表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

先輩が髪を切った理由

作者: じょーい

 (今日から俺も高校生か)


 入学初日、俺は最寄りの駅で電車を待っていた。

 ここは結構な田舎町で、朝のこの通勤、通学時間帯でも駅は閑散としている。

 最近、東京から越してきた俺にとっては異様な光景だった。

 

 電車が到着し、ドアが開くのを待つが、なぜだか一向に開こうとしない。

 周りを見渡すと他の車両のドアは普通に開いている。


 (ん?なんでここだけ開かないんだ?)


 ドアの前で立ち尽くしている俺を見かねてか、後ろに並んでいた女子高生が前に出て、ドア横のボタンに手を伸ばす。


 「このボタン押すと開くんだよ?」

 「え、あ、ありがとうございます」


 電車のドアは全て自動で開くと思っていた俺は、少し恥ずかしくなった。


 電車に乗り込むと、先ほどの女子高生は1番端の席を確保したようだった。

 もう空いている席は両隣おっさんの間か、先ほどの女子高生の隣だけだった。


 (これなら立っていた方がましか)

 

 手すりをつかもうと手を伸ばすと、先ほどの女子高生と目が合った。

 すると彼女は隣の席をポンポンと叩き(おいで)と呼んでくれた。


 隣に座ると、彼女はニコッと微笑み、俺に話しかけた。


 「その制服、私と同じ高校のだね、1年生?」

 「はい、1年です」

 「入学おめでとう、私2年なんだ」

 「ありがとうございます、あ、先輩だったんですね」

 「うん、君はもしかして引っ越してきたの?」

 「はい、父の転勤で中学卒業と同時にここへ」

 「へぇーそうなんだ、前はどこに?」

 「東京にいました」

 「東京か〜じゃあ電車のドアを開けられないのも無理はないね〜」


 先輩は悪戯っぽい目をして笑っている。


 「やめてください、さっきのあれ、結構恥ずかしかったんですから」

 「ごめん、ごめん」


 先輩は大人っぽい見た目とは反対に、とても気さくで話しやすい人だった。


 ◆


 入学後俺はバスケ部に入部した。

 初めて練習に参加した日、隣のコートではバレー部が練習していた。

 俺はそこに先輩がいることにすぐ気がついた。

 胸の辺りにまで伸びた長い髪を後ろで結び、ポニーテールにしている。

 先輩の真剣にバレーに打ち込むその姿は、電車に乗っている時とは、まるで別人のようだった。



 学校にも慣れてきた頃、俺は先輩と会えるこの電車の時間が、いつしか楽しみになっていた。


 「おはよ」

 「あ、おはようございます」

 「最近バレー部、大変そうですね」

 「そうなんだよ、そろそろインハイ予選始まるから、皆んな気を張ってて」

 「先輩も試合出るんですか?」

 「わかんない、どうだろ?多分この大会で3年生引退になっちゃうから、2年は出れない気がするんだよね」

 「あれ?春高がまだあるんじゃ?」

 「うちは進学する人多いから、そこまでは3年生いないんだよ」

 「そうなんですね…じゃあ負けられないですね」

 「うん、6月に入れば放課後以外に朝練も参加しないとだから、当分は君と会えなくなるかも」


 それを聞いて、俺は一瞬落胆してしまった。

 その様子を見逃さなかった先輩は、すぐにからかってくる。


 「寂しい?」

 「いや、寂しくないですよ、逆に静かに登校できるんで、今から楽しみですよ」

 「あーあ、強がっちゃって」



 先輩の言った通り、6月に入ると1人で登校する日々が続いた。


 ◆


 今日は久しぶりの大雨だ。

 傘をさしても足元は濡れ、靴下まで冷たく感じる。

 気分もだいぶ下がるが、こういう日こそ、先輩に会いたい。


 駄目元で駅の中を見渡すも、やはり先輩の姿はない。


 (今日もいないか)


 俺はそんなことを考えながら、駅のホームで1人待っていた。


 電車が到着し、すぐに乗り込むと、俺はホームの階段を眺めていた。

 電車が発車すると同時に階段を走って降りてくる先輩が見えた。


 (え、先輩?)


