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異世界転生すれば上手くいく  作者: 家佐水井
2章 見知らぬところで
20/24

パワーバランス逆転親子


 近かった。

 もう鼻と鼻が触れそうな、もうすこしで俺のファーストキスが奪われそうになる距離感だった。

 ガラス玉のような人工物めいた瞳が、俺の仰け反り顔を反射していた。


「どうやら何か悩みがあるようですねぇ……」


 どうしてそれを!? とはならない。

 受付のお姉さんに摘まみ出されたのだ。見ていればわかるだろう。それを差し引いても、俺はとほほ……とあからさまに落ち込んでいた。


「私でよければ力になります。是非ともお話くだされ~」


 スポットライトが当たっている。


 ここは何かの会場だったか。ステージだったか。俺は劇場に足を運んでいたのか。

 まるで劇の一幕のように響く声とわざとらしいポーズだった。片膝を突いて右手は胸に添え、左手は同じように天へ伸ばしている。視線は左手の先。指の形を変えれば、それはもう某足の速いボルトだ。

 そしてヒラヒラと彼の頭上からは花びらが舞う。もちろん、この辺に木は生えていない。やっぱり劇だったか。演出さんがいた。俺とそう歳も離れていない男の子が、花びらを紳士の頭上に投げていた。


「恥ずかしいのでやめてくれません?」

「ふむ。ここでは邪魔になってしまいますか。では、場所を変えましょう」

「まだ話すって言ってないのに! この人話が通じないタイプだ!」


 紳士はギルドに入っていく。男の子も入っていく。仕方なしに俺も戻る。受付のお姉さんにしばかれることはなかった。


 その辺の空いたテーブルを確保する。


「どうぞ」


 彼らと対面する形で座る。


 その二人の関係値は、親子だろうか。それとも俺とアイザのように訳ありの保護者と保護されるものだろうか。……親子というよりも、孫とおじいちゃんって感じもするな。


 紳士は話よりも先に注文を取った。


「クレイさんは」

「お腹空いてないので」

 

 ぐう、と腹が鳴る。

 さっき食べたばかりなのだが……数日の空腹は一食では足りなかったのか。ジタバタして泣いたから、自分で思うよりも疲れたというのもあるかもしれない。


「好きなものを頼んでいいですよ」

「奢りですか!」

「出世払いです」

「ケチですね」

「ハハハ。繋がりの維持です」


 どういう意味かはいまいちピンと来ないが、まあこの場は立て替えてくれるということなのだろう。それならば、お言葉に甘えよう。


「ご馳走になります」

「出世払いですからね」

「未来の俺に言ったんです」

「なるほど。では私も。ご馳走になります」

「奢りませんよ」


 俺と老紳士は天を仰いだ。未来のクレイ・ストロルは高収入高身長高学歴。


「話は、注文が来てからにしましょう」


 とのことで、注文が来るまでしばし待つ。


 向かって右。なんだか変なテンション感だが、所作は丁寧。上品だ。

 白く縦に長いハットと、汚れもシミも埃一つない白い燕尾服。上下は真っ白で清潔に保ちつつも、黒いネクタイ一本があることで一本の筋が通っているように見える。スタイルも良い。細身で高身長。無駄な贅肉はない。口許の整えられた髭と片眼鏡が品位を感じさせる。

 肉体の衰え、細く感じるのは年齢の影響もあるかもしれない。初老を迎えていそうで朗らかな人の良い笑みを浮かべているが、口角を上げれば皺も浮き出る。グリッドより上、カイさんと年代は近いだろう。


 向かって左。無口で無愛想で目つきが悪い。

 黒髪は目元にまで掛かる長さで、寝癖のあとも残っている。その隙間から見え隠れする瞳には光がなく燻っている。陰鬱そうな印象を受けた。たぶん、道を歩くカップルを見ては舌打ちをするタイプだ。こいつは陰キャだ。

 テーブルに立てかけられているのは大剣だった。太さも長さも彼の胴体ほどありそうなのだが、彼は平然と背負っていた。鞘に収まっていない刀身には包帯が巻かれている。


 彼……と自然と男の子だと思ってしまっていたが、子どもの顔だ。髪で隠れているし、もしかしたら女の子かもしれない。うん。べつに答えが出ていないのだから、どう思うと俺の勝手だろう。

