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異世界転生すれば上手くいく  作者: 家佐水井
1章 終わりの始まり
10/11

べつに好きとかじゃない


 実技試験にも合格し、入学を認められた。

 合格祝いとかは特になかった。あれは正直勝てたような気がしていないので、祝われても素直に喜べないから文句はない。

 だけど、ひとつ気がかりがある。

 俺がファイヤーボールを打ったとき。最後の一撃。セシリアさんは、本気の目をしていた気がする。殺意……と、呼べるだろう。あの森で見た、あの人外が放つそれと同じだった気がする。

 それをアイザに言うと、気のせいだと返されたので、やっぱり気のせいではあるんだろう。あれは試験。もしかしたら、殺すぐらいの気持ちで、という意識だったのかもしれない。セシリアさんに俺を殺す理由はないはず。

 プライドを刺激してしまったという可能性も捨てきれないけど。




 俺の登校は来週から。まだすこし時間がある。その時間を利用して、色々街に慣れようと思う。

 ランニングや学校への行き来ぐらいでしか外には出ていない。編入試験のため、宿屋で引き籠もりアイザの受験対策を受ける日々が続いていたから。

 その日もランニングを終え、軽くシャワーを浴びる。アイザはぐーすか眠っていた。捲れた布団をかけ直し、俺は改めて外に出る。


 王都の中心地に行けば行くほど、人々の生活水準も上がっている。学園への道のりも中心地へ向かう形だった。その道中の店は高級そうな構えをしていたし、家も一つ一つが大きかったり庭付きの豪邸らしき家もあった。

 城壁に行けば行くほど、暮らしは質素になっていく。ランニングをする時間は早いため、目にする光景では人は数人程度。しかしいまは賑わっていた。王都に来た初日のように、露店もすでに展開されている。


 ここで、自慢じゃないが、俺は買い物をしたことがない。

 村にも店はあった。個人経営の小さな店が、競争にならないように違う商品を扱っていた。ここまで乗せてきてくれたおっさんの馬車には果物が乗っていたが、ノーザン村にも果物屋さんはある。あそこで新たに店を開くのは肩身が狭いというのもあって、王都まで来ているのだろう。

 それぐらいは知っているが、自分で買い物をしたことはない。お使いも特にしたことはない。

 なので、この世界でのお金の価値、相場がよくわからない。子どもの内にやっておくべきだろう。失敗してもかわいい子どもなら許してくれるだろうし、このお小遣いはグリッドのもので俺の稼ぎじゃない。


 そんな思いで大通りを歩いていた。金稼ぎのため、客を集めようと声を出している店が多くある。

 しかし、俺は他の奴らとは違う、と言わんばかりに、椅子に座っているおっさんがいた。その仏頂面は接客には不向きだろう。客が逃げる。

 可哀想なので、このかわいい子どもである俺が行ってやろう。何を隠そう、俺は店で店員に声を掛けられるのが嫌いなのだ。この人相手なら、何も言われなさそう。


「……」


 ガキが……と、言われているような気がした。


「どうも」

「……らっしゃい」


 うん。

 絶対いつか潰れる。

 今月、来週ぐらいには潰れるに決まっている。


 店の側には看板が置いてあった。リンゴやモモなど、俺の知っている向こうの世界にもある果物があれば、たぶん向こうにはない、俺の知らない果物の名前が書いてあった。その横には値段も書いてある。

 買い物が目的じゃない。買うこと自体が目的。どれを買っても良い。

 でも失敗はしたくないので、味の想像がつく、嫌いなほうが珍しいであろうリンゴを取ってみる。


 1個で買うと銅貨1枚。

 10個で買えば銀貨1枚。


 ……お得になってるのか? 銅貨10枚で銀貨1枚だった気がするんだが……消費税?

