第6話
私は幽霊である。
名前は思い出せない。
私はーーもしかすると、恐ろしい幽霊なのかもしれない。
せめて、井戸から出てくるあの先輩のような容姿であってほしいものだ。
さて、まずはこの天井から脱出する方法を考えねばならない。
目下のマッチョマンはまだ寝ている。できれば彼が起きる前に抜け出したい。
……また気絶されたら、さすがに落ち込む。
とりあえず、降りるために手足を動かしてみる。
天井から手足が突き抜け、ぱたぱたと動いてはいるが、胴が抜けない。勢いよくバタ足をしてみた。
生足がみえた。
……やだ、はしたない。
マッチョはまだ気絶しているようだ。セーフである。
どうやら、まだ夢の中らしい……見られなくてよかった。
彼の夢の中まで私が天井からぶら下がっていなければいいのだが。
それにしても、幽霊ならばスルッと抜けるものだと思っていた。壁抜けどころか、天井に引っかかって身動きが取れないなんて。まるで爪切りのためにハーネスで宙ぶらりんにされてる猫のようだ。
このままでは、"吊り下げ式幽霊"である。
新種が爆誕してしまった。
イメージの問題かもしれない。願いによって力は発動している。もっと具体的なイメージを持てばうまくいくはずだ。
目を閉じて天井から抜け出すイメージをする。
…不意に、浮遊感、そして、落下している。
成功だ……が、今度は床に突き刺さってしまった。
着地のイメージをしていなかった。うかつ。
一応、スカートを押さえていたので大丈夫なはず。
センシティブにはならない。
……もうこのまま、一階に降りてしまおう。
目をつむり直して、ふんわりと降りて着地する自分を想い浮かべる。
また浮遊感。
スカートが広がり、まるでメリーポピンズのように、ゆっくりと一階に降りていく。
どうやら下は厨房だったようだ。
ステンレスのガス台の前に、無事、着地する事が出来た。
やった、初めての成功だ。
なんとなく神通力の使い方を掴めて来た気がする。
あとは練習あるのみだ。
けれど、成功の喜びもつかの間、また疲労感が押し寄せる。
幽霊であるというのに、疲労があるというものは、なんとも不思議だ。
力を使うたび、魂の奥がじんわりと摩耗していくような感覚がある。
この身体のない身体が、少しずつ”重く”なっていく。
マッチョの動向も気になるが、今は目を閉じよう。
しばらく休めば、また動けるはずだ。
厨房の隅に丸くなって座り込む。
体育座りというやつだ。
厨房の隅にはお清めだろうか。塩とお米が盛ってある。……何か出るのだろうか。
少し不安になったが、冷たいタイルの床に背を預けると、不思議と安心した。
……静かだ。
人の気配がない広い厨房で、静寂に身を預ける。
夢を見れたらいいのだが。
できればーー生きていた頃の夢を。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
センシティブにはならない幽霊。




