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犬鬼人随想録 ~蒼き牡丹外伝~  作者: 皆麻 兎
随想録その参~蟇田素藤~
11/21

第1話 純一の話を聞いて

 長禄(ちょうろく)二年(=1458年)―――――――――今思えばこの時、安房国・富山で目撃した出来事が、真の意味で“全ての始まり”だったのかもしれない。俺の目に映ったのは、小太刀で腹を一突きにして自害する人間の女とそれに付き添う男。もう一人いたのは、すさまじい邪気の感じる女の悪霊だった。

 ん…?

その場所で起こっていた出来事を木陰から眺めていた際、ふと背後から視線を感じていた。俺はゆっくりと振り返ったが、そこには誰もいなかった。

 気のせいか…それとも…?

振り向いた途端に消えた気配について考えていた折、俺の後ろでは蒼い光を発した8つの玉が天高くに舞い上がり、四方八方へと散って行ったのである。これが後に現れる“里見の八犬士”が誕生した瞬間であった。また、この時感じた気配の正体も後に判明する事と相成る。


 それから17年程の時が経った折、俺は染谷純一そめやじゅんいちと名乗る男と出逢う。平安の世から500年程生きてきた俺にとって、これまでの年月はとても退屈な日々が続いていた。愛する女を失った事で、生きる事に希望を持たなくなった日々。しかも、蒼血鬼の中でも長命であった俺は、永きに渡る寿命を持て余していたのである。しかし、この時以降、良い退屈しのぎに恵まれていたようだ。

「お前の髪って白髪というより、白銀色ってかんじで綺麗だな!それ…地毛なんだろう?」

ある日、奴と二人で海を見つめていた際、純一がそのような事を申していた。

安房国・富山で見つけたその男は、初めて相まみえた際は異人のように変わった着物を身にまとっていたため、ひどく驚いたのを覚えている。だが、人間と同じ黒き瞳を持つが…蒼血鬼として恐れられてきた俺を真っ直ぐなで見つめてくる。そこには負の感情はなく、ただ興味関心にあふれていただけだったのかもしれない。

「自我を持ち始めた頃からこの色だった…奇妙か?」

「別に!俺のいた時代には、黄金みたいな色や炎のように真っ赤な髪色をした奴がわんさかいるぜ!」

「ほぅ…」

純一は本人曰く、今より500年以上先の世から来たという。

最初は戯言かと思ったが、話を聞くにつれそれが誠である事がわかる。

「今から500年もすれば…お前や琥狛が申していたような“未来”とやらが訪れるのか…」

「琥狛…?」

遠くを眺めながら呟く俺の台詞に、純一は首をかしげながら言葉を紡ぐ。

この時、俺の脳裏には明るい陽射しの中、琥狛と語り合っていたあの頃が浮かんでいた。

「…俺が好いていた女の名だ。今はもう、この世にはおらぬがな…」

「…」

皮肉を込めた笑みを浮かべながら、俺は語る。

その様子から何かを察したのか、男も黙り込んでしまう。少しの間だけ沈黙が続いたが…幾何かの時が過ぎ、奴は何事もなかったような口調で話を切り出す。

「俺も今、逢いたい…って思う女、いるぜ?」

「…?」

純一がこの時、少し憂いを帯びた笑みを見せたのを覚えている。

見えているようで見えていない、どこか遠くを見つめているような奴のを見ていると…まるで姿見の中に映る己を見ているようであった。

「物心ついた時から、同じ施設で育ち…」

純一は何かを言おうとしていたが、俺の顔を見て何か思い出したような表情をする。

「…15になるまで同じ手習い所で育ち、幼馴染…まぁ、俺にとっては妹みたいや奴だったのかもな」

「…お前が逢いたいと願うは、その娘か?」

「…ああ。俺が同じ高校の定時制に通い始め、昼間は仕事をしていたから…ここ2・3年は会っていない」

途中で俺にも通じるような言葉を紡いだが、結局は聞き慣れぬ言葉の連続であった。

そして、その後も奴の語りが続いた。幼き頃から同じ釜の飯を食ったというその娘―――――――――三木狭子みききょうこと名乗る娘は、歴史…すなわち、我々が生きた時代や過去における日の本の政治や文化を学ぶ事が好きな娘だという。また、この世界には「南総里見八犬伝」なる書物に出てくる人間たちが実在する、パラレルワールドという摩訶不思議な世界ではないかという仮説も立てていた。

「お主が俺の前に現れたように、その娘も時代ときを超えて現れたら…面白いやもしれぬな!」

「…まぁ、ある意味な!でも、余計なちょっかいは出すなよ?」

「“ちょっかい”…?」

相変わらず聞き慣れぬ言葉を発する純一に、俺はただ聞き返す事しかできなかった。

すると、奴は頬を少しずつ赤らめながら口を開く。

「その…。俺はあいつの事…す…好いているからさ…」

俯きながら呟く純一やつを見た時、この男は“三木狭子”という娘に惚れているのだと気が付く。

「…俺は、琥狛以外の女になど興味はない。故に、貴様から奪うつもりもない」

そう静かに答えると、純一は安堵したような表情かおを見せる。


この会話をしてから数か月後、蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじと相成った純一は、不治の病によってこの世を去る。人間の死など琥狛の時以来まったく感じていなかったが、この時だけは違った。奴は男子おのごゆえに“好いていた者”ではないし、人間なので同胞にもあらず。だが、俺の中にある心の臓に穴が空いたような虚無感を感じたのである。今思えば、俺が生涯で唯一、“友”と呼べる存在だったのやもしれぬ。