 まあ、10個も要らないので、1個だけでいい。


「これください」


 右手にリンゴ1個。左手に銅貨1枚。

 しかし無愛想なおじさんは受け取らない。


「足りないぞ」

「はい?」

「それじゃ買えない」


 首を傾げる。看板を見ながら言う。


「でも1個で1枚って」

「銀貨がな」

「銅貨って書いてありますよ」

「それで銀貨って読むんだ」


 このおじさんが書いたのか疑う程、黒板の文字は丁寧だ。


 ……ははぁん。なるほど。そういうことか。

 聡明な俺は勘付いた。この人は俺からぼったくろうとしているのだ。


 この世界に、すくなくともバイル王国に義務教育なんてない。全員が全員文字を読めるわけじゃない。我が姉、アイラが最たる例だ。初等部へ入学することを決めてから、熱心に読み書きを練習していた。自ら練習しない限り、ほとんどの人が会得しない。

 俺ぐらいの年齢で読み書きができるのは、それこそ貴族のお坊ちゃまお嬢様だ。でも俺はそうではないし、服装も安物で、学園の制服を着ているわけではない。文字が読めないと思っているのだ。


 まったく、恥ずかしくないのか。

 こぉんないたいけな少年からぼったくろうなんて。


「買うのか、買わないのか、どっちなんだ。店の邪魔しに来たんなら、帰れ」

「……ちっ」


 人情というのを持ち合わせていないらしい。

 キュートな上目遣いにも、このおじさんは微塵も心を動かされていなかった。


 ……さて、どうしたものか。


 べつにどうしてもこの店で買いたい理由はない。

 ただ、ここで買わないを選ぶのは何だか負けを認めたような気がして、選びたくない。

 だけどここでおじさんの懐に銀貨を入れるのはもっと嫌だ。しめしめ、と成功体験を味わってまた違う被害者に繋がるかもしれない。

 俺がガキだから舐められているのだろう。チビでガキというのも、一長一短だな。


 こんなときにアイザがいれば……


「子どもを騙して金儲けって、恥ずかしくないのか」


 来たぁ……!


 と思ってふり返ろうとしたが、すでにアイザでないことは声でわかっていた。丸っきり男の声だ。


「出るとこ出たら、損するのはあんたの方だぜ?」


 人相が悪い。

 おまけに、格好も危なっかしい。いつその腰の短剣が抜かれるのか。


「ちっ。冒険者風情が」

「あんたより稼いでるぜ~」


 この男の人は冒険者らしい。

 人を煽ることにだけ命を賭けているのか、その顔は屈託がない。


「銅貨1枚でいい」

「”で”……いい?」

「わかったわかった。銅貨5枚で10個やる。それで勘弁してくれ」


 面倒な奴に絡まれ、さっさと終わらせたいのが伝わってくる。たしかに店前で口論はマイナスでしかないな。


「よかったな」

「あぁ、はい」


 べつに値切りしたかったわけではないのだが……まあ、素直に喜んでおこう。


 袋に詰められたリンゴ10個を受け取り、財布から銅貨5枚を取って渡す。

 別れ際、彼は満面の笑みで手を振った。煽りでしかないだろう。おじさんの舌打ちが聞こえた。


「お兄さんは冒険者なんですか?」

「お? おお! そうだぞ。っぱわかるか? 隠しきれないオーラが」


 無視しておこう。

 でも、実際に強そうではあった。

 人相は悪いが、人を煽る時に見せた顔は少年っぽさがある。街のイタズラ小僧って感じだ。そして、身体が銀で固められている。あぁ、装甲を身に纏っているとかじゃない。軽装だ。むしろ素肌は多い。

 髪は銀、上も下も銀なのだが、その服装がおかしい。下は短パンだ。太ももが丸見え。上はサイズの合っていないジャケット。上裸にジャケットという変なファッションで、肩も腹も丸見え。俺が強そうと思ったのはその人相にもあったが、誇示するような腕や腹の筋肉にあった。脂肪はほとんどない。まだ十代、行っても二十代前半にしか見えないのに、凄い人だ。

 なんで男なんだろう。もしも彼が彼女だったら、この薄着にも感謝するのに。いまからでも女になれ。


「冒険者になるのは難しいですか?」


 彼の独り言をバッサリ切りながら訊くも、嫌な顔せず答えてくれた。


「なるだけなら簡単簡単。ただ、上を目指すってなれば、難しいな。特にお前みたいな年齢じゃあな。あの店主に舐められる年齢じゃ、魔物にも舐められる。身長と経験が足りん」


 まあ、わかっていたことだ。


「それに、基本はパーティを組むからな。パーティってのは相互メリットがないと組まない」

「誰も自分とは組んでくれない、と」

「そういうことだな」


 包み隠さず事実を言ってくれるのは助かる。


「でも基本ってことは、組まなくてもいいんですか?」


 あ、訊くこと間違えたな、と直感した。なぜなら途端に彼の目が輝いたから。


「おう! そうだぞ! 飛び抜けた実力があればソロでもいい。だがソロは大変だぞ。索敵の目、一晩二晩眠らない体力気力、脚力にスタミナ、仕留めるたしかな伎倆……とまあいろいろ、全部一人、交渉も荷物の管理も自分でやらなきゃならねぇ。

