いやそっちのワンピースじゃねぇよ
洞窟エリアを抜け、ピラミッドエリアを抜け、そこはダンジョンと呼べそうなエリアだった。
反復横跳びをしても余裕がありそうな道幅と、曲がり角が多く目印はない一定の景色。まさしく迷路のような構図だった。
ノイクは大きな扉の前にいた。
秘境の扉も大きかったが、この扉は巨人のために作られたかと思う程のサイズ感で、スケールが違う。黒の鉄扉は重々しい雰囲気が漂っており、まさにこの扉で閉ざされている。扉の向こうには、何かがいる。
ノイクは、鉄扉の両脇に灯るふたつの火に隠れるようにして、いた。
「ノイクくん、ご無事でしたか」
ノダリックさんは冷静だった。
「お前のほうこそ」
「ええ。それこれも、クレイさんのおかげです。見事、私を救ってくださいました」
親子の感動の再会にしては実にあっさりしている。信頼関係だろう。言葉は不要といった繋がりが見て取れる。
ノイクと目が合った。
「足手まといがいて大変だっただろ。悪かったな」
「そんなことない。……うん、ない」
二回連続でトラップを発動させたのが脳裏を過ぎったが、それを差し引いてもノダリックさんの存在は大きかった。
「なんだいまの微妙な間は」
「それよりノイクは? 強がってない? 本当はどこか怪我してるとかじゃない? 無理しちゃダメだよ?」
「……仮に怪我してたらどうなるんだ。お前が治してくれるのか」
「まだ治癒は習ってないんだ」
「じゃあ意味ないだろ」
「でも、ノダリックさんがハグしてくれるよ。よしよししてくれるよ。慰めてくれるよ」
俺とノイクは同時にノダリックさんを見上げる。さあいつでも来い! とノダリックさんは腕を広げた。
「俺はお前と違う。これは全部返り血だ」
「えぇ、なんだぁ」
「なんだってなんだ。お前、俺に怪我しててほしいのか」
「当たり前じゃん」
「当たり前なのか……?」
「だってほら、俺たちけっこう死線をくぐり抜けてきたから。ノイクもそれなりの苦労を背負っててくれないと、俺のほうが弱いってことになるじゃん」
ノイクはぱちくり瞬きをして、頭痛に悩むような仕草を取ってから、深く溜め息をついた。
「お前、うざいってよく言われないか?」
「びっくりした。急にうちはの者になったのかと。もしかしてうちはノイクだったりする?」
「お前、……うざいよ」
「その眼はよく闇が見えるの!?」
「殺されたいのか!」
殺されたくはない。
まあ、残念なことにいまの実力差は明らかだ。俺よりもノイクのほうが強い。
俺はこそこそと息を殺して戦闘を回避してきたが、ノイクは押し切ってここまで来れたのだ。
「あと、お前のほうが弱いからな」
細かいところが気になる男だ。しょうがない。そういうことにしておいてやろう。俺はデカい男だからな。
辺りを探っているノダリックさんと向き直った。
「これがボス部屋ですか」
扉を見上げ、聞き耳立てていたノダリックさんは頷く。
「ええ。この先に秘境のボスがいるのでしょう」
「ああ。このフロアに次へ繋がる道も扉もなかったからな」
そういうのは、もっと早く言ってほしいものだ。
「いいですか、おふたりとも。この先にいるのは魔獣です。魔物とは違います。彼らには知能がある。いままでとは比較にならないほど、厳しい戦いになるでしょう。クレイさんは、魔獣との戦闘経験は」
「ないです」
「ふむ。誰しも初めてはあります。冷静に、丁寧に。我々はひとりではありません。ノイクくんも、魔獣は初めての経験です。共に頑張りましょう」
「まあ、秘境から出る方法はボスの魔獣を倒すしかないんだ。やらなければ飢え死にするだけ」
秘境はダンジョンと違う。
ダンジョンは逃げられる。入り口が出口にもなるのだから、最悪、回れ右して来た道を辿れば、逃げられる。
