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異世界転生すれば上手くいく  作者: 家佐水井
1章 終わりの始まり
11/12

こんな大人にはならないようにしよう


 冒険者はFランクから始まるらしい。


 最初の頃の依頼はそう難しくなく、魔物を相手にすることもギルドからは許されていない。

 これは、自分の力を過信したり勘違いしているような人がいきなり森やダンジョン、秘境に行き、手も足も出ず殺されてしまうことを阻止するためのようだ。

 まずは外に慣れる。そのためのFランク。薬草取りだとか、何かしらの採取が基本。回数を熟してやっとEランクに上がってから、何かを相手にする依頼も許可される。まあ、それでも相手はスライムとかの雑魚モンスターみたいだけど。

 

 だからアイザのような元Sランクの冒険者は、Fランクの依頼である清草採りなんかしない。

 あくまでFランクなのは俺。俺のための依頼なので、仕方がないのだ。


 一日に二個の頻度でクエストを受けた。十回ぐらいクエストをクリアしたところで、俺はEランクの昇格を言い渡された。


 ちなみに、パーティ名は赤の門徒。名前を丸投げされたので、俺はそのまんま。見た通りに付けた。あくまでアイザは保護者。メインは俺。だけど赤とつけることでアイザの要素も取り入れる。なかなかいいセンスだと思った。のに。


「ダサい」

「センスは父親譲りだな」


 考えてもないくせに、文句だけはいっちょ前なアイザだった。

 それなら、スペシャルハイパーラストファイナルエターナルギャラクシーとかにするんだけどな。


 一週間が経過し、いざ魔物対峙! と挑みたいところだったが、その前に俺はやらないといけないことがある。

 ついに、この日を迎えた。

 今日は俺の晴れ舞台だ。学園、初等部の一日目。小学生をやり直す気分だ。ドキドキとワクワク。

 学園があるので、今日はギルドに行けそうにない。

 

 身体を清潔にして身支度を調える。さすがはお受験を合格しないと入れない初等部だ。俺が袖を通すのは制服。

 小学生にして、制服。

 向こうでもあったのだろうか。全く知らないことだ。

 まあ、バイル王都に初等部は一つしかないからな。格式も高く、国立なだけあって掛かってる金が違うんだろう。


 洗面台で寝癖を気にしてからにんまりと笑う。今日もカッコいい、かわいい。最強無敵完全無欠超絶怒濤なんでもできるよクレイくん!

 そうして準備が終わっても、幼い俺の晴れ舞台であっても、この人は相も変わらず。


「ぐぉー……ふぅー…………ぐぉー……すぅー…………」


 俺の代わりに枕を抱いて、布団も蹴ってイビキをかいている。酒臭い。昨日も飲んでいた。今日ぐらい、早起きしてくれてもいいのに。


 自分に酒の匂いが移ってないか確認する。


「行ってくるからね!」


 起きそうな気配はない。

 仕方がないさ。無理に起こすのも気が引ける。

 アイザはあくまで師匠の立場。親ではない。保護者ではあるのかもしれないけど。


「後悔したって知らないんだからね!」


 ツンデレっぽい台詞を吐く。ふんっと声に出した。

 布団をかけ直し、扉に手をかけようとしたところで、驚くことに自動的に開いた。まさか自動扉だったのか、そんなはずがない。一週間以上ここで住んでいるのだ。

 外から、開けられた。

 一瞬警戒するも、瞬時にそれは解かれる。

 目線はすこし上。成長しても身長差は変わらない。向こうも同様に成長している。自信満々な、見覚えしかないにんまり笑顔で立ちはだかるのは我が姉。アイラ・ストロルだった。


「なんで――っ」


 口を塞ぐように、アイラは俺を抱きしめてくる。

 アイラも制服を着ていた。そりゃそうだ。アイラも初等部なのだから。家にいる時は嗅がなかったような匂いがする。別の生活を感じられた。胸に顔を押し付けられるも、残念ながら十歳程度の胸は服の上からでは感じられない。

 今後に期待!


