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異世界転生すれば上手くいく  作者: 家佐水井
2章 見知らぬところで
21/24

魔力は心、魔法は想い


 俺はノダリックさん親子と別れ、部屋に戻った。


「秘境に行けることになりました」


 俺は大々的な発表のつもりで言ったのだが、ミシュルさんに驚いた様子はなかった。


「よかったにゃん」

「一週間後ってことになりました。それまでに相手が準備してくれるみたいです」

「まあ、秘境には手続きとかいろいろあるらしいからにゃんね~」


 秘境は不安定な性質でもある都合上、ギルドの管理となっている。

 特に錠前があるとか暗証番号秘密の合い言葉が必要とかではなく、入ろうと思えば誰だって入れる。

 しかしそれがギルドにバレれば大目玉だ。秘境内の魔力が活性化することもあれば、秘境外の環境や魔物にも影響を及ぼすことがある。


 最悪、スタンピードの引き金ともなるのだ。


「クレイくんもそれまでに準備しないといけないにゃんだな~」

「そういうことです。三日前ぐらいになったら適当な依頼を受けて、お互いの連携と相性を確かめるようです。なので、今日を含めて四日間ぐらい、すこしでも強くなろうと思います」

「頑張ってにゃ~」


 ふぁあ~あ。とミシュルさんは目尻に涙を浮かべて、布団を被る。


「ところでこんな良い話があるんですか」

「やるにゃ」

「まだ何も言ってない」


 咳払いする。仕切り直し。


「とっても稼げる話があるんですが」

「なんでもやるにゃ」

「だからまだなにも……」


 ん? ……ん!? ……なんでも?


「いまなんでもって言いましたか?」

「言ったにゃん」


 俺は絶句した。

 ベッドの上であぐらをかくミシュルさんの肢体を舐め回すように見る。短パンで太もも丸出し。半袖で脇も丸見え。ヘソ出し谷間が覗ける。おまけにこの人懐っこそうな笑顔。


「ミシュルさんって腕に自信はありますか?」

「あるにゃん。クレイくんは意気地なしにゃん」


 最後は聞こえない。聞こえなかったことにしよう。都合のいい頭でよかった~。


「簡単になんでもやるとか言わないほうがいいですよ。悪い人に騙されそうで心配です。ということで、鍛えてほしいです」

「簡単には言ってないにゃん。クレイくんだから言ったにゃん。報酬期待してるにゃんよ~」


 ……俺だから言った……!?