しかし秘境は一方通行。入り口は入り口でしかなく、出口も出口でしかない。そしてその出口は、魔獣に守られている。俗に言うボス魔獣。ボスを倒さなくては、永遠に秘境から出ることはできない。
「えいえい」
俺は拳を突き上げる。
「おー!」
「おー!」
ノダリックさんも合わせてくれた。しかしノイクは知らんぷり。俺とノダリックさんで冷ややかな視線を浴びせる。
「えいえい」
「えいえい」
「「おー!!」」
くだらないと斜に構えたノイクだ。俺は言ってやる。
「そういうの、中二病って言うんだよ。ちなみにノイクがやるまで何回でも繰り返すよ」
中二病になりたくないのか、何度でも繰り返される永遠に戦いたのか、
「えいえい」
「えいえい」
「「おー!」」
「……おー」
三回目はやってくれた。
先頭に立ったノダリックさんが手を触れると、ゴゴゴゴ……とゆっくり開く。中は真っ暗だ。
ノダリックさんの歩みに合わせ、俺たちも踏み出した。となりでノイクが大剣を握る。
入ってすこし歩くと後ろの扉は閉まった。大きな音が鳴る。ついふり返る。もう後戻りはできない。
扉が開いていたから明かりが僅かに入っていたが、閉じてしまえば真っ暗闇。足元も覚束ない。真横のノイク、真っ白で目立つノダリックさんの背も見えない。
真っ暗な中に踏み込んだのだから当然と言えば当然。しかし俺は不安に駆られた。
ここまでの道中と同じく、俺は火種を灯そうとした。
ボッとほんの一瞬の揺らめきが現れると同時、俺の目の前に影が躍り出た。
直後、何かと何かが鬩ぎ合う音。鉄同士を打ち合うような音。突風が頬を叩くと、背後、上空で衝突音がする。
俺の目の前に突如現れた影は、黒髪で大剣を携えていたような気がする。
「クレイさん火!」
ノダリックさんの指示。俺は言われるがまま、火を前方に投げた。そこには柱がある。しかし火に照らされた直後、その柱は抉れて倒壊した。
火に反応している。俺はそこでようやく理解する。
しかし火がないと。明かりがないとこちらは相手の視認が不可能だった。
「なら――――」
俺は小鳥を作った。
二羽の赤い炎の身体を持った小鳥は、上空を羽ばたく。
己を燃やしつつ、俺たちに光を与えつつ、上空を舞い続ける。
その結果、ようやく戦闘に入ることができた。
「……デッカ」
相手を視認して俺から出た感想は、それだった。
見た目としては、サングソウに近しい。サングソウの上位互換と言ってよさそうだ。
普通のサングソウと同じく、無数のツルが足元でうねうねとしていて、二本の腕の役割を果たす足元のツルも健在。袋のような肥満体型のような腹には胃液が溜まりに溜まっていそうで、時折、蓋の働きをしている口の隙間から湯気が立っている。
太ったサングソウは機動性を完全に失い、根を張っていた。しかし油断はできない。あの伸縮自在なツルはボス部屋の隅まで辿り着く。威力もご覧の通り。柱が抉れている。仮に柱の裏に隠れても、二発、三発しか耐えてくれないだろう。
「……サングソウと同じなら、火が弱点だな」
どこにいたのかノイクがとなりにいた。
肩についた石の破片を叩いている。パラパラと降ってくる破片に見上げれば、衝突の跡があった。
「だが、火を避けるわけじゃないらしい。率先的に打ちに来た」
そこで思い至る。
俺が無防備に明かり代わりに火を生成して、ボスが反応し、それからノイクが庇ってくれた。あの衝突跡は、ノイクが打ち付けられた跡なのだ。
「ごめん、庇ってもらって」
「お礼も謝罪もあとでいい」
ノイクは手に包帯を巻き付けた。真っ赤な包帯は、しかし彼の出血ではないだろう。大剣に巻き付いていた包帯を、自らの手に巻き付けたのだ。