 ソロのAランクってのは、そういった奴らだ」


 ふふん、と、鼻を高々にしている。


「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」


 聞かれ待ち、聞くべきだな、と思い、俺は尋ねた。


「よくぞ聞いてくれた! 俺こそ瞬足のドゥリュウ! どんな場所へも一日で駆け付けることで有名だ!」

 

 初耳です。

 

「ソロのAランクだぞ」


 瞬足って、たぶん小学生しか興奮しないぞ。

 あ、それなら俺も興奮した方がいいか?

 すごいすごい。うわぁ。俺も欲しい。学校で自慢してかけっこで一位になるんだー。


「お前が大きくなった時、一緒にクエストをやろう」


 これ以上ないほど綺麗なドヤ顔を見せられた。

 決まった、とばかりに、ドゥリュウさんは俺の袋からリンゴを一つ取ると、去って行く。

 背を向けて手を振る格好つけは最後まで徹底していた。

 いったいどんな顔をしていたのか、見てみたい気はする。

 

 俺は、心に決めた。


「あんな恥ずかしい大人にはならないようにしよう」


 と。


 命を救ったとかならまだしも、リンゴのぼったくりぐらいであそこまで格好つけられるのは、ある種才能だ。

 マンガなんて、この世界にはないのに。いったいどこで誰からどんな影響を受けたのか。

 大きくなっても、一緒にクエストはやらないし、知らない顔をする。

 

 宿に帰ればアイザは起きていた。酒臭いし、髪は寝癖で暴れているしで、女性に対するイメージが急降下している。


「母さんが恋しいよ……っ」

「おっ、帰るかぁ?」

「わけない」


 そういう意味じゃないのだ。もっとお淑やかになれと言ってるのだ。


「アイザも、もうすこし見た目……というか、品性を持ってよ。母さんみたいに」


 アリスが寝癖を付けたまま起きてくるところなんて、見たことがない。

 乱れているであろう姿や声はあったけど。


「誰も見てないんだからいいだろ」

「俺が見てるじゃん」

「はっ! 

 アリスがきちっとしているのはグリッドという異性、男がいるからだ。なんで私がお前の目を気にしなくちゃならない」


 それはそう。

 

「まあ、三十路が7歳を男として見てたら」


 殴られた。


「女性に年齢を言うな」

「……事案だからね」


 意地でも最後まで言ってやったぞ。

 あと、女性として見てもらいたいなら、もっと色々気を付けろ。


「そういえば、リンゴ買ってきたんだけど、食べる?」

「おぉ」


 ほいと投げる。そのまま丸かじり。ベッドの上で。悲しくなってくる。


「……ぼったくられそうになってさ。文字が読めないガキだと思われたらしくて」

「ほぉん。……まさか払ったんじゃないだろうな?」

「あぁ、うん。なんか、助けてくれた人がいて」

「へぇ。良い奴もいるもんだな」

「だね」


 って、そうじゃない。


「ギルド行こう。冒険者なろう」

「はいはい。ちょっと待ってろ」


 あのドゥリュウさんに感化されたわけではない。

 元より、冒険者にはなる約束だった。俺は欲張りだからな。

 これも何かの縁だし、いま動くべきだろうと思ったまでに過ぎない。


 肘を曲げて上腕二頭筋に力を入れてみる。服を捲って腹を確認し、太ももを叩いてみる。


「……何してるんだ」

「俺って筋肉ある?」

「まあ、そこらの奴よりは」


 でも腹筋は平らだ。腕もぽこっと感じだし、太もももバチンと脂肪が揺れている。

 もう一年近く筋トレは続けているが、目に見えた変貌は訪れていない。バキバキには程遠いみたいだ。

 実際に使わないのも影響しているのかな。うむ。なら、やっぱり今すぐ冒険者になるべきだ。


「早く。早く」

「……はぁ」


 ベッドに腰掛けながらタイツを履く姿は、アイザなのにかなり刺激があった。

 あぁ、言い忘れていたが、アイザは下着まで赤い。眠る時は下着姿だ。

 そして、この宿の部屋、ベッドは一つしかない。


 同衾である。


「……う、ううっ」


 なのに、同衾なのに、なんで悲しい気持ちになってくるんだろ。


「何泣いてんだ」

 

