1.街の灯り、最初の夜
扉を押す。
軽いベルが鳴って、空気がふっと変わる。
温かい匂いが流れ込んできた。
(……ええな、この感じ)
「いらっしゃいませ」
すぐに声が返る。
目の前に、エプロン姿の女性が立っていた。
栗色の髪を後ろでまとめ、柔らかく笑っている。
動きは自然すぎるくらい自然で、
本当にただの店員にしか見えなかった。
「こんにちは」
ハナが反射的に返す。
少しだけ声が固い。
「……ねぇ」
ハナが俺を見る。
首をかしげたまま、じっと見てくる。
「この人、本当にずっとここにいるの?」
一瞬だけ詰まる。
どこから説明するか、少しだけ迷う。
(ああ、そこ知らんのか)
「あー、店員やな」
「店員?」
「店で働いてる人」
ハナがもう一度、店員を見る。
さっきより長く、ちゃんと見ている。
「働いてるの?」
「そういう役割やな」
「ここお店だよね」
「せやで」
「なのに、人が立ってるんだ」
軽く息を吐く。
説明の順番だけ整える。
「昔はな、こういうの普通やってん」
「昔?」
「Tokyoでも三十年くらい前までは」
指で軽く宙をなぞる。
記憶の話を引っ張り出す。
「店に人おって、注文取ったりしてたらしい」
ハナが止まる。
目線が少し揺れる。
「……あー、なんか習ったかも」
「やろ」
納得しかけてる顔。
でもまだ引っかかってる。
「でも、それをゲームでやるんだ」
もう一度、店員を見る。
今度は真剣。
「この人、大変じゃない?」
思わず少し笑う。
「いや、これな」
一呼吸置く。
「人間ちゃうねん」
「え?」
「最初から用意されてる存在」
「……用意されてる?」
「ロボットみたいなもんや」
ハナが店員を見る。
今度は、納得しにいく目。
「……ロボット」
「そんな感じ」
小さくうなずく。
「なんか、ちょっと安心した」
「何が?」
「人が働いてるわけじゃないんだって思って」
(そこ気にしてたんやな)
「まあな」
少しだけ笑う。
感覚は分かる。
「こちらへどうぞ」
店員が自然に案内する。
流れるような動き。
「うん」
ハナが素直に返す。
席へ向かう。
足取りが、さっきより軽い。
(ええ感じに楽しんでるな)
席に座る。
椅子が軽く鳴る。
机に手を置く。
「何食べる?」
「まだ決めてない」
メニューを開く。
知らん名前ばっかり並んでいる。
「星屑キノコのクリーム煮」
「火竜のロースト」
「海鳴り貝の蒸し焼き」
ハナが身を乗り出す。
目が分かりやすい。
「なにこれ」
「名前だけやと想像つかんな」
少し考える。
メニューを想像しようにも情報は足りない。
「よし」
メニューを閉じる。
「おもろそうな方でいこか」
「火竜のローストやな」
「それ、絶対強そう!」
「名前がな」
ハナが笑う。
もう乗ってる。
「辛そうじゃない?」
「知らん」
「でも気になるやろ」
少し間。
「……うん」
「気になる」
「やろ」
もう一度メニューを見る。
組み合わせを決める。
「星屑キノコのクリーム煮」
「あと月蜜パン二つ」
「月蜜パン」
「名前がうまそうやろ」
「分かる!」
即答。
(ええな、このテンポ)
注文しかけて、ふと止まる。
「これ、お金ってどうなるの?」
ハナが聞く。
「最初はちょっと持ってるはず」
「それ使う」
「はず?」
「まだ見てへん」
ハナが少し眉を寄せる。
「そのあとは?」
「素材売って金にする感じ」
「素材?」
「倒したやつのドロップ品とか」
「勝手に増えるわけやない」
ハナが少し納得する。
「……途中で拾ってたの、それ?」
「まあな」
「じゃあ頼める?」
「いけるやろ」
「多分なんだ」
「足りへんかったら、その時考えよ」
「それ雑じゃない?」
「試したら分かる」
ハナが笑う。
でも止めない。
「じゃあ、それで!」
「ほな頼むわ」
注文する。
(さて、どんなの出てくるか)
料理が運ばれてくる。
湯気が立つ。
匂いが一気に来る。
(……うわ、これ絶対うまいやつや)
思わず口が動く。
「ええ匂いするな」
「これ当たりじゃない?」
星屑キノコのクリーム煮。
白の中で青銀が揺れている。
キノコの傘が、夜空みたいな色をしていた。
「うわぁ……!」
ハナが声を上げる。
火竜のロースト。
赤黒い肉が照っている。
香ばしい匂いが強い。
月蜜パン。
琥珀色に光る表面。
(見た目からして強いな)
「なにこれ、めっちゃ綺麗!」
ハナが身を乗り出す。
「もううまいの確定やな」
そう言ってスプーンで、一口、口に運ぶ。
「……えっ」
もう一口。
「うまっ!」
「なにこれ、すご…!」
ハナも顔が一気に崩れる。
「これ当たりやな」
俺も無心で食う。
ハナがパンをちぎる。
「やわらかっ!え、なにこれ、ふわふわ!」
「月蜜ってなんやろうな」
スープに浸す。
そのまま食う。
「……あ、これやばい」
思わず笑う。
「パンで完成するやつや」
ハナも同じように食べる。
「ほんとだ!これ一緒に食べるやつ!」
「せやろ?」
少し間。
「これ、ほんとにゲーム?」
ハナがぽつりと言う。
「……どうやろな」
でも。
「めっちゃ楽しい!」
その一言で分かる。
(完全にハマったな)
皿が空になる。
満足感がしっかり残る。
外に出ると夕焼け。
光がやわらかい。
「……もう夕方か」
「ほんとだ」
ハナも空を見る。
「なんか、あっという間だね」
「せやな」
軽く伸びる。
「どうする?」
ハナが俺を見る。
少し考える。
でもすぐ決まる。
「今日はここまでにしよか。宿取って、休もう」
「うん」
少し歩く。
すぐ宿が見つかる。
「ここでええか」
「うん」
中に入って部屋を取る。
扉を開けると、夕焼けが差しんでいた。
「いい部屋だね」
「せやな」
ベッドに座ると体が沈む。
「なあ」
「ん?」
「ログアウトせんでええんか?」
ハナが少し考える。
「大丈夫だって、病院の人が言ってた。管理してるから問題ないって」
「……そっか」
短くうなずく。
「じゃあこのままでええな」
「うん」
横になる。
距離が少し近い。
静か。
「ねえ」
「ん?」
「今日、ちょっと怖かった」
少し間。
「でも、楽しかった」
思わず笑う。
「せやな。おもろかったな」
少しだけ距離が縮まる。
「明日、どうする?」
「ギルドやな」
「楽しみだね!魔法屋と装備屋も」
「うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じる。
(ええスタートや)
この世界で、初めての夜。
静かに眠りに落ちていく。