「久しぶりね、クレイ!」


 頬ずりされる。まあ、気分は悪くない。強いて言えば、これが姉じゃなければ。

 アリスとグリッドの娘だ。凛々しい顔つきながら、気を許した相手には柔らかく優しい笑みをする。嫌いな男はいないだろう。だけど、姉なので、興奮しない。できない。……くっ。


「そ、そうだね……というかなんでここが…………?」


 俺は誰にも言っていない。

 家出をしたことだって、アリスにもグリッドにも、カイさんやクリミアさんにだって言ってないのだ。バレないように家を出た。

 不安に駆られる。

 アイラはグリッド経由で知ったのではないか。引き戻されないから忘れかけていたが、アイザは暴露したのだ。そうなれば、実家に帰ったタイミングでアイラも俺の居場所を知ることになる。何より……今日この日まで、グリッドからのアクションは何もなかったということになる。

 手紙の一つすら。……それだと求めてるみたいになるな。べ、べつに……そんなんじゃ、な、ないんだからね!


「ああ、アイザさんがこの前、教えてくれたのよ」


 案の定、そうだった。でもグリッドからではないらしい。

 ホッとすれば良いのかモヤモヤすれば良いのかはっきりせず、わからないままアイザを見やるも、イビキばかり。


『父さんからじゃないんだ』

 

 なんてとても言えない。気遣って当たり障りないことを言っているのかもしれないし、もしかしたらアイラは本当に俺が家出したことを知らないのかもしれない。どちらにせよ、空気は悪くなる。

 アイラも休みの日、長期休みにはノーザン村へ帰ってきた。アイザの顔だって知っている。ふたりの繋がりは不思議じゃない。

 まあ、そのアイザがいつどこでどうやって教えたのかは、気になるけど。果たしてアイザはどう伝えたのか。


「初等部、入学したんだってね。それも編入試験に合格して! すごいじゃない! まあ、クレイならそれぐらいやると思ってたけど!」

「あ、ありがとう……」


 なんでそこまで俺のことを高く評価してくれているのかは、全然わからないけど。


「それで迎えに来てくれたの?」

「ええ。もしかしたら道がわからないかもと思って」

「試験で行ったことあるよ」

「大丈夫よ。お姉ちゃんが案内してあげるから」

「よくランニングしてるから道も覚えたよ」

「うん、緊張してるのはわかったわ。じゃあ、手を繋いであげる!」

「もしかして耳ない?」


 たぶんアイラが俺と一緒に行きたかっただけだ。アイラは俺が好きすぎる。

 こう言うと自意識過剰だろ、とツッコまれそうだけど、そうじゃない。

 厳密に言えばアイラが好きなのは俺ではなく、弟だ。姉という生き物は本当に弟が好きなんだな。いったいどこが好きなんだろう。


「行ってくるよ~」


 期待せず二度目の声掛け。予想外にもアイザは反応した。反応と言って良いのか難しいが、まっすぐ挙手していた。手は振らず、ばたんと落ちる。扉も閉まる。


 まるでカップルのような距離感だ。アイラに手をしっかりと握られている。女の子の手で柔らかいけど、それだけ。興奮はしない。

 どちらかというと恥ずかしい。みんなも母親と手を繋いで出歩きたくないだろう。


「ふふっ」


 まあ、それでもまあ、手を繋ぐだけでこんなに喜んでくれるなら、安いものだ。姉弟だしな。


「クレイは学生寮に入らないの?」

「今のところ考えてはないね」

「姉弟なら一緒に住めるわよ!」

「いま一緒の人は嫌なの?」

「そういうことじゃ……ないけど…………」


 アイラとは一緒に住みたくない! と言いかけて、飲み込んだ俺を褒めて欲しい。

 きっとこの人と一緒に住んだら、大変なことになる。自由はなくなるだろう。何をするにも付いてきそうだ、このブラコンめ。


「そんなんじゃ、姉さん彼氏できないよ~」


 クラスでアイラのことを好きな人はいるだろう。

 はっ。そうなればこの光景は非常にまずいのでは。いきなり先輩に嫌われてしまえば、立場がなくなる。学園での上下関係は全てだ。後輩は先輩に言われれば自販機まで全力ダッシュしないといけない。パンを買いに人混みに揉まれなくちゃならない。


