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異世界転生すれば上手くいく  作者: 家佐水井
1章 終わりの始まり
7/9

話をしよう


 半年が過ぎた。


 あれ以降魔力体力、それから筋肉もそれなりに増えていると思う。ムキムキ! とはまで行かない。風呂上がりや庭で剣を振るっている時の上裸なグリッドが比較対象なのだが、あれをムキムキと言うのだろう。

 見事なシックスパック。腕はボコッ、ボコッとしている。足もムキッ、ムキッとしている。胸板も厚い。そこらの貧乳女性よりも胸囲はあることだろう。この世界の人間が元々屈強なのか、あるいはグリッドが特別なのか。


「おにいちゃ」

「……」


 積み木をしていたサイラの真剣な眼差し。床をバンバンと叩く。


「おうまさんっ」


 いつしか俺のトレーニングは、サイラの遊びになってしまった。これで断るとギャン泣きするのだ。ったく、泣いたら何でもまかり通ると思ったら大間違いだぞ!


「はい」


 お馬さんになった俺は徐行運転する電車がごとく、ゆっくりと家を回る。四つん這いでの移動は意外と良いトレーニングになる。あ、髪は引っ張らないでね。痛いから。

 

「きゃっきゃっ」


 まあ、妹だからな。俺はお兄ちゃんだからな。許してやろう。


 庭に繋がる縁側部分に差し掛かった辺りで、休みのグリッドが庭で剣を振っているところに出くわす。彼は兄妹仲睦まじい俺たちの姿に、ニッコリ。そして、声を掛けてくる。


「クレイ。お前も、剣振ってみないか」

「うん」


 俺が軽く頷くと、グリッドは驚きつつもぱあっと顔を輝かせた。大の大人のくせに、子どもみたいな顔をする人だ。

 背中のサイラをアリスが抱え、俺は庭に出た。


「ほら見ろ」


 誇らしげに、どこからか抜き出したるは銀の短剣。グリッドが持つと短剣でもない。刃の長さは果物ナイフに等しい。

 

「ちゃんと持てよ」


 俺の背後に回り、膝を曲げると手を添えてくる。男に囁かれるのは寒気がする。


「危ないからな」


 だが子どもに刃物を持たせるのであれば、そこまで注意するのも道理だろう。

 

「まずは父さんのを見てろ」


 立てかけてあった剣を持つ。俺の背丈と同等程度の刃を持った長い剣。鞘から抜けば気持ちいいの音が鳴る。

 足を前後に開き、両手で剣を正眼に構える。相対してきた何かを仮想敵として前に想像したのか目は鋭い。剣士の瞳だ。

 そのままゆっくりとまっすぐ縦に振る。


「いいか。一回一回、ちゃんとイメージをする。どんな敵なのか、どこを切るのか、どう身体を動かすのか」


 言いながらも、続けていく。

 ただの素振りではなく、足を変え重心の置き方を変え、剣の筋を変えている。

 敵は一つでもなく、また同じ敵はいないようだ。


「……父さんの流派は?」


 剣にも流派がある。

 四大流派と名高く、世界的に主流なのは、ハイル流、ガンドロ流、ミレイユ流、アンサースズイ流の四つ。そう本で読んだことがある。

 

「俺は、そうだな。四大流派のことを言ってんなら、どれでもない」


 その返答もまた、何らおかしなことではない。


「ハイル流、ガンドロ流、それからアンサースズイ流の三つを囓ってる。混合で、適当っちゃ適当だな」


 剣にも魔術師と同等に位、級がある。

 まず剣の頂点、頂には剣神がいる。これは炎神や水神のように世界に一人しかいない。だが、どこに居るのかも名前すら、本当に実在していたのかも、判然としていない。


 これは歴史の話になるが、遙か昔、剣を極めた者がその頂に立ち、剣の神になった。その後剣神は弟子を四人取った。その四人がそれぞれの剣の道を歩み、独自の剣を生み出し、今も世界に伝わる四つの流派を広めていった。と、言われている。

 ゆえに実質的な剣の頂点とは四大流派の剣王になるらしい。剣神という存在が世界に居ないというのも納得で、死んでいるのも寿命的に当然ではある。誰も剣神と認められる存在がいないので、剣神とは未来永劫、空席なのだろう。


「だけどなクレイ」


 魔物と戦ったことない、見たこともない俺は仮想敵に苦しみ、あのイジメっ子リーダー格を生み出していた。


「剣の流派なんてのは本当はどうでもいいんだ」

 

