死んでも女の子の気持ちはわからない
一ヶ月が過ぎた。
学園に通い、依頼も熟す日々。Eランクには上がったものの、まだまだ上は遠い。
今日は休み。日課としてやるべきこと。一日のサイクルであるトレーニングは午前中に終わらせた。
本来なら学園か、あるいは依頼で外に出ている時間帯を退屈に感じたので、俺はトレーニングを前倒しにしていた。
その結果、午後が完全に暇になっている。ぼけーっとしていたのは自分でも自覚できるほど。
自主練か、予習復習か。やれることはあるが、やる気がない。やり過ぎもよくないし。
こういう時、俺はサイラと遊んでいた。誰もいないというのは虚無だ。サイラには、遊んでもらっていたのかもしれない。グリッドの素振りを眺めるだけでも時間つぶしにはなる。
「暇そうだな」
ベッドに腰掛けて何かを読んでいたアイザが思い立ったように言う。
続きがなんとなく読めてしまった。耳を塞ごうかしら。
「友達と遊ぶとかないのか」
ぜったいにわかってるくせに、アイザはそう言った。わかってると伝わる声で、言ってきた。
そうだよ俺には友達いないんだよ。一ヶ月も初等部に通って、一番しゃべってるの食堂のおばちゃんだよ。悪いか。
反論しないままでいると、アイザは声を抑えて笑った。
まあ、予想は付いていた。
一ヶ月間、俺は学園に通っている。それも遅れた編入という形で。すでに形成されたコミュニティがいくつもあり、クラス内で小さなピラミッドがいくつも確立されている。
一軍二軍でもその中で実権を握っている奴らとか、いるだろう。遊びを提案し、誘う側もいれば、誘われるしかない奴もいる。こっちでも向こうでも、大して変わらないようだ。だからこそ、彼らは集団が乱れそうな不穏分子を受け付けない体質をしている。
こういう休みの日に、暇な日に、遊ぼーと言えるような、言ってくれるような友人が俺にいないのは、彼らの体質が原因だ。
そんな他責思考をする。
たったの七歳の子どもたちが、愛想笑いをしたり機嫌をうかがったり、貴族の世界は怖いものだ。絶対に俺は貴族にならないぞ。まあなれるはずもないんだけど。
それからさらに一ヶ月が経って、学園にて。授業は教室を出て体育館だった。あの編入試験での実技を受けた修練棟? とは別に、校舎にくっつく形で体育館は用意されていた。
体育館は床張り。靴でキュッと音が鳴る。修練棟のように砂ではない。残念ながら、球技はやっていないようだ。バスケのゴールはなかったし、天井にボールも挟まっていない。
こっちの学園でも体力テストなるものはやるらしい。
まあ、当然と言えば当然なのだろう。むしろ、向こうの世界よりも重視するのかもしれない。
剣術や魔術があって、一歩外に出れば世界は命の危機に溢れている。命を守れるのは自分の肉体と知識、それから心だけ。俺はつい最近、それを身を以て知った。
ならば、肉体を測るだけのこの体力テストは、学園側が生徒を知るのと同時に、生徒自身のためにもなる。
「うわぁ……」
それゆえに、要求されるスコアは高くなってくる。
俺の思い出での体力テストは憂鬱な思い出しかない。新学期、進学を経て一ヶ月二ヶ月の春過ぎに実施される覚えがある。いまやもう秋の季節だ。どうやら春先にも体力テストはあったらしく、この世界、バイル王国では、一年間で二度行われるようだ。半年に一回。
ここの人間はみんな魔力を持っているとはいえ、向こうでの十点がこっちでの平均値ではないか、ぐらい。スコアを見るだけで気が滅入る。
俺は万年Cランクだったんだけど。
