冬と坂と僕
最後まで読んでくださるとうれしいです。
この作品は、私が、2025年の冬に書いた詩「冬と坂と僕」をもとに作った物語です。
「冬と坂と僕」詩Ver
まだ色のない朝の坂道
凍てつく静寂が町を包み込む
ゆっくりと深い眠りから覚めていく
結露に濡れた 家の窓
そんな冬の朝に散歩へ出かける
かじかむ指先に 坂道を吹き抜ける風が鋭く刺さる
いくつもの坂をこえた先
澄み渡る青い光の中に
真っ白に装った富士山が 凛としてそびえる
静寂が 乾いた靴音とともに破れていく
駐車場で白く煙る 車の排気ガス
アスファルトを刻む タイヤの音
どこかの家から漂う 温かな湯気の匂い
近くを流れる川の 冷ややかな音
風で運ばれてくる 焚き火の匂い
膨らんだ雀たちが 身を寄せ合う声
気づけば吐く息が 白く流れる
冬の朝は 光に溶け出し
今日の一日が始まる
アラームが鳴るよりずっと早く、僕は布団の中で目を開けた。
カーテンの隙間から差し込むのは、まだ色のない、薄暗い青。頭の中には、昨日言われた鋭い言葉や、やり残した課題の山が、澱のように沈んでいる。考え始めると動けなくなる。僕は逃げ出すようにベッドを抜け出し、重いコートを羽織った。
玄関のドアを開けると、凍てつくような静寂が町を支配していた。
家の窓は結露で白く曇り、外の世界との境界を曖昧にしている。僕は深く息を吐き、坂道を登り始めた。
「寒いな……」
漏れた独り言さえ、冷気に切り裂かれるようだ。かじかんだ指先に、坂道を吹き抜ける風が容赦なく刺さる。けれど、その痛みはむしろ心地よかった。肌に刺さる寒さが、頭の中にこびりついた「嫌なこと」を、少しずつ外側へと押し出してくれるような気がしたからだ。
いくつもの坂を越え、ようやく視界が開ける高台に出た。
そこには、澄み渡る青い光があった。その光の真ん中に、真っ白に装った富士山が、凛としてそびえ立っている。昨日までの僕の悩みなど、まるで知らないと言わんばかりの、圧倒的な静けさ。僕は足を止め、その神々しい姿をただ見つめた。
静寂が、僕の刻む靴音とともに、ゆっくりと景色に溶け込んでいく。
さっきまでは耳を塞ぎたくなるような静けさだったのに、今は違う。
駐車場の隅で白く煙を吐く排気ガス。アスファルトを規則正しく刻んでいくタイヤの乾いた音。ふと鼻をくすぐる、どこかの家庭から漏れてきた朝食の温かな湯気の匂い。
川のせせらぎは氷のように冷ややかな音を立て、どこかで誰かが焚き火をしているのか、微かな煙の匂いが風に乗って届く。久しぶりに、焼き芋でも食べたいなとふと考えた。
ふと真上の電線を見ると、冬毛で丸くなった雀たちが、お互いの体温を分け合うように身を寄せ合って鳴いていた。
「……生きてるな」
そんな当たり前のことが、不意に胸に落ちてきた。
世界は僕の悩みに関係なく、こうして美しく、淡々と、営みを続けている。そのリズムに身を任せているうちに、肩の力が少しだけ抜けていくのがわかった。
気づけば、吐き出す息は真っ白に流れ、太陽が坂道を黄金色に染め始めていた。
冬の朝が光に溶け出し、新しい一日が動き出す。
僕はもう一度、深く、冷たい空気を吸い込んだ。
逃げてきたわけじゃない。僕は、今日という日を新しく始めるために、この景色に会いに来たのだ。
一歩、踏み出す。
坂を下りる僕の背中に、冬の柔らかな光が寄り添っていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!また別の作品や次の話も読んでくださると嬉しいです!




