青春の日々はトライアングル
はじめに⋯⋯短編にて投稿しました「私の心の羅針盤」を元に、7日目までの全キーワードを使った作品にしてみました。
話数が1日進む事に、キーワードが1つ増えた全キーワードを使ったお話になって行きます。最終話の4話目は10個のキーワードを使うことに⋯⋯。
前書きに、導入部として短編掲載文を載せておきます。すでにお読みの方は本文へどうぞ。
◇ ◇ ◇ ◇
私の胸の心の羅針盤はいつも高橋君に向いている。
高橋君を思うとピピッて、心がときめくの。
高橋君がたとえ大都会東京の人混みの中に紛れていようと、探し出してみせるわ。
好きなの⋯⋯どうしようもないくらい、高橋君が好きなのよ!
「⋯⋯おい!」
高橋君とどうせならコンパスのように一つになって円を作りたい。ハートも描けるのかな。もしそうなれば私の恋の羅針盤が、振り切ってしまう。
高橋君が成層圏⋯⋯いえ、大気圏を突き抜けて、宇宙旅行に行っていたってわかるのよ。
「⋯⋯おいって!」
生物学上のお父さんがうるさいわね。私は高橋君に夢中なの。他人となったおじさんに興味はないの。
「碧衣、まだお父さんの事を許してくれないのか」
お父さんとお母さんは昨年末に別々の道を歩んだ。性格の不一致だって。お母さん怒っていたから違う理由ね。
お父さんだった人は、私と高橋君の邪魔をする置き物、スピーカー機能の壊れたアンプだってお母さん言ってた。そういえば迎えに来たこのジープも音がおかしい。
「久しぶりに会えたのに冷たくしないでくれよ」
言われてみたいよね、高橋君にこのセリフ。なんで他人となったおじさんが言うのよ。
「取り消して下さい」
「はぁ?」
「いま私に言ったセリフを取り消して下さいと言ったのです」
「何を馬鹿みたいな事を言っているんだ。せっかくこうして⋯⋯」
面会義務とは言っても⋯⋯高橋君以外の男に付き合わされるのは苦痛ね。元お父さんのジープから降りて、待望の高橋君のいる水族館へと向かう。
馬鹿みたいでも、夢見がちでも結構なの。私は高橋君が好きなだけなんだから。
元お父さんとの面会場所を元お父さんの働く水族館にしたのは、高橋君に会えるチャンスがあるから。
「だいたいあのおじさんは、高橋君じゃなくて、石田君に決まったぞ」
「関係ないの!あの子は私の高橋君になったの!」
デリカシーのない元お父さんが、いらない情報でマウントを取ろうとする。なんで石田よ。私の高橋君に変な愛称つけないでほしい。
「新種だから珍しい色だろう」
高橋君の横で、お父さんだったおじさんがうるさい。集中したいのに、一人で勝手に喋りかけてくるから放っておいた。
「────あぁ、高橋君。会いたかったよ〜〜」
つぶらでキュートな目をずっと眺めていたいのに⋯⋯今日は高橋君に会えた時間はわずか5分。二時間並んで、たったの5分。知り合いのおじさんとの面会時間目一杯使って合わせて10分の逢瀬。
でもいいの。ピピッてまた高橋君が呼んでくれるから。その時はまた、生物学上のお父さんとの面会を口実にして飛んで来るからね。
────ピピッピピピッ
「あっ、お母さんが呼んでるから帰らないと」
胸にぶら下げているコンパスはお母さんが持たせてくれた電子コンパスGPS機能付き。高橋君に会える時とお母さんが呼ぶ時で、鳴り方が違うから私にはすぐわかる。
「並ぶ間、碧衣と全然話してないじゃないか」
「私は高橋君に会いに来ただけだもん。それより高橋君が棲みやすいように、お世話してあげてよね」
私の大好きな高橋君の側に、いつも側にいられると思うと、お父さんが憎らしく思う。
お魚さんの事になると、凄くうるさくてクドクド長話をするお父さんは嫌いだ。でも高橋君やお魚さんたちの世話を、一所懸命面倒見るお父さんは嫌いじゃないよ。
でも⋯⋯もう少しお母さんや私にも構って欲しかったなと思う。高橋君やお魚のさんのように、餌をあげて欲しかったよ。
ちっぽけな私の復讐に付き合わせてごめんね高橋君。もう少し困らせてやりたいから、また会いに行くね。
◇ ◇ ◇ ◇
この物語の1話目には、
一日目のキーワード「東京」
二日目のキーワード「夢見がち」
三日目のキーワード「お父さん」
四日目のキーワード「成層圏」
五日目のキーワード「高橋」
六日目のキーワード「コンパス」
七日目のキーワード「青春」が使われています。
「お父さんとお母さんの出会った頃の青春ときめき話、聞きたいんだろう? 出会ったのは東京の大学でな⋯⋯」
「興味ないし。私は高橋君に会えればいいもん」
高橋君との衝撃の出会い。あれからもう1年が過ぎたんだね。私もひとつ歳を取り、高橋君への情熱は少し落ち着いていた。
高橋君というのは深海に棲むお魚さん。海水圧の影響で深海魚の多くは海面に上がると膨らむの。その姿がおじさんの顔に似ているから、おじさんって愛称になったんだって。沖縄とかでは売ってるみたいね。でも高橋君は新種なので、その辺のおじさんと一緒にしないでほしい。
⋯⋯聞いてもいないのに何度もうざいくらい話すからさ、全部は無理だけど、いい加減覚えちゃったよ。千葉には種類が違うけれど、おばさんって鮫もいるんだってさ。
水族館で見る事の出来る深海魚は違うの。ゆっくりと深海の水圧から通常の水圧に合わせているから、本当の姿に近いんだよ。私が高橋君と呼ぶ新種のおじさんはイケオジなの。最近は高橋君目当てのにわかファンがいなくなり、独占状態なんだよ!
