つまり最強
回復したグリッドはアイザさんへ頻りに謝りながら、家へ招いた。顔色をうかがってペコペコと。なんとも情けない父親である。三人の間を邪魔するのも良くないだろうと俺は部屋に戻ろうとしたのだが、呼び止められる。
「クレイも一緒に。大事な話がある」
いつになくグリッドは真剣な顔でそう言った。なんとなくこのアイザさんって人とは一緒に居たくないのだが、まあ仕方ない。俺は聞き分けが良いので。でも怖いから、アリスを間に置いておこう。
「ふふっ、人見知りなのよ」
ぴとっとアリスに密着して、小さく隠れるようにする。何て可愛らしい子なのだろうか。
「……子どもに泣かれなかったのは、初めてだ」
しかしアイザさんには俺の可愛さが通じていない。この可愛さがわからないなんて、可哀想だ。
まさか計算がバレているわけではなかろうな。
使っているところは初めて見る。家の一階中央にある食堂。席は縦長に三列で椅子もきちんと揃え、しわのないテーブルクロス。
これはカイさんの負担を増やしているだけなのではないか。俺たちが食事をする時は、普通に一つの木製テーブルを囲っている。もちろんテーブルクロスなんかない。
「クレイはこっちね」
アリスに脇を掴まれると、椅子に座らされた。ふかふかではない。木製の硬さはないけど。
左にグリッド、右にアリス。二人に挟まれる形で真ん中に座ると、アイザさんは対面するように座った。
カイさんが食事を運んでくることもなく、食事といった和やかな雰囲気でもなく、これから運命の選択をするのでは、と思う程に重厚な空気が流れる。
「良いかクレイ。彼女はアイザ。アイザ・ハリグエ。俺とアリスと同じパーティで、同じ学園で、最強の親友だ」
グリッドはそんな重苦しい空気を払拭せんばかりに明るく言った。
おそらく重苦しいと感じているのはこの場で俺だけなのだろう。アリスもグリッドも、アイザさんは親友であるため、特に身構える必要もないだろう。
たぶん、グリッドには意識して明るく言ったつもりはなく、いつも通り普通に言ったのだ。
「おぉ! 最強? 最強ってつまり、最強ってこと!?」
「そう。その最強だ」
「あの最強なの!?」
「その最強だ!」
「本とかにも出てくる!」
「それはない」
「あっ……」
ならばと俺は、いつも通り元気な子どもらしくバカな父親と騒がしくする男の子として明るく振る舞った。
「なぜ私を憐れんだ目で見る」
「まあ、いつか本にも出ますよ。希望を失わないで!」
「出たくなんかないんだが」
「いいかクレイ。これを強がりという」
「そういう意味での最強なんだね?」
強がりか。最も強いではなく、最も強がりなのか。悲しいなあ。
「ふふふっ」
アリスは隣で楽しそうに微笑んでいる。
「なあアリス。……お前の家はいつもこうなのか?」
「え? ええ、そうよ?」
「疲れないか?」
くたびれた風に、アイザさんはアリスへ同情するような目を向ける。
「そんなことないわよ。賑やかで楽しいじゃない」
「まあ、この親にしてこの子あり、って感じか」
グリッドの暑苦しさを鬱陶しそうにしつつ、はぁと溜め息を漏らす。
どうやら玄関で感じた印象は勘違いだったらしい。人見知りというのもべつに間違ってはない。家族以外とこの世界で顔を会わせるのは実に二年ぶりぐらいのことなので、つい緊張してしまったのだろう。
「それで、どうしてその最強さんがここにいるの?」
俺にはやりたいことがまだまだあるので、さっさと本題に入れと促した。
「ああ、そうだったな。実はなクレイ。なんとこの最強が……」
「最強が……?」
「バイル王国の先鋭魔導師百人を指一つで薙ぎ払ったと言われているアイザが……」
「が……?」
勿体ぶるグリッド。テーブルの向こうではアイザさんが額に手を突いている。
しかし俺には見える、わかる。
これは、最強ゆえの物憂げな態度なのだ。この世の脆さ、相手の弱さを嘆いているのだ!