 一瞬見えた先輩の姿は普段と違った。


 いつもの胸の辺りまで伸びていた長い髪は、顎のラインにまで短くなっていたからだ。


 (あれって先輩だよな?何かあったのかな)


 あんなに髪を切るなんて、何か理由があるのか。

 もしかして好きな人に振られたのか、それとも彼氏と別れた…いや、まず彼氏いたのか。

 そんなことを考えていると、先輩が男と一緒にいるところを想像してしまった。

 

 ◆


 放課後―俺は部活の準備をする為、1人体育館まで来ていた。

 用具室の近くまで来ると扉が少し開いているのが分かった。

 中から女性が微かに泣いているような声が聞こえる。

 何事かと扉の隙間から中の様子を見ると、体育座りで泣いている先輩がいた。

 俺は一瞬驚いたが、よっぽど辛い思いをしたのだろうかと少し心配にもなった。


 (やっぱり彼氏に振られてしまったのだろうか)


 いつものように気軽に話しかけられる空気ではなかった。

 入ってもいいのか、放っておいた方がいいのか、扉の前でうろうろしていると、体育館内に人がぞろぞろと入ってきた。

 先輩はそれに気づいていない。

 多分、この用具室にもすぐ人が来るだろう―そう考えた俺は、誰かに見られるのも嫌だろうと、用具室の扉をコンコンと叩いた。


 「他の生徒も体育館に入ってきましたよ」


 俺が話しかけたと同時に中は静かになった。

 その後すぐに扉が開き、先輩が出てきて顔を隠しながら小声で囁いた。


 「ありがとう」


 そう言うと先輩はすぐに、その場から立ち去った。


 ◆


 翌日の朝、俺はいつも通り駅で電車を待ちながら、昨日のことを余計なお世話だったのではと、少し後悔していた。

 周りを見渡しても先輩はまだいない。


 (先輩、今日はこの電車乗るのかな、もし会ったら何話そう…昨日のことは聞かない方がいいよな)


 そんなことを考えていると、いつの間にか電車のドアが目の前にあった。

 急いでボタンに手を伸ばすと、後ろに並んでいた人に先に押されてしまう。

 

 「あ、すみません」


 後ろを振り向くと先輩がいた。


 「おはよ、何してんの?早く乗ろ」


 「あ、おはようございます」


 先輩はすぐに電車に乗り込み、空いてる席に座った。

 いつも通りの先輩を見て俺は少し安心した。


 「また電車の乗り方忘れちゃった?」

 「忘れてないですよ…ちょっとボーっとしてただけで」

 「そうなんだ、珍しいね…」


 急に先輩の表情が真剣な顔つきに変わる。


 「ねぇ、昨日の用具室でのことなんだけど…見てた?」


 俺は一瞬迷うも正直に答えた。


 「見てしまいました」

 「そっか、なんだか恥ずかしいな」


 俺は咄嗟に言ってしまった。


 「何かあったんですか?」


 泣いていた理由を聞かれるとは思わなかったのか、先輩は少し驚いているように見えた。


 「実は一昨日、インハイ予選の大事な試合があってね、私もその試合に出てたの…2年の私が3年生を差し置いて…それだけでも罪悪感すごかったのに、最後私のミスで負けちゃってね」


 話してもらえると思っていなかった俺は少し嬉しくなった。


 「でもね、昨日体育館向かう途中で偶然3年生と出くわして、言ってくれたの…私たちの分まで戦ってくれてありがとねって」


 俺はどんな反応をしていいのか分からず、先輩の話を相槌もせず、ただ聞いていた。


 「その時は大丈夫だったんだけど、用具室に入って1人になったら急に涙が出てきちゃって…それであんな状況になっちゃったの」


 先輩を見ると、また泣いてしまうのではと少し心配になった。


 「そうだったんですね、そんなことがあったんですね…あ、今更ですが試合お疲れ様でした」

 「ありがとう」


 「・・・・・・」


 少し間、沈黙が流れてしまい、俺はその時間に耐えきれず、また余計なことを聞いてしまう。


 「髪を切ったのって、その試合とも関係あるんですか?」


 先輩は自分の髪を触りながら答えてくれた。


 「あぁ、これね…これは試合で負けて気持ちを切り替えようって思って切ったの」

 「そうだったんですね」

 「あとは、けじめをつけるって意味も込めて」


 真剣に話しをしてくれている先輩に対して、俺は失礼にも少し笑ってしまった。


 「けじめって…先輩男らしいところもあるんですね」


 そう言うと先輩も一緒に笑ってくれた。


 「これ多分、男兄弟が多い影響だと思う」


 いつも通り、笑って話せているこの状況に安心し、俺は今まで考えていたことをつい口走ってしまった。


 「彼氏と別れたとかでは、なかったんですね」

 「彼氏?ううん、いないよ…あ、もしかして振られたからとか思ってた?」

 「はい、そうだといいなって」


 (やばい、何を言ってるんだ俺は)


 恥ずかしさで自分の顔が赤くなるのを感じた。

 先輩も驚いた顔をするも、すぐに笑いだした。


 「あ、じゃなくて、えっと…違います、えっと」


 言葉に詰まる俺を先輩は笑いながら見ていた。

 ちょうどその時電車が止まり、気づくと学校の最寄り駅に着いていた。

 すると先輩はすぐに立ち上がり、口を開いた。


 「へぇー振られたって理由の方が君にとっては都合が良かったんだ」


 先輩はそう言うと笑顔で電車を降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