わっ!!」

すると、男は2メートル以上高さのある木の上から突然飛び降りる。

突然の行為に俺は驚くが、この白髪の男は物ともしない身軽さで地面に降り立った。

自分の目の前に現れたその男は…小説や漫画でいう所の「ミステリアスで影のある男」――――――――そんな言い方がピッタリな雰囲気を醸し出していた。

「おい、小僧」

「!?」

気が付くと男がかなり近くに寄ってきていた。

木から飛び降りた時はある程度離れていたのに、いつの間に目の前にいたものだから、驚きの余りに、俺はその場に座り込んでしまう。

「貴様…“蒼き光”と申しておったな…。しかも、このような異風の(てい)…。俺もちょうど暇を持て余していた所だ…。退屈しのぎに、話でも聞かせてもらおうか」

上から見下ろす男の表情は、余裕そうな笑みを浮かべていた。

 なんだ、こいつ!!?

俺は最初に聴いた第一声とだいぶ雰囲気が違うのに戸惑いつつ、この男を見上げる。

そして、この時は知るはずもなかった。この偶然の出会いが、幼馴染たる狭子の運命を左右する事になるという事実を――――――――――――――


いかがでしたでしょうか!

いろいろ試行錯誤繰り返しつつも、何とか純一編を書けました!!

で、やはり第1話なのでさっぱりわからん!という方のために補足。


まず、純一をタイムスリップさせた張本人は、”本物”の素藤。この”本物”について話しますと、彼は滝沢馬琴が書いたとされる八犬伝の世界から、未来に飛ばされたという設定。

純一の前で妙椿やらと呟いていたのは、原作で実際に逢った出来事。

この口調から、彼は里見家に少なからず恨みを持っているようです。そして、偶然とはいえ、純一が生きる現代にたどり着いた素藤は、彼の幼馴染・三木狭子に、自分が一目ぼれした里見の姫(=浜路姫)を重ね、純一を過去に飛ばしてやろう!

とたくらんだというわけです。

この先は語ると長いので、少し割愛させて戴きます。


また、話の中に出てきた源氏物語の話も、実際の物語に出てくる歌の内容です。この桐壷更衣という人の詩を書いたのは、『蒼き牡丹』の主人公たる狭子の前世・琥狛が平安時代の人間だったという事。

また、これ以降に純一がこの桐壷と同じ思いを味わう事になるという事から載せてみました。


さて、外伝の最終章なんでもっといろんな事が書ければ…と思う次第ですが、よろしくお願いします!!

また、ご意見・ご感想などがありましたら、そちらも併せてよろしくお願いします★


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