「……あいつはなにしてるんだ?」
ノダリックさんだった。
ノダリックさんは慎重にボスの足元ににじり寄ると、俺が渡した銀の剣を引き抜き、足の一本を叩く。
「わ! わ! ……く、クレイくん! ノイクくん! ……助けて! 助けてください!」
「……本当に何してるんだ!」
果たして何がしたかったのだろう。
ノダリックさんの攻撃はまともに入ってない。剣の問題なのか、ノダリックさんの伎倆の問題なのか、それともボスの耐久度の問題なのか。
ツルの足は切断することなく、ぺちんと音を立ててだけ。しかも、ボスの懐から子分のように普通のサングソウが現れた。
サングソウは群れを成す。一体ならBランクだが、群れならAランク、時にはSランクにもなり得る。そう言ったのはノダリックさんだ。
今回、魔獣は群れの親分ということになるのだろう。通常の魔物のサングソウは親分に従う。
リーダーがいて、そのリーダーには知能がある。サングソウは無秩序ではなく、統率された軍隊のように動く。
厳しい戦いだ。
「はあ。まあ、いい」
溜飲を下げたように、ノイクはボスを見定めた。
「群れはあいつが引き連れてくれている。その隙に俺たちで親玉を叩くぞ」
「助けなくていいの?」
「そんなやわじゃない。それに、ボスを倒すのが一番の助けになる」
それはそうだ。
「ぎょえぇええ!! おたすけ、おたすけ~!!」
右往左往して、どたどたと走り回る。まるで幼稚園児と戯れる大人みたいだ。捕まったらもみくちゃにされて、溶かされる。
そんなノダリックさんは無視……ではなく、ノイクの言葉を信じて、俺たちは親分に狙いを定める。
「あいつは魔獣だ。つまり知性がある。思考ができる。だが熱に弱いというのはそのままなんだろう。お前の魔法、火を見て速攻で潰しに来たんだからな」
「むしタイプっぽいし、弱点4倍なのかも」
「ああ。なら、決め手はお前だ」
「俺に懸かってるってことか……」
「お前が失敗したら俺たち全員終わりだな」
「怖いことを言うね」
「ビビってんなら、柱の後ろにでも隠れてろよ?」
「言葉遣いに気を付けたほうがいいんじゃない?」
ニヒルにノイクは口角を上げた。
「まず俺がやつの腕を叩き切る」
言いながら、ノイクは駆けた。
「お前は気配を隠しながら魔力を練れ」
「矛盾してるけどね!」
ノイクの足音、震動を察知したのか、ボスの足の数本がノイクを絡め取ろうとする。
軽やかに跳躍したノイクは、ツルを回避した。
空のノイクを、地に根を這うツルで捉えることはできないだろう。
「…………ッッッ!!」
まず、一本。
一際太い腕のツルを、ノイクは気迫共に斬り伏せる。
「流派はガンドロ流!?」
「大剣使いをみんなガンドロ流だと思うな!」
「じゃあ違うの!?」
「……いまのは烈紣打!」
「合ってるじゃん!」
ガンドロ流剣術は派手な技が多い。特徴としては、技というよりも型といったほうが正しく、連撃という概念はない。一撃で仕留める。仕留められなければこちらが終わりと言わんばかりの溜めと隙が多い技。いまのだって、外したあとのことは考えていない。
しかし、決まれば深手、致命傷は必至。力で押し切ることも得意としていて、ガンドロ流派との鍔迫り合いは避けるべしと言われている。
「礼はあとでいいよ」
俺はノイクに足場をやった。
烈紣打を放ち腕を一本を切り落としたノイクは地面に落下するしかなかったが、俺が火の足場を空中に作ってやったことで、もう一段階飛ぶことができる。
無事に足のツルに絡め取られることもなく、そしてもちろん、俺が用意した足場の熱に反応してもう一本の腕のツルもしなり、抉り取ろうとする。
「ふんっ」
俺の火の足場はツルに掻き消された。だが目的は達成している。