「……うわぁぁあ」
教師から改めて説明され、解散を命じられてから、俺は一人頭を抱えていた。
そうなのだ。体力テストは基本二人一組でやるのだ。
不正を防ぐためなのか何なのか、どうでもいいけど、とにかく、二人一組を強制されるのだ。
なにが、じゃっ、二人一組で。好きなのからやっていいぞ。だボケ。二人一組をそんな簡単な風に言うな。
俺みたいに、遅れて編入した子への配慮をしろ。まだ友達はできてないんだぞ、まだ。
「……はっ!」
そんな、悪いのは友達作りのため声を掛けに行かなかった俺ではなく、先にコミュニティを形成して断絶の空気を作った相手、そういう風潮がある学園、貴族たち、この世界そのものだ、と責任転換をしていれば、皆、各々自由に体力テストを行おうと散ってしまう。
俺は、見事に取り残された。
不味い。このままでは誰もいないのか仕方ないなぁーと、教師がペアになってしまう。誰かいないか誰か……
「……!」
その結果、俺と同じく散っていく集団の中動かずポツンと立っている子を見つける。
おそらく彼女も俺と同じようなことを考えていたのだろう。散り散りになっていく中で動かないというのは目立つ。
ばっちりと目があった。すぐに逸らされたけど。
まあこんなチャンス、二度と逃すわけにはいかない。
教師と組んでクスクス笑われるぐらいなら、俺から声を掛けてやる。
ああ、そうだ。そういえば、俺は宣言した。人に優しくすると。このままでは教師と組むことになる子へ、自ら声を掛けに行くのだ。
なんて俺は優しく気遣いができるのだろう。その上イケメンで以下略。
「やあ。俺と組まないかい?」
髪を払ってふっと笑い流し目をする。彼女はビクッとしていた。俺と違って人見知りのようだ。
なにかの雑誌で見た国民的アイドルのスカした顔を意識する。オドオドとしていた彼女は、やがて、俺の手に手を乗せると、小さくコクンと頷いた。
その子の名前は知らないが、見覚えはあった。
あの猫のような耳と猫のような尻尾を持つ、銀髪の獣人の女の子だった。
「よろしく。俺、クレイ。クレイ・ストロル」
こう、相手が人見知りでオドオドしているとしゃべれるなんて、何とも情けない。
無意識の内に俺はこの子を下に見ているのだろう。
「……ニーナ」
彼女はそれだけ言った。どうやら名前はニーナというらしい。
「いい名前だね!」
とりあえず褒めておく。恥ずかしがり屋のようだ。
それでも嬉しいのはわかる。顔を伏せ、ほんのり赤いのを隠そうとも、耳がピクピクしているし尻尾は隠せていない。きっと惚れただろう。しょうがない。俺がイケメンで以下略。
ここは男クレイ、良いところを見せるべきだ。庇護欲を刺激するニーナに、格好つけたい俺は袖を捲る。
「何からがいい?」
要望を聞くも、言葉としての返答はない。ただ、焦っているのはわかった。忙しなく耳が動き、目が泳いでいる。
「……あれからでいい?」
決まりそうにもなかったので、俺は一番近い腹筋のコーナーを指差す。ニーナは異論がないようでまた、頷く。
「じゃあ、まずは俺からやるね。見てて」
よく周囲を観察すると、男女のペアは見当たらない。
俺は他の男子よりも先に、一つ大人の階段を上っているようだ。
見本を見せるべく、仰向けで床に寝そべり、膝を曲げる。ニーナが抑えてくれた力は意外と強い。
ふんっ、他の連中と一緒にはしないで欲しいね。なんせ俺は基本毎日筋トレをしているのだ。腹筋だって、100回を目標に日々繰り返している。
うおぉおおお!!