「……まあ、報酬はミシュルさん次第ですね」


 ミシュルさんが生半可な仕事をすれば、俺は秘境から帰ってこれない。報酬も受け取れずじまい。


「やっぱり意気地なしにゃんね」


 うるさい。






 広場に来た。


 運動場、といえば近いか。ちょっと大きめで整備が整っている公園って感じだ。

 ランニングコースが用意されていて、野原が広がっていて、テニスコートほどの仕切りがされた空間がある。

 そのひとつを借りた。開放的な訓練場だ。


「ミシュルさんってどういう戦いをするんですか?」


 俺とミシュルさんは向かい合う形で立っていた。だが彼女は武器を持っていなかった。

 お日様に身体をぐぐっと伸ばして気持ちよさそうな顔をしてる。尻の上辺りから伸びた尻尾がゆらゆらと揺れている。


「秘境の魔物たちはそんなこと教えてくれるかにゃ~?」


 ……そうだった。

 魔物図鑑とか魔獣攻略これ一本とかあるにはあるけど、毎度それらを前にしていちいち本を開くわけにもいかないし持ち込むのも容易ではない。

 ある程度、その場その場で自分の目で確認して頭で分析する必要がある。


 それに……。


 俺の脳裏には、二度も命を狙ってきたあれがちらつく。

 ドゥリュウさんをこんな目に遭わせて、アイザを追い詰めるほどのあれ。

 あいつが言葉を発さないことだけはわかっている。いちいち、自分の手の内を明かしてくれるほどの傲慢さも持ち合わせていなさそうだ。


「手加減はしてあげるにゃん」


 じゃあ、俺は本気で。


 腰から銀の短剣を抜く。腰を落として構える。視界にミシュルさんを据える。


 ミシュルさんは俺を視界にも入れず、ふあぁ~あとあくびひとつして、目をぱちぱち瞬きさせた。

 隙……とは、こういうのを言うのだろうか。しかし、踏み込めない。見せられているような気がして、誘われているような気がして、踏み込めない。


 すると、ふいに一陣の風が吹き付けた。


 さぁぁ……と草原が風に煽られ、俺は瞬きする。すると、ミシュルさんはもういなかった。


「これで一回、死んだにゃん」


 背中に回られている。背後からする声に俺は飛び退いた。


「にゃっはは~」


 距離を取るとミシュルさんはいつも通りに笑った。


「……っ」


 ならば、今度はこっちから仕掛ける。


 剣を握って走る。距離を詰めた。型や流派なんて無視で、とにかく身体が動くように振るった。


「ふぅん?」


 ミシュルさんは分析するように、軽々としたステップで躱す。


 握る手に力を込め、大きな一撃。俺は振りかぶる。隙の多すぎる上段斬りは躱すのにも猶予がある。ミシュルさんは剣の間合いから遠のいた。


 しかし俺はそれを待っていた。


 魔力の準備はいい。魔法のイメージもできてる。


 ミシュルさんの着地を狩るように、ファイヤーボールを放つ。ふたつ同時に生成した。頭がはち切れそうだ。


 威力は弱いだろう。俺が重点を置いたのは速度だ。一撃でも、当てる。


「うん、ざんねん」


 またもや、ミシュルさんは俺の背後に回っていた。背中をトンと押される。

 魔法に集中し、魔力に力を注ぎ、熱暴走した頭。軽い力でも、俺は前に倒れる。


「実はミシュルさん、凄い人だったんですか」


 うつ伏せのまま言った。


「実はって余計だにゃん!」


 それから四日間、俺はミシュルさんに稽古をつけてもらった。


 時にはミシュルさんは剣を持った。


「あんまり、こういうのは得意じゃないんだけど」


 木剣だったのは、万が一にでも俺を傷つけないためにだろう。


「知り合いが言うには、武器は身体の延長線上のもの。手や足に力を入れるのに、わざわざ力を入れるぞ! とは思わないでしょ? それと同じ。武器は武器じゃない。自分の身体の一部分」


 ミシュルさんは慣れたように木剣を手中で回した。


 要するに、認識を変え、意識せずとも扱えるようになれということだろう。

 俺も最初は、魔力を知るのに苦労した。でもいまは知ろうとしない。そこにあるものを、引っ張り出してくるだけ。どこにあった? と言われても、そこにあったとしか答えられない。そうなれ、と言われている。


「クレイくんには魔法の師匠はいるみたいだけど、剣の師匠はいないみたいだね」


 ある時は、ミシュルさんは見事に俺の事情を見抜いた。


「魔力は淀みないし、魔法の発生も滑らか。でも、剣に関しては荒技。見様見真似、よく言えばがむしゃら。悪く言えば暴れているだけ」


 魔法は一からアイザが教えてくれた。魔法とは、魔力とは。そこから教えてもらったが、剣の師はいない。

 グリッドが村の男たちに剣を教えている風景や、家の庭で休日、日課の素振りをしているのを見かけて、それを頭に思い起こしてやっていた。

 素振りをしているだけでは野球でも使い物にはならないし、剣道でも勝ちは取れない。そういうことだろうか。


「いまから剣の腕を上げるのは難しいから、剣はあくまで第二武器ってことにして。それならいいところを伸ばそう!」


 俺の剣を、子どものじゃれ合いのようにいなしたミシュルさん。

 まあ実際に俺は子どもだからしかたないのだが、彼女は一度も攻撃へ転じることはなかった。

 防御と回避にだけ専念し、俺の体力が切れるのを待っているだけ。


「魔法。魔法ねぇ……。あんまり、こういうのは得意じゃないんだけど」


 頭を指先でぽりぽりと掻く。授業らしきことをするとき、ミシュルさんは前置きにこう言う。なら次に言うことは。


「知り合いが言ってたんだけど」


 友達の話なんだけど、に通じるものがある。


「魔力は力の源で、魔法は自由な発想からできるもの。つまりイメージ。イメージってことは、強い想いが重要。魔力は心を写すようなもので、魔法は心の強さにも繋がってる。……らしい」