腕のツルは、ノイクの足元に自ら現れていた。大胆で大振りな一撃。されどその絶大な隙を、ノイクが逃すはずもない。
「烈紣打!」
俺の知識が正しければ、その技は切るというよりも叩いて砕く技だった気がする。脳天をかち割る。巨岩を打ち砕く。そんな技だった気がする。
「いまだ!」
両腕を失った親玉。
俺は練りに練っておいた魔力で、炎を作る。
その熱を感知した親玉は、人間で言うなら鳥肌だろうか。足元のツルがざわざわとひしめき合う。そしてノダリックさんを追っていた子分のサングソウも、身を翻した。
いまさら止めるのは無理という判断だろう。子分が盾になる。それが自らの意志ならお涙頂戴だが、親玉の命令ならリーダーとしての素質はない。
俺は火炎弾を放った。
あとに残ったのは、腹に大穴を開けた親玉と焦げて灰になった子分。胃液もすっかり蒸発している。正直、臭う。
「お礼を言うなら、いまだよ」
手を差し出す。
「これで貸し借り0だろ」
それもそうか。
ノイクを引き上げた。
「ぺっ、ぺっ。……うぉぇえ。なんて臭さ。あぁ……! 私の大事な一張羅がぁ。これ高かったのに……」
ノダリックさんの燕尾服は、飛び散った液で裾が焼けているようだった。
ボスを攻略すると、その後ろにある部屋へと行けるようになる。俺たちはその部屋の光景を見て、揃って声をあげた。
「「うわ~……!」」
俺とノダリックさんは無邪気な子どものように目を輝かせた。
ボスを倒したのだから、その部屋はご褒美部屋。金銀財宝。光輝く財宝。そこかしこに財宝。
「ワンピースは、ここにあったんだ……!」
「残念ですが、洋服の類いはありませんよ」
ノダリックさんの冷静なツッコみは、無粋とも言える。わからないなら黙っていてくれ。
金色の王冠、金色の宝石、金色のインゴット。そのままの金の硬貨がある。もしもこれを全て持ち運べれば、たしかに、遊んでいけるし三世代まで安泰だ。
「ひゃっほ~い!」
俺は金の海に飛び込んだ。
「子どもだな」
口ではそう言いつつも、ノイクもその辺の金に手をつける。
「これで女の子もいれば完璧だったなあ~。できれば巨乳がいい。両脇に抱えてやるんだ」
「エロガキじゃねぇか」
「ええじゃないかええじゃないか~。……むほほ」
金の風呂に入るという夢があったが、これで達成したとは思えなかった。どうやら、大事なのは女の子らしい。巨乳らしい。おっぱいらしい。
ひとりで金の風呂に入るか、普通のお湯で女の子とお風呂に入るかを選ぶとすれば、大抵が後者だろう。
「飽きた」
「早いな!?」
「だって硬いんだもん」
「逆に柔らかいとでも思ったのか……?」
今一度、俺は金の海を潜水する。ぶはぁと浮上した俺の全身は、金ピカだった。
「帰り、気を付けろよ」
「うん。任せたよノイク!」
王冠を被り、ネックレスを首にかけ、腕輪に指輪、宝石をポッケに押し込めるだけ押し込んで、縁起の良さそうな置物を三つほど抱える。
「ハハハ。元気なのは良いことです。難所は乗り越えましたが、まだ帰路がありますからね」
ノダリックさんとノイクは金の収集に勤しむ素振りを見せなかった。これではまるで、俺が金にがめついようではないか。
「さて、選定が終わりましたら、帰りましょう」
「……ノダリックさんはいいんですか? なにも持ち帰らなくて」
一瞬、ノダリックさんは懐に本を一冊忍ばせた。それがどんな本なのかはわからないが、すくなくとも金ではなかった。それとも、金でなくても、ここにある本なら相当な価値があるのか。
「ええ。経験に勝るものなし。思い出に値打ちはつかない。と、言いますから。秘境を踏破した。クレイさんとご一緒できた。それは、ここにある全てを持ち帰っても、得がたいものなのです」
