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97.ヘビに巻かれて

全員集合!の回


誰…だっけ…?という私のような方へ→

哲也は15~16話「合間の話」あたりにいます。


 その話が哲也に持ち込まれたのは、春待つ暦の沁みるような寒い日だった。

 持ち込んだ母親は、高そうなクッキーをぼりぼり齧りながら「とにかく話を聞いてきな」と命令口調で言った。

「いや、ちょっと。オレも暇じゃないからね?」

 慌てて言い募る哲也を一瞥で黙らせる。

 こたつから出る肩から腕は、ジムに通う哲也よりも太いかもしれない。

「同じ檀家仲間の、しかも檀家総代も務めた家の関係者から相談されたのよ。引きこもりのお前に拒否権があるとでも?」

「元な。元」

「元、でも経歴長いじゃない。元、闇を切り裂く救世聖戦士。こういうのも昔とった杵柄っていうのかね」

「……」

 クッキーを噛み砕くたくましい顎をにらむ。それに対し母親はふんと鼻で笑った。

「もう息子をそちらへ行かせますって返事しちゃったわよ。それにこれ食べちゃった」

 まさかそのクッキーは依頼のお礼……と目をむく哲也に、母はこたつの中から手を振った。寒風吹く外に、絶対自分は出ないぞという意思を感じる。

 銀フレームの眼鏡をかけ直してため息を吐いた。そんな哲也に母親は「行ってらっしゃい」と粗雑に告げる。

「じゃあよろしく。その人が言うにはね、問題のご本人は分家の女性、元々ちょっとふわふわのお花畑的な思考の女性でね。心配する周囲には目もくれず、金銭は受け取っていないだの慈善事業だの、救世は自分の使命だ邪魔するなと言っているそうよ。身元不明の怪しい相棒までいてね。……気楽にね、お前の手に余るようなら無理せず帰って来ていいからってその本家の人が言ってたから。言う通り気楽に行ってきな」



 何が気楽だ、あのくそバ、いやおふくろめ。こたつに住み着く妖怪め。哲也は眼鏡を直すふりをして顔を伏せて唸った。

 過去の自分の所業により、母親にはどうにも逆らえない。長い年月引きこもって迷惑をかけ通したこともあるが、金銭的にも精神的にも多大なる負担をかけていた自分の黒歴史がある限り、この立場が逆転することは生涯ないだろう。

 ……それにしたってひどい。何が気楽にだ。

 二十畳はあろうかという広い和室に、半分を仕切る御簾。

 今それは上部にくるくると上げられ、向こう側が丸見えだ。

 その内側で、美しい女性が長襦袢姿で七転八倒していた。

「まもなく……死者がわたくしのもとへ降りてきます……ああ、ああっ」

 問題の分家の女性。この人。ちづるという名らしい。

 幼い頃の一時期、「神様の声が聞こえる」と訴えていたことがある。

 真偽不明、というよりは、周囲の誰も信じなかった。小さい頃から「目に見えない不思議な世界」を題材にした一人遊びが大好きな、よくいる普通の夢見がちな女の子だったから。そしてそのうち、神様の声のことも言わなくなり、成長し、今現在は「怪奇現象や心霊関連の話題が大好きな、でも彼氏募集中で遊びとバイトに励むごく普通の女性」である。


 いや、ごく普通の女性、だった。


「神のみ使いである光の魔討聖女レイア様は、いままさに神のもとから死者を呼び戻しその身のおそばへと降ろしておるのです」

 隣に正座する白髪の男性がささやいた。こちらが怪しい相棒。


「はあ」

 哲也は昔の自分を思い出して……自称していたその名を思い出して、恥ずかしさにさらに顔を伏せる。   美しい女性が喉をかきむしり苦しみを表現するたびに、長襦袢の裾から艶めかしい白い足が覗く。ますます顔が上げられない。

 長い黒髪を振り乱してバタンバタンと伏せたり座ったりを繰り返す女性から目を逸らし、袴姿の白髪男にそっと話しかけた。

「いつからこういうこと、ええと、降霊術?を始めたのですか……あの、ちづるさんは」

「光の魔討聖女レイア様です」

「れ、レイア様は」

 どもって小さな声で言うと、そんな哲也を白髪男は笑った。ふん、と鼻で。

「ちづるなどと言う現世での仮の名はすでに捨てております。レイア様はたまたま一般家庭に生まれてしまっただけの、尊い救世の聖女。替えのきかない存在なのです」

 そして哲也を、改めて眺めた。じっと。

「……本家のどなたかに頼まれたとか。正気に戻すように、とでも?おおかた、我々の独立を妬む下賤なものどもからの依頼でしょう。本家とは名ばかり、有名寺院の檀家総代表などとのたまい、狭い地域でのみ幅をきかせている輩です。そんな依頼を受けたあなたもお気の毒に」

 冷たい白髪男の声音に哲也は内心舌打ちする。

依頼を受けた本人はクッキー片手にこたつですけど?何が気楽だ。くそ、めちゃくちゃ関わりたくない。

「……哲也さん、申し訳ないが、面会のアポイントがあった時点で我々はその方のことを軽く調べるのです。聖女レイア様に危害を加えようとする者が混じるとも限らないので。あなたのことも少しだけ」

「……」

 白髪男とひたと見つめ合う。

 ふと、哲也は気づいた。この男の白髪、白色に染めているだけだ。ご丁寧に眉まで。

「あなたも昔、救世主を名乗っていましたよね。ええと、闇の、闇を、なんでしたか」

「いえ、それはもう、あの、れ、レイア様は……っ」

「闇を切り裂く救世聖戦士でしたね」

 うわあああ、と耳を塞いだ哲也を男は笑っていない目で見る。

「似ていますね。でも、同じではない。まったく。まったく違う。同じだから我々のことをどうにかしようとあなたが遣わされたのなら、それは噴飯ものの間違いです。我々は本物、あなたは偽物だ」

 恥ずかしさにわたわたと慌てる哲也の胸に、わずかに、ちくりと痛みが走る。

 

 あの、春まだ早い日。

 喫茶店にいた。女性と、幼い子ども。

 雨が降っていた。 





こちらの作品が四半期および月間ランクインしていました。ついでに

他のもしていました。びっくりしました。すべて皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


そして大変申し訳ないのですが、一時、こちらの更新を

「月、水、金」とさせていただきます。

他の作業が終わりましたらまた毎日更新へと戻る予定です。

月曜、水曜、金曜のいずれも朝の時間帯に更新します。

どうぞごゆっくりお楽しみください。

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