 こんな時ばかりは察しが悪いアイザであった。




 ギルドへ行った。中に入るとむわっとした熱気に包まれる。男の汗や肉、それから酒の香り。だがギルド内には男ばかりではない。女の人でも冒険者にはなる。絶対数はすくないが、それでもここにも女性はいた。正面奥のギルド嬢は女の人ばかり。男の汗や肉、酒が充満したところに、香水が混じっている。気持ち悪い匂いだ。


 隠れて舌を出す。


 げははっ、ととても品のいいとは言えない汚らしい笑い声に両脇を固めながら、俺たちは受付まで行った。


「こんにちは。今日はどうされましたか?」


 にこっと笑みを向けてくれる受け付け嬢。

 上から見れば谷間が見えそうだ。だけど下から見上げるアングルも捨てがたい。きっと童貞なら、この笑顔でイチコロだろう。

 惚れた。


「実はあなたという恋の病に落ちてしまって……」

「……はい?」

「お姉さん、いまのうちに予約しておきません? なんならいまでもいいですよ」

「えぇっと……」

「新規だ。登録を頼む」

「はい。ではこの紙に必要事項をお書きください」


 アイザは受け取り、その場を離れた。最後にまた彼女は俺へ笑いかけてくれる。きっと向こうも好きなんだろう。そうに違いない。きっと彼女はシャイなんだ。なるべく毎日通って、仕事という建前で会ってあげよう。

 受け付けから離れたアイザを追いかけ、用意された台に腕を引っ掛ける。まるで役所のようだ。


「あ」


 そう声を上げるのはアイザ。

 

「どうしたの」

「すっかり忘れてた。そうだった。冒険者の登録には、証明写真が必要なんだった」

「役所かな?」


 いよいよ役所だ。

 いやバイトか? 履歴書みたいな。いっそのこと、免許証か。作ったことないけど。


「撮りに行かなくちゃだな……」

「そんな大事なこと、忘れる?」

「うるさい。こういうことはグリッドがやってたんだ」


 案外ちゃんとしているじゃないか父さん。そう褒めるべきか。

 あぁ、アイザに雑用押し付けられたんだろうな父さん。そう労るべきか。


「お労しや、お父様」

「行くぞ。写真屋は混む」


 らしいので、ギルドを出ることにした。その一歩目で、


「あぁーーー!!」


 ギルド内の人の視線を全て集める大声が生まれる。それは入り口からだった。太陽の光で姿は見えない。


 誰だ……と思ったそのときにはもう、目の前にいた。


「アイザさんいままでどこにぶへっ!」

「どこにぶへ?」


 厳密には、目の前で大の字になっていた。

 おそらくこの場でその移動速度に反応できたのは襲われたアイザだけだろう。瞬足の名に相応しい。お母さんにかけっこで一位になるため買ってもらったのかな。


「……お前は、瞬足のドゥリュウ!」

「……あ?」

「あぁ……! お前!」


 忘れることか。なんで覚えてたんだよ、俺。

 つい数時間前に遭遇したなりたくない大人ランキング第三位ぐらいの男。ちなみに一位は我が父グリッド。二位は空席だ。


「アイザ知り合いなの!?」

「なんだそのダサい二つ名は」

「アイザさんこいつとどんな関係なんですか!?」


 集った三人が好き勝手に言いまくる。

 しかしアイザもやはりダサいと思っていたらしい。

 あと、ドゥリュウ。子どもに対してこいつとは何だこいつとは。こんな愛くるしい子を捕まえて。この子と優しく柔らかく言え。いやさんをつけろよデコ助野郎。


 しばらく俺とアイザの顔を行ったり来たりしていたドゥリュウさん。大人な俺とアイザは、待ってやることにする。


「…………子どもできたんですか。相手は誰…………はっ! ……まさか!? いやでも……グリッドさんはアリスさんと…………まさか妾!?」


 この世の終わり、滅亡の危機に瀕した時にしか見せなそうな深刻な顔でぶつぶつと独り言を言うドゥリュウさん。その口からグリッドとアリスの名前が出たことに驚いていれば、アイザに顔面を鷲掴みにされていた。