「お姉ちゃん、……でしょ」


 近い。

 近い。

 圧が凄い。


「私知ってるんだからね。クレイだって、サイラにはお兄ちゃんって呼ばせたいんでしょ?」


 なぜそれを知っている。


「でも俺はそれを強要したりはしないよ。兄さんにも味があるから」

「味……」


 お兄ちゃんはかわいい響きだ。兄さんには優しい響きが含まれている。

 どっちでもいい。

 いっそのこと、『おい』でもいい。俺にだけ雑な対応をしてくれる。呼んでくれるだけありがたい。話し掛けてくれるだけありがたい。


 そんなこんな他愛もない話をしながら登校する。同じ制服がチラホラ見え始めた頃、同級生でも見つけたのかアイラは凛々しい表情に戻る。なのに手は離してくれない。

 その矛盾に苦笑しつつ、俺たちは玄関で別れた。

 職員室で担任の先生を呼び、もらった資料に書いてあったようなことを再度説明され、時間が来てから教室へ向かう。チャイムは覚えのある音ではなく、鐘の音に近かった。これは学園だけではなく、街全体に時間を知らせるためでもある。 

 いまの俺にとっては、こっちの方が慣れてしまった。


「クレイ・ストロルです。よろしくお願いします」


 いまさら六歳七歳の子ども相手に怖じけることはない。第一印象は大事。自己紹介ぐらいはハキハキとしてやった。この中に将来のお嫁さんもいるかもしれないのだ。爽やかな笑みとフェロモンを振りまいておく。

 適当な空いてる席に座る。一人一つの机に椅子のタイプではなく、三人程度で一つの長机長椅子を共有する感じだった。

 まあ、そこも厳密には決まってないみたいだけど。四人で座っている連中もいる。


「ふわぁ……」


 授業は、退屈だった。


 魔術や剣術が加わっているだけで、初等部一年生は小学一年生と同じ。足し算引き算、読み書きの練習。魔術もずいぶんと初歩的で、一斉に初級の詠唱とかやらされた日には鳥肌ものだった。

 俺はこのぐらいを四歳の頃に終わらせている。他の連中は違うのか。家庭教師は何をやっていたんだろう。

 自分でも勉強してたからどれもつまらない。アイザとやった授業の復習にしても進みが遅すぎる。あくびしてもよそ見しても口パクしても、集中力が途切れても不可視の拳が飛んでくることはない。宙ぶらりんになることもない。


 魔術関連の授業と並行しながら、一般教養も学んでいく。現代文ではなく国語。数学ではなく算数。どれもこれもいまさら過ぎる。毒薬を飲まされて身体が縮んでしまった高校生探偵の気持ちをやっと理解できた。

 文字の読み書きなんて数年前のこと。アイザが来る前から済ませていたことだ。黒板にデカデカと1+1とか、見てる方が恥ずかしい。

 鳥肌が立ちすぎて、このままじゃ鳥になってしまうぞ。

 

 たまったもんじゃないと窓の外へ目をやれば、上級生がいた。見知った顔はすぐに見つかる。アイラもいた。

 校庭で剣を振っていた。木剣を持って、一対一の模擬戦にも満たない何かをやっている。

 他の生徒たちはチャンバラっぽく何度か打ち合っているけど、アイラは容赦がない。身長が高い男の子が振りかぶると、アイラはあっと言う間に押し切った。

 尻もちついた丸坊主の男の子は歯がみしていた。プライドがあるのだろう。女の子相手に、って。

 だがアイラに喜びはない。これも日常と言わんばかり。暗殺者に向いていそうな冷徹な瞳だ。やっぱり朝のあれは別人だったのか。

 こうなると、アイラの成績も気になってくるな……。


「クレイさん。よそ見はダメですよ」


 ようやく咎められた。

 ずいぶん優しい怒り方だな。


「編入生だからと言って、特別扱いはしません。前に出て解いてみてください」


 編入生はふつう特別扱いでもされるのか? それは知らなかった。

 でもまあ、仕方がない。特別扱いも望んでいないし、学園、初等部、一年生という社会が決めた枠組みには従おう。

 まだ雑草毟っている方が益になりそうだが、勘違いしてはいけない。俺は何も初等部に勉強のためには来ていないのだ。


 魔術の授業。担当教師は先日のセシリア先生。つい俺に意地悪したくなるのだろう。残念だったな。

 すらすらと黒板に白い文字を書いていく。背が低いのが悔しい。


「はい、正解です。素晴らしい」


 教師なのだから当たり前だが、上から目線というのも腹が立つ。

 あぁ、早く大人になりたい。

 0からやり直せるというのも良い話ではあるが、七歳では舐められてしまう。

 ここまで子ども扱いするなら、いっそのこと頭をなでてほしい。でも、まあいいか。セシリア先生、ものすごくかわいいから。ふわっとした笑みで褒められると、俺もにんまりとしてしまう。いい匂いだ。

