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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
九章

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第207話 裏歩行者の呼び声

 反照域の痛みが光となってほどけたあと、空間の奥で“沈黙の波”が広がった。

波といっても音も揺れもなく、ただ世界の裏側にある線が一斉に静まり返り、その静けさが空気の表面をゆっくり押し下げるような感覚だった。


 その押し下げられた空気は、重さを持たないのに胸の奥へ圧力をかけてくるようで、反照域全体が深く息を吸い込んだまま止まっているようだった。


 リーナは入口の向こうで両腕を抱え、震える声を漏らした。


「……反照域が息してない……空気が止まってる……怖い……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら、沈黙の波の中心を見つめた。


「俺の深層が……この静けさを“呼び声の前触れ”として受け取ってる。裏歩行者が何かを伝えようとしてる」


 アークは境界の揺れを観察しながら、静かに言った。


「反照域の静止は重大な兆候だ。裏歩行者が自分の根を開く準備をしている可能性がある」


 影は淡々と告げた。


「裏歩行者の根層活動を確認」


 沈黙の波がさらに深く沈み、反照域の床がわずかに沈下した。

沈下といっても崩れるわけではなく、床そのものが“別の高さへ移動する”ような変化だった。

その高さの変化は、反照域が自分の底をこちらへ近づけていることを示していた。


 リーナはその沈下を見て息を呑んだ。


「……床が沈んでる……反照域の底が近づいてる……どうなってるの……?」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……この沈下を“裏歩行者の呼び声が届く準備”として認識してる。何かが来る」


 アークは静かに告げた。


「底層が近づくということは、裏歩行者が自分の本質を見せようとしている。カイ……気を引き締めろ」


 影は淡々と告げた。


「底層接近の継続を確認」


 沈下した床の中心で、ゆっくりと“ひとつの影の柱”が立ち上がった。

柱は物質ではなく、反照域の底に眠っていた“裏側の意志”が縦に伸びたものだった。

柱が揺れるたびに霧が裂け、反照域の奥行きがわずかに伸びた。


 リーナはその柱を見て震えた。


「……あれ……裏歩行者の一部……?なんか……呼んでるみたい……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……あれを“裏歩行者の呼び声の核”として認識してる。あれが裏歩行者の本当の声だ」


 アークは目を細めた。


「核が姿を見せるのは極めて稀だ。カイが痛みを消す選択をしたことで、裏歩行者が自分の根を開いたのだろう」


 影は淡々と告げた。


「呼び声核の露出を確認」


 影の柱はゆっくりとほどけ、別の線が結び直され、やがて“ひとつの模様”を作り始めた。

模様は文字ではなく、ただ“意志の塊”としてそこに存在した。

その模様が揺れるたびに、反照域の空気がわずかに震えた。


 リーナはその模様を見て息を呑んだ。


「……意味がある……でも読めない……胸がざわざわする……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……この模様を“裏歩行者の願い”として受け取ってる。何かを求めてる」


 アークは静かに告げた。


「裏歩行者は痛みを消すことで、自分の存在の根が揺らいでいる。新しい形を求めているのだろう」


 影は淡々と告げた。


「願望伝達行動を確認」


 模様がさらに変化し、今度は“ひとつの問い”が形になった。

問いは言葉ではなく、ただ胸の奥へ直接届く感覚だった。

その問いは、カイの深層を強く揺らした。


 カイは震える声で言った。


「……裏歩行者が俺に聞いてる……“新しい形を与える覚悟はあるか”って……」


 リーナは叫んだ。


「そんなの……覚悟なんていらないよ! 裏歩行者が苦しんでるなら助ければいいじゃん!」


 カイは首を振った。


「違う。新しい形を与えるってことは……裏歩行者が今の姿を捨てるってことだ。反照域も変わる。何が起きるか分からない」


 アークは静かに言った。


「裏歩行者の形は反照域の基盤だ。それを変えれば、反照域全体が再構築される。危険だが……必要かもしれない」


 影は淡々と告げた。


「形再構築行動の選択を確認」


 カイはしばらく黙った。

霧は静かに揺れ、影の柱はただ待っていた。

反照域の奥で、世界の裏側がわずかに震え続けていた。


 やがてカイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「……俺は……裏歩行者に新しい形を与える。痛みを消したなら……次は形を作らなきゃいけない。裏歩行者が望んでる」