「誰が妾だ。誰が」


 痛そう。

 拳骨食らったことがあるからこそ、わかる。

 痛そう。


「おぉ。アイザさんから触ってもらえたのはいつぶり。ひょっとすれば初めて。何か心境の変化があったんですか」


 もごもごしながらもそんなことを言っている。とんでもないドMだ。心配を返して欲しい。


 パッと手を離したアイザは手を払った。そこまでしなくてもいいだろう。扱いが汚物だ。


「それで。お前なんでこいつの名前を知っている」


 訊かれたのは俺だった。

 ドゥリュウさんは明らかにアイザと知り合いだ。それだけじゃなく、アリスやグリッドのことも知っている。関係性がないであろう俺が反射的に名前を言えば、不思議がるのも当然。


「ほら朝ぼったくりから助けられたって言われたじゃん」

「ほう。それがこいつだったのか」

「うん」


 あともう一つ、念押ししておこう。


「二つ名は俺が付けたわけでも考えたわけでもないからね。ドゥリュウさんが勝手に言っただけだから」

「あそう」


 信じてるかなぁ……。

 俺は小学校の頃足が速かったから、瞬足を履いてくる奴を普通の靴で叩き潰したこともあるんだぞ。

 ちなみに、足が速いからモテるとか、そんなのはないぞ。


「……それでアイザさん? 誰との子どもなんですか?」


 床にへたり込み、もう死んだとばかりの絶望顔で呟くドゥリュウさんを、俺たちは見やる。そして目を合わせた。


「…………で? この人とはどんな関係なの?」

「昔、グリッドたちと冒険者の頃にちょっとな」

「ちょっとって。命の恩人でしょうに」

「……それから付きまとわれてる」

「ストーカー?」

「あぁ、そう考えていい」

「別に……っ。ただ単に、遠くから見守ってるだけですけど……っ」

「…………」


 イライラゲージがもしも可視化されたなら、きっとアイザのイライラ度は90に差し掛かってる。

 冒険者時代の頃からアイザを知っているなら、俺よりもアイザのことは知っているはずだ。そこまですれば殴られるぞ。下手なことを言わない方がいい。

 まさか、まさか殴られたいなんて思ってるはずがないだろうし。


「それで? アイザさん? いつからグリッドさんとそんな関係に?」


 指をちょんちょんしている。全くかわいくないが、さすがに可哀想に思えてきた。

 アイザは単純に不服なようだ。ドゥリュウさんの頭の中では、グリッドとアイザが結ばれているのだから。


「私があいつとヤルなんてあり得ない。あんなガキ臭い奴に、誰が孕まされるか」

「じゃあ……」

「こいつはアリスとグリッドの息子だ」

「……へぇ」


 眉をひそめ、ジロジロと観察される。緊張した。この後に出てきそうな言葉はなんとなく予想がつく。


「似てますね」

「当たり前だ」

「……へ?」


 予想とは違った。

 いったいどこを見て言ったのだろう。

 髪や瞳の色は違うというのに。


「グリッドさん似ですか」


 自分じゃわからないのだが……いったい、どこが?

 ベタベタと顔を触ってみる。もちろんわかるはずもなく。


「でもよかったー! アイザさんまだ独り身ってことですよね? じゃ、どうっすか。俺と。ソロでAランクの冒険者、けっこういい物件ですよ」


 これが求婚か。

 結婚を前提に、か。

 だけど悲しいな。ていうか気付いてないんだ。


「無理。しつこい」


 一蹴されていた。

 しつこいという台詞が、何度も当たっていることを意味している。

 ががーんっ! と、ドゥリュウさんは、砕けていた。


「行くぞ。時間が無駄になる」


 見事にトドメまで刺されている。やめて! もうドゥリュウさんのライフは0よっ!