 とりあえずグリッドの剣捌き、体重移動や視点移動を真似てみる。


「本質的には剣なんてのもどうでもいい。重要なのは、力を操る心だ」


 首を傾げる。何が言いたいのかわからず、見上げた横顔は汗に濡れている。


「俺がこうやって剣の腕を磨いていたのも、磨いているのも、この村を、アリスをクレイを、家族のみんなを守るためなんだ。

 重要なのは、強くなることじゃない。どうして強くなるか、強さをどう使うかだ」

「……ふーん」


 前も言われた。夕飯、酔っ払って語る武勇伝でよく言うことだ。

 ただ、素面で語る今回は、まるで自分に言い聞かせているかのように聞こえた。この格言、家訓? は、一度や二度ではない。

 言葉に罪はない。その言葉は、肝に銘じておくことにしよう。


「剣も魔法も、俺はお前に、誰かを守るために使って欲しい」

「それ前も聞いたよ」

「そ、そうか」


 とにかく、せっかく魔法があって剣があっての世界なんだから、やらないというのも損だろう。どっちも使えるのなんてめちゃくちゃカッコいいじゃないか。

 それに、グリッドはアイザやアリスと一緒にSランクまで上り詰めた冒険者。ちょうど良い教材がいる。利用しない手はない。技は盗んでしまえ。


「ははっ……」


 相変わらず、弱きな笑みを見せるグリッド。何をそんなビビってるんだ。俺の才能かな? 






「い、言われた通りよぉ……やってみたぜ?」


 皆が寝静まった後、ストロル家一階食堂ど真ん中では、一つの蝋燭が揺れていた。


「まさか……クレイの奴が乗ってくるとは思わなかったけど」


 蝋燭が映すのは、未だ理解できないという顔で、酒の入ったコップを揺らすグリッド。


「そりゃそうだろ。だってお前、あいつと話したことないんだからな」


 対面に座っているのはアイザ。決めつけた口調だが、グリッドを嘲笑う意図はない。


「い、いや……話したことぐらいあるぜ!? 俺、……父親だぜ!?」


 流石に心外だ、とグリッドは否定する。これでもクレイを七年見てきた父親なのだ。会話ぐらい、数え切れないほどしてきた。


「ほーう? 本当に?」

「……お、おう」


 明かりは蝋燭一本。美人がゆえに、整いすぎているがゆえに怖さすらあるアイザ。問い詰める意識がなくても、彼女は普通にしていても、グリッドは取り調べでも受けているかのような錯覚を覚える。


「少なくともこの半年。私はお前とクレイがしゃべってるところは見たことがないけどな」

「は、はぁ?」


 アイザの言いたいことが、わからない。


「もしもしゃべってたんなら、あいつがどんな奴か、あいつが何が好きか、あいつが何をしたいのか。わかるはずだろ」


 淡々と言うアイザ。理詰めされている気分だ。


「そ、それぐらい……俺にだって」

「でも、剣の誘いに乗った時、お前は驚いたんだな。乗ってくるとは思ってなかった。……あいつは魔法を覚えようとしている。だがそれは、剣を覚えないことと同義ではない。どっちも覚えようとしているんだよ」


 炎に揺れるアイザの瞳は、知っていたか? と問うているようだった。


「それに、……例の話。クレイが年上のやつをボコボコにしたって話」


 たしかにグリッドは手紙に書いた。その件があってから、クレイが家から出ない。出ても庭までという話を書いて、魔法に興味を示しているから、とアイザに師匠の申し出を頼んだのだ。

 アイザなら引っ張り出してくれると思ったし、上手い具合に背中を叩いてくれるとも思った。いつもチームを組みながら、アイザはパーティの精神的支柱だったから。アリスもグリッドも、幾度となく励まされた。


「最近、クレイに友達ができたんだ」

「マジか!」

「その友達ってのが、あのときクレイに不利な証言をした子らしい」

「……スケッチブックの?」


 そこまでは知らない、とアイザは首を振った。グリッドもそこまでは書いてない。


「クレイが外に出てから、ちょくちょくあとを尾けてるやつがいてな。クレイならいざ知らず、流石に森まで入れるのは危ない。追い返すために、クレイが事情を訊いたんだ」

「それで……友達になったのか?」


 どういう流れでそうなったのかグリッドにはわからない。アイザは何とも反応を返さなかった。

 ただ、知らないだろう? という意図が、その瞳から伝わってきた。これが会話をしていないという意味なのだろう。クレイは、グリッドに何も言ってない。

 どういう経緯があったのか。どうやって友達になったのか。自分で訊くしかないのだろう。アイザのその瞳はグリッドのことを見透かしているようで。


「……」


 黙るしかなかった。


「結婚した。子どもができた。それだけで、親にはならないんだよ。親ってのは子どもができたら勝手になってるもんじゃない。なろうとするもんだ。お前はどうだ? なろうとしてるか?」