 子どもでよかった。抱きついても許されるかな。


 前に出た生徒に視線が集まるのも当然のこと。記憶にある小学校では正解するとパチパチと一斉に拍手が巻き起こった気がするが、むしろ彼らからもらった視線には悪感情が多く含まれていた。きっと間違えていたら嘲笑の嵐なのだろう。それができなかったから気に食わないのだろう。

 たぶん、男子の視線はイケメンへのやっかみだろう。女の子からの視線は……えぇっと。まあ、うん。そういうことだ。


 どこを見るでもなく、俺は席に戻った。その途中、俺は一人の子に目が引っ張られた。

 知り合いの顔が見つけやすく、目に留まりやすければ、他とは違って珍しい外見をしている人にも、目は留まりやすい。セシリア先生が俺を見て呟き、街を歩けば二度見される黒髪の俺がいい例だ。


 その子は、人間ではなかった。


 人間離れした、とかの比喩ではなく、人間という種族、生き物ではなかった。一目見てそれがわかる特徴的なのは耳。人間ならば側頭部、顎のラインを辿ればあるところを、彼女は、頭の天辺頭頂部に二つ立っていた。ピクピクとしている。それも、毛に包まれている。

 俺の視線に気付いたのか、彼女もこちらを見た。目が合うと一瞬で逸らし、また見上げてくる。それでも目が合い、見られているのだと自覚したのか、顔を伏せる。恥ずかしがり屋なのかほんのりと赤くなっていた。


 かわいい。

 

 黒板から席に戻るだけの一瞬では言葉も交わせない。俺は席に戻り、窓の外を見上げる。彼女の瞳はその時に見た、雲一つない澄んだ青空のような色をしていた。


 ここでまたよそ見を咎められるのは面倒だ、と俺は意識して目を黒板に向ける。が、それも風景の一端に過ぎず、ただの方便に過ぎず、本命は彼女が気になっただけ。


 後ろ姿なら舐め回すように見ても気付かれないだろう。一見すれば黒板と真面目に向き合っている模範的な生徒にしか見えない。


 真剣な眼差しで、俺は、六歳か七歳かそこらの少女、幼女の後ろ姿を舐め回すように見ていた。

 

 こう言うと気持ち悪がられるが、残念。俺も同じ七歳の男児なのだ。かわいらしい行動にしか映らない。

 大人になれば幼女相手への行動は全て疑いが掛けられる。同年代のいましか、これはできないことなのだ。


 よくよく観察すれば、彼女には背中で左右に揺れる尻尾があった。髪色と同じく尻尾も銀。ドゥリュウさんの銀を白銀と喩えるなら、彼女のそれは灰色っぽい。後ろ姿は他の女子生徒と違ってまっすぐで綺麗だった。舐めるだけの価値があるだろう。

 数分前の彼女の耳を思い出し、尻尾と合わせる。動物で近しいのは猫だろうか。猫耳で猫の尻尾が俺の中ではしっくりくる。

 彼女は人間ではなく、獣人だった。

 だから後ろ姿も綺麗なのか。背筋が発達していて、背筋がいいのか。獣人だから人間よりも筋肉があるのだろう。と、勝手な想像、偏見で推し量る。


 その授業もまた復習にも届かない。が、退屈ではなかった。

 彼女は案外わかりやすいのかもしれない。

 授業中に難しいところに差し掛かれば、尻尾がへなりとなる。下を向いてペンを走らせ、おそらく解けたのだろう、わかった! と言わんばかりに、尻尾がピンとなることがある。