 ギルドを出る去り際、なんとも背中は寂しそうに思えた。

 告白するだけの勇気は尊敬に当たる。しかも断られるとわかりきっているのに。俺には到底できない。

 だけどアイザも、全くの他人よりかはドゥリュウさんのことをよく思っていそうだ。普通、ストーカーされて何度も告白されれば嫌気が差しそうだが、完璧な拒絶はしていない。アイザのこの粗雑な対応は、俺からすれば平常運転でグリッドやアリスに対してもそう変わらない。本気の嫌悪はなさそうだ。

 それに、優しさもあった。


『あんなガキ臭い奴に誰が孕まされるか』


 グリッドとドゥリュウさんを見比べれば、どう見てもドゥリュウさんの方が若い。ガキだ。グリッドがあり得ないのだから、ドゥリュウさんはもっとあり得ないと匂わせている。

 遠回しに告白を断っているのだ。するな、と言ってる。アイザがそんな婉曲な言い方をするなんて。

 告白は勇気が要る。断られるとわかっている分、余計辛いだろう。そんな気遣いをするだけ、アイザもドゥリュウさんに何かしらの思い入れはありそう。


「ドゥリュウさんのこと、嫌いなの?」

「ん。あーべつに、嫌いじゃない」


 ほれ見たことか。

 中々の付き合いだ、アイザのこともすこしはわかる。


「好きなの」

「好きとか嫌いとかの一般的な恋愛感情はない。そもそもあいつは私のことが好きなんじゃない」

「? ツンデレ? 逆ツンデレ?」


 べ、べつにあいつは私のことが好きとかじゃ……ないんだからね!

 何だそれは。誤魔化された気がする。


 写真屋はたしかに混んでいた。本来なら要らなかったであろう待ち時間がドゥリュウさんによって生まれ、アイザはすこし不機嫌そうだった。

 七五三か、そう思う程にしっかりとした設備だった。よくわからんが光の加減とか諸々があって、パシャリ。二、三枚撮られた。こんなことならちゃんとした服にすればよかった。アイザは絵になるような服着てるからいいよな。


「何枚で」

「二枚」

「三枚で」

「……」

「えへへ」

「何枚で」

「……三」


 そんなやり取りを経て、俺たちはギルドに戻る。


「一枚は用紙に必要。もう一個は予備。で、もう一つは何に使う気だ」

「そりゃあ、布教用でしょ」


 使うため、保存のためと来れば、もう一枚は布教のためだ。これ常識。


 見透かされたような溜め息を吐かれ、ギルドで改めてアイザは必要事項を記す。パーティ名は相談、というか丸投げされた。そこは後日でもいいらしいので、考えておけ、と。

 

「それでは後日、ライセンスを発行しますので、それまでにはパーティ名を考えておいてください」


 ニコリ。

 俺が冒険者になったことを、このお姉さんも喜んでくれている。

 

「いまのうちに唾つけとかなくていいんですか」


 きっと俺は将来大物になる。いまのところ、まともに女性と接したのはセシリア先生とこのお姉さんだけ。スタートダッシュ肝心ぞ。


「この後はどうされますか? 何か依頼を受けますか?」

「そうだな。適当に頼む」

「はい」


 初心者向けにお姉さんが斡旋してくれるようだ。

 依頼の書かれた紙、お客様控えみたいなのをアイザは受け取り、いざ依頼へ出発! ……と、行きたいところだが、足踏み。


「先、トイレ」

「……あぁ」


 トイレには本当に行くが、俺にはもう一つ目的があった。

 時は昼食時、ギルド内のテーブルで肉にかぶりついたり、酒に溺れたりと好き勝手にしている中、黙々と広げた新聞に穴を空け、頻りに視線を向けてくる人がいた。俺は視線に敏感な方なので、すぐに気付いた。

 トイレから戻る際に、肩をちょんちょんと押してみる。わかりやすく驚いていた。新聞がガサガサしている。カモフラージュ用に頼んでいたのか、肉を頬張っていた。触らなくてもわかる。絶対に冷めている。

 全てが遅いこの人は本当に瞬足なのかと疑ってしまうドゥリュウさん。


「ほへ、ふへいはい。ほうひた」


 何を言っているかわからないが、何を言っていてもどうでもいい。


「これ、要ります?」


 差し出したのは先ほど購入した写真。俺とアイザが映った写真だ。


 感情がころころと変わるのは子どもっぽい。アイザの言葉を借りればガキ。ガキ臭いのかもしれない。

 

