プロローグ4
最後の随想録は、主人公・三木狭子の幼馴染で『蒼き牡丹』でキーパーソンだった染谷純一視点で描かれます。
何故、俺はここにいるのか。どうして、こんな最期を迎えることとなったのか――――――――今となっては考える余裕すらないが、ここ1年間の生活において、俺の中の疑問が消える事はなかった。
俺…染谷純一は今まさに、死を迎えようとしている。しかし、その場所は現代で言う病院でもなく、“戦国となりし時代”の城内というありえない場所。
平成の世では働きながら定時制の高校に通うという人並みの人生を送っていた自分が、何故かこの“南総里見八犬伝”の世界にタイムスリップしてしまう。
最初は何が起こったのかが理解できずに戸惑ったが、幼馴染の話を少しずつ思い出していく内に、自分が文明七(=1475年)年の日本にいるのだと理解する。
その幼馴染の名は三木狭子。俺と同じ施設で過ごし、通う時間帯は違えども、今も同じ高校に通う友達である。そいつは、小学校の頃から不思議な夢を何度も見続け、それもあってか歴史の授業が好きになり、唯一の得意科目である。
そいつが見る夢というのが、何故か滝沢馬琴著の『南総里見八犬伝』に出てくるシーンが多く、何故だろうと思いつつも、その話をするあいつの表情はとても生き生きしていたのを覚えている。今は三木の家が里親となったが、俺と同じで本当の両親に捨てられたであろう過去を持っているのに…だ。最も、俺自身は親に捨てられた記憶があるのに対し、狭子はどのようにして施設に預けられたのかは覚えていないようだが…
そして、学校での単位もそれなりに取得し、卒業できる兆しが見えた矢先…俺は医者から結核である事を通告され、卒業後は入院を余儀なくされると事実を知らされて絶望する。最も、医療の発達した日本では数か月の入院をすれば納まるので、その間だけの辛抱だ―――――そう思っていた直後、俺はタイムスリップしてしまう。
日本史で言えば室町時代後期にあたるこの時代、結核治療に使う薬物などがあるはずもない。ましてや、その先の江戸時代でさえ結核…当時は労咳と呼ばれていたこの病を“死病”として恐れていたくらいだ。現代に戻れぬ不安から、己が生きる事に諦めかけていた事を今になって悟る。
この物語は、病を治す術を失い、死を待つだけの身となった自分が過ごした僅か1年程の生活を思い出した記録であった―――――――――――――――
いかがでしたか。
『犬鬼人』の”人”は、染谷純一の物語です。
作者がこの外伝を書くきっかけとなったのが、彼視点で描かれる昔の主人公や犬士達の様子を描きたかったからなんです!
彼は狭子や敵の素藤。また、随想録では信乃とも関わりを持った人物なので、多分一番長い随想録になるやもしれないです。
ちなみに、彼が結核にかかっているという設定にしたのは、一重にこの病気が江戸時代では”死病”として恐れられていたという史実。また、「現代では治るのに、タイムスリップして治す事ができなくなった」という事実にしたかったからです!
本編で素藤が「不治の病で死んだ」ってのと一致しますしね★
さて、この随想録では過去と現在が入り混じって複雑になるかもですが、本編では描けなかった犬士達の一部も載せられればなと思っていますので、ご感想などありましたら、よろしくお願いします(^^