また、後に純一が申していた「三木狭子」という娘と相まみえる事になろうとは、この当時は微塵も考えていなかったのである。



 やはり、あの娘は琥狛の…

あれから2年が経過し、文明十(=1478年)年―――――――――――俺はしもべたる蒼血鬼・牙静がぜい狩辞下りょうじげらと共に、滸我こがで待たせている尼僧・妙椿の元へ向かっていた。道中、滝野川の弁財天・金剛寺付近で遭遇した娘…三木狭子の事を考えていた。純一と同じ“生徒手帳”なる物を所持し、蒼き光を放つという娘―――――その姿を見た時、俺は驚いた。着物から見て男の身にやつしているように見えたが、その顔は俺が愛した女・琥狛とうり二つだったのである。

『それ、確かに私の物です…。ありがとうございます!!』

満面の笑みを浮かべながら、俺から“生徒手帳”を受け取るその娘の声を聴いて俺は確信した。「この娘は琥狛の生まれ変わりである」と。その後、犬士共の邪魔が入った故に連れ帰る事は出来なかったが…去り際に純一の事をほのめかしたら、予想通りの反応をした。そして、その驚愕に満ちた表情をこの目で見た後、俺はその場を後にして現在に至る。

 純一が申していた“里見の八犬士”とやらにも相まみえる事が叶ったし…これは面白くなりそうだな…

この時を境に、俺は如何にしてあの娘を手に入れようかと考えるようになる。また、行動を共にする尼僧・妙椿が安房の里見家を恨む人間の女・玉梓の怨霊である事も知っていた故に、今後もその尼僧と行動を共にしてみようと改めて思ったのである。

「素藤様、如何されましたか?」

すると、牙静が突然俺に声をかけてくる。

「…さてな。それより、急ぐぞ」

「…御意」

この寡黙な鬼は、どうやら俺の表情かおを見て何か思う所があったのであろうが、俺は軽く受け流す。

しかし、この時俺は、己らを先導していた僕・狩辞下が独り不気味にほくそ笑みながら何か企てていた事を知らなかったのである。


「ほぅ…。では、奴らは神護鬼しんごき(=神霊等が見える能力を持つ鬼)らと相まみえたと…?」

「ああ!」

それから数日後、俺はあの娘と共にいる犬士共の行動を探らせていた狩辞下から、奴らが上野国の荒芽山に住まう神護鬼・音音おとねに逢ったという報せを聞いていた。

「それに…犬共の中に一人、“同胞になる資質”を持つ奴がいたんだ!…面白くなりそうだぜ!!」

「…くだらぬ」

狂気じみた笑みを浮かべていた狩辞下を見た俺は、奴の言葉に対して何も感じなかった。

 ん…?

この時、僅かではあるが狩辞下やつから血の匂いを感じる。俺らは蒼血鬼である故に、身体や口から吸ったであろう人間の血の匂いを感じるのは日常茶飯事である。だが、この時かいだ匂いは、見知らぬ人間の物ではない。その匂いは――――――――

「…狩辞下」

「あぁん?」

俺が奴の名を呼ぶと、不機嫌そうな表情をしながらこちらに振り向く。

「…貴様、あの娘の血を…食らったのか?」

「…!な、何の話だぁ?」

俺は鋭い眼差しで、群青色の髪をした同胞を睨みつける。

しかし、茶を濁すような口調で申す奴の台詞を聞いた途端、久しぶりに苛立ちを覚える。

「俺の命もなしに、あの“先の世から参った娘”を襲い、血を食らったのかと問うているのだ…!!」

今にもその心臓をえぐり取ると言わんばかりの形相をしていた俺に、たじろつく狩辞下。すると、観念したのか――――――――頭をかきながら口を開く。

「ああ!てめぇの言う通り…犬共が他の人間共と戦っている隙に、ちょっとな」

バシッ

奴が白状した直後、俺は狩辞下の頬をなじる。怒りの念も込めてやったため、奴の身体が地に落ちる。

「痛っててて…何しやがる!!?」

赤くはれた頬を抑えながら、奴は俺を睨みつける。

しかし、殺気だっていた俺はそんなに対してものともしなかった。そして、奴の目の前まで歩いて行った俺は、その目の前で重たくなった口を開く。

「…あの娘は、俺の獲物だ。故に、今度俺の許しもなしにあの娘の血を食らったのならば…その首が胴体から消えてなくなるという事を、肝に銘じておくのだな…」

「…ちっ…」

そう言い放った俺は、奴に背を向けてその場を去っていく。

そんな俺を目の当たりにした狩辞下は、悔しそうな表情をしながら舌打ちをしていた。

 俺も琥狛あやつの血を味わったが…あの血は我ら蒼血鬼を夢中にさせる程の匂いを発するのは事実…

そんな考えが俺の脳裏に浮かぶ。それも含め、早くあの娘を手中に納めたいと願う想いがより一層強くなるのであった――――――――――――――



如何でしたか。

今回は素藤が長い時を生きてきたのもあり、里見八犬伝の前後がどのような時代だあったのかが年号でわかるかと思います。

もちろん、これは原作・『南総里見八犬伝』の時系列に沿って描いてますが…矛盾いている点は、今のところはない…はず?


今回は、彼のSキャラが存分に発揮されていたような(^曲^)

でも、書いていて思ったのは、何百年経っても一人の女性を愛しているなんて、この男もかなりすごいなとか考えちゃいました。自分でそう設定して書いたキャラなのにね。笑


さて、次回は『蒼き牡丹』では第6章以降の時系列で始まるかと思います!

同じ場面でも視点を変えると結構変わってくるので、彼から見た狭子や八犬士達の動きや表情をお楽しみください!

ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します(^^


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