「い、い、いいのか……?」


 写真一枚で号泣しそうなほどに瞳が潤んでいる。まさかそれほどまでとは。


「ま、まあ……はい。自分のところは、切っても良いので」

「ああ、そうさせてもらう!」

「いや嘘でも否定しろ」


 ドゥリュウさんは満面の笑みだ。


「いや……いやぁ…………お前、良い奴だなぁ……! 神様なんか信じちゃいねぇけど、もしも何か信仰しろっていわれたら、お前を信仰することにするぜ!」


 そんなにか。写真一枚で。


「いままで写真とか、撮らなかったんですか」

「あぁ。嫌われるからな」

「おぉ、凄い判断基準」


 ストーカーの思考回路は理解できない。付きまとうのは嫌われないのか。

 そもそも今までの対応で嫌われていないと思っているのか。

 アイザもアイザで大概だが、ドゥリュウさんもドゥリュウさんで大概おかしい。


「それでイロイロしてください」


 男なら言わなくても良いだろう。

 カッコよく、鼻を指で弾いて深くまでは語らない男を示す。すると、肩に手を置かれた。


「本当に好きな奴だと、抜けねぇんだわ」


 真顔で語っていた。

 なんだか急に引き戻された感がある。

 たぶんドゥリュウさんは七歳の子どもに向かって言っているんだろうけど、中身は十代後半。合わせれば二十年以上を生きている。ひょっとすればドゥリュウさんよりも歳は重ねているかも知れない。

 そんな俺から言わせてもらえれば、普通に、好きな人でも、抜ける。

 そう。あれは中学生の頃、同級生のあかりちゃんが……。


「まっ、お前にゃまだわからんかもしれねぇがな」


 大人ぶるなよ。あんだけダサい格好見せたあとに。


「そういやお前、名前は?」

「クレイです。クレイ・ストロル」

「おお。いい名前だ」

「一つ良いですか」

「いいぞ」

「どこを見て、父に似ていると思ったんですか」


 写真と交換。取引のつもりで俺は三枚目の写真を渡していた。

 ゴクリと生唾を飲む。どうやら俺は、思ったより緊張していたようだ。

 しかしドゥリュウさんには伝わらなかったらしい。あっさりと言ってのける。


「顔の造形とかかな。表情の動かし方、目? 話し方とか」

「目?」

「ああ」

「色違いますよ」

「色が一緒な奴なんて、探せばいくらでもいるぞ。だけど親子でも兄弟でもねぇ。何て言うかな……目の優しさ? 目つき? みたいな感じか。雰囲気っていうと曖昧だけど……そんな感じだ」


 言葉を探すように、ドゥリュウさんは言う。

 なぜだろう。あんな父親にはなりたくないと思っていたが、グリッドに似ていると言われても、嫌な気はしなかった。

 

「ちなみにアイザの抱き心地は最高でした」

「……はっ!? おまっ、……は!?」

「足を絡められて抱き枕にされる抱かれ心地も……」


 最後まで言わず、即座にそこから立ち去る。

 暑苦しいし酒臭いがまず最初に来るが、それでも柔らかかったりするし温かかったりするし落ち着きもする。

 足を絡められてスベスベに興奮してたら首を絞められるという窒息未遂もあった。抱き心地は最高だが、総評としては何とも言えない。これまた一長一短。


「お待たせ」

「ああ……」


 ギルドを出て、それから。


「人の写真勝手に人に渡すなよ」


 バレていた。


「……まあ、子どものしたことですし」

「自分で言うな」

「てへっ」


 拳骨が降り注ぐ。

 逆に言えば、拳骨一発で終わる。

 やはりアイザはドゥリュウさんにいい印象を持っているようだ。

 本当に嫌だったら渡すことも許さないだろう。写真も三枚目を許さなかっただろう。


 ちなみに俺の初冒険者クエストはカッコよく魔物の討伐でも誰かを救出することでもなく、薬草採取だった。清草と言うらしい。某ドラクエにある万能な薬草だと考えればいい。塗って良し、食べて良し、飲んで良し、らしい。

 汗を流しながら雑草と見比べ二、三時間ほど奮闘していたが、アイザは日陰で休んでいた。手伝えと言えば、


「私はSランクだ。これはお前のためにある仕事」


 そう言われてしまう。反論できず、ぐっとなるしかない。

 

 日陰で冷えたビールを飲みながら風に仰がれるアイザはさぞかし気持ちよさそうだった。

 ビールの確保はドゥリュウさんで、風を送るのはドゥリュウさん。遠巻きに見ていたのに、いつの間にかアイザの側にいる。

 しかしこうして見てみると、ドゥリュウさんは体よく扱われているに過ぎない。奴隷に等しい。

 ドゥリュウさん、もっと良い人いると思うよ。

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