そう意気込んで、外面も気にせず必死な顔面で、高速上体起こしを始める。
「はぁ、はぁ…………」
結果は、まあ。まあまあまあ。
「さ、次、ニーナの番……」
コクコクとしたニーナは同様に寝そべる。スベスベで綺麗な足だ。それを抑えるように身を乗り出すと、ニーナは目が合ったのが恥ずかしいのか顔ごと逸らした。
何だか、イケないことをしている、する一歩手前の気分になってくる。言葉を気にせず言ってしまえば、この体位は正常…………
「えぇ……」
しかしそんな邪な考えは吹っ飛んでしまう。
ニーナの上体起こしは、それはもう凄かった。最初からペースは落ちず、他の女子が一回やってる間に二、三回。男子が調子に乗って最初だけ飛ばしたペースで最後まで駆け抜ける。だというのに、表情は緩まない。上体を起こす時に俺と顔が近づくことに照れるだけの余裕がある。
邪な考えは吹っ飛んでしまった。俺はこれからニーナ様と崇めることにしよう。恩恵は筋力増強か。
「じゃあ、……次はあれ」
息切れと悔しさを隠して俺たちは移動する。ニーナは汗一つ掻いていない。
次は腕立て伏せ。パートナーが置いた手に顎を付けることで一回とカウントされる本格的な奴。
いや、そもそも上体起こしは不利だったんだ。だって、顔が近いしニーナが足を抑えてくれると体操着の襟元からTKBが見えそうになるしで、不利だったんだ。腕立て伏せなら、そう負けることはない。
と思った俺がバカだった。ニーナ教教祖のニーナ様には敵わない。
身体の柔らかさを測ったり、真上への跳躍力を測ったりもしたが、けっきょく俺が敵うことはなかった。
「すごいね、ニーナ。うん、すごい。すごいよ。もう、すごい以外に感想がない……ごめん、調子に乗って。クソ雑魚でした」
「……」
あわあわしてる。ニーナは必死に違うよと手を振ってくれた。
「だよね! 俺もそうだと思った! 俺もすごい。ニーナもすごい! それだけだよね!? びっくりしたー。まるですごいはひとりだけのものみたいに言うんだもん。誰かひとりだけがすごいんじゃないもんねぇ? みんなすごいでいいじゃんね?」
お前もすごい。俺もすごい。どうして人間はこうも比べたがるのか。ひとつだけの花だろ?
「ところで、席ではいつも一緒の子たちがいるよね? 一緒には組まなかったの?」
羞恥から逃れるように話を振る。
三人席だが彼女たちはいつも一緒だ。それに、この二人一組。律儀に守るような奴らの方が珍しい。
男子は偶数人なのに一人だけ余る、という事態に陥り、教師が出張ることになった例はあっちでもよくあった。そして我がクラスも男子は偶数人。理由はひとえに、三人が一組で密かに組んでいるからなのだ。
そうやってバレないように、教師ですら黙認していることを、彼女たちはやらなかった。
「…………」
だけど教祖は、ナンバーワンになりたいらしい。雑魚の話になんか興味がないし、雑魚に話すことなんてないらしい。
一瞥されただけで、返答はない。
せっかくの女の子との接点だったのでなるべく会話をしようと話題を振ったが、その授業中、彼女が自分の名前を名乗った以外に言葉を発してくれることはなかった。
その目は、雑魚が。話し掛けてくんなよ。らしい。涙出そう。
体力テストも終わってしまった。
一度の授業で体力テストは終わらず、校庭のトラックを走るあの地獄の長距離走だけで一時間分潰すこともあった。ランニングは定期的に行っているし、ゴブリン相手に鬼ごっこもしたことある。男子相手には負けなかった。
女子と男子とではその長さに違いが出てくる。ニーナもまた、女子の中では一位だった。体力配分もあるだろうけど、単純計算でニーナの記録と俺の記録を比べた時、仮にニーナが俺と同じ距離を走れば、やはり負けていた。
