穢れた世界の端っこで
内容は割とハードですが、頭の中を空っぽにしてご覧ください。
いかんせん初めてなもんで・・・。
僕は頭を押さえて蹲る。
僕の心に知らない誰かが、いや知っている俺が混ざり合う。
それと同時に俺の中に、僕の中に濁流のように記憶と経験が押し寄せ、ぶつかり波を立てる。
グルグルと異色の心が混和し、中立の色を保つ。
「痛うっ」
最初の感想はそんなもの。
鼻が折れている。鼻血が止まらない。
膝と肘を擦りむいた痛み。あばらが折れているのか腹に鈍痛。
地面の冷たさ。石を敷き詰めたような裏路地の通路。
地面に転がる俺の目の前にコロコロと緑色の玉が転がる。
それは突然罅われ砕け散った。
突如俺の頭に激流のごとく怒りの感情が流れ込む。
「あいつを殺したい」
だけど、僕にはできない。
頬を流れる温かい水。
喉をつっかえながら咽び泣く。
俺と僕の記憶が混ざる。
「いやできる。俺が殺してやる。俺はお前だ。もう自重する必要はない。こんな腐った世界ごと食い殺してやるさ」
そう俺ならばできる。この世界でなら俺は最強になれる。
俺は一言唱える。
「ステータス」
この世界で10年耐え抜いてきた『僕』の記憶通りならここは間違いなく・・・。
そしてそれは確信に変わった。
【シグ】
JOB :???/???
Lv :1
HP :4/5
MP :2/2
STR :1
INT :1
VIT :1
AGI :1
DEX :1
MND :1
JOB経験値:なし
特性:器用貧乏
称号:なし
俺はそれを眺めながらほくそ笑む。
勝った。
生まれ持った『僕』に俺は称賛を送る。
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シグは戦争孤児である。
母や父はもうどうなったのかわからない。
家が燃えるのを眺めながら泣いていた時に、後ろから殴られ気絶した。
目が覚めると孤児院の中でチクチクする藁の上で寝ていた。
当時5歳でそこから地獄のような5年間だった。
シグ以外にも他に子供はたくさんいたが、10歳を超えると外の世界へ放逐された。
シグの面倒をよく見てくれた姉や兄のような存在の名前すら薄れる程に、その日一日を生き抜くことが大変だった。
仕事はすり、物乞い、盗みとなんでもした。しないと生きていけなかったから。失敗して腕を折られることがあっても次の日には折れた腕を抱えて泣きながら物乞いをした。
儲けをもってこないと院長先生に殴られ、堅パンどころか水すら飲めないことも多かった。
仕方ないので水たまりの泥水で口を漱いで生き延びた。
ここ一年は特に酷かった。
シグの一つ上の歳の子が出て行った後、シグは残りの子達の面倒を見るためにより一層悪事に手を染めた。儲けを持ってこれない子のために空腹を我慢してご飯を食べるふりをして懐に隠し寝床へ持ち帰る。
唯一の救いは同じ年の優しく健気なエミリーがいたことだった。
年下の子達が殴られるのをエミリーと庇い一緒によく院長に殴られた。
ただ、彼女のために気丈に振る舞っているときはこのくすんだ心が満たされた気がした。
そして今日、エミリーとシグが外の世界へ放り出される日、シグとエミリーは下の子達と話をした。
「ミゲル、ごめん僕は今日までだ。すまないけどメイとレイと一緒に下の子たちを見てあげてほしい」
「わかってる。わかってるよシグ兄ちゃん。僕もシグ兄ちゃんみたいに守るんだ」
「でも、無理しちゃダメよ。ミゲルは弱虫なんだから」
「エミ姉ヒドイや・・・。でも僕も変わらないとだよね」
不服そうにしながらも最後は笑顔で見送ってくれた。
いつもの裏口ではなく孤児院の正入口へエミリーと向かう。
そこに、院長が立っていた。微動だにせず、しゃがれた声で僕に声をかける。
「お前は早く出ていけ」
「えっ? エミリーも一緒に行くよ」
その瞬間に僕の体はドアに叩きつけられた。
「うるせえ、クソガキが」
「やめて、シグは何もしてないじゃない」
エミリーが止めに入るが平手打で黙らされる。
「こいつはなあ。俺が目を付けてたんだ。内にいる時は上の連中の目につくからなあ。だが、今日なら関係ねえ。こいつは今日ここで死んだ。俺が一週間かけて壊してやる」
院長が下卑た笑みでエミリーを見つめる。
「いゃ・・・。いやああああ。助けてシグ」
