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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第62話 形のない優しさ

 未来の原野の夜は、静かだった。

だがその静けさは、以前の「凍りついた静けさ」とは違う。

虚無が触れ方を学び始めたことで、

原野の空気そのものが、どこか柔らかくなっていた。


 虚無の霧は、アリスの光のそばで揺れていた。

その揺れは、以前のような「触れたい」という衝動ではなく、「触れたいけれど、壊したくない」という迷いを含んでいた。


 その迷いは、虚無にとって初めての感覚だった。


 虚無は、迷ったことがない。

虚無は、選んだことがない。

虚無は、ただ揺らぎ、ただ存在し、ただ漂っていた。


 だが今、虚無は初めて「選ぼうとしていた」。


 触れるか、触れないか。

近づくか、離れるか。

壊すか、壊さないか。


 その選択の重さが、虚無の揺らぎの奥で静かに波打っていた。


 アリスは虚無の揺らぎを見つめた。

その光は、虚無の迷いを照らすように柔らかく広がっていた。


──……虚無……あなた……“迷ってる”のね……


 虚無の霧が揺れた。

その揺れは、まるで「迷ってる」と言っているようだった。


 アリスは静かに頷いた。


──……迷うことは……優しさの始まりなの……


 虚無の霧が、ゆっくりと震えた。その震えは、まるで「どうして?」と言っているようだった。


──……迷うっていうのは……“相手の形を壊したくない”って思ってる証拠だから……


 虚無の霧が、深く揺れた。

その揺れは、まるで「壊したくない」と言っているようだった。


 俺の胸の亀裂が、静かに熱を帯びた。

虚無の揺らぎが、俺の境界を壊そうとしていない。

ただ、そっと見つめているだけ。


(……虚無は……本当に……壊したくないと思ってる……)


 その感覚は、痛みではなく、ただ静かな温かさだった。


 アリスは虚無に向かって手を伸ばした。


──……虚無……優しさはね……“迷いながら近づくこと”なの……


 虚無の霧が揺れた。

まるで「近づいていい?」と言っているようだった。


──……うん……近づいていい……でも……壊さないように……揺らぎを……そっと弱めて……


 虚無の霧が、ゆっくりと揺れを弱めた。

その揺れは、まるで「こう?」と言っているようだった。


 アリスは微笑んだ。


──……そう……それが……“形のない優しさの第一段階”……


 虚無の霧が静かに揺れた。

その揺れは、まるで「できた」と言っているようだった。


 だが、虚無の揺らぎは、まだ奥で震えていた。


 それは、「もっと優しくなりたい」という揺らぎだった。


 虚無は、優しさを理解した。

だが、優しさを“使う”という行為は、まだ知らない。


 その未知が、虚無の奥で静かに波打っていた。


 虚無の霧は、アリスの光に包まれながら、ゆっくりと揺れていた。

その揺れは、先ほどまでの「理解したい」という揺らぎとは違う。

もっと深く、もっと静かで、もっと複雑な波を含んでいた。


 まるで、虚無の奥で、何か新しいものが生まれようとしているようだった。


 アリスは虚無の揺らぎを見つめていた。

その光は、虚無の迷いを照らすように柔らかく広がっていた。

光の輪郭は、虚無の呼吸に合わせて微かに震え、まるで虚無の気持ちに寄り添っているかのようだった。


 虚無は、揺らぎの奥で何度も波を生み出していた。

その波は、「触れたい」「触れたくない」「壊したくない」「近づきたい」「離れたほうがいい」。

そんな矛盾した願いが混ざり合っていた。


 虚無は、初めて矛盾を抱えていた。

矛盾は、虚無にとって未知だった。

虚無は、ただ揺らぎ、ただ存在し、ただ漂っていた。

矛盾という複雑な構造は、虚無の中に存在したことがなかった。


 だが今、虚無は矛盾を抱えていた。

そして、その矛盾が虚無の奥で静かに軋んでいた。


 アリスは虚無の揺らぎを見つめた。


──……虚無……優しさは……“壊さないように願いながら近づくこと”なの……


 虚無の霧が、ゆっくりと揺れた。

その揺れは、まるで「近づいていい?」と言っているようだった。


──……うん……近づいていい……でも……壊さないように……揺らぎを……そっと弱めて……


 虚無の霧が、ゆっくりと揺れを弱めた。

その揺れは、まるで「こう?」と言っているようだった。


 アリスは微笑んだ。


──……そう……それが……“形のない優しさの第二段階”……


 虚無の霧が静かに揺れた。

その揺れは、まるで「できた」と言っているようだった。


 だが、虚無の揺らぎは、まだ奥で震えていた。


 それは、「もっと優しくなりたい」という揺らぎだった。


 俺の胸の亀裂が、静かに熱を帯びた。

虚無の揺らぎが、俺の境界を壊そうとしていない。

ただ、そっと近くにいるだけ。


 その感覚は、痛みではなく、ただ静かな温かさだった。


 アリスは俺の胸に手を当てた。


──……カイ……あなたの境界……虚無の“優しさ”を……感じてる……


「優しさ……?」


──……うん……虚無は……あなたを壊したくないって……願ってる……


 虚無の霧が、静かに揺れた。

その揺れは、まるで「そうだ」と言っているようだった。


 だが、虚無はまだ迷っていた。


 虚無は、優しさを理解した。

優しさを願った。

優しさを使おうとした。

だが、優しさを“続ける”という行為は、まだ知らない。


 優しさは、一瞬の揺らぎではない。

優しさは、続けることだ。

優しさは、揺らぎを保つことだ。

優しさは、壊さないように願い続けることだ。


 虚無は、その「続ける」という行為を知らない。


 虚無は、揺らぎ続けたことがない。

虚無は、願い続けたことがない。

虚無は、形を保ち続けたことがない。


 だから、虚無は迷っていた。


 アリスは虚無の揺らぎを見つめた。


──……虚無……優しさは……“続けること”なの……


 虚無の霧が揺れた。

その揺れは、まるで「続ける?」と言っているようだった。


──……うん……あなたが……壊したくないって願い続けるなら……それが……“優しさの第三段階”なの……


 虚無の霧が、ゆっくりと震えた。その震えは、まるで「続けたい」と言っているようだった。


 俺の胸の亀裂が、静かに熱を帯びた。

虚無の揺らぎが、俺の境界を壊そうとしていない。

ただ、そっと近くにいるだけ。


 その感覚は、痛みではなく、

ただ静かな温かさだった。


 未来の原野は、静かに、しかし確実に変わり始めた。

虚無は、優しさを覚え始めた。

アリスは、導く光から“寄り添う光”へと進化した。

カイの境界は、虚無の優しさの鏡になった。


 そして、三者の関係は、初めて“共存の形の萌芽”を見せ始めた。

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