 かわいらしい子だ。俺は、微笑ましい気持ちで授業を受けた。






 初等部に入学して一番驚いたのは、その終わりの時間だろう。

 向こうの世界で言えば四時間目までで終わる。昼食を校舎内で食べるのも良し、学生寮で食べるのも良し、外で食べるのも良し。昼休みも清掃もすることなく、放課後になる。

 午後は完全フリーだ。

 いまのところ、部活らしき活動も見受けられない。初等部だからだろうか。中等部、中学生に当たる年齢にまでなれば、それらしい何かがあるのかもしれない。


 とにかく、午後は自由なのだ。

 その日、俺はアイザを連れてギルドを経由し、クエストを受け、王都の外にいた。指定された森へ入る。そこらはダンジョンもなく、深くもなく、魔物と戦ったことのない初心者向けの場所だった。林といったほうが正しいかもしれない。

 今回のクエスト内容はスライム。レベル上げのための、序盤に出会う雑魚モンスターだ。


 俺はカッコよく剣を抜く。太陽の光を反射した。


「ふわぁ~あ……」


 アイザは大した興味も示さない。まだ眠いらしい。


 そんな怠惰な人間は無視して、俺はジリジリとにじり寄る。完全に背後を取った。

 もさもさと草を食しているスライムは警戒心がない。ぷるぷるしてそうだ。

 そういえば、一度だけ、スライムは作ったことがあるな。あれはぷるぷるというか、ぶよぶよだった気がするな……まあ、いいか。


「ぇえい!」


 真正面から剣を振り下ろす。


「……おわ!」


 強い弾力を感じた。

 剣はスライムの身体を両断することなく、凹みを作るだけ。そして、グッと膝を曲げた人間のように、跳ね返してくる。

 俺は剣に身体を引っ張られ、尻もちをついた。


「くっくっくっ……」

「……!」


 後ろで興味もなく、眠そうにしていたアイザが笑っている。恥ずかしくなってきた。

 剣から手を離し、スライムへ照準を合わせる。魔力を深く意識し、魔法のイメージ、再現。

 ぼわっと火の球が生まれた。発射。


「よし」


 魔物相手にも魔法は発動した。しかし、


「あれぇ……?」


 ファイヤーボールは明後日の方へ飛んで行ってしまった。魔力を感じ取ったのか、スライムはいまさら逃げ始める。

 いまさらとか言いながらも、俺が与えられたダメージはおそらく0なんだろうけど。

 逆に尻もちついたことで尻を痛めた。


「あっはっはっはっ……!」

「…………ぐぬぬぬっ」


 弟子の頑張りを嘲笑うとか、それでもこいつは師匠なのか。

 いいや。そもそも子どもの失敗を笑う時点で、人じゃない。人間失格だ。きっと太宰治も、アイザを見て着想を得たのだろう。


「お前、スライムのこと雑魚とでも思ってたんだろ」

「……」


 図星だ。


「よくいるんだよな、初心者冒険者に。なんでスライムやゴブリンを弱いと思っているのかわからないが、あいつらは数が多い。性格も一概には言えない。人間のように穏やかで温厚なのもいれば、凶暴で手を付けられない奴もいる。あいつらだってそうだ。冒険者殺しは、実はゴブリンやスライムが一番多いんだぞ」


 なんだそれは。

 実は人を一番殺しているのは蚊でした、みたいな奴か?

 ライオンやクマみたいに危なっかしいのはいるけど、身近な奴こそが最も危険だったと、そういうことなのか?


「じゃあ初心者にこんなクエスト受けさせないでよ」

「だから数が多いって言ってるだろ。上のランクの奴らはわざわざこいつらを引き受けない。それに、スライムもゴブリンも知能は元々ないからな。調子に乗らず、適切な対応を取れば、子どもでも勝てるんだ。

 つまりお前は調子に乗り、適切な対応を取らなかったおバカさんってことだな。……はははっ!」


 ほんっと、人のこと煽ってる時だけ、アイザはいい笑顔をする。

 酒と人を馬鹿にすることが生きがいなのかな? このオバサンは。


「でもスライムに剣効かなかったよ?」


 けっこうちゃんと一撃入れたつもりだったのだが。


「スライムってのは魔力の塊みたいなもんだ。環境によっても左右される。こっちのは小さいが、向こうだと数十メートルにまで至ることもあるし、人を丸呑みにして溶かしてしまう」