『はぁ。まったく、みんなすぐ死んじゃう……』
的な。アイザさんに台詞を付けるのならばそんな感じだろう! ……なんだか力を制御できないバケモノの台詞みたいで、最強とは程遠く感じてしまうけど。
「お前に魔法を教えてくれることになった!」
「やったーーー!!」
もちろん何を言われたかは理解していない。グリッドの勿体ぶるという行為に対して、それらしい反応として喜んでおいたのだ。
「……ん?」
だから喜んでから思い直す。俺はけっこう、まずい状況に立たされていた。
師匠、弟子。師弟関係、師弟契約を結ぶということだ。しかし俺の人生計画にはそんなもの入っていない。
俺は強くなりたい。強くなってウハウハしたい。カッコいい……! って惚れられたい。けど、誰かを教師に持って、目指せ東大! なんてハチマキを巻くほどの目標は立てていない。全国制覇なんかいらないし、何なら地区予選にすら出るつもりはない。
俺は俺なりに、俺のスピードで、俺のやりたいようにしたいのだ。
どうだ? 嬉しいだろ!? と純粋に子を想うグリッド。純粋過ぎて何も言えない。
う、うぅ……ん。と、生返事を返すしかない。俺のことを考えてくれたのはめちゃくちゃに嬉しいんだけども。
だからこそ、アイザさんの次の一言には、希望の光があった。
「まだやるとは一言も言っていないが」
逆にグリッドは希望が断たれたようだ。口が塞がっていない。
「いやだって! 手紙には……!」
「とりあえず会って話す。それしか書いてないはずだ。間違っても了承はしていない」
「……」
項垂れたグリッドは俺の両肩に手を置いた。
「すまんな、クレイ……こんな、こんな情けない父親で……」
「うん、大丈夫。いまに始まったことじゃないから」
「……クレイ?」
情けないのなんて産まれた時から知ってる。期待なんかしてないよ。
「父さんが俺のためにやってくれただけで、嬉しいよ」
「クレイ……!」
「ぎゅっ」
優しく微笑み抱き合う。なんて俺は良い子なのだろう。グリッドにもさぞかし良い子に映っただろう。
「茶番は私が居ないところでやってくれるか?」
俺と父さんが抱き合ってると、アイザさんは口を挟んできた。
こうやって周りに流されず自分を貫けるのも、きっと最強と言われる所以なのだろう。いや、最強だからこそ、貫けるのか。
いずれにしろ羨ましい限りでございますぅ。
「ここまで来たんだからやってくれても良いだろー」
ぶーぶーと不平不満を言うグリッド。
「こんな純粋な子どもの希望をお前は奪うのかー」
息子を盾にする卑怯なグリッド。
「はあ。じゃ、ちょっと、ふたりだけで話をさせろ」
どれもこれも通用しないアイザさんは、それだけ要求してきた。
ふたりだけ。ふたりきり。
漠然とした恐怖に襲われる。嫌だと感情が先行した。
いつその一言が核心を突いてくるのかわからない。この声は迷うことなく俺という風船に穴を空けるだろう。風船は穴が空けば、一生膨らまない。
いつあの目に見つかるかわからない。きっと砂漠の中から砂金一粒を見抜く眼ならば、俺なんか容易く見破るだろう。見つかったら終わり。もう隠れても遅い。いや、もう見つかっているのかも知れない。
「嫌だったら、良いのよ」
そっと俺の手を掴んだのは、アリスだった。温かく柔らかみのある手。
たぶん、アリスからすれば俺は単なる人見知りで、単純に知らない人に緊張しているだけに思えたのだろう。
俺が迷っていることも、アリスはこの二年間ろくに外出してこなかったからと思っているのだろう。
ふたりの親友であろうと、元仲間であろうと、元学友であろうと、俺からすれば赤の他人。二年間、村人の目が煩わしくて外出しなかった。
「うん、良いよ。話してくる」
ただし俺は聞き分けよくて律儀な子どもとしてここでは通っているので、断る方がおかしい。
まあ、何かあったら泣いてしまえば良いのだ。俺はまだ子どもなので、泣いても特に恥ずかしくない。
