100.ヘビに巻かれて4(鈴子)
目の前に座る男性は、色白で瘦せ型で銀フレームの眼鏡をつけている。
神経質そうな感じ、昔の記憶だからはっきりとしないけど、と功成は言っていた。
人間は数年ではそんなに印象は変わらないのだろう。
「き、緊張しちゃって」
しかしお互い名乗って挨拶をした後、そう言ってグラスの水を一気飲みした顔を見て、鈴子はほっと方の力を抜いた。
「……初めてなんだ。同じ、ヘビ……に巻かれていた人に会うの。ごめんね、こんな、年上なのに落ち着きなくて」
「いえ!あたしも、初めてだから」
慌てて手を揺らすと哲也はにこっと笑う。ヒコ先輩よりも年上だと聞いていたが、笑うとずいぶん幼げな雰囲気になった。そう伝えると照れた様子で顎を掻く。
「オレ、聞いてると思うけど、小学校も中学校もまともに行ってないんだよ。引きこもり歴も長くて。通信高校卒業して大検受けて、今は大学の夜間で勉強してる。もう必死だよ、ほんと必死。勉強も必死、友達作りもスタートの会話からもう必死」
社会生活の下地がないから大人に見えないよね。
ふざけた雰囲気で軽く言う彼に、胸が詰まる感じがして鈴子は首を振る。
「あた、あたしも、友達作り、苦手でした」
哲也の銀縁の奥の目がたわむ。
「鈴子ちゃんは……いくつ、までだった?」
「あたしは、小学校入学まで。見えていた期間もとても短いんです。見えていたものもはっきりしなくて」
「そうか。ちゃんと学校、行けたんだね。それも賢い高校だ。よかった。君はちゃんと踏ん張れたんだね。本当によかった」
ぐっと鼻の奥が痛くなって、鈴子は顔面に力を込めた。
哲也は小学生のころから十年ほどの長期間、ヘビに巻かれて見えざる者が見えていたという。はっきり見えること以外にも、悪意ある干渉は多岐に渡って影響した。
夜眠ると体から自分の意思で抜け出して姿を変えられる、見えざる者どもを攻撃して排除できる。
と、いう幻影を、ずっと見せられていた。
聞こえはしない。ただ、常にはっきりと見える。それは十代後半まで続き、見えなくなった後も幻影が生活の邪魔をする。
外に出られず、人と話が出来ず、不眠と不摂生が成長を阻害した。ネットで「この世界を暗闇から救う使者」「闇の呪いを解く霊障相談」などという看板を掲げ金銭の関わるやり取りを始めたのも、見えなくなったこの頃からだった。
自分がもう見えないという事実を、徹底的に無視したのだ。
「匿名だし胡散臭いにもほどがあるし、寄って来るのはほとんど物見遊山かからかい半分の人たちなんだけどね」
それでも、信じてしまう人はいた。その人々から大金を受け取った。
「裁判沙汰まで行って、人生五十回分くらいの親不孝をしたよ」
最終的に示談で済んだ理由は、見捨てなかった両親の奔走と目の覚めた哲也本人の反省があったからだ。
いまも背負う借金は昼に働いて返済中。まもなく完済予定。夜は勉強して、さらには二十四時間営業のジムに通い、明け方に帰宅の毎日と言う。
「ひょろがり体型をどうにかしたいんだけどねえ。せめて母親の腕より細い太腿をどうにかしたい」
ふざける哲也に笑う。
きっと。
夜がまだ怖くて、眠れないんだ、この人。
「めちゃくちゃ迷惑被った母親がさ、なぜかそこで出会った人たちに誘われて、心霊詐欺被害者の相談窓口となる団体に入って。元加害者の親が被害者の相談に乗ってんの。もうわけわからない」
哲也の母親は現在、心霊詐欺被害者の最初の駆け込み寺となる非営利団体で活動しているらしい。その力強い母親の存在が、大きく道を逸れた彼をぎりぎりで踏み止まらせてくれたのだろう。
「あたしも、パパ……両親が助けてくれたんです。それまでは宗教団体のご神体になりかかっている神の御子、ご神託の神児でした」
「オレは闇を切り裂く救世聖戦士」
「それは、すみません、きついですね」
「いやいや。ご神託の神児もなかなか」
声を出して笑い合う。笑いながら、鈴子は目尻にたまった涙をさっと拭った。
見えざる者の悪意は、人の人生を残酷なほどの軽さで捻じ曲げてしまう。
そして曲げて消えた後も、その悪意は大なり小なり付き纏うのだ。
それでも鈴子のその後の人生を祝福してくれる哲也に、泣きたくなった。
いろいろな話、主に昔の「自分はあの頃こうだった」話を自虐的にし合っていると、いつのまにかかなり砕けた空気になった。休日のどこかのんびりした空気のせいもあるし、哲也のどことなく幼い雰囲気がそうさせるのもあるだろう。
「あの、哲也さんのところにも、いまだに何かコンタクトを取ってくる相手っていますか?」
何気なく聞くと、「ん?」と眉を寄せられる。
「えと、あたしの場合いまだにあるんですよ。雑誌やテレビにも出てしまっていたので。例えば、『こういう奇妙な案件があるから相談に乗ってほしい』という依頼のようなもの。もっと多いのは、『神託の神児にもう一度会いたい、また霊視してほしい』といった注文。あとは、『再びメディアに出てみないか』的な誘い。昔やっていたことをもう一度装ってやれ、という意味ですね。つまり詐欺の誘い」
「……そんなことを言ってくる奴がいるの」
眼鏡の奥に憤りを見て、鈴子は少し慌てた。
「いえ、違うんです。全部あたしにじゃなくて、パ、父に。父と母に、コンタクトを取ってくるんです。両親はあたしを守ってくれているので、あたしには直接は来ないんです。そして、そういう相手が連絡してくるたびに、両親は即時に断るんです」
もう慣れたものだよと笑うパパの笑顔を浮かべる。お断りスキルは日本一だとママと大笑いしていたと続けると、哲也は安心したように頷いた。
「よかった。それならいいのだけど。鈴子ちゃんのご両親は素晴らしいね」
「はい。鍛えられたと言っていました。……あの、でも、つい最近、ちょっと雰囲気の違う相手から接触されたみたいで。電話なんですけど、突然かかってきて、それでちょっと動揺してしまったから、まだまだ鍛え方が足りないなんて両親ともに反省してました」
「……雰囲気が違う?」
「あ、そんな大したことのない内容なんです、今までとちょっと違ってただけで」
『おたくの娘さんは、神託の神児でなくなった後、健やかに暮らしておいでですか』
と。
100話になりました。
本当にありがとうございます。
この全員集合!回「ヘビに巻かれて」ですが、
会話がかなり多い作りになっています。
登場人物が多いために脚本ぽくしようとして、逆に
分かりづらくなって四苦八苦したというお話。
対話体形式(会話のみで続く話)とは違いますが、
いつもよりたくさんのおしゃべりが入ります。
いっぱいガチャガチャおしゃべりしているので、
どうぞごゆっくりお楽しみください。
*懐かしい登場人物がいる場合、その都度
後書きにて紹介します。




