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おれ、LINEも苦手だから

作者: momotarou
掲載日:2026/06/10

「……おれ、LINEも苦手だから」


黒瀬くんは、横を向いて言った。


その手が、少し震えていた。


画面の中には。


私と黒瀬くん。


二人だけのトークルーム。


まだ、メッセージは一通もない。


え。


なに、これ。


どういう意味。


私は、何も言えなかった。



中学生になった時。


私は、少しだけ大人になった気がした。


新しい制服。


新しい教室。


新しい友達。


それから、スマホ。


「家の手伝いするから」


そう言って買ってもらった。


まあ。


手伝いは、すぐしなくなったけど。


夜になると、LINEで恋バナをした。


『好きな人いる?』


『うちのクラスなら誰?』


『隣のクラスの先輩、かっこよくない?』


通知が鳴るたび、ちょっと楽しい。


私にも、そういうことが起きるのかな。


好きな人とか。


彼氏とか。


少しだけ、思っていた。


でも。


そんな都合よく、何も起きなかった。


『美月は?』


『好きな人いないの?』


私は、いつも同じ返事をした。


『いないよ』


『まだ、そういうのわかんない』


うそ。


ほんとは、一人だけいる。


黒瀬蓮くん。


同じクラス。


背が高い。


目つきが悪い。


無口。


女子に話しかけられても、ほとんど返さない。


いつも、少しこわい顔をしている。


だから。


気になるなんて、言えない。


友達は、とっくに黒瀬くんの話をしていた。


「黒瀬くんって、ちょっと怖いけど、かっこよくない?」


「わかる。女子に興味なさそうなとこがいい」


「でも話しかけるの無理」


「駅で高校生に声かけられても、無視してたらしいよ」


「隣のクラスの男子、黒瀬くんに見られただけで黙ったって」


話だけ聞くと、やっぱりこわい。


私は、LINEで返した。


『それ、怖いね』


それだけ。


本当は。


黒瀬くんの話になるたび、心臓が少し変だった。



二年生になって。


文化祭委員を決める日が来た。


「女子は、佐倉」


先生が黒板に、私の名前を書いた。


佐倉美月。


「男子は……黒瀬。やってくれるか」


教室が、少しざわついた。


黒瀬くんは、すごく嫌そうな顔をした。


断ると思った。


みんなも、たぶんそう思った。


でも。


黒瀬くんは、黒板をちらっと見た。


私の名前。


それから、短く言った。


「……はい」


え。


断らないんだ。


困った、と思った。


同じくらい。


少しだけ、うれしいと思ってしまった。



その日の夜。


文化祭委員の連絡グループができた。


黒瀬くんも、そこにいた。


でも、ほとんど返事はしない。


『明日の放課後、残れる人いますか?』


既読だけが増える。


誰も返さない。


しばらくして。


『やる』


黒瀬くんだった。


それだけ。


別の日も。


『段ボール、倉庫から運べる人いる?』


また、既読だけ。


少しして。


『やる』


また、黒瀬くん。


嫌そうな顔をするのに。


何も言わないのに。


誰もやりたがらないことを、黒瀬くんはいつもやった。


こわい人。


なのに。


画面に出る『やる』の二文字を、私はいつも見てしまった。



文化祭の準備が始まって、放課後に残る日が増えた。


ある日。


色画用紙とテープが足りなくなった。


外は雨。


荷物も多い。


誰も買い出しに行きたがらない。


グループは、また止まった。


私が画面を見ていたら。


『やる』


黒瀬くん。


私は、指が勝手に動いた。


『私も行く』


送った。


すぐ後悔した。


でも、消さなかった。


放課後。


学校の玄関に行くと、黒瀬くんが立っていた。


傘を持って。


無表情で。


「……行くぞ」


それだけ言って、歩き出した。


私は、あわてて隣に並んだ。


雨の音。


傘の音。


黒瀬くんの横顔。


何か話したい。


でも、何も出てこない。


黒瀬くんも、何も言わない。


お店で、必要なものを買った。


色画用紙。


テープ。


のり。


リボン。


会計が終わると、黒瀬くんが袋を全部持った。


「私、半分、持つよ」


「いい」


短い。


ほんとに短い。


でも、冷たくはなかった。


帰り道。


雨が、少し強くなった。


私はスマホが濡れないように、かばんを抱えた。


その時。


黒瀬くんの傘が、少しこっちに寄った。


え。


黒瀬くんは、何も言わない。


前を向いたまま。


でも。


黒瀬くんの肩だけ、濡れていた。


「黒瀬くん、肩」


「別に」


……別に、じゃないでしょ。


そう思ったのに、言えなかった。


袋の中に、淡い水色の画用紙が入っていた。


「あれ? これ、頼んでないよね」


黒瀬くんは、横を向いた。


「前に言ってた」


「え?」


「この色、あったらかわいいかもって」


言った。


たしかに言った。


でも、友達と話していた時に、ちょっと言っただけ。


聞いてたの?


覚えてたの?


「……ありがとう」


黒瀬くんは返事をしなかった。


袋の持ち手を、ぎゅっと握り直しただけだった。



文化祭は、無事に終わった。


私にしては、がんばれたと思う。


たぶん、黒瀬くんがいたからだ。


少しでも長く、一緒にいたいと思っていた。


なぜか、黒瀬くんも時間ぎりぎりまで残っていた。


黒瀬くんは、無口で、少し怖い。


私は、あまり話せなかった。


何も変わらないまま、文化祭委員のLINEグループは閉じられた。



やっぱり、彼氏とか、まだ無理。


私には関係ない。


そう思っていた。


夕方になると、雨が降り出した。


帰ろうと思って、学校の玄関に行くと。


黒瀬くんが、外を見ていた。


手には、傘がなかった。


文化祭の時の、雨の買い出しを思い出した。


私が濡れないように、黒瀬くんは傘を傾けてくれた。


怖そうに見えるけど。


まじめで、がんばり屋さんで。


ほんとは、やさしい人だった。


私の手には、ビニール傘がある。


声をかければいい。


たった、それだけなのに。


玄関には、まだ下校する生徒が何人かいた。


男の子に、自分から声をかける勇気なんて。


私には、なかった。


その時。


黒瀬くんが、私の方へ歩いてきた。


え。


一緒に帰ろうって、言われるのかな。


「佐倉」


名前を呼ばれた。


「な、なに?」


黒瀬くんは、少し黙った。


それから。


「スマホ、出して」


「え?」


「スマホ」


「なんで?」


答えてくれない。


ただ、じっとこっちを見る。


私は、スマホを出した。


黒瀬くんも、自分のスマホを出した。


何度か画面を触って。


私の画面を指さす。


言われるままに開く。


そこにあったのは、私と黒瀬くん。


二人だけのトークルーム。


「……おれ、LINEも苦手だから」


黒瀬くんは、横を向いて言った。


その手が、少し震えていた。


女子になんて興味ないと思っていた。


私のことなんて、気にも留めていないと思っていた。


でも。


じゃあ、これは?


この画面は?


その震えている手は?


私は、何も言えなかった。


黒瀬くんも、それ以上何も言わなかった。


「……じゃ」


それだけ言うと、黒瀬くんは雨の中へ走っていった。


傘もないのに。


私は、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。


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