 この子は女の子。女の子として接しよう。女の子だったとき、有利に働く。 


「……なに」


 ぶっきらぼうな声で、彼女は言った。じろじろと観察しているのは不愉快だったか。

 俺は、イケメンスマイルで、陰キャにも優しく対応する。


「俺はクレイ。クレイ・ストロル。以後お見知りおきを」


 きっと、こんな陰キャな私にも分け隔てなく接してくれた……! と、彼女は内心、高揚しているだろう。

 将来、十年後ぐらいになって、垢抜けて女の子らしくなって、あのときの……! という展開のための布石だ。


 差し出した手は握られた。大きい。意外と逞しい手をしているじゃないか。


「ノダリック・アイゼン・カイクスと申します。以後お見知りおきを」

「ノダ……え?」

「ノダリック・アイゼン・カイクスです」

「はい、よろしくです。ノダさん」

「おお。これがあだ名というやつですね! まずは呼び名が距離感を縮める手法……さすがはクレイさんです!」

 

 俺の手を握っているのは白手袋だった。大人の手だった。老人の挨拶だった。


 なんでこの人はこんなにも俺のことをよいしょするのかわからない。


「いえいえ。まあ、それほどでもありますけど」


 しかし嬉しいので否定はしない。


「きみも。よろしくです」


 俺は再度、彼……ではなく彼女に手を差し出した。

 彼ではなく彼女は、俺の手をじっと見つめる。ただ見つめる。若干の圧を感じる。

 彼は握ってくれなかった。注文が届くと、それを手にして頬張ってしまう。


「彼はノイクくんです。先日、八歳を迎えました」

「おお。ってことは自分と同い年。まだ誕生日は迎えてないけど」

「ということはノイクくんがお兄さんですね」

「やあ兄さん。俺が弟だよ、初めまして」

「ふむ。先輩でもいいかもしれません」

「よお先輩。ちょっくら、パンとか買ってきてくれや」

「なんで先輩がパシられてんだよ」

 

 冷静なツッコみだ。クールを気取ってる。クール系お兄さん。


「これはまた、いい縁がありましたね。ノイクくん」


 ノイクはハンバーガーを頬張った。相手するだけ無駄と思っているらしい。


「彼は同年代の友達がすくないのです。よろしければ、仲良くしてやってください」

「はい。仲良くしてやります」

「……」


 不機嫌そうな目つきが飛んできた。なにか文句があるなら言い返してみなされ。ほれ、ほれ。


「……ふん」


 なんだよ。意気地なし。


「ちなみにノイクは女の子だったり?」

「女で兄ってどういうことだよ」

「だからお兄ちゃんか!」

「……???」

「残念ながら、ノイクくんは男の子です」

「うわー。それは残念! 残念賞!」


 まあ、わかっていたことだ。手も男の子っぽかったし、声も低かったし、ノダリックさんは彼と呼んでお兄さんと呼んでくん付けをしてるし。


「やっぱり仲良くしてやれません」

「あちゃー。ノイクくん友達作り失敗!」


 もぐもぐ咀嚼してごくりと飲み込んで。


「なんなんだよお前ら」


 ノイクは冷静にツッコんだ。




「むっふふふ。お二人は相性が良さそうですね」


 ステーキをナイフで切り、フォークで口に運びながら、ノダリックさんはやはり息子の交友関係を嬉しそうに微笑んだ。


「は? お前の目は腐ってるんだな」

「あいたたた。ノイクくんは相変わらず手厳しいですねぇ」

「そうですよ」

「お、クレイさんも言ってあげてください。それが父親にする言葉遣いか! と」

「俺とノイクくんは相性よくないです! 俺が頑張って相性よく見せてるだけなんです!」

「うーん。クレイさんは残酷!」


 いったい、ノダリックさんは俺とノイクのどこを見て相性がいいと思ったのだろう。

 握手もしてくれない。挨拶もしてくれない。どちらとも無視する生意気なガキと相性のいい人などいるのだろうか。

 俺は優しくてイケメンで全人類の憧れでもあるから許せるけど、相手によっては生意気だ! といじめの対象になっているぞ。


 しかし、俺がノイクに親近感を覚えているのは事実だった。

 彼の髪もまた、黒だった。黒っぽいではなく、正真正銘黒だったのだ。

 この世界で黒髪は初めて見る。勝手に親近感を覚える。だがノイクはそうでもないのだろう。お構いなしに、ハンバーガーは二個目へ突入していた。

 