「全然落ち着いてないじゃないか」
ジープのコンパスっていう車を運転する元お父さんが、私をチラッと横目にしてぼやく。少し型は古いけれど人気の車だったんだってさ。どうでもいいから運転に集中してと言ったら黙ってくれた。これも水槽までの道中、一方的に話す元お父さんが語った蘊蓄だ。
運転する元お父さんは、お母さんとの馴れ初めを話して私の気をひこうとして、失敗して凹んでいる。
「今更二人の青春の話を私にした所で、元の生活には戻れないと思うよ?」
お母さんは技術開発者として成功していて、小学六年生になった私一人くらい余裕で育てられる経済力がある。私が高橋君に夢中でいられるのも、お母さんのおかげだ。
「そういうつもりで話すわけではないんだが⋯⋯」
「一つの事に夢中になる姿勢や考え方が似ていて気が合ったって、お母さんが言ってたよ」
小学生の娘に気をつかわせてどうするのよ⋯⋯自分でも元父親に生意気な態度だと思ってる。私が夢見がちな小学生らしい小学生なら良かったのに残念だね。
似たもの同士だからぶつかるこだわりの壁。この大人しいけれど頑固な元お父さんは、お母さんの手掛けている技術供与したメーカーを否定し、よりにもよってライバルメーカーの肩を持ってしまったのだ。
そのライバルメーカーの技術担当者は、お母さんの同級生で恋のライバル関係だった⋯⋯。この鈍い飼育バカな元お父さんは、地雷を思いっきり踏み抜いた事に、未だ気付いてないのよね。
似たもの同士だから許せない⋯⋯お母さんが怒るのは、夫婦としての問題ではなくて、尊厳とか誇り。そのへんは子供の私にはわからない。
私は胸にぶら下がるコンパスをギュと握る。高橋君に会うことを理由に、元お父さんを観察していたんだ。車内には隠し事の証拠はなかったし、会話から元お父さんがボロを出す事はなかった。
「変わってないのか⋯⋯」
子供相手に難しい話を長々とする所や、高橋君と関係のない深海魚の話を延々と話す所は私のお父さんだった頃と一緒だった。
二人の青春時代の話をするとなると、絶対にお母さんの恋のライバルでもあった人が出てくるに決まってる。お母さんが言うには、それは予兆なんだって。思い出の車を乗り換えるように、現在の境遇を受け入れ新たな一歩を踏み出すために必要な処置なんだ。
水族館についた。目玉だった新種のおじさん⋯⋯ブームが終わっていて、いつもよりお客さんもまばらで空いていた。お父さんが元お父さんになって、次会う頃には知らないおじさんになっているかもしれない。
「高橋君、どうしたらいいんだろう⋯⋯」
蘊蓄ばっか垂れるお父さんはうっとおしくて面倒臭くて、たまにお魚臭くて嫌いだった。でも私がどんなに我儘言ったり、意地悪しても、笑って許してくれるお父さんは大好きだった。
悪い事をしたのなら、ごめんなさいって素直に謝れば、許してもらえる。でもお父さんはこだわりる話は絶対に譲らない。
「大人って難しいね。良い悪いで決められないんだもん」
お父さんがポップコーンを買いに行ってる間、私は高橋君に相談する。お母さんにも、お父さんにも友達や先生にも相談出来ない。
「ちっこいお嬢ちゃん、お父さんの事好きなのか?」
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯高橋君が喋った! めっちゃソプラノ声でショックだわ!! 成層圏にまで届きそうなくらい響き渡るよ!
あぁ、でも相談したのは私だもんね。質問には答えないと高橋君に失礼だ。
高橋君になら、本当の事が言える。お母さんにも聞かれたくないんだ、私の気持ち。私はコンパスを握り、通信機能をオフにする。
「生物学的の⋯⋯お父さんとして好きだよ。お母さんよりかなり落ちるけどね」
お父さんは私にとって、元お父さんになっても本当のお父さんだもん。お母さんとライバルの見ず知らずのおばさんとの三角関係なんて知らないよ。
「なら大丈夫だ。お嬢ちゃんのお父さん、いっつも耳に蛸が貼り付くくらいお嬢ちゃんの話ばかりしてるから。あの男は頑固で融通利かないが、娘の言う事は聞いてくれるさ」
高橋君はお父さんの愚痴を良く聞いていたみたいだね。私が帰ったあとは、お父さんも高橋君に相談していたんだ。
「でも⋯⋯でもね、プライドとかこだわりって譲れないから喧嘩して別れたんでしょ?」
「お父さんという生き物は、娘の涙に弱いなさものさ。本人がぼやいていたから間違いない。問題はお母さんの攻略だな」
高橋君でも、回線の切れた通信機器のようなお母さんの気持ちを繋ぐのは難しいんだね。
「一つ雫境する良い方法があるぞ、お嬢ちゃん」
高橋君がぷくっと顔を膨らませて言った。あらヤダ、カッコいいわ。
「それはな⋯⋯」
◇ ◇ ◇
────つづく
お読みいただきありがとうございます。
続きは明日の8時のお題を見てから考えます。キーワードや構想を練る時間によっては24時間以内に間に合わないかもしれませんが、ミッション失敗しても完結目指します。