98.ヘビに巻かれて2
「……いえ。ど、どうにかしようとか、そんな大それたことじゃなく、ただ頼まれて見に来ただけです。見学です。本当に」
痛みを吹っ切って言い募る。そもそも、何をどうせよと言われたところで、自分にはどうにもできない。そのことは哲也本人が一番わかっている。
「見に来たのがオレの理由はですね、ただ単に、怖がらないしビビらないから。何があってもフラットに見てられるから。そしてありのままを報告できるから。ただそれだけ、だと思います」
「ほう、それは、ご自分も昔同じことをやっていたから、つまりそういうことで?」
「いや、まあ、それは……まあ……」
もごもごと口を動かし、哲也は白く染めた男の髪から目を逸らした。
白く染めているだけで、こいつずいぶん若いな?
「同じこと……違いますね。哲也さん、あなたがやっていたことは他者を騙して不安にさせて金銭を奪う詐欺行為だ。唾棄すべき卑劣な行いだ。世界を救い光を取り戻す使命を携え、迷う人々を導いている我々とは根本が違います」
「はあ」
厳しい言葉も軽く頷いてかわす。批判の言葉はだいたいが過去に言われまくったものだ、懐かしいなあくらいの感覚だ。それよりも恥ずかしさに体の芯がぞわぞわする。
「共感性羞恥……」
呟いた言葉は聞こえなかったようで、染め髪男がゆっくりと首を振った。そしてまたこちらをじっと見る。
哲也よりは年上だろうが、青年ともいえるほどの年齢のはずのその男は、大仰で古めかしい言葉遣いをする。それがいかにも作りこまれた雰囲気で、どこかちぐはぐさがあった。
この違和感はなんだろな。
「過去を反省することは大切です。あなたも踏み外した道を取り戻せたようでそれは喜ばしい。ただ、その上で我々を自分と同じだと否定するのはおかしいですね。ここで改めて、本物の尊さを目にし、愚鈍な者どもにぜひ伝えていただきたい。広げていただきたい。真の救世主を見た、と」
「はあ」
再び肯定も否定もないニュアンスで答えて、哲也は正面をそろりと見た。
違和感。そうか。女性を眺めて内心ではあと息を吐く。
長い黒髪の女性は、真っ赤なリップの口に薄紅の頬。長いまつげでかなりのばっちりメイク。そして太腿をきわどいところまではだけさせて……いけないと思いつつ視線が吸い寄せられるパワーは、確かにある意味救世主かもしれない。少なくとも地味な眼鏡の自分よりは。光、ピンクの光だ、男にとっての救世主とも言えなくもない、かもしれな、
「あああああっ」
女性が突如叫んでバタンと伏せた。びくりと背筋を伸ばした哲也は、慌てて馬鹿な妄想を消す。
「死者が降りたようです。レイア様の聖なる力の顕現です」
男が立ち上がり、女性に向かう。畳に突っ伏して動かなくなった女性に顔を寄せて、しきりにささやいている。女性は小さく何度も頷いている、ように見えた。
「レイア様はお力をかなり消耗しておられますが、哲也さん、あなたへお告げがあるそうです」
男が背中を擦ると、女性はその手にすがるようにゆっくりと顔を上げた。化粧で白い額に汗が浮かんでいる。襦袢の襟もとの崩れがどうにも気になって、哲也は正座のままもぞもぞと体を動かした。
「……昼はお仕事、夜は勉学と励んでいるようですね。過去に何か……大きな過ちを犯し、今はそれを償う日々ですね?……人々の憎悪が見えます……裁判。法を犯し、法に裁かれようと……ああ、人々の怒りがあなたを取り巻いている」
女性は半分目を閉じて、宙へと首を向けている。しかし声音ははきはきとした若いもので、聞き取りやすい。
酒に酔っているような、不思議な熱量を感じた。熱に浮かされているように、徐々に気持ちが昂るように、女性は真剣に告げる。
それなのにどこか、媚びるような、……哲也でなく、別の誰か、つまり染め髪の男に媚びるような計算も声音にちらちらと見える。
「お体のひ弱なことを気にしているのですね?……鍛えている、そうですね?でも成果はあまり出ていないので落ち込んでいる」
「はあ」
堂々とコンプレックスを指摘してくるな。
「ご家族のどなたかにも不満がある」
こたつ妖怪のことか。
「時々不眠になり、その症状とも戦っている」
まあ、それは、まあ。
「……それらすべて、あなたについている悪の化身のせいです」
「あくのけしん」
思わず復唱すると、女性はカッと目を開いた。男に引き寄せられて立ち上がる。そうすると襦袢の裾がはらりと男の袴にかかって、ふたり寄り添う姿が艶めかしい。
「悪の化身。人々の憎悪を背負う、あなたの業。負の気をあなたに注いであなたの人生を邪魔しています。神はわたくしに宣下なさいました、あなたについた悪の化身を払えと。まずはあなたの身の周りに常にある、負の気に溢れたものをすべて捨てなさい。負の石、負の財、負の物たち。いまわたくしに預けなさい、そうすれば即時聖なる力で浄化し、あなたの身の周りが美しく生まれ変わりましょう」
「負の……」
「ええ。負の物たち。いま身に着けている、すべてです。それらを手放しなさい」
「オレ、何も持っていないです」
「持っていますよ。そのポケットに、その腕に」
「いや、ポケットの財布には帰りの電車賃のみ、この腕時計は百均ですねえ。な、なんせ借金を背負う身でして」
「……では一度ご自宅に帰りあなたの悪の化身である負の財を、」
「レイア様」
流れるように、そして大げさなほど重々しく語る女性の手を、ふっと男が握った。
と、女性は口を噤む。まるでリモコン付きのロボットのようだな、と思った。
黙った女性は、染め髪男の表情をちらりと伺って、そしてそのまま体を傾けて静かになった。
リモコンはずいぶんと支配力が強いらしい。
哲也はため息を吐いた。
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