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49.お山信仰の果て2


「……と、いうわけなんだけど。でも結局だからどうしたって話なのよね」 


 どうにか話をしたい、顔を見たいと願い、大事な話だからと強引に部屋へ押しかけた。

 が、もっとも話したかったことなど言葉にできるはずもなく、迷った末に沙貴は、お山信仰を持ち出して時間を埋めている。

 汚い誤魔化しだった。

 そしてそれを功成は確かに見抜いていた。

「ううん、役に立ったよ。このお山のことも何となく分かった。ありがとう、沙貴ちゃん。やっぱり、そういう大切なところであるお山に、測量調査が入ったのが原因かなあ。今話を聞いてみても、僕それしか思いつかないや」

「でも、中止が決定したんでしょ?お山の開発は頓挫するんでしょう?」

「うん。だけど」

 言葉を切った功成が、何を言いたかったのか。

 察して、沙貴はカーテンで閉ざされた外へと首を巡らせた。

「……」

 すごい数だと言う。見えざる者たちが、かなりの数で境内や渡り廊下の辺りに溜まっているのだと言う。

 山の開発は中止されたのに、その数は次第に膨れ上がり、今までにない多さなのだと言う。

「……栄美子さんに聞いたんだけど。不眠症っぽいんだって?」

「……」

 功成は、沙貴に何も言わない。

 もちろん栄美子にも言わないらしいが、あの雷の日以来、人が変わってしまったような息子に彼女がひどく心を痛めている日々は知っていた。

 そして、功成がぽつりぽつりと栄美子に漏らす言葉を、聞きかじってはつなぎ合わせる。

 山や境内で何が起こっているのかを想像して考察する。

 それだけが沙貴の、この十ヶ月間にできたことだった。

「まだ、あの……影、大声で喚いているの?ここにいるはずなのに、とか」

「うん。まあね」

 家の周りを回り続け、窓や扉を揺らして中へ入ろうとするあの影も、相変わらず毎晩やって来るらしい。

「ここにいるはずなのに、か……」

「もういいよ。それは」

 沙貴の言葉尻を功成は短く遮った。これ以上話しても無駄だという頑なな気持ちが態度に現れている。

 栄美子から聞いていた通りの様子だった。


 功成は、疲れるので部屋から出たくないと言う。眠いけど眠れないからどこへも行けないと言う。

 部屋に閉じこもり、以前は時々でも行っていた学校へも、完全に行かなくなった。


 ――すべて、沙貴には見えない者たちのことで苦しんでいると言う。


「ま、いいや」

 功成が伸びをした。温度を感じない投げやりな言い方が耳を刺す。

「適当に放っておこう。それより沙貴ちゃん、ごめんね。沙貴ちゃん呼んだの、鞘子でしょう。泊まってくらしいね。鞘子、やたらと寂しがってさ」

「……別にいいの、それは。それよりコウ」

「ご飯も作らせてるらしいし。でもごめん、僕は食欲ないから後でいい。じゃ、ちょっと眠いから寝るね」

「コウ」

 沙貴の喉が鳴る。立ち上がった功成に一瞬だけひるんだ。

 しかし、ジーンズのポケットに入れた布の感触を確かめ、それに勇気を得て言った。

「コウ。あんたは、成長した。つまりもう、私は」

 黒い布はふたつに裂けてしまった。

「私は」


「沙貴ちゃん。あんまりひどいこと言わないでよね」

 笑いながら遮られた。


 部屋に入って初めて、沙貴の目と功成の目がしっかりと合う。きらめく黒目が瞬いた。

 こんなに感情のない人間の目を見たのは、記憶になかった。

「成長って、なに。あーあ。僕、いつもガキ扱いされるからさあ。頑張ってご飯食べてからだ動かして、必死に大きくなったのにな。こんな風になるんだったら、チビのまんまでいた方が良かったかも。今さら遅いけど。って言うか、無理だけど」

 おかしな笑い声を止めたくて、沙貴の声も抑揚が消えた。

「あんたはいつまで経っても、私にとってはガキよ」

「じゃあどうなったら沙貴ちゃんにとっての大人なのさ」

「そうね。目が覚めたら真っ白なバラに囲まれていて、そこに優しく微笑む白馬の王子様が私にとっての大人かな」

「何それ。意外に乙女な趣味」

 あはは、と乾き切った笑いで返される。そしてふと笑いが消えた。

「楽になって、良かったね」

「そ」

 そんなこと思ってもない、という言葉は出て来なかった。

 当然だ。嘘だとはっきり分かる嘘は咄嗟には吐けない。

「もう僕二度と、触らないからさ。黒い布を結ばせたりもしないし」

「……コウ」

 交差しない会話はそこで途絶えた。

「じゃ、僕寝るから」

 ベッドに向かう背中で言われた。

「……コウはもう、ひとりで大丈夫よ」

 呟いた声に返答はない。沙貴はドアに向かう。

 ドアを開け静かに出て行く刹那、自分は何て勝手で卑怯なことを言ってしまったんだろうと激しく悔いた。


 置いて行かれたものは一体どうなる。


「おやすみ沙貴ちゃん」


 あんたにはもう私は必要ない。

 だなんて一体誰が言える。あの子に。


「おやすみ、コウ」


 見えずに引き返したのは私だ。

 ドアが閉まる。部屋の中からは何の音もしなかった。


「ごめん」


 だなんて、きっと死んだって言えない。





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