ボブさんもきっと喜んでいる
この物語の4話目には、
一日目のキーワード「東京」
二日目のキーワード「夢見がち」
三日目のキーワード「お父さん」
四日目のキーワード「成層圏」
五日目のキーワード「高橋」
六日目のキーワード「コンパス」
七日目のキーワード「青春」
八日目のキーワード「間取り」
九日目のキーワード「大型トラック」
十日目のキーワード「犬」が使われています。
「碧衣! 言っていい冗談と、悪い冗談があるぞ!!」
そもそも大型トラックを運転した事などないお父さんは、私の言葉の意味が分からずに顔を青ざめさせた。私とお母さんへの殺意など微塵も感じていないのに、嫌な妄想を言葉にされて、みるみる表情を真っ赤に染めて怒鳴った。
お父さんが私に怒る光景は、今まで見たことがなかった。普通⋯⋯怒るよね。考えてもいない殺人犯にされそうだもの。
「碧衣、お母さんもそういう冗談は笑えないわ。お父さんに謝りなさい」
お母さんも、怒った。でも冗談で言ったわけではないの。私は胸の電子コンパスを握る。この時の私が真面目に話していた事がデータに残るはずだから。
「信じて貰えるのかわからないよ。でも、私は何度も何度もお父さんとお母さんが言い争う姿を見てきたの。お互い惹かれあって好きあって私が生まれてくるのに、私がこうして成長する頃になると、反発しあって醜くいがみ合って、別れてしまうの」
これは嘘。深海魚のおじさんだった高橋君がおかしな事になっている事で、今回はいつもと展開が違う。
得体の知れない高橋君のおかげで、お父さんとお母さんに共闘意識が芽生えたみたい。でもそれは私へ向けられている愛情の証でもある。
「私の人生はね、何度繰り返しても小学生で終わるの。もう何度繰り返したかな、碧衣の人生」
そう⋯⋯何度も見た光景を私は思い出した。いっつも二人はうまく行かなくて、喧嘩になって私は一人になるんだ。何とかしたくても、思い出すのは死の直前。犬⋯⋯猫? 違う走馬灯というやつが刻まれ続けて、小学生なのにとても落ち着いた大人びた娘になってしまったのだ。
「確かに碧衣は変わった娘だが⋯⋯」
「私たちの娘だから変だけど⋯⋯」
おぅ⋯⋯さすがは元夫婦。自分たちの娘をしっかり同じ目同じ印象で見ていたよ。そして自分たちも変人だと認めたよ。
「私はね、碧衣の人生を繰り返しているの⋯⋯いろんな形で終わる短い人生を。その証拠がこれよ」
私はお母さんのバックから常備しているメモ帳を取り出して、部屋の図を描く。狭いアパートの間取りの詳細を矢印て示す度に、両親の顔に驚きの表情が浮かぶ。
────この間取りは、夢見がちな私が高橋君の変身中に夢見た景色だ。イメージは昭和だけど、実際は平成時代の東京都内のアパートの一室。お父さんにお母さん、それにお母さんのライバルの人。これは私が生まれる前の大学時代に二人が暮らしていた安アパートね。
「どうして碧衣が、碧衣の生まれる前の事を知っているの?」
研究者の悪い癖で、奇妙な事を言い出す私に別な興味がわいたみたいだね。そして話した事などない過去まで知る私が、少なくとも嘘は言っていないと信じた。ごめんなさい、いつも二人が醜くいがみ合っていると嘘つきました。
そう、それは嘘。二人ともいがみ合うことはなく、互いに嫉妬するほど相手を好いてました。だから私はいつも存在するの。
でもね、うまくいかなくて小学生で人生が終わるのは本当なの。大型トラックに乗ったお父さんが、私たちへ突っ込んで来たのも、私の中に刻まれた事実。
失った過去って勝手に私が認識して考えているだけで──違う世界の私を体験した私なのかもしれない。とりあえず⋯⋯自分でも小学生らしくないなっていつも思っていたんだよね。
高橋君が輝いた時のように、うまくいかない時は、目の前がパァッて明るくなって消えた後⋯⋯生まれる前に戻るんだ。ありふれたループ物語が、私の人生。恋が実らないのも、きっとそのせいだわ。
初恋の相手だった高橋君は⋯⋯今までのループ⋯⋯平行世界には存在していなかったレアキャラだ。大型犬のゴールデンレトリバーのボブ君にも惚れた事もあった。その背中によじ登って落ちて⋯⋯迷惑かけたね、ボブ君。
ただ⋯⋯こんなにも高橋君に胸がときめいたのは、この繰り返される日々を終わらせてくれそうな期待があったからだと思う。
「高橋君というが、彼は世間的には投票で決まった石田が本当の名前だぞ」
そういう所よ、お父さん。私の回想話の話の腰を折らないで。ゴールデンレトリバーは水猟犬⋯⋯水で回収する暗示があったのかな。もしかして高橋君もおじさん転生繰り返しているの?