「……」
「なぜ俺を見る」
「まさかノイクがそう思っててくれてたなんて、びっくりしたよ」
「お前が来るのは秘境じゃなかったらしいな」
ノダリックさんの言葉にハッとさせられた。
しかし、なんだか変な感じがする。その言い方だとまるで、俺たちはここでお別れみたいじゃないか。そんな寂しい言い方をしなくても、たぶん俺はまだしばらくシィオルツにいる。アイザにも友達ができたと紹介したいし、また一緒に、秘境じゃなくても普通の依頼をしたい。
「では、帰りましょう」
俺から帰るとはなかなか言えず、ノダリックさんが機を見計らってそう言った。
入り口のような扉はなかったが、あからさまな夜空のような暗闇を映し出す空間があった。
最初にノダリックさんが入る。次に、ノイク。ノイクは、出口の一歩手前で、足を止めた。ふり返る。
「……またな」
俺を気遣うような表情だった。
言葉を絞り出すような、これを言うのが限界という感じだった。
悪気でもあったのだろうか。不器用ながら、ノイクから、申し訳なさを感じる。
出口に消えていったノイク、そしてノダリックさん。俺はふたりを追いかけるようにして、駆け足で飛び込んだ。
「だから言ったのに。傷つくのは、きみなんだよ?」
あの白が揺蕩う空間に放り出されることはなかったものの、ヒュウスの声が、後ろ髪を引く。
「……」
戻ってきた。
まだ昼間だった。
秘境内部では時間が経過しない……なんてのは聞いたことがない。秘境では相当な時間を過ごしたはずだ。
時間感覚はかなり崩れてしまったが、おそらく、最低でも一日はあれから経過していることだろう。
というか、そんなことよりも。
木の隙間から漏れる日の光。小鳥のさえずり。涼やかな風。後ろには秘境がある。
「ノダリックさーん……? ノイクー……?」
誰もいなかった。
行ってしまったんだな、と直感する。
俺たちは友達でもなければ仲間でもなく、一時的な利害が一致した協力関係に過ぎない。
ふたりはふたりで、目的を達成したのだろう。だから、もう、……俺と一緒にいる必要はない、と……。
「また、な」
俺は拳を握った。ノイクのあの言葉は、永遠の別れを告げるものではなかった。
さようならではなく、またな。また会おうという意味だ。もう会えないわけじゃない。
俺は扉を開けた。
壁に背を預け、頭に手を置いて斜め下に視線を固定する。
「なにやってるにゃ……?」
「いまの俺……なんだか違うように見えません……かっ?」
「お金の匂いがするにゃ」
「そう! 秘境からの帰還です! 秘境の攻略を遂げてしまったの……ですっ!」
「そうか。にゃら、とりあえず謝礼とか治療費とか諸々もらうにゃ」
「あっ、はい。すみません。その節はどうも、本当に助かりました。これぐらいで足りますかね……?」
俺はとりあえず、ポッケから宝石をいくつか渡した。
宿のベッドで暇を持て余していたミシュルさんは、その宝石に目の色を変える。
「にゃにゃー!」
「うん、そうだよな。ふつう、こうだよな。宝石だもん」
べつに俺が金にがめついわけではなかった。
「へへっ。これで借金が返せる……」
「ん?」
「なにも言ってない」
「俺もです」
「……」
「……」
法外な謝礼は借金を返すためだったらしい。治療費の相場もわからない俺からふんだくるとは。しかも秘境に行かせるとは。とんだ猫だ。
「と、とりあえず! あの男の回復ポーションを買いに行こー!」
騙されておいてあげるか。
秘境から持ち帰った指輪と三つで交換してくれた。これが良心的なのか悪徳なのかはわからない。ミシュルさんもなにも言わなかったし、大丈夫なのだろう。
とにかく、重要なのは、……ドゥリュウさんの命を救う薬を手に入れたということだ!