そうして何度か体力テストは行われ、その度に毎回ペアを組んでいたのだが、終ぞ俺がニーナに何かしらの種目で勝てることはなく、終わってしまった。
男としての意地は、発揮できずに終わってしまったのだ。
女の子相手に負けるというのは、やはり悔しい。
彼女は、自分よりも弱い奴と話す気はないわ! みたいなオークにめちゃくちゃにされる女騎士のようなことを思っているのか、数回のペア経験を経ても言葉を交わしてくれることはなかった。
俺とニーナの唯一の関わりが終わってしまい、また後ろの席から後ろ姿を見つつ授業を受ける日々が始まっている。
だが、変化もあった。それを良い変化と呼ぶかは、人を選ぶだろう。
こっちにそんな言葉、概念があるのかはわからない。なんせ法律も倫理観も違うのだから。だがまあ、アイザも言っていた。
ニーナは、ストーカーになっている。
俺は、ストーキングされていた。
「…………」
学園で過ごす午前が終わる。一日が終わり、俺は移動していた。その際、後ろ目で見やる。身体能力は高かろうと、尾行する技術はないのだろう。俺が人目に敏感というのを差し引いても、丸わかり。
隠れられていないぞ。
丸見えだぞ。
そう言ってやりたい。
俺は授業が終わり、放課後に当たる午後の時間、ほぼ毎日初等部にある図書室へ向かっている。
恒例のこの動きに、ニーナもついてくるのだ。
まあ、読書が趣味だとか、勤勉な人だとか、何もすぐにストーカーと断言するのもよくないという人も一定数いるだろう。実際、俺の移動中に毎回すれ違う人も、すっかりその人の定位置として覚えてしまった席もある。
向こうだってただの常連としてしか認識しておらず、俺をストーカーとは断言していないはず。だから自意識過剰だろ、と言われそうなのだが……俺はそれに対して強く否定する。
図書室ってのは何をする場所か。
静かな場所で自習をするのでも良いし、本を読むのでも良い。
とにかく、それぞれ目的を持って自分の世界に没頭するのだ。
俺だって、明確に理由がある。我がストロル家にはなかった本、たった二つの棚で書庫と呼んでいたのが恥ずかしくなるほどの書籍の数を求めて、俺はここにいる。
図書室で本を読んでいるからこそ、俺も、他の常連客も、ストーカーとは思わない。
そこに、俺がニーナをストーカーと呼び、ストーキングされているのだと断言する根拠がある。
ニーナは図書室に来てからいままで一度も本を読んだことがない。本に触れたこともないのかもしれない。
万に一つの可能性に賭けて、たまたま偶然の絶対にないであろう可能性に賭けて、俺は検証もした。
図書室に寄らず直帰した日だ。教室を出てそのまま玄関へ向かえばニーナも生徒玄関に来て、校門を抜けてとなりの学生寮に入っていたのだ。それを確認してから図書室へ回れ右すれば、やはりニーナは来ない。
それを何度かやった結果、俺が図書室に行く日だけ、ニーナも図書室に来ることが判明した。
本棚に潜み、顔を覗かせて見つめ……監視してくるニーナ。その熱烈な視線にはファンサービスでもしてやりたいぐらいだ。投げキッスか、ウインクか。
「はぁ」
息を吐き、俺は広げた本に視線を落とす。直接的な接触をしてこない以上、気にするだけ無駄なので、俺は集中するため視界を文字だけにする。
バイル王国なだけあって、それ関連の歴史は豊富だった。
しかし俺が求めているのは偏った知識ではなく、広い知識。
魔術書は読んだ。けど、アイザからもらった本の方が何倍もわかりやすい。何か、例えるなら図書室にある魔術書は教科書で、アイザから渡される本はネットにアクセスしているようなものだ。
専門用語を使ったり堅苦しい表現をしたりせず、可能な限り噛み砕いて身近な例を挙げ、話す言葉、口語が目立つから理解しやすい。
まあ、だからと言って教科書は悪いとは言わない。テストがある以上、専門用語も覚えなくてはいけないのだ。
