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101.ヘビに巻かれて5(鈴子)



『おたくの娘さんは、神託の神児でなくなった後、健やかに暮らしておいでですか』


「……」

 わずかに硬い顔になって哲也が改める。

「……どういう意味?」

「ですよね。あたしも両親もちょっとわからないね、って。パパは動揺したけど、でも対応する必要もないし、ええおかげさまで、で話を切り上げたと言ってました」

 いたずらか、過去の行為へのからかいか。

「オレはネット上でしか行動を起こしてない……というか、オレの存在自体ほぼ誰も知らないような過去だから、そういう関連のコンタクトはないよ。あるのは被害者の人たちとの交流くらい」

「交流あるんですか」

「うん。痩せすぎだって焼肉食わせてもらったり」

 子どもっぽく照れて、そして真顔になった。

「でも、鈴子ちゃん。気をつけた方がいいよ。神託の神児をいまだに信じての依頼も注文も危ないし、詐欺への勧誘も危ない。そしてそのおかしな質問も。なんだか不気味だよね、それ」


 健やかに暮らしてるか。


「……ですね。両親にも伝えます。……あたしも迷惑かけっぱなしです。あ、あたしへの依頼の中で、ほとんどないですか……ごくごくたまに緊急性のありそうなものが混ざっていることがあるんです。誰かに危険が迫っていそう、とか。そういうどうしようもない時は、功成くんを頼ることもあります。だいたい断られますが、まれに、本当にまれに、手伝ってくれます」

 功成の名を出すと、哲也は突然背筋を伸ばした。そしておろおろと眼鏡を触る。

「今日は、か、彼も……来るんだよね?」

「はい。もうすぐ来ると思います。少し遅れるって」

「そっか。そっか……あードキドキする」

 言いながら無くなったグラスの水の代わりに、コーヒーを勢いよく飲む。「あっち!」と慌てる様子に、鈴子は今度こそ本当に笑ってしまった。自分の紅茶に口を付ける。

「哲也さんは、功成くんに会うのは久しぶりなんですよね?」

「久しぶりどころか、一度だけ会ってそれきり。幼い彼にね。それから今日だよ、二回目なんだ」

 母親から時々、寺院や檀家仲間を通して噂程度には聞いていた、と言う。


 小学校高学年あたりで、「憑き物が取れたように」変わった。

 品行方正で穏やかな若者に成長した、として噂は落ち着いた。


「ずっと心配してたんだ。オレが心配したところで迷惑なだけだろうけど」

 功成が変わったと同時に、彼の周囲も変わってしまった。

 功成の母親が急激に体調を崩し、長い療養に入った。それは今も続いているようで、「住職の奥さん」は人の前に立たなくなってもうずいぶん経つ。

 そしてそのころと時を同じくして、もうひとつ大きな変化があった。


 ひとり、彼のそばから消えた。


「ほかの人は何も知らないしね。奥さんお体大丈夫かな、大病されてるのね、程度だよね。それしか知らない。でもオレは心配だったよ。彼が心配だった」

 哲也は鈴子を見つめてから眼鏡の縁を指で掴んだ。

「オレは助けられたんだ。彼と『彼女』に」

 眼鏡を取ると垂れ気味の目が思いのほか大きくて、鈴子はどきりとする。

 掴んだ眼鏡を指示棒のようにして、哲也は店内をぐるりと示した。

「この場所に以前あった、古めかしい喫茶店だよ。不思議だね、同じ立地なのにまるで別の場所に思える。こんなおしゃれなカフェになっているなんて信じられない」

「そんなに?」

「うん。すごく古くてひと昔前の喫茶店という様相だったよ。客もいなくてね。……母親にちらっと聞いたら、なんでも店主が突然店を閉めて土地を売っていなくなったらしいよ。夜逃げ同然だね、あれだけ客がいないんじゃあねって、近所で一時期話題になったとか」

「夜逃げ」

 本当のところはわからないけど、と哲也は頷く。

「……オレらは窓際の席で、テーブルもこんなガラスの綺麗なものじゃない。黄ばんで古びたテーブルに、ブラックのコーヒーが乗っていた。テレビがついていてね。やる気のない店主がそのテレビを見ているんだよ、カウンターから。霊能力者特集っていう番組だった。音が大きくて漏れてこっちまで聞こえてくるんだ。オレは無我夢中で話しかけてた。功成くんに」