 怖い。

 酸で溶かされる的なイメージをしてしまった。合ってるだろうか。合ってなくても良いや。正解は出ないで欲しい。怖い。

 かなりグロテスクな想像をしてしまった。


「きちんと鍛錬を積んだ剣士なら、核を見切って立ち斬れるだろうが、お前のいまの伎倆じゃ無理だな」


 悪いな、下手くそで。

 素振りはしてるけど、それも木剣。あんま意味も理解せずにただ腕を上下させているだけだから、身についていないのだろう。


「何か勘違いしていそうだが、当然だからな? お前に剣を教える師はいない。手本となる奴がいない。グリッドがそうだったが、まあ、あいつは独特な剣筋してるからな。教えることはできなかっただろうし。

 つまり、お前に伎倆があるはずがないんだ。あったら困る」


 慰めだったのだろうか。

 俺の顔はそんなわかりやすくふて腐れていたのか。


「じゃあどうすればいいのさ」


 唇を尖らせて言う。アイザはにんまりとした。


「スライムは環境に適応するんだ。時間をかけてな。だから、環境とは違った魔力、魔法を、一気にぶつければいい」


 けっきょくのところ、剣は下手なんだから魔法で戦え、ということだった。

 剣で攻撃されても逃げず、魔法を見てから逃げたのが、そのスライムの性質を表していた。環境外の魔力にびっくりし、危機感を覚えたということだろう。


 移動し、スライムを探す。またもさもさと草を食べていた。あれが環境への適応行動なのだろうか。

 

 ともかく、魔法の準備をする。

 慎重に背後に回った俺の手には、杖があった。アイザの持つ高級そうな杖だ。先ほどの失敗を見てか、使えと渡された。

 魔力を深く意識する。赤い宝石の先端を向け、スライムを視界に収める。小さな火が灯った。スライムはやっと反応したのか、ぽよぽよ跳ね始める。杖がなかったら、当てられたと確信を持つことはできなかっただろう。


「……やた!」


 スライムはファイヤーボールに打ち抜かれ、ぼとっと落ちる。残ったのは爛れた粘り気のある半液状のもの。

 スライムの体液は加工すれば幅広い使い道があるらしい。これが討伐証明にもなる。拾おうと屈んだ。


「あづぅっ!」


 反射的に手を引っ込める。指先はほんのり赤い。


「スライムは物を溶かせるんだ。残った体液に素手で触れれば軽い火傷をする」

「先に言ってよ!」


 




 人と魔物では訳が違う。

 いくら練習をしていても、本番でできるとは限らない。

 本番でできなければ、それが直結して死に繋がる。


 反省を踏まえ、俺はもうすこし魔法の腕に確信が持てるよう練習した。それから、リベンジマッチ。敵はスライムに変わってゴブリン。


 鋭く全てが金の瞳は俺の瞳と違って混じり気があって汚らしい。裂けるほどに上がった口角、そこから見える牙、垂れる涎。彼らも会話をしているのか、時折下卑た笑い声が漏れている。その度に涎が滴っている。気持ち悪い。身長は俺とそう変わりない。小柄に見えるが、油断は禁物。その背丈にとんでもない残虐性を秘めていると、アイザは言っていた。死んだ方がマシ、殺してくれと懇願するような仕打ちをするらしい。それも、遊びで。

 だけど同時に、アイザは言ってくれた。お前ならできると。

 俺ならできるらしい。最強の師匠が言うのだから、できるのだろう。


「よし」


 観察は終わり。俺は繁みをゆっくりと進む。


 仮拠点のように奴らは佇んでいた。群れの数は五体。二体は棍棒、二体はボロそうな弓矢、一体はこれまたボロい剣。誰かから奪ったのか盗んだのか、自慢するように掲げている。

 面倒なのは、遠距離の弓矢ゴブリンだろう。俺は杖を向けた。魔力を意識する。ファイヤーボールが先端に生まれ、発射。見事に弓矢を持つゴブリンの胴体を貫き燃やした。


「グワッ!?」


 他四体が一気に警戒態勢に入る。俺は素早く、それでいて足音を消しながら、場所を変える。近接のゴブリン三体が前に出て、俺がいたところへ進むと、繁みを棍棒で軽く叩いていた。