あとは剣術指南の本も読んだけど、イマイチだった。
もしもここでいきなり剣を振り回しても良いのなら、まだ読んでいただろう。
だから図書室では、アイザの授業では教わらない範囲をよく読んでいる。
最近読んでいる本は、種族について。
人と言えば、示すのは人間だけに思える。だが、それも向こうで培った常識によるものだ。向こうでは人間以外は動物に括られるが、こっちでは人と呼んでも獣人や鬼人、龍人も該当するらしい。魔族たちも含まれるようだ。
獣人を獣と呼んだり、鬼人を鬼と呼んだりは、一種の侮蔑に当たるようだ。
……気を付けよう。チラリと目を上げればその獣人であるニーナと目が合う。片目を瞑ってウインク。彼女は即座に目を逸らし、サッと身を引いた。
ばっちり目が合ったのに、まだバレていないと思っていそうだ。
目を再び伏せる。視野を広く保っていれば、また顔を覗かせるニーナがいた。実害がないからだろうか、子どもだからだろうか、可愛らしくて密かに苦笑する。
本に戻った。
魔族にも多くの種が混在している。
同じ容姿、特徴を持っていようと別の種だったりすることもあるらしく、未だ未知数。
現れたと思えば消えたりする種族が頻発するため、全体の把握はできていない。しかし、魔族に共通しているものもある。残忍な性質だったり、秩序を持たず私利私欲に走ったりすること。
それらの衝突によって、同じ種の中でも分断ができ、それがまた新たな種族として名乗りを上げる。
だから魔族は未知数のようだ。
まあ、人間とも似ているだろう。
世界はバイル王国だけじゃない。それぞれに思想があるし領土がある。俺たちはバイル人になるが、別の国に準ずる人はまた違った人種になる。向こうの大陸に住む彼ら魔族もそのような誇りがあり、俺たちに理解できないのと同じように、魔族からすれば俺たち人間も一括りにされているだろう。
まあ、全体が把握できないほどの膨大な数ってのと、残忍な性質ってのが近寄りがたさを醸し出しているんだろうけど……。
『しかし、魔族の中にも生まれた種族に対して強い矜持を持ち、分断をしてこなかった高貴なる種族も存在する』
ほら、こうも書かれている。
全部が全部、分断ばかりではない。
仲間思い? 同族で憎み合うことのない種族だって、いるのだ。
その最たる例として挙げられたのが、吸血鬼だった。
彼らは綺麗好きで生き血を好む。そんな、始まりからいきなり怖い文だった。
だが、綺麗好きであるからこそ、野蛮な手段も好まず、よほどのことがない限り、力は振るわないと書かれていた。どうやら吸血鬼は相当に強いらしい。汚れるから戦うのを嫌悪する、血が勿体ない、みたいな書き方だ。生き血が好きだから、殺したくないのだろう。人間の脆さを嘆いていそう。
見た目としての特徴は金髪で、男女共に眉目秀麗であること。魅惑等の固有魔術は使わないが、視線が引き寄せられることはある。吸血鬼の血を飲めば肌のハリが取り戻せると言われていたが、実際の因果関係はなし。らしい。
血を取り込んだら吸血鬼になるんじゃね? とか思ってたら、その次に答えがあった。
吸血鬼の血を飲んだ者は総じて肌が白くなり、身が引き締まるが、顔はやつれ、死に至る。その期間は個人差あり、のようだ。つまり吸血鬼の血は毒ってことになるのだろう。
吸血で眷属化、吸血鬼が増える。そんなことはなく、年々吸血鬼の数は減っていき、緩やかに絶滅していってるらしい。
では吸血鬼の吸血とは何の目的があるのか。最後にそれは書かれてあった。吸血鬼としての一番の特徴、吸血について。
吸血鬼の吸血には主に二つの意味がある。
一つは食事。
一つは求愛。
「うん?」
食事はなんとなくわかった。もう一つの意味、眷属作りでは? という予想は否定されていた。求愛とは……クジャクが羽を震わせたりゴリラがドラミングしたりするのと同じなのか。