 思い出があふれたのか一気に語った哲也が、ふうと息を吐いてコーヒーを飲んだ。

「功成くんはね、全然反応なくて。ほぼ無視された」

 目をたわませて笑い、眼鏡をかけ直す。鈴子はそれを見て、心の奥にふと温かな火が灯るのを感じた。


 よかった。

 「憑き物が取れる」前の、功成くんの本当の姿。

 それを覚えていて、笑ってくれる人がいた。


「哲也さん、そのころの功成くんて」

「鈴子。待たせたな」

 いきなり背後から声がかかって、鈴子はびくりとした。哲也が勢いよく立ち上がる。

「ひ、ひさしぶりっ、功成くんっ!ずいぶん、ず……いぶん、たくましく……なった、ね……?」

 目を泳がせて震える哲也に、慌てて鈴子は手のひらを見せる。

「哲也さん、落ち着いて。こちら恒彦さん。あの映像を持っている人です」

「このひょろいのが哲也か。よろしくな、闇のなんちゃら」

「……」

「哲也さん、元気出して。慣れれば少しは、慣れれば、慣れれば大丈夫。のはずです」

 哲也的に恒彦はとても苦手なタイプだろうが、仕方ない。鈴子は同情しつつ恒彦に問う。

「ヒコ先輩、功成くんは?」

「あー、遅れるってよ」

 恒彦は鈴子の隣に座り行儀悪く片肘をつくと、ちらりと哲也の方を気にしながら声を低めた。

「栄美子、サン。とうとう限界みてえ。ガチで調子悪くなって、もう自力じゃ起きられねえって今朝。そのまま入院になって、その手続きや備えでばたばたしてんぞ」

「……そうですか」

 日々時間を追って痩せていくような栄美子の笑顔を浮かべる。頬がこけて首が異様に細くて、それでも鈴子や恒彦に優しく接してくれる。


 ただ、あの病室に入院している「彼女」の容態が悪化して行くにつれ、栄美子の体調も悪化の一途を辿っていた。

 最近の栄美子は、心も体もここではないどこかへ飛ばしてしまったかのようで、鈴子とも恒彦とも言葉を交わすことすらできなくなっていた。


「……まあ、落ち着いて療養できればちっとは良くなんだろ。俺らができんのは頼まれた時に頼まれたことを手伝うくらいだ」

「……そうですね」

 鈴子は目を伏せた。哲也はこの話題に遠慮しているようで、顔を逸らしてスタッフを呼んでいる。

 やって来たスタッフにアイスコーヒーを頼んだ恒彦は、改めてだらりと背もたれに寄りかかり、「で」と言った。

「哲也、でいいよな?じゃあお前の話聞かせろよ」

「ヒコ先輩、哲也さん年上です」

「あ、あ、いや、あー……」

 哲也はしきりに眼鏡の弦をなぞり下を向く。小声で、「大丈夫……こういう人、夜間クラスに結構いるじゃないか……大丈夫、オレは経験積んでるぞ……イケる……怖がるな……」と両の手を擦り合わせる姿に、鈴子も思わず拳を握ってしまった。気持ちがよくわかる。

「まごうことなき陰キャだな」

「ヒコ先輩。しっ」

「ずいぶん肩入れしてんな。鈴子もどっちかって言うとあっち側だもんな」

「だからこそ、もっと優しく穏やかに接してくださいっ」

「あ?俺はお前らみたいなやつを踏みにじるのが一番のストレス発散なんだが」

「……哲也さんがんばりましょう!ヒコ先輩なんてふたりでやればなんとかなります!」

「お?やるか?陰キャふたりが俺に?よしまとめてかかってこい」

 こほん、と哲也が咳払いをした。

「よ、よろしく。哲也、でいいよ。あ、あの、功成くんは、まだ来ないんだね」

「だいぶ遅れそうですね……」

「うん。でも、ちょっとほっとしたっていうか」

「んじゃ先に話してようぜ。俺もディスク持って来てるし」

 恒彦が自分の背中のボディバックを指すと、哲也は小刻みに頷いた。

「う、うん。じゃあ今回の件を順を追って話すね」


 すっと背筋を伸ばす。色白の顔が引き締まり、哲也はゆっくりと話し出した。




おしゃべり続く

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