第58話 脱衣麻雀
俺は和花や愛理より麻雀経験があるし、ルールも頭に入っている。
だから、せめてビリだけは免れるだろうと高をくくっていた。
実際、序盤は二人のミスが連発した。
「ダブリー!」
「和花、北抜きしたらダブリー成立しないよ。ただのリーチだ」
「え? そ、そうなの?」
「和花さん、それロンよ。四暗刻」
「ええっ!? や、役満!?」
「愛理、ツモなら四暗刻だけど、ロンだと三暗刻・対々和になるんだよ。シャボ待ちでのロン和了りは明刻扱いになるからな」
「えー……。なんだかややこしいわね」
「ツ、ツモ! これ、断么九・平和・一盃口、だよね?」
「平和は成立しないよ。今、南場なのに雀頭を南にしてるだろ。平和は役牌を雀頭にしちゃダメなんだ」
「あーもう、本当に難しい!!」
それでもなんとか打ち切り、ひとまず半荘を終えた。
結果は俺がトップ、愛理先輩が2着、和花がラスだった。
「じゃあ和花さん、さっき言った通り服を一枚脱いでもらおうかしら」
「えっ!? これ、練習じゃなかったんですか!?」
「自分で脱げないなら、私が脱がしてあげるわ」
「い、いいです! 自分で脱ぎますから!!」
和花が浴衣の帯を解こうとした。
俺は慌てて彼女を止めた。
「いやいやいや、いくらなんでもここでそれはマズイだろ」
今は貸し切り状態とはいえ、いつ誰かが入ってきてもおかしくない。
いくら罰ゲームでも、突然誰かと鉢合わせたら気まずすぎるし、下手をすれば旅館側から大目玉を食らうことになる。
「蓮くん、罰ゲームはスリルがあった方が楽しいわよ?」
「普通に迷惑だよ……。それに浴衣を脱いだらすぐ下着姿だぞ。いくら脱衣麻雀でも、さすがにペースが早すぎる」
「それもそうね。じゃあこうしない? 浴衣は着たままで、見せる部位をトップが指定するの。王様ゲームみたいに」
それくらいなら、誰かが突然入ってきてもすぐに身なりを整えられる分マシか。
……愛理は、この脱衣麻雀をどうしてもやりたいみたいだし。
「まあ、それくらいなら」
「それで蓮くんは、和花さんのどこが見たいのかしら?」
「えっ、ええっ!?」
和花は顔を赤く染め、ぷいっと横を向いた。
いや、さっきのマイクロビキニで見えそうなところは、だいたい見たはずなんだけどな。
「とりあえず、脚にしようか」
「「やっぱり生足派」」
「……」
ていうか愛理、和花に何を吹き込んだんだよ。
実を言うと、生足好きっていうのも半分は口実みたいなものだったんだけど……。
まあ、嫌いじゃないのは確かだから、黙っておくことにした。
「あ、あんたが見たいって言ったんだから、ちゃんと見なさいよ……?」
和花がぶっきらぼうな口調で浴衣の裾を掴み、ぐいっと捲り上げた。
スラリとした真っ白な太ももが露わになった。
場所が場所だからか、それとも王様ゲームみたいな雰囲気のせいか、妙な背徳感を覚えた。
俺はわざと冗談めかして言った。
「触ってみたくなるような太ももだな」
「え? ま、まあ……。触ってみれば? す、好きな人に触られるの、正直悪くない気分だし……」
いつものように「変態!」と返されるかと思ったのに、返ってきたのは予想外の言葉だった。
気持ちを全部ぶつけた以上、もう隠す必要もないということだろうか。
むしろ、言い出した俺の方が面食らってしまった。
「さあそれじゃあ蓮くん、次いこっか」
「あ、ああ」
デレモードの和花、破壊力高いな。
そう思いながら、今回の配牌を確認した。
微妙だな……。
喰いタンでも狙おうか、と方針を固めた。
だが、まさかここから異変が起きるとは思ってもみなかった。
「あ、で、できた! ツモ! えっと……。七対子だっけ?」
「お、おい待て。これ七対子じゃない!」
「え? じゃあ何?」
「二盃口だよ!」
「りゃ、リャンペーコー?」
こんなレアな手を、まさかこの場で拝むことになるとは。
……そのせいで俺は親被りし、序盤からごっそり点を持っていかれた。
次の局では、愛理先輩が3巡目にヤミテンで俺を直撃した。
「ロンよ。これ、平和よね?」
「平和だけじゃなくて、一気通貫も複合してるな……」
まあ、これは愛理がツイてたんだから仕方ない。
あっという間に東3局になった。
今度こそ、せめてテンパイだけでも。
そう念じて気合を入れ直したが、その願いはかすりもしなかった。
「ロン! うーん……。これ、白と發だよね?」
「中も二枚あるだろ。……小三元だよ」
「ツモよ。全帯に対々和でしょ?」
「……混老頭だよ」
連続で失点し、オーラスまで来てしまった。
得点どころか、まともにテンパイすらできなかった。
どうにも二人とも、想像以上にツモが強い。
(お、配牌が一向聴だ)
愛理を直撃すれば、トップは無理でもラスは回避できる。
俺は3巡目に「リーチ」と宣言し、千点棒を供託した。
ところがその直後、和花も、
「リーチ!」
と声を張り上げ、追っかけてきた。
捨て牌から察するに、おそらく染め手。
圧倒的トップを独走している和花が、なぜわざわざオーラスでリーチをかけてくるのか。
理由がよく分からなかった。
……ヤミテンを知らないからってわけじゃないよな。
一巡して、俺の番が戻ってきた。
山から一枚引く。
だが、待ち牌じゃない。
そのままツモ切った、次の瞬間――
「あ、それたぶんロン!」
「たぶんって何だよ」
和花が自分の手牌を倒した。
「これ、清一色ってやつでしょ?清一色の待ち牌ってすっごく分かりにくいのよね」
「まあ、確かに難しいけど……。あれ?」
俺は和花の手牌を見て、自分の目を疑った。
いや、マジで?