「で、こいつなんなの」


 やっと口を開いたかと思えば、ノイクは言うだけ言ってハンバーガーに齧り付く。

 当然、そのこいつと言われたのは俺のことだった。


「すみません、クレイさん。ノイクくんは私のような年寄りばかりを相手にしているので。同年代の方と接する方法がわからないのです」

「いえ。むしろ俺には、ノダリックさんという父親との時間を邪魔されて苛立ってるように見えました」

「……えっ。ノイク、くん……そう、なの……ですか?」

「だーっっ!! お前らウザすぎ!」

「ノダリックさん。これを世はツンデレというのです」

「勉強になります」

「いつ俺がデレた……?」


 ノイクはハンバーガーを腹に収め、空腹が回収されたことで気分も上がったのかツッコみが激しい。


「話をする気がないなら帰るぞ」

「そんなノイクくん! それでもノイクくん!?」

「あんたなんかノイクだわ! もうノイクになっちゃえ!」

「ご馳走様」

「ところでクレイさん。何に悩んでいたのですか? いまならノイクくんも相談に乗ってくれるようですよ」

「そうなんですよ。実は……」


 話をする気がないなら帰るぞ。つまり話をする気があれば帰らないという言質。

 俺とノダリックさんの見事な連携により、ノイクは


「……お前らのほうが相性いいんじゃねぇか?」

 

 父親を取られることへの焦燥感と嫉妬を交えながら、口についたケチャップを拭いた。


「実は、かくかくしかじかなんですよ」

「ふむ。それは実に……」

「それであーでこーで」

「……ああ、なんとも」

「云々かんぬんあれこれどうのこうの」

「……ぐすん。泣ける話だ」


 俺はノダリックさんと、それから顎肘ついてそっぽを向いた、聞いているかわからないノイクに俺の事情を話した。


「命を張って守ってくれた人を、今度は自分が助けるだなんて……なんと、なんと感動的なのでしょう……!」


 ノダリックさんはティッシュで鼻をかんだ。


「で、その俺を庇ってくれた人の傷は普通の魔法や薬では治せない類いのようで、特別な薬を買うためには大金が必要なんです。すぐに」


 地道に稼いで数年後、だとドゥリュウさんは死んでしまう。


「そのために、俺は、秘境に行きたいんです」


 ノイクの目の色が変わった。


「秘境……たしかに、秘境ならば一度攻略するだけで遊んで生きていける大金を得られます。買えない物もないでしょう。しかし、わかっているのですか? それは、それだけ危険がある場所、ということですよ」

「……はい。でも、やるしかないんです」


 方法があるのに、それを取らないのは嫌だ。

 それで死んでしまったら、しょうがない。ドゥリュウさんに救われた命なのだから、ドゥリュウさんを救うために使う命でもある。

 彼を見捨てて今後を生きていくのも嫌だ。きっと一生後悔するから。


「お前……本当にわかってるのか?」


 言ったのは、ノイクだった。


「秘境がどんな場所か……。冒険者の墓場とも言われてる。嘲笑の的でもある。秘境では何が起こるかわからない。何が起こっても不思議じゃない。どんな敵が出てくるかもどんな構造をしてるかも……。