「ミシュルさんはどんな魔法が得意なんですか」

「それは、……秘密」


 ひひっと笑う。


「でも魔法も得意なんですね」

「騙した?」


 魔法の強さが心の強さってことなら、魔法が強ければ意志の強さ、想いの強さ、強い感情があるということなのだろう。

 あの人外は禍々しい魔力をしていた。それがあいつの心を写しているのなら、簡単な恨みや憎しみなんて言葉では片付けられない。

 セシリア先生にも……そういうのが、あったのだろうか。俺は彼女の魔力を膨大だとは思ったが、そこに恐怖は感じなかった。あの魔法も、何かしらの彼女の想いが顕現していたのだろうか。


「いまから新たな魔法を覚えるのも魔力を増やすのも現実的じゃない。短期間でできるとしたら、いまできることをさらに伸ばすこと。クレイくんがいま得意なのは、無詠唱からのファイヤーボールだね」

「それしかできないんですけどね」

「卑下することはないよ。詠唱して上級の魔法を使うより、詠唱せずに初級の魔法を使える人のほうが優秀だから」


 本は読んでいる。娯楽と勉強の両方を兼ね備えているものが読書なので、人よりかは読書量は多いほうだと自負している。

 だから俺の頭の中には詠唱文もそれなりにインプットされている。魔力量が足りるかどうか定かではないが、上級も超級も詠唱はできる。


「ここからファイヤーボールを伸ばすって、なにができるんですか?」

「魔法はイメージなんだよ」


 ミシュルさんはウインクする。


「クレイくんのファイヤーボールはファイヤーボールであってファイヤーボールではない。クレイくんのイメージ、考え方次第で、どうにでも化ける。

 たとえば……形を変える、とかね」

 

 アイザが使っていた、金色に輝く炎の鳥が思い当たった。


「威力重視の全てを焼き尽くす特大の大玉を作る。速度重視の光線のようなものを作る。守りだっていい。ファイヤーボールを縦長にして、身を守る盾にする」

「……それってもう、べつの魔法じゃないですか?」

「だからクレイくんのファイヤーボールは、すでにもうべつの魔法なんだよ」


 ……アイザは、言った。詠唱文と杖は、本来の用途では使われなくなってしまった、と。

 本来、イメージが苦手な人のために、詠唱文はあった。無から発想するよりも、詠唱という既成の言葉から発想すればイメージが容易くなる。本来、魔力の知覚と扱いが苦手な人のために、杖はあった。勝手に魔力の流れを決めてくれるから、あとはイメージ、詠唱するだけで魔法を扱える。

