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89.side河童3


 髪を撫でられて鼻が痛くなる。歯を食いしばって耐えるが、言葉は止まらなかった。


「海から上がって来た死者は、一定の規則で道を通り街を抜けて山に向かう。山の先は、どうなってるのか知らない。でも山に向かうため、海から山へ、死者は道を作って進むんだ。その道の上に建物なんか建てたら、道を塞がれた死者が溢れるに決まってるじゃないか。死者はどうにか目的地に行こうと、道の上にできた障害物の中に入り、玄関を通り、部屋を抜け、続く道のりを探すに決まってるんだ」


 この世には、死者の通り道が存在する。

 それに気付いたのはいくつの頃だっただろうか。

 その道に障害物があると、決まって死者たちは周辺に溢れ返り、続く道を探して右往左往していた。


 今、正臣がいるこの場所のように。


 死者は道を探しながら列をなして廊下を通り、部屋に侵入して通り抜けて行く。その途中で生命の息吹初々しい赤ん坊がいたから、惹かれてちょっと触ったのだろう。枕が濡れていたのはそのせいだ。

 その中に害を為す者がいたならば、少なからず赤ん坊にも悪い影響が出る。だから正臣は、もうどうしようもないから、逃げるしかないと告げたのだ。


 逃げるしかない。やってしまったのだから、もうどうにもならない。

 だって本当に、どうしようもないんだから、と呟く。


「なんでこんなことするんだ。あんな、あんな……たくさんたくさん、死者が、列をなして歩いている道の途中に大きな建物を建てて。わかるじゃないか。見たらわかるじゃないか!何百と、死者が、海から上がった死者が、道が塞がれて溢れかえってる!どうしてそんな、どうしようもないことをするんだ。見えればすぐに分かるじゃないか。やってはいけないと、指摘する者がどうしていないんだ」

 どうしてこんなくだらないことが起こる。

 ……どうして巫女はいなくなったんだ。


 巫女が現代にまで続いていれば、巫女に教えを請えば、死者の通り道に障害物を建てるなんて単純なミスも生じない。死者が溢れ、赤ん坊の寝ている横を通り過ぎて行くような、不安定な摩擦も生じるわけがない。

 世界はあるべき姿で、巫女を敬い、規則正しい位置に収まる。


「どうして巫女が消滅しなきゃなんないんだよ。……どうして、未央ばあちゃんが、たったひとりで……差別と迫害の果ての壮絶な人生を送らなきゃなんないんだよ」


 何がいけなかったんだ。

 巫女の、未央ばあちゃんの、何が。

 ぼろぼろに疲れ果てても、なお無知な人々を救おうとしていた未央ばあちゃんの何が。


 鞘がただ欲しかっただけの剣の、一体どこが悪いって言うんだ。誰か教えてくれよ。


「オミ。ごめん。車、乗ろう」

 優しく穏やかな声音が眼球に染みた。

 肩を借りて、体重を分け合って寄り添い歩く。

 列から離れた数人の影たちが、ゆっくりとこちらについて来ていた。

 車のドアを開けて乗り込むと、影たちは黒い腕を伸ばして車を触る。

「……俺たちについて来てる」

「そう。うん、でも大丈夫。私がいるから」

「……君がいてもどうにもならん」

 のん気な言い方に無意識に笑みがこぼれた。照れも加わり、両目を擦ってハンドルを握る。


 この子は、分かっているようで分かっていない。

 分からないようで分かっているんだな、と不思議と納得する。

 見えない聞こえない人間なのに、なぜかすべての事柄を理解し飲み込んでいるように思える。


 正臣は初めて、見えるという兄を持つことの意味を、鞘子の生き方を、ほんの少し考えた。

 兄が見えるというのは、きっと、真実なのだろう。


「……見える人は、『各世代に必ずひとり』か……」

「何?」

「……いや。ところで、ひとり乗って来た」

「うん……ってうそっ!私のスカート、シャネルの新作、いつのまにかびちゃびちゃなんだけど!」

「そりゃそうだろうな。今、そいつは鞘子さんの膝の上に座ってるからな」

「ちょ、待ってよ!いや、バッグも靴も!やめて、クロコなのこのバッグ!シャレになんないっ」

「自業自得だな。これに懲りたら、もう二度と気軽にお兄さん関係のことに首を突っ込まないことだ」

「ああ!スマホまでっ」


 痛みを堪えて発進すると、助手席で影が蠢いた。

 道からずれたと分かったのか、すいっと消えるように車を降りて行く。


「ああ、もう……。……いいじゃん。私、ずっとお兄ちゃまのそばにいるのに。頭悪いし、何も役に立たないし。もう私の助けなんて、最初から要らなかったみたいでさ。私だって、私だって、何か少しは力になりたいって……」

 濡れたハンカチで濡れたバッグを擦る鞘子の独り言に、正臣はバックミラーを見つめた。

「じゃあ私、なんのために生まれて来たの、とかさ。辛くても苦しくても自分で解決しちゃおうとしている大事な人を、少しは手伝いたいって思ってただけなのに」

「……いいんじゃないか。君の笑顔と空っぽな頭から出る明るさが、きっと君の家族も、周囲も、太陽のように照らして輝くさ」

 本心が出る。

「それ、褒めてないんだけど。バカ教師」

 悪態はわずかに笑っていた。

「……でもなんか、分かった。オミが冷たい印象を持たれるのは、きっと、相手や物事の本質を一発で見抜いちゃうからだ」

「そうか?」

「相手は無意識に恐れるんだね。弱いところを見抜かれるのはどきっとするもん。オミにとってはそれが普通なんだろうけど」


 弱い人にとってはそれは怖いことだけども、でも、大事な人がいると心は強くなるしね。

 呟いて鞘子がハンカチを絞る。

 正臣はなぜか、全身の痛みが軽くなるのを感じた。


 


次回、もうひとりの鞘子再登場。

シン鞘子の初登場は50~51話です。

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