第7話
私は幽霊である。
名前は思い出せない。
「ーーおい」
気が付くと、真っ白い空間に漂っていた。
雲の中にいるようにふわふわと心地いい。
「ーーおい、と申すに」
たしか私は、厨房で寝ていたはずだ。
これは夢なのだろうか。
自分でそうと分かっているのだからーー明晰夢、というやつかもしれない。
「ーー軽んじるでない!」
だが、明晰夢はある程度、夢をコントロールできるはずだ。先ほどから私に話しかけてくる珍妙なものは何なのだ。
「やっと、こっちを見たな!」
「聞いて慄け!見て恐怖しろ!」
「我らこそ、『おにぎり』の幽霊じゃ!」
……私が望んで生み出したのだろうか。
「我らは、『ふーどろす』によって生まれた怨霊じゃ!」
「愚かにもお百姓さんの努力と、調理者の思いを踏みにじった恨みにより我々が生まれたのだ!」
「ふははは、恐ろしかろぅ」
『おにぎり』に手足が生えた謎な存在が、私に胸をはった。
おにぎりが胸を張るとはシュールである。
米一粒一粒から囁くような声、粘ったようなヒソヒソと笑うような声が響く。
「恐怖のあまり声も出ぬようじゃな!」
……お米一粒一粒には七柱の神様が宿るという。
廃棄されたおにぎりが付喪神となったのだろうか。いや、これは夢だ。
おにぎりが出てくるということは、私はお腹が空いているのだろうか。
「また無視か、最近の若いもんはこれだから」
そもそも、幽霊は食事ができるのだろうか。
生き物は食物を採取してエネルギーを得ている。植物などは光合成でエネルギーを得る。
では、幽霊は? 生気か魂か?
だが、おにぎりが夢に出ている。
少なくとも人が食べる物が出てきたということは、私は食物が"食べられる"という事だろうか。
「なんぞ、お前さん、腹がへってるのか」
「それなら、我らを食べてくりゃれ」
「ひひっ、我らの悲願を叶えてくりゃれ」
……人語を話す物体を食べたくはない。
それに、自分達の事を"怨霊"だと言っていた。仮に食べたら、お腹を壊しそうで怖い。
「大丈夫じゃ、我らを食べてくれるなら、怨み晴れよう」
「ひひっ、そうじゃ、そうじゃ! 人助けと思い食べてくりゃれ」
「具は、ほんのり甘い"御魂"じゃぞ」
得体のしれない具が出てきた。ますます食べる気にはなれない。
「……食べぬなら、無理やり入るまでよ」
「そうじゃ、それがよい!」
「一口食べれば、あとは容易い」
不穏な空気になってきた。
さっきまで、真っ白い空間だったのが徐々に黒く染まる。
空気が重く感じる。
自称"おにぎり"の背後から立ち上がる、怪しく赤黒い煙のような物が絡みつく。
何処からともなく血のような臭いが湧いてくる。
逃げないといけない。……でも、どこへ?
地に足が着いていないせいで、走って逃げる事も出来ない。雲の中にいるようだと思っていたが、蜘蛛の巣に絡められて逃げられない虫のようだ。
目覚めろと叫んでも、起きる気配はない。
「ひひっ、久方ぶりの馳走じゃ」
「馳走じゃ、馳走じゃ!」
「逃がしはせぬぞよ」
ーーーババババ
遠くで、ヘリコプターの羽音が聞こえる。
不意に、意識が覚醒する感覚がした。
目が覚めると、元いた厨房で横になっていた。
……危なかった…のか?
さっきの夢は何だったのだろう。
変な夢だった。幽霊でも悪夢をみるのだな。妙に疲れが残っている。
ヘリコプターの音は徐々に近づいている。屋敷の裏に降りて来ているようだ。
ただ広い厨房だと最初は思っていたが、あの夢のせいで気味悪く感じる。
ヘリコプターを確認するために、厨房の外に出る。
今回はちゃんと扉をすり抜けて行く。ここで神通力を使って扉を開けると、包丁や調理器具が飛んで危ないことになりそうだ。何よりもう、ここで寝たくない。
扉をすり抜ける時に視界の端に映った、隅にあったお清めの塩と米が、黒くなっている気がする。
元からこうだったろうか……?
窓から外を見ると担架で運ばれているマッチョマンが見えた。
どうやら、ドクターヘリを呼んだらしい。
気絶していたから、マッチョの仲間が呼んだのだろう。
木々が色づき、秋の始まりだろうと思う空にヘリコプターが離陸していくのを眺めていた。
ーーーーーー
誰もいない厨房に黒い米粒がいくつか散らばる。
「……っち、惜しかったのぅ。せっかくの機会を取り逃してしまったではないか」
「美味そうな小娘の魂だったのにのぅ」
「臓物から喰い破ってやろうかと思ったのにのぅ」
「口惜しや、口惜しや…」
「忌々しい結界がある……。あやつも此処からは出れまいて。また機会があるかもしれぬ。」
「ひひっ、楽しみじゃのぅ」
「楽しみじゃ、楽しみじゃ……」
「ひひひっ……」
重い空気の中、不気味な笑い声だけが響いてた。
本話もお読みいただきありがとうございます。
おにぎりの幽霊が出ました。
世の中にはピザの幽霊もいるかもしれないです。
…作者は風邪をひきました。
皆様もどうかご自愛ください。