玩具コーナーで玩具を買ってもらえなかった子どものように、ジタバタしてやろう。
「よっと」
椅子から降りる。扉の側で待っていたアイザさんは扉を開けてくれた。俺は会釈して先に出、家の玄関の扉も潜る。
冬なので寒い。
今日は雪が降っていないが、それでも冷える。
家の近くには田畑が広がっていて、すこし前までは黄金色の穂が両脇に広がりさらさらと小気味よい音を立ててくれたのだが、とっくに収穫は終わって風も吹かず侘しい。微妙に雪が残っている。
俺の背丈だと見えなかったであろう景色が今では見えているのに、気分がよくなることもなかった。
「寒いか」
「……まあ。ちょっとだけ」
部屋着のまま出て白い息を吐いて、おそらく鼻も赤くしているであろう俺が言っても嘘だとばれる。素直に肯定すれば、温かくなった。一瞬にして春になったかのようなポカポカ具合。
「魔法ができるとこんなこともできる」
思えばアイザさんも防寒着を着ているわけでもなく、美しい足が見えるぐらいに足元は開放的だった。首、胸元辺りも防御力は低そうなのに、いまも玄関のときも白い息はなく、震えることもない。何かしらの魔法で、その辺もクリアしているようだ。
「アイザ・ハリグエだ」
「……? さっき聞きましたよ」
「お前は自分で名乗ったのに、私だけ名乗らないというのもおかしな話だ。名乗りぐらい自分でしないとな」
ほんのり口角をあげる。律儀な人だ。
アリスが可愛いの頂点ならば、アイザさんは綺麗の頂点か。彼女にはどれだけふんぞり返って傲慢になっても許せるほどの美貌と、グリッドの話を信じれば強さが備わっている。
「お前は私を求めているわけではなさそうだ」
求める?
俺のセンサーが引っ掛かる。この身体を、この顔面を求めない男はいないだろう。
「……」
ただ、そんな話をしていないことはわかる。
彼女の口ぶりからは確信が感じられる。そんなわけ、と否定に入っても嘘だとすぐに見破られてしまうだろう。
しかしそうですね、と認めることもできず、どっちに転ぶこともできないまま、俺は黙ってしまった。
「お前の父親から手紙をもらった。いろいろ悩んでるそうだ。家から、出ないらしいな」
「友達もいないので」
「まあ、三つ四つ年上のやつをボコボコに馬乗りにしたんだからな。友達になりたいってやつもいないだろう」
どうやらグリッドは、そこまで書いたらしい。
うちの息子はとんだ危険人物で、手を焼いている。四歳のときに~……とでも書いたのだろうか。
ああ、だから彼女なのか。不良少年の更生企画みたいなのをテレビで見たことがある。屈強な大人が、説教をしていた。だから彼女なのか。
まあ、べつに説教されるのは苦じゃない。反省文とかと同じ類いだ。相手の望んでいる言葉を言うだけ。ごめんなさい反省してますもうしませんと言えばいい。内心、こちらが反省しているかどうかはべつなのだ。
「そうですね。俺が外にいるとみんな遊びにくそうだし、たぶん、親が言ってるんですよ。あの子は危ないから遊んじゃダメ! って」
珍しいことでもない。俺も、小学生の頃には言われたものだ。
あの家の子とは遊ぶな。もう○○くんとは遊んじゃダメ。○○さんちの子と友達になりなさい。
「私にはそう見えないが」
「そりゃ、最強だからじゃないですか」
「どうだろうな」
逆に、6歳児を危険視する大人って何なんだ。
「お前は何になりたい」
また急な質問だ。
「何に……」
難しい話だ。それらしいものはいくらでもあるが、本当に俺のなりたいものかと躊躇してしまう自分がいる。そして大抵、その自分は正しかったりする。
適当に村を散歩していれば、こんな寒い中でも外で遊んでいる子どもたちはいた。積もった雪で雪だるまを作っている子もいるし、飛び込んでいる子もいるし、食べている子もいるし。……食べて大丈夫なのだろうか。
まあ、ともかく、彼らの意欲、楽しみを削がないようにしよう。俺はアイザさんの陰に隠れるようにした。