 何も言えない。

 足を組み、深く椅子に腰掛け、酒を呷るアイザ。なぜ、たったの半年で、アイザはクレイのことをここまで知っているのか。グリッドには七年もあったというのに。

 独身で、そんな浮ついた話も恋人の影もなかったアイザ。なのになぜ、そこまで親について語れるのか。……いや、充分理解しているからこそ、アイザは独身で恋人も作らないのかもしれない。家族がいるからと言って、家族を知っているとは限らないし、家族がいないからといって、家族を知らないとも限らない。

 ……ようやく、アイザの言葉の意味がわかった。


「クレイは、スゲぇ奴だ。たぶん、お前とかと同じなんだと思う」


 誕生した時の力強い瞳。気のせいだと振り払っても、より強くなっていく瞳。あの目で見られるのは、耐えがたい。試されているような気さえしてくる。不気味だ。そう思ってしまう自分がいた。息子なのに。

 そして、いつからか、期待外れという目で見られていた。きっと、恐れが伝わってしまったのだろう。


「俺に……できることあんのか?」


 もしもクレイが他所の子で、他人の子で、剣を学びたいというのならできた。だが、クレイは実の息子。果たして何ができる。クレイも自分のことは求めていないのに。


「たしかに、あいつには才能があるんだろうな。それを壊してしまう、潰してしまうかもしれない。それは怖いな。だから私を呼んだ。私に、押し付けた」


 そこまでお見通しとあらば、もう笑うしかないだろう。

 クレイは普通とは違い、きっと将来は名を馳せる。ここで自分が間違ったことを言ってしまって、その将来を潰すかもしれない可能性が怖かった。だから、同じく名を馳せたアイザに、任せた。……押し付けたのだ。


「それをあいつもわかってるのかもな。お前が、自分のことを嫌ってるって」

「ちがっ……! 嫌ってなんか……!」

「だけどそう見えるだろ。姉や妹とは普通に接するのに、自分にだけは余所余所しい。しかもあいつだけ家族の中で見た目が違う? まるで除け者みたいだ。本当の家族じゃない、とかまで考えてるかもな」

「なっ……!」


 それは違う。

 たしかにクレイは見た目が家族の誰とも違うが、アリスが腹の中で大事に守り、育て、産んだ子だ。

 家族の誰も、クレイのことを除け者だと考えたことなんかない。クレイ自身も、そう考えているはずだ。


 ……本当に?


「子どもってのは、大人が思うよりもバカじゃないぞ」


 一対一で、向き合って、事務的ではない自分の言葉で、思いを告げる。それが会話だというのならば、アイザの言う通り。グリッドとクレイが会話したのは今日が初めてだったのだろう。

 一度、頭を掻く。


「父親って……難しいな」

「当たり前だろ。簡単なことなんて、世の中ないさ」


 こうはならないはずだった。

 グリッドは父親に疑問と怒りを持って育った。だからこそ、立派で頼れる、信頼できる、何でも話せる父親になろうと決意してたはずだ。

 小さな頃に理想としていた父親に、自分がなれない現実を、受け入れたくなかった。グリッドは自分に、落胆したくなかったのだ。クレイから、幼い自分と同じ目で見られたくなかったのだ。


「明日……一度、話してみるか」


 バチンと音が響く玄関。キッと睨みをあげるクレイ、その瞳に映る自分(グリッド)を見て、急速に身体の芯が冷えていくのを感じた。


「……ぁ」


 しまった、と声を漏らす。

 その時、後ろの玄関が開いた。顔を出したのはアイザで、アイザには珍しい。汗が滲んでいた。疲労が見えた。そして、背中にはクレイと同じく傷を負った男の子がいた。

 彼がクレイの友達なのだろう。そして、行方不明となっていた子だ。


「何してたんだ?」


 訝しむようにアイザはアリスへ尋ね、アリスの目はクレイへ。

 クレイの右頬には軽い切り傷。髪は乱れ、顔には泥がある。それはグリッドの仕業じゃない。左頬にある赤い手型。それは、グリッドがつけたものだった。

 アイザはそれでグリッドが何をしたのか大体察したように、詰るような目を向けてきた。


「そ、そんなことより……どうしたんだよ、その子。どこにいたんだ!?」

「ああ、迷子になってたんだろ。森で倒れてた」 

「そ、そうか……と、とにかく、助かった! 伝えてくる!」


 グリッドはアイザの背中から男の子を請け負うと、村へ走り、捜索に当たろうと集まっていた大人たちへ、見つかったと報告を入れた。孫が見つかった村長はホッとして力が抜けたのかへたり込む。何度も感謝をもらい、抜け出すのに四苦八苦しながら家へ帰った。


 昨夜、グリッドはクレイと話そうと思っていた。会話しようと、話を訊いてあげようと思っていた。

 なのに、その明日になって、グリッドがしたのは、クレイへ手をあげることだった。

 家に帰るのが、億劫だ。

 扉が、重い。

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