まあ、吸血鬼なんて向こうにはいなかったし、創作の存在だからな。見た目が同じなだけ、運が良い。
前者の食事にはそのままの意味と書かれてある。俺たちが朝食昼食夕食を取るのと同じようだ。
後者の求愛には、前戯の意味に近しいと書かれている。人間でいう脱がす前のキスのようだ。微妙な痺れが性的興奮を促し、性欲を高め、欲情させる……。
そこまで読んで、俺はふと思った。
「これ、七歳児の手が届く場所にあっていいのか……」
と。
まあ、下手なことを言って取り上げられるのも困る。続きを読んだ。続きを読んで、俺は目を丸くする。驚きと、嬉しさに。
なんと魔族にはサキュバスもいるらしい。しかも俺が想像しているようなサキュバスだ。ドエロい奴のことだ。
吸血鬼で出てきた固有魔術? の魅惑や求愛による吸血に関連して、サキュバスも載ってあった。
男女共に肉体的な発育は大変よろしく、男ならば身長も伸びやすく筋肉も付きやすい。ほとんど何もせずともムキムキな身体になり、吸血鬼の端正で整った顔立ちと違い、男ならば漢らしい顔つきになる。
十二歳程度で平均身長は170センチを超えるらしい。2メートルも珍しくないとか。凄まじいな。というか、こっちでも高身長はステータスなんだな。
女の方も吸血鬼のように可愛く愛嬌のある顔立ちよりかは、蠱惑的で正に魔性の女といった風貌をしているらしい。こっちも十二歳で160センチは超え、歳を重ねれば170、180まで成長することもあるようだ。男が筋肉が付きやすいように、女も胸や尻がでかいらしい。
つまりは大人らしい美女って感じなのだろう。
「……ほほほっ」
吸血鬼の求愛による吸血は是非とも体験したい。そのためには大陸を渡るだけに強くならなくては。
だけど初体験は年上のお姉様と決まっている。つまりはサキュバスだ。身長差のある状態で、俺は手取り足取り腰取り隅々まで弄ばれ、快楽に浸る。何が起こったかわからないまま終わる、なんてことにはならないように、強くならなくては。
おねショタに特別興奮はしないが、俺が当事者になるのなら話は別。
逆にサキュバスを手玉にとって、今までよりも……っ! こんなの初めて……! らめぇ! とか言わせるのも、アリだ。俺のエクスカリバー以外では満足できないようにしてやろう。
だから我が性剣、エクスカリバーよ。深い眠りから覚めておくれ……。
「……はっ!」
ゲヘゲヘと一人未来のサキュバスお姉様と楽しんでいたが、寒気がする。ガバッと顔を上げ、視線を辿った。
目が合うと、遅れて顔を、身体ごと棚に引っ込めるニーナ。
血の気が引く感覚。急激に恥ずかしさが俺を襲ってくる。顔だけではなく、身体全体が熱くなった。
居ても立っても居られなくなった俺は、本を閉じて歩き出す。もうそろそろ平気かな……とこっそり顔を覗かせたニーナの前で、仁王立ち。
真顔の俺が空色の瞳に映っている。
さぞかしビックリしたし怖かっただろう。ただ、その時の俺はそこまで気が回っていなかった。
耳と尻尾をピン! と張って毛を逆立てたニーナは、慌ただしく目を泳がせると脇を通り抜けようとする。
いい加減、何度も付きまとわれるのは気が散る。
下品な顔を見られて恥ずかしい、という本当の理由を隠しながら、俺はニーナを問い質そうと思った。
ただ、ここは図書室。声を出すことは喜ばれず、ここでの話は基本全員に聞かれる。
図書室で走れば司書に怒られるのは確定なので、俺たちは厳しい監視の目を受けながら、まるで競歩のように受付の前を通り、廊下へ出る。
出た、瞬間。ニーナは走って逃げようとする。だが、それぐらいは予想していた。俺も初速は同じ。長距離走であれば、俺に勝ち目はなかっただろう。獣人であり肉体から違うニーナと俺とでは、筋力に脚力、体力の基礎が全て違う。