 秘境は、死んでその一部になるか生きて出てくるか。そのふたつしかないんだぞ」

「心配してくれてありがとう」


 熱の籠もったノイク。ぶっきらぼうで無愛想ではあるけれど、ノイクも人情に溢れている。まだ一時間も経っていない俺にこうもちゃんと注意してくれるのだから。

 俺が感謝すると、ノイクは自分の発言を恥じるようにした。


「でも、やる。死んだら死んだで終わり。俺は、ドゥリュウさんに救われた。命を張ってもらった。だから俺も命を張る。当たり前のことでしょ?」


 俺も譲らないと強固な意志を見せつける。ならもう知らんとノイクはコーラを飲んだ。


「ということで、ノダリックさん。ひとつお願いがあります」

「なんでしょう」

「秘境攻略を視野に入れている、あるいはすでに踏破済みの冒険者パーティに知り合いがいれば、声をかけてほしいんです」


 ノダリックさんの知り合いにそんな凄腕がいるかはわからないが、言うだけならタダだ。いることを願う。


「ふむ。なるほど。それならばクレイさんは、幸運ですね」

「……え?」

「どうしましょう、ノイクくん。三人でも行けますか」

「俺に決定権はない」

「良いみたいです! やりましたね、クレイさん」

「ど、どういうことですか……?」


 話が見えない。

 ノダリックさんはにこっと朗らかに笑った。


「私たちの所属する冒険者パーティは、実はSランクなのです」

「……えぇ!?」


 まさか凄腕と知り合いどころか、凄腕ご本人だったとは。


「数々の非礼をどう詫びればよいものか……」

「介錯はしてやるよ」

「かたじけない」

「まあ、とはいえ私は下っ端の雑用みたいなものです。戦闘能力は皆無です。クレイさんの足元にも及びません。いまは、ノイクくんの保護者。ノイクくんがパーティの一員に相応しい実力を得るための、旅の途中なのです」 


 ノイクとノダリックさんの関係性は俺とアイザの関係性に似ているようだが、パワーバランスは真逆のようだ。


「ですからそこまで畏まることはありません。皆さんのおかげでパーティはSランクになった。私はその甘い汁だけを啜っているのです」

「つまりノイクもそんな強くない?」

「修行中ですので」


 俺はにんまりとした。


「なんだその面キモいな斬るぞ」

「介錯してやるよ」

「斬るのは俺の腹じゃない!」


 ノイクも単なる虎の威を借る狐だったのだ。俺の謝罪を返してほしい。


「で、でも……俺のせいでふたりを秘境に巻き込むんですよね? それは、大丈夫なんですか……?」


 戦闘能力皆無らしい老紳士と、まだ見習い修行中の8歳児。

 ノダリックさんがノイクに決定権を仰いでいた先ほどのやり取りを鑑みると、ノイクの負担が一番大きくなる。


「ふっふっふっ。ノイクくんを舐めてもらっては困りますね。クレイさん。あなたも充分強いと見ました。その年齢で冷静さと行動力と意志の強さ、そして体内魔力の循環と肉体を見れば、間違いなく天才と呼ばれることでしょう。しかし天才とはなにもひとりではない。

 ……ノイクくんも天才です。私が保証します。贔屓目をなしでも、いまのクレイさんより強いです」

「お前の保証って意味あるのか?」


 すこし、悔しさもある。

 ノーザン村でも、バイル学園初等部でも、ほとんどの同年代、年上にも勝てると一目でわかった。自信があったのだ。

 しかし、たしかにノイクにはそんな空気がある。経験の差とでもいうのか、あの大剣で実際に魔物を殺してきたのだろう。8歳児にはそぐわない風格がある。


「ノイクくん」

「……ん」

「お願いします。何でもします。荷物持つし肩揉むし腹踊りもします。靴も舐めます」

「……気持ち悪い」

「連れてってくれないとキスするぞ」

「……俺脅されてる?」


 当たり前だ脅してるんだよ。ベロも入れてやろうか。ベロンベロンに顔を唾液塗れにしてやろうか。


「はぁ。まあ、いいんじゃねぇか? ひとりもふたりも変わらないだろ」

「……!!」


 俺は目を輝かせた。


「やっぱりツンデレじゃん!」

「俺の気持ちを変えたいのか!?」

「それでは! 秘境踏破を目指して! えいえいおー!」

「おー!」


 ノダリックさんの掛け声に合わせて、俺もおー! と拳を突き上げる。もうノイクの気持ちが変わっても遅い。ノダリックさんとふたりだけでも行ってしまうんだからね! 

 いや。やっぱりこの人とふたりは嫌だ。

 そんな仕打ちをするなんて、ノイクは残虐なやつだ。

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