「垂らせばいいんですか」
「うん。傷跡に満遍なく流せば大丈夫……なはず」
ここに来て確証のないことを言う。俺はポーションの栓を抜き、緑色の液体を背中全体に流し込んでいく。
ほんのり湯気が立った。沁みるのかドゥリュウさんは顔を苦しそうにしかめ、わずかにうなり声をあげた。しかしすぐに落ち着く。呼吸も安定していく。
「これで、二日もすれば目を覚ますはずだよ」
「……ありがとうございます」
やっと一息つけた。
「全部クレイくんがやったことでしょ。礼を言うなら自分に」
「自分に礼を……?」
「ダメじゃないでしょ?」
ダメじゃない。ダメじゃないけど……変な感覚がする。
ありがとう、俺。頑張ったぞ、俺。……やっぱムズムズする。
「でもこれで、クレイくんも一躍有名人かぁ」
「なんでですか?」
「そりゃ、その歳で、しかも三人で秘境攻略だもん。一目置く存在。受付嬢もびっくりしたでしょ? スカウトとかあるんじゃない? そしたら……ひひっ。ミシュルさんのおかげってばんばん宣伝してよねー!」
「それなんですけど……」
俺は、正直に答えた。
秘境からひとりで帰ったこと。シィオルツに帰ってから、冒険者ギルドで受けた対応。不審な眼差し。そして叱責。
「……え。怒られたの? 受付嬢に」
「はい。一緒に秘境行ったふたりがもういなくなってて、受付嬢に聞こうとしたんです。秘境攻略の報告も兼ねて。そしたら……」
秘境の攻略は許可されていないと言われてしまったのだ。すこし前から異常事態であることが報告されていて、落ち着くまでは立ち入り禁止。俺たちの侵入がより影響を与え、第二第三の被害にも繋がる恐れがあるからと、こっぴどく叱られた。
「それに、白い燕尾服の老紳士と、黒髪黒目、抜き身の大剣に包帯を巻き付けた少年なんて、知らないと言われてしまったんですよ。冒険者登録もされていないって」
「ええ。こわっ、なにかホラー体験でもしたの? 塩振っとく?」
狐につままれたのだろうか。というかミシュルさんは猫又だろう。妖怪にホラーとか言われることこそホラー体験だ。
「そのせいで、周りの冒険者からも変な目で見られちゃいましたし、出所不明ということであの場で換金してくれなかったし。俺の冒険者経歴には、まだ秘境は未攻略扱いですよ」
「それは災難にゃね~。でもまあ、換金はどこでもできるし、秘境はまた踏破すればいいし」
「ずいぶん簡単に言いますね」
「それに、いい教訓ににゃったんじゃにゃい? クレイくんは、すこしは人を疑うことにゃん。その老紳士が受付嬢と会話するところとか、実際に許可をもらってるところか、見てないんでしょ?」
「……」
言われると、そうだ。
俺はノダリックさんに、すでに許可証はもらったと言われて、特に疑わず中身を検めることもしなかった。
「……嫌な世界ですねぇ」
「ごめんにゃ~」
なんでミシュルさんが謝るのだろう。
「ま、とりあえず今日はぱぁーっとやるにゃ! ギルドが認めてくれなくても、冒険者が認めてくれなくても、攻略したのは事実。宝石も財宝も手元にある」
正直なところ、ノダリックさんとノイクの存在があやふやになったいま、自信はない。
思い返すと、案外苦労しなかった。いや、実際ピンチにはなったのだが……Sランク冒険者になるための絶対条件であり、そのレベルの冒険者たちが悉く死んでいく秘境を、俺が、本当に俺が、攻略できたのだろうか……。
そう思ってしまうと、俺は首を捻ってしまう。だって、Sランク冒険者というのは、アイザやグリッドのことを言うのだ。アリスだってそう。俺はこの三人に、勝てるのだろうか。勝てずとも、肩を並べられるのだろうか。
怪しい……。
ドゥリュウさんの部屋を出て、階段を降りて、意気揚々としているミシュルさん。その背中に声をかける。
「ちなみに支払いは」
「もちろんクレイくんっ」
満面の笑みで言われたらかわいいので、払ってしまう。
もしも俺が幻影を見ていて、夢を見ていたのだとしても、持ち帰ってきた金の類いは全て本物。
それに、ミシュルさんは俺を気遣って励まそうとしてくれているのだ。だってもでももない。何度も否定するのは、彼女もウザったいだろう。