高橋君のいなかった世界で水族館に来た時もあったな。その時に手をつないでいたのはお父さんと知らないおばさん。知っているのに、知らない。だって好みじゃないもの。水族館から仲良くしたふりで出て来た所を、お母さんに轢かれたんだ。
逆の時はストーカー化したお父さんに刃物で襲われた事もあった。最新版が大型トラックに乗ったお父さんってことになる。錯乱なのか、死んじゃった後に思い出した今、どっちにしても理由は不明。目の前のお父さんの仕出かした事でも、本人わからないことはある。あれ? お母さんは別に浮気や乗り換えしてなくない?
「いや⋯⋯碧衣の話が事実でも、現在の俺がやってない事を責められても困るぞ」
「普段の行いが悪いのよ。私は一途だもの。お父さんとは違うわよね」
お母さんは研究者としては素晴らしいけれど⋯⋯母親としては微妙なのよね。現在進行系でメシマズなお母さんは、どの世界線でもメシマズで、私がいないとろくな物を食べないダメ親だった。ライバルのおばさんはメシウマだから、お父さんがふらついたのかな。
「お母さんがメシマズは事実だが、現在起きていない事実で責めるのはやめろ」
お父さんが凹んだ。お母さんも長テーブルの上で、セクシーポーズから膝をついた乙ポーズになっている。思い込みの激しい似たもの夫婦なんだよ、二人共さ。
「そういう問題じゃない!!」
ほらハモった。高橋君だけが、冷静だ。真正面にパンツ丸出しのお母さんを見ても涼しい顔。目を開けたままねてる?
同じ何かに熱中するタイプ⋯⋯とは言っても、技術職と飼育職では思考の仕方も違う。でも私への愛情の向け方は同じだ。
別れた後も私に合わせて、お父さんはお母さんと、お母さんはお父さんと、互いの事を呼ぶ。私が何とか二人を結び直さないと、永遠に小学生を繰り返すことになる。
「えー、私としては成人するまで二人が一緒の方が助かります。親ガチャとか、産んだ責任を問うつもりはありませんが、運命共同体として一緒に家族を作る事に協力して下さい」
人間として、専門家としては素晴らしいのに、親としては残念な人たち。感情のもつれが原因ならば、私が繕う。そして原因を排除してやる。
成層圏のオゾン層が有害な紫外線から守るように、世間の熱い視線から私を守るバリアな両親になって下さい。私も⋯⋯変わった娘であることを認めます。
「まったく碧衣は⋯⋯」
「メシマズ⋯⋯」
お母さんのダメージが予想より大きくてパワーバランスが程よくなった。この時の余計な一言のせいで、新たな実験体として、私は地獄を見る事になる。夢見がちな乙女にビリビリと刺激的な日常が待っていると思うと憂鬱だけど⋯⋯少しだけ手加減してほしいよ、お母さん。
残る問題は高橋君だ。高橋君のおかげで生物学上のお父さんもお母さんも、もう一度仲良く家族団欒の未来を守ってくれそうだ。
「高橋君、起きて。ねぇ、高橋君。元のおじさん⋯⋯魚の姿にはもう戻れないの?」
寝ていた高橋君を揺り起こし状態を確認する。
「うむ、無理そうじゃ」
「即答なのね」
生物学上、人なのか魚なのか謎のおじさんになった高橋君。お父さんとお母さんがよりを戻したというのに、高橋君が側にいるとややこしいし、別な問題起きそうだ。
「────よし、送りつけよう」
「は??」
お母さんが激しく嫉妬するのも、お父さんが浮気するのも、学生時代のライバルの女性が問題だった。エリート街道ひた走る有能無敵おばさんを倒すには、イケメンの高橋君を送りつけるに限る。
完全体なのに、お母さんにライバル心剥き出しで執着するのは、きっと過去のトラウマが原因だ。汚点を残したくない完璧人間らしい。
「⋯⋯魚のわしが、人間を釣るのかね。まあよいじゃろ」
高橋君に不満はなさそう。おじさんではなくなった高橋君に、私も興味は薄い。親戚のおじさんくらいの親しみと距離感を保てる程度がちょうど良いのよ。
────作戦は見事に成功した。世間一般には、高橋君は天然産のアイドルみたいな容姿だからね。中身はおじさんな、じっちゃんだけど、そんなの黙っていればわからないし。
私の長い戦いは終焉を迎えようとしている。物知りなのに、世間知らずな高橋君が世の中を騒がす中、私は再婚した両親に見送られながら、小学生を卒業する日を迎えられた。
「⋯⋯手のかかる両親を持つと、子は苦労するわね」
「碧衣、お前が言うな〜〜っ」
ごちそうさま⋯⋯お約束のハモリをいただきました。これは美味しい。でも私とお父さんが少しやつれたのは、お母さんの特訓に付き合っているせい。さすがの私も、この難題を突破するのは難しいようだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。復縁に関しては賛否あるかと思いますが、主人公の娘視点では幸せなのでハッピーエンドとしました。
お題クリアだけに、最後は「題」で締めました。