何度も確認し直したが、間違いなかった。
「それ、清一色じゃない」
「え? 同じ種類の数牌だけで揃ってるのが清一色なんでしょ」
「……九蓮宝燈だよ」
「それってすごいの?」
「役満だよ」
「ま、マジで!?」
めったにお目にかかれない役満に、まさか直撃されるとは。
放銃したというのに、妙に現実味がなかった。
この調子だと、天和や四槓子まで飛び出すんじゃないだろうな?
「私、聞いたことあるわ。九蓮宝燈を和了ると、一生分の運を使い果たして死ぬって」
「え、ええっ!? 私、死ぬの!?」
「小森和花、ここに眠る」
「私を殺さないでください、先輩!!」
和花は本気で怯えているのか、顔を引きつらせていた。
「都市伝説だから気にしなくていいよ。でも、宝くじに当たるくらいの運を前借りしたのは確かかもな」
「それはそれでなんか嫌なんだけど!? 私の宝くじ消えちゃったの!?」
愛理がくすくすと笑った。
「それで和花さん、トップなんだからラスの蓮くんに命令しなきゃ。どこを脱がせるの?」
「うーん……。肩!」
「さあ、蓮くん、妖艶に脱いでみて」
「……」
結局この日、二人に身ぐるみ剥がされて、パンツ一丁しか残らなかった。
◇
麻雀を打ち終えると、俺たちはそのまま泥のように眠りに落ちた。
翌日は二人の提案で、午前は愛理と、午後は和花と、それぞれ二人きりで近くの観光地を巡った。
事実上のデートだった。
「どう? 楽しかった?」
旅館への帰り道。
俺の手を握る和花が、晴れやかな顔で尋ねてきた。
「ああ、楽しかったよ。特に、お前が遊覧船でカモメにエサをやろうとして、腰を抜かして後ろにひっくり返ったとこが一番だったな」
「なんでそこが一番楽しいのよ!?」
「あー、あれ写真で、いや動画で撮っておくべきだったな」
「早く忘れてよ!!」
告白されたとはいえ、俺と和花はこんなふうに友達感覚で過ごす方が、お互い気楽だった。
ただ、和花はもう恥ずかしがりながらも俺への好意を全く隠さなくなった。
本人曰く、吹っ切れた部分もあるとか。
このまま、今日も穏やかに終わる。
そう思った、そのときだった。
「部長、一体どこまで行くんですかぁ。僕、疲れました〜」
「もう少し我慢しなさい。あと20分で着くわよ」
「ここからさらに20分も!?」
バスから降りたばかりのような集団が見えた。
俺は彼らの顔を見て、体が強張った。
(……写真部)
夏合宿に来たのか?
俺の記憶では、合宿先はここじゃないはずなのに。
俺が結月をフったことで生じたバタフライエフェクトか。
(とにかく、俺にはもう関係ない)
せっかくの楽しい旅行だ。
ここで気分を悪くしたくはない。
顔を背けたまま、和花とともにその場をやり過ごそうとした。
和花は俺の突然の変化に最初は戸惑ったようだが、すぐに察したのか、気配を殺して歩調を合わせてくれた。
しかし——
「長澤、ここじゃあんたが一番力持ちなんだから、他の子たちの分まで持ってあげてよね」
「おいおい、俺の扱いひどくねぇか」
「黙って受け取りなさいよ!」
写真部の部長が、巨漢の金髪男に自分の荷物を投げつけた。
金髪の男は荷物を受け取ったものの、思ったより重かったのか後ろに数歩よろめいた。
その時、俺の肩と彼の背中がぶつかった。
「あ、すみません」
「……いえ、大丈夫です」
「あ、お前……。北山の彼氏じゃねぇか?」
ぶつかった相手は、長澤先輩だった。
彼の一言で、他の部員たちの視線が一斉に俺へと集中した。
「え? 蓮……?」
その中には結月もいた。
おばさんから聞いた話では、合宿には参加しないことになったはずなのに。
それとも、何か別の目的でもあるのだろうか。
「……元カレです」
結月とも、長澤先輩とも、もうこれ以上交わす言葉はない。
正直、なぜわざわざ俺に絡んでくるのかも分からなかった。
そのまま足早に立ち去ろうとした、そのとき――
「こ、この人が、あの長澤って人……?」
隣で、俺の腕にぎゅっとしがみついたまま、和花がそう尋ねた。
見ると、その手は小刻みに震えていた。
怯えきっているのは明らかだった。
「ん? 俺のこと知ってんの? へぇ、俺も有名人になったもんだ。何年生?」
「きゃあああっ——!!」
長澤先輩が和花に声をかけた瞬間、和花は弾かれたように悲鳴を上げた。
「サル以下のヤリチンに犯されて妊娠しちゃうぅぅぅ——!! た、助けてぇ——!!」