 その補助輪的要素であり、徐々に外していくべきだった詠唱と杖は、いつからか便利道具として成り下がり、それが標準となってしまった。


 ファイヤーボールというのは、あの詠唱文で固定化された魔法のひとつだ。

 俺が無詠唱で頭の中で再現し生成する火の球は、ファイヤーボールであってファイヤーボールでない。

 魔法は自由な発想。イメージ。形を変形させ、魔力の量を調整し、生成する。


「……すこしだけ、わかった気がします」


 俺の手中で、火種が揺らめいた。


「じゃあ、一戦、やる?」

「お願いします」


 ノダリックさんとノイクと戦い方をすり合わせるのは、明日だ。この四日間。たったの四日間ではあるが、すこしは掴めた気がする。


 俺は剣を抜いた。腰を落として構え、ミシュルさんを視界に据える。


 ミシュルさんは堂々と立ち、いつでもどこからでもと自信ありげに口角を上げていた。


 地を蹴り仕掛ける。

 ミシュルさんやドゥリュウさんのような素早さはない。この仕掛けるまでの、間合いを詰めるまでの距離は、ミシュルさんにとって準備期間として余裕を上げていることになる。

 だから、


「……おっと」


 俺は駆けるのと同時に、生成と初速にだけ意識したビー玉サイズの炎を作り、放っていた。

 俺よりも速い極小の炎は俺を軽々と追い抜いていき、ミシュルさんを狙う。彼女は驚いたと目を丸くするも、軽く半身になるだけで躱した。

 しかしその時間は俺が詰めるには充分だった。


「悪くないね。そゆことそゆこと」


 木剣に阻まれる。


「戦いの中じゃ、相手に与える時間はなければないほどいい」


 ファイヤーボールを放つ。

 力の押し合いには敵わない。だが、ミシュルさんに押し切るという選択肢はない。このファイヤーボールは無視できないはずだ。

 俺の想定通りに、この鍔迫り合いからミシュルさんは逃げを選択した。


 木剣で、彼女は魔法を斬るという芸当をしてみせる。


「そんなのあり……?」


 魔法を斬る。しかも木剣で。まだ特殊な……魔剣だったかなんかで魔法を斬るのならまだわかるが……って、そうじゃない。


 俺はミシュルさんの挑発的な笑みに頭を振る。


 魔法を斬る。斬るらしい。それでいい。俺のやることは変わらない。


 ミシュルさんの新たな技はとりあえず頭に入れて、半瞬遅れたものの追撃を行う。


 アイザがやったような、鳥。赤い炎の身体を持つ鳥が、魔法を斬ったミシュルさんに追撃をする。


 これなら動きは激しいから、簡単に斬ることもできないだろう。


 息つく暇も、思考の時間も与えない。俺自身も、仕掛ける。炎の鳥を追いかけるように、俺も走る。


 ……水?


 水を感じた。雨じゃない。

 ミシュルさんの背後に、水の身体を持った巨体があった。

 その巨体は迫り来る炎の鳥を、拳と拳で潰した。そして、形を失う。巨体は巨体の形を失い、残ったのは溢れる水のみ。


「……はぷっ」


 俺はその迫り来る奔流に飲み込まれた。


「うん。けっこう、よかったよ」


 ざばんと水から引き上げられる。俺は全身、びしょ濡れで、ミシュルさんに引き上げられていた。


「でも惜しいかな。あそこで、盾でも貼れたらよかった。魔法はよかったよ。いろんな形があって。でも、攻めることばかり考えて、術者本人のことが抜け落ちてる。つまり、自分の身を守れてない」


 たしかに。

 俺は相手に考える暇も与えないようにと、猛攻に次ぐ猛攻を仕掛けた。そこに反撃されたときのことは、なかった。

 自分も、あの魔法のように攻撃の手数の一部としてしか考えていなかったのだ。俺が負ければ終わりという当たり前のことを、忘れていた。


「ぶえっくしょん!」


 まあ、そんなことよりもとりあえず。


「お風呂入りたい」


 ああ、ストロル家が恋しい。ストロル家のお風呂が恋しい。

 安物の宿屋に浴槽があるはずもなく、シャワーしかないのだ。

 お風呂だけ借りに、帰ろうか。






 翌日。


「頑張ってにゃ~ん」

 

 今日はノダリックさんとノイクとの顔合わせみたいなもので、練習試合みたいなもので、そこまで根詰めても逆効果だ。


「あのいけ好かないクソガキに俺の力を見せつけてやりますよ……!」


 しかし練習試合でも試合は試合だ。ここらで一発、力の差というものを見せつけて、あの調子に乗っているクール気取りの陰キャに現実というものを思い知らせる必要がある。


「おはようございます、クレイさん」

「おはようございます、ノダリックさん。ノイクも」

「おう」


 すでに彼らはギルド前で待機していた。


「依頼は受けておきました。行ってみましょう」

「はい」


 前回の俺と同じだと思ったら大間違いだクソガキがぁ!


「これで終わりか」

「……あれぇ?」

「さすがですノイクくん! 頼りになるぅ! かっくいー!」


 ノイクの大剣には血がついている。頬に飛んだ返り血までもが歴戦の猛者感漂っていて、かっこいい。


「……これ、俺がすげーって言われるパターンじゃないの? 俺が無双する展開じゃないの?」


 俺の短剣には血がついていないし、魔法のまの字もない。

 

 魔物を前にして、かっこつけて剣を抜いたらもうノイクはすでに、抜き身の大剣ですべてを屠っていた。


「お前が魔法の練習をしている間、俺が何もやってないと思ったのか」


 まあ……そりゃあ、そうなんだけどさあ。


「しかしノイクくん。クレイさんの見せ場をすべて奪ってしまったのは感心しません。私たちはチームなのです」

「そうだそうだ! 協調性を返せー!」

「ふん。悪かったな。いつも全部押し付けてくる誰かのせいで、癖になってるんだ」


 ノダリックさんは意気消沈と肩を落とした。ノダリックさんのせいじゃねぇか。


「安心しろ。全部俺が片付けてやるから」

「なにやだかっこい……! 俺のこと狙ってるの? ごめんけど俺、男は対象外なんだ」

「そういうことじゃねぇよ! 俺も対象は女だよ!」

「えぇー。ノダリックさんどうなんですかー? 息子さん、女好きですってー」

「ノイクくん。人の女に手を出すのだけは、やめてくださいね」

「お前らみんな死ね」


 これが早めの反抗期というやつか。

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