 もちろん、移動したので誰もいない。知能の低い奴らは首を傾げ、ポリポリと頭を掻く。

 その隙に、魔法を準備。距離を取っていたもう一体の弓矢ゴブリンへ火を放つ。倒れ、身体は燃えた。


 これで遠距離からの攻撃はない。

 近距離しか攻撃方法のないゴブリン三体なら、気は楽だ。

 足音物音に気を払わず、一体倒してから距離を取ってまた攻撃、というヒットアンドアウェイの戦法が取れる。


 と、そんな油断があったからだろう。


「いっ…………!?」


 ペンキで塗りたくったような金の瞳と、俺の金の瞳がぶつかる。


「グワッ、グワッ!」

「ギャゥギャッ!」


 ゴブリン語だ。もちろん何を言っているかはわからない。ゴブリン語かもわからない。


「……やばっ…………!」


 しかし、ヤバいことだけはわかった。なぜなら、三体が一斉に走り出してきたから。

 先手はこちらが取りたかったのに、動き出しは向こうが先だった。

 俺は回れ右をして、ゴブリンたちに背を向ける。全力ダッシュ。早速アイザによる脚力と体力の増強が活きてきた。

 前を向いて走りながら後ろに魔法を打つ、なんて器用なことはできない。まあ、打つだけならできるんだろうけど、当たらないし森に燃え移る。


 必死に逃げるしかない。

 ないのだが、おかしい。

 想定よりもゴブリンたちの足が速い。追いつかれることはないだろうけど、距離を取れることもなさそう。

 それに、疲れの気配もない。


「あははははっ! ほら急げ! 捕まったら死ぬぞぉ」


 台詞だけ切り抜けば、子どもを死の鬼ごっこという遊び道具にしている鬼畜だ。

 たぶん、親のいない身寄りの子どもを集めて魔物の住み着く森に放つ最低貴族なのだろう。


「アイザっ、アイザぁっ!」


 それでも俺は縋り付くしかない。なんともみっともない。


「はぁ~あ」


 一頻り笑い終わったアイザは、俺の前に立った。ゴブリンと目が合った時よりも、ゴブリンに追われているいまよりも、不味いと全神経が叫ぶ。俺はその警鐘に身を預け、全力ダイブ。

 瞬間、アイザは魔力の前触れもなく高火力、広範囲の炎を生み出す。扇形に放たれた炎はまっすぐ立っていた木々を飲み込み、ゴブリンなんて最初からいなかったかのように、辺り一面を消し炭にしてしまった。


「すげぇ……」


 という感情と、


「あづい!」


 という感情の二つがあった。


 このままでは山火事になってしまうのでは、と過ぎったところで、途端に炎は消える。

 アイザは炎を展開、生み出すだけではなく、自分で収集させることもできるようだ。

 魔法はそんな、スイッチのオンオフを切り替えるように、簡単に出したり消したりできるものじゃないはずなんだけどなぁ~。


 尻についた火を急ぎ叩いて消す。なんで俺に着いた火だけ収集しなかったんだ。


「……これ、身体の一部とか、残ってる?」


 頬を手の甲で拭えば黒かったが、服や髪は幸いなことに黒いため、特に汚れは目立ってないように感じる。

 アイザの隣に行って全身を叩いて土を落としながら訊くと、


「あ」


 しまった、とわかりやすく顔に書いてあった。


 おい、こっちを見てもう一度言ってみろ。と目で咎めるも、アイザは全く逆の方を見つめている。


 森なのに開けている。しかも自然にできた場所ではない。それは土を見ればわかるし倒壊した木が証明している。何より、臭い。焦げ臭い。

 

「ほら、見ろ! あった!」


 嬉しそうにアイザが摘まむのは鋭利な耳。

 ゴブリンの身体は緑色だったが、なんで耳は黒いんだろうな。それ、証明になるのかな?


「三体に追われてたのに、一個しかないんだ」


 それぞれ二個耳があったとして、六つあるはずなのに。


「そもそもお前がちゃんと仕留めないのが悪い」

「うわっ、最低な大人だ。俺はこうならないようにしよう」

「はぁーあ。助けなきゃよかったぜ」


 こうやって恩着せがましいことを言ったり、自分の出力を抑えられないこと、弟子に良いところを見せようとドヤった結果の責任を、他人に押し付けるような大人にはならないようにしよう。


 最終的には俺が自力で倒した弓矢ゴブリンの耳も見つからなかったし、ギルドに戻れば森が焼けたことについてなぜか俺が怒られるしで、腹が立った。

 報酬はマイナスだ。ったく。

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