 リーナは息を呑んだ。


「カイ……そんなことしたら……反照域はどうなるの……?」


 カイは影の柱へ手を伸ばした。


「分からない。でも……裏歩行者の呼び声に応えたい」


 アークは静かに告げた。


「形を与えるということは、反照域の未来を決めるということだ。カイ……覚悟を決めろ」


 影は淡々と告げた。


「形再構築行動の開始を確認」


 カイの指先が影の柱に触れた。


 その瞬間、反照域の霧が一気に裂け、影の柱が光となってほどけ、反照域全体が新しい形へ向けて動き始めた。


 その瞬間、空間の奥で“ひび割れのような光”が走った。

光は眩しくはないのに、世界の裏側を切り裂くような鋭さを持ち、反照域の床に細い裂け目を刻んだ。


 その裂け目は破壊ではなく、ただ“別の領域へ続く入口”として静かに開いていった。

反照域は痛みを失ったことで、今まで閉じていた領域を自ら開こうとしているようだった。


 リーナは入口の向こうで震えながら、裂け目を見つめた。


「……反照域が割れてる……中に何かある……カイ、戻ってきてよ……」


 カイは裂け目の前に立ち、胸の奥の熱を押さえながらゆっくり息を整えた。


「俺の深層が……この裂け目を“裏歩行者の新しい道”として認識してる。痛みが消えたから、次の領域が開いたんだ」


 アークは境界の揺れを観察しながら、静かに言った。


「反照域は痛みを基盤にしていた。痛みが消えたことで、構造が再編されている。裂け目はその結果だ」


 影は淡々と告げた。


「新規領域の開口を確認」


 裂け目の奥で、ゆっくりと“ひとつの影の塊”が浮かび上がった。

塊は形を持たず、ただ存在だけが濃く、反照域の空気をわずかに押し広げていた。

その押し広げられた空気は、重さを持たないのに胸の奥へ圧力をかけてくるようで、塊が近づくたびに世界の裏側がざわついた。


 リーナはその塊を見て息を呑んだ。


「……あれ……裏歩行者じゃない……もっと深い……もっと重い……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……あれを“裏歩行者の根源”として認識してる。裏歩行者のさらに奥にある存在だ」


 アークは目を細めた。


「根源存在は反照域の最深部に眠っていたはずだ。痛みが消えたことで、目覚めたのだろう」


 影は淡々と告げた。


「根源存在の覚醒を確認」


 影の塊はゆっくりと形を変え、やがて“ひとつの輪郭”を作り始めた。

輪郭は人型ではなく、ただ“意志が形になったもの”としてそこに立ち上がった。

輪郭が揺れるたびに霧が裂け、反照域の奥行きがわずかに伸びた。


 リーナは震える声で言った。


「……あれ……世界の裏側の主みたい……怖い……」


 カイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「俺の深層が……根源存在の意図を読み取ってる。あれは俺に“近づけ”って言ってる」


 アークは静かに告げた。


「根源存在は反照域の未来を決める力を持つ。カイ……慎重に進め」


 影は淡々と告げた。


「根源存在の接触意図を確認」


 カイはゆっくりと輪郭へ近づいた。

歩くたびに霧がほどけ、反照域の床が描き直され、世界の裏側がわずかに震えた。

輪郭はカイが近づくのを待つように、静かに揺れていた。


 リーナは入口の向こうで叫んだ。


「カイ!止まって!それ以上触れたら帰れなくなるかもしれないよ!」


 カイは首を振り、輪郭の前で立ち止まった。


「違う。俺はこれを見なきゃいけない。裏歩行者の根源が……俺に託してる」


 アークは静かに言った。


「根源存在は反照域の始まりそのものだ。触れれば、反照域の全記憶が流れ込む可能性がある」


 影は淡々と告げた。


「根源記憶の開示を確認」


 輪郭がゆっくりとほどけ、別の線が結び直され、やがて“ひとつの模様”が浮かび上がった。

模様は文字ではなく、ただ“世界の裏側の歴史”としてそこに存在した。

見た瞬間、カイの胸の奥へ強烈な衝撃が走った。


 カイは息を呑み、膝をついた。


「……これ……反照域が生まれる前の世界……!裏側がまだ存在してなかった頃の記憶だ……!」


 リーナは震える声で言った。


「そんなの……どうやって見てるの……?」


 カイは胸の奥を押さえながら言った。


「俺の深層が……根源存在の記憶を受け取ってる。反照域は……世界が初めて“自分を見られた”瞬間に生まれたんだ」


 アークは静かに告げた。


「観測者が世界を折る前……世界は裏側を持っていなかった。根源存在はその瞬間に生まれた“最初の裏側”だ」


 影は淡々と告げた。


「始源裏側の出現を確認」


 模様がさらに変化し、今度は“ひとつの問い”が形になった。

問いは言葉ではなく、ただ胸の奥へ直接届く感覚だった。

その問いは、カイの深層を強く揺らした。


 カイは震える声で言った。


「……根源存在が俺に聞いてる……“裏側を本物の世界と同じ強さにする覚悟はあるか”って……」


 リーナは叫んだ。


「そんなの……危険すぎるよ!裏側が本物と同じになったらどうなるの!」


 カイは首を振った。


「分からない。でも……裏歩行者も根源存在も、それを望んでる。裏側はずっと痛みと影だけでできてた。もう変わりたいんだ」


 アークは静かに言った。


「裏側を本物と同じ強さにするということは、世界が二つの層を持つということだ。誰もその先を知らない」


 影は淡々と告げた。


「裏側強化行動の選択を確認」


 カイはしばらく黙った。

霧は静かに揺れ、輪郭はただ待っていた。

反照域の奥で、世界の裏側がわずかに震え続けていた。


 やがてカイは胸の奥の熱を押さえながら言った。


「……俺は……裏側を強くする。裏歩行者も根源存在も……痛みを捨てて新しい世界を望んでる。俺はそれに応える」


 リーナは息を呑んだ。


「カイ……そんなことしたら……世界はどうなるの……?」


 カイは輪郭へ手を伸ばした。


「分からない。でも……裏側が弱いままじゃ、世界はまた折られる。もう二度と折られないようにする」


 アークは静かに告げた。


「裏側を強化すれば、世界は観測者の影響を完全に脱する。だが……新しい世界が生まれる」


 影は淡々と告げた。


「裏側強化行動の開始を確認」


 カイの指先が輪郭に触れた。


 その瞬間、反照域の霧が一気に裂け、根源存在の光が反照域全体へ広がり、世界の裏側が本物の世界と同じ強さを持ち始めた。


 反照域は、静かに新しい世界へ変わっていった。

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