しかし俺はニーナの腕を掴んで離さなかった。
その獣人由来の肉体に甘んじているニーナと、走り慣れて全身の筋肉を使うこと、走り方を学んでいた俺では、短距離なら負けなかった。
「……! ……!」
懸命に振り払おうとしている。女の子とは思えない凄い力で、俺は踏ん張る。
「ちょっ、と…………話がしたいだけなんだ…………!」
人目が気になる。
一見すれば女の子に乱暴する男の子の絵だ。
これで俺が、この子にストーカーされてて! と訴えかけて、聞いてくれる人はどれくらいいるだろう。
「……何やってるの、クレイ」
そこで運悪く、アイラが登場した。
「ねえ、さん……これはぁ、……違うんだ!」
「何も違くないでしょ。手、離してあげなさいよ」
冷静、というか、静かな怒りを感じた。
これが学校でのアイラ・ストロルなのだろう。たぶん、外だったら割り込んでくるはずだが、言葉での制止をしてくる。
いつもと違うからこそ、怖さはあった。冷えた目も相まって。
俺だって、好きで女の子にこんなことをしているのではない。
ジリジリと引きずられる。圧倒的な力の差。譲らないニーナを前に、俺はアイラへ救いを求める。
「ちょっと手伝ってよ姉さん!」
「嫌よ」
「事情があるんだ!」
「どんな事情があるにしても、女の子……に、暴力をするなんて。見損なったわ、クレイ」
いや、俺が引きずられる光景を見て一瞬、女の子か疑ってるじゃん。
獣人だって見て、あぁ、って納得してるじゃん。
「助けてお姉ちゃん!」
「んぐっ」
いま一瞬、その心、揺らいだね?
「お姉ちゃん俺、お姉ちゃんこの子にお姉ちゃんストーカーされてるの! お姉ちゃん!」
弱点を突くのは自然な動き。俺はアイラの求めているお姉ちゃん連呼をかました。
しかし、言った瞬間、引っ張る力が消える。
「おわっ!」
俺は突然の力の消失に前のめり。顔面から床に倒れた。
かわいい弟が倒れているのに、アイラは助けてくれない。なんか、気持ち悪い顔をしてる。パンツ見えてる。興奮は、しない。
「ウアギッ!」
「…………はぇ!?」
突然発せられた、謎の言葉に、俺は思考停止する。
「イアナ! アコーツス!」
詠唱だったのか、俺の知らない魔法だったのか。
「エッタド……エッタド……」
ニーナはモジモジとしている。顔を赤くしている。
「ウコイ オデキアナラカウ…………」
それでも謎の、未知の詠唱は続いていく。
「オメド クレイヌク ノマドヌラニニク!!」
…………来る!!
と、感覚的に詠唱の終わりを察して身構えたが、何も起こらない。
「何してるのよ」
ぽかっと小さな効果音が出そうなアイラのツッコみを受ける。小さいながら殴られた感覚はあったので、威力が高すぎて自覚もないまま天に召されたわけでもなさそう。
「行っちゃったわよ」
アイラに言われ、俺は腕でのガードを解除。ゆっくりと目を開ける。
すると、アイラの言う通り。走り去っていくニーナの背中だけがあった。
「……ちなみに姉さん、俺の顔に異常は?」
「変わらないわよ」
「いつもみたくカッコいい弟のまま?」
「お姉ちゃんって呼んでくれればさらにかわいさも追加されるわ」
無表情でそれだけ言われると、怒っているみたいだ。
俺もニーナを無言のまま見送る。
「呪文じゃなかったのか……」
あるいは、超高等技術による魔法だったのか。
時間差の魔法なのかもしれない。
時間差も、たぶん高等技術だろうし。それならあんだけ長い詠唱にも理屈が通る。
とりあえず、気を付けておこう。
「それで? ストーカーって? ちゃんと話、聞かせなさいよ」
手を取って立ち上がる。
「怒ってる?」
「なんで?」
絶対怒ってる。
なんで? の質問がもう怒ってる。
なんで怒ってるんだよ、こっちが聞きたいわ。
はぁ~あ。死んでも女の子の気持ちはわかんねぇー。