ふと、俺は大勢の中で一つの集団だけを捉えた。見覚えがあったからだろう。目は勝手に、彼らを捉え、離さなかった。
「子どもってのは元気だな……」
苦く呟くアイザさんはぶるりと震えてみせた。
彼らが魔法を使えるとは思えない。つまりこの寒さの中、鼻水垂らしながら遊んでいるのだ。子どもは強いと言われているが、そうではないだろう。俺はちゃんと寒さを感じているので、おそらく彼らの意識が遊びに向きすぎたあまり、寒さがどこかへ行ってしまったのだ。
きっと明日には、風邪を引いている子が何人も現れるに決まっている。
微笑ましい光景に、口角がさがる。
「お前も行ってくればどうだ」
「話聞いてました?」
「もう二年も経ってるんだろ。どうにかなるだろ」
「えぇ……」
投げやりだなぁ……。
「まあ、だとしてもべつにいいですよ」
どうせ俺はこの村を離れて遠くに行く。
それに、俺は友達を欲していない。友達がいないと可哀想という目で見られるし、ひとりというのは格好の餌食でグループ作りとかで不便だったから、それなりの交友を持ったことはある。でも、遊びに行く、会話するといった目的で求めたことはない。
他人に期待しても無意味だし、何事も一人の方が気楽だし、けっきょく俺は俺、自分でしかないのだ。家族ですらそうなのだから、友達なんてもっての外だろう。
「……ちょっと待ってろ」
アイザさんはそう言い残し、子どもの遊び場にずかずかと踏み込んでいく。
俺の勘違いでなければ、彼女の横顔からは不機嫌さがうかがえた。ちょっぴり眉間に皺を寄せ、苛立ちを抱えて。
まあ、そんなはずがないだろう。子どもの遊びにムキになる大人がいるはずがない。
「ふはははっ! バカが!」
そんなはずがないこともなかった。子どもの遊びにムキになる大人がすぐそこにいた。
アイザさんは雪投げで遊んでいた子どもの集団に突っ込むと、真っ逆さまになった子どもを魔王がごとく、嘲笑っていた。
いったい何をしたのか、魔法であろうことはわかるが、何をしているのかはわからない。俺ですらそうなのだから、宙に浮いて逆さまになっている彼らはもっと恐怖だったろう。震えた声は寒さではなく、鼻水も涙も寒さではなかった。
「――何してんだっっ!!」
もちろん、その後は怒られた。でもなんで俺まで。
「アイザお前なぁ……。子どもに手をあげたらダメだろ……」
正座させられた俺と、片膝抱えたアイザ。絶賛グリッドの説教中だった。
アイザさんが魔王のように子どもを虐めた後、家に帰るなり大人が乗り込んできて、グリッドが平謝りした。経緯はこうだ。
「ってか、なんでそんなことしたんだよ……」
アイザさんは俺を見てきた。俺を見ないで欲しい。俺は何もしていないのだから。
「……」
グリッドは顔をしかめる。俺の視線を受け止めながら、アイザさんをじっとねめつける。視線で三角形ができあがっている。
「……はぁ」
溜め息ついて頭を掻くと、その場を後にした。グリッドの遠のいていく足音を聞き、アイザさんはにやりと笑う。
「どうだ。気持ち良かっただろ」
この人はいったい何なのだろう。
アイザさんが襲った子どもとは俺と昔、一悶着あったあいつらで、性懲りもなくあいつらは年下の小さな子一人に向けて大勢で雪を投げていた。
しかし俺とあいつらに因縁があることをアイザさんが知っているはずもない。それなのに、こんなことを言ってくるなんて。
「……まあ。気持ち良かった……です」
首肯する。
変な性癖が開拓されてしまうぐらいには、あいつらの泣き顔は気持ち良かった。
「……ふふっ。あははっ」
なぜか笑みが込み上げてくる。隣でアイザさんも目を閉じ、静かに笑っていた。
「何笑ってんだ、お前ら晩飯抜き!」
グリッドにまた怒られたが、一日の晩飯ぐらいどうってことない。
「俺を、弟子にしてくれませんか」
俺は言った。
この人とこれで終わりというのは何だか嫌な気がした。この人は何だか、違う気がした。