そういってエミリーが手を伸ばすがシグの顔面に院長のつま先がめり込む。
シグはそのままドアノブに引っ掛かりながら、ドアの向こう側に蹴りだされた。
そこで折れてしまった。
エミリーと一緒ならどこでも何とかなると思った。
エミリーと一緒なら・・・。
「いやああああああ」
ドアの向こうからエミリーの悲鳴が聞こえる。
シグは逃げるようにドアを背にして走り出した。だが、すぐに足が縺れ路地裏に倒れこむ。
涙があふれた。
そんな歪んだ世界で半透明の緑色の玉が転がっていた。
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月島健一は15歳の時に『バッドステイツ』と出会った。
初のVRMMOですべてが新鮮だった。
腐敗した領土とマーダーな帝国しか出てこないダークな世界観で当時中二病を拗らせ始めていた健一は虜になった。
さらに、このゲームは自由度も高く魔物と連携して王国を滅ぼしたり、英雄として魔物を滅ぼしたりとやりたい放題できたのだ。健一は学業をほっぽりだし、のめりこんでいった。
PKや攻城戦、PVEなんでもできるこのゲームは世界的に受けアップデートを繰り返し運営20年を超えるVRMMOの金字塔とまで言われるようになる。その最前線のメモリーには常にTukの名が刻まれていった。
一時期は完全なる社会不適合者だったにもかかわらず、ゲームで磨かれた適合能力および検索力、研究力、コミュ力によりなんとか社会人になることにも成功する。
しかし、3年目でFXで一発あて完全に引き込もれる環境を手に入れた。
もはや健一を止めるものはいなかった。
たとえ何日何時間やり続けても。
そして、世界PVP最強プレイヤーは死んだ。
月島健一享年35歳死因心不全。
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俺はだるい体を何とか持ち直し、背中を壁に当て座り込む。
「俺のエミリーになにしてくれとるんじゃい」
素早くステータスのJOBの欄に職業を割り当てる。
JOB :暗殺者LV1/屠殺者LV1
暗殺者
気配を消し忍び寄る影。DEXにボーナス。上級JOBデスブリンガーorナイトブレードへ転職可能
初期スキル:気配遮断
屠殺者
血の海を創る者、戦場を支配せよ。武器種ナイフへの適合を付与。
上級JOBスロータースペシャリストorブラッドメイカーへ転職可能
初期スキル:ナイフマスタリー(A)
俺は何とか立ち上がり近くの酒瓶をナイフの形状に砕き、飲み口の部分ととがった硝子を握る。
「まだ間に合う。時間的には数分もたってねえ」
俺は唯一のスキル「気配遮断」を発動し孤児院の裏口のドアへ回る。
こっち側のドアは鍵なんてついてないので侵入は簡単だった。
「いやああああ。離して、誰か助けていやあああ」
孤児院に入ると院長室からエミリーの悲鳴が聞こえた
脳に血が回り熱くなるのが分かるが冷静を保つように自分に言い聞かせる。
くぐもった男の声が笑っているように聞こえる。
俺はもっている瓶の飲み口側を院長室の横側の窓へ放り投げる。
バリンッと音を立てて、窓のガラスが破片となった
一瞬の静寂。院長室からも音が消える。
ゆっくりと院長がドアから顔を出した。そして窓へ近づく。
こちらからは院長の背後が取れた。
俺はすかさず音をたてないように近づき、全力で院長の左足の踵のやや上にぶっ刺した。
バチンッという音とともに血が噴き出る。
手にメリメリとガラスナイフがめり込んでいるがアドレナリンのおかげかさほど痛くない。
院長は壁に手をついて辛うじて立っている状態だった。
「貴様ああああああ」
院長が首だけを回しこちらを睨み叫ぶ。
その時には俺のつま先が院長の右足の膝裏を正確に捉えていた。
体重の乗った右足を膝カックンされ手を前につき四つん這い状態になる。
俺は勢いをつけて院長の股間を蹴り上げた。
「っんんんんん」
野太い悲鳴を上げながら股間を押さえて蹲る。
俺は院長の頭を踏みつけて窓に近づき窓から尖った硝子の破片を手にする。
そして院長と目が合った。
うめき声をあげながら俺を睨んでいた。俺を殺してやると言わんばかりに。
「ちげぇよ。殺すのは俺だ」
俺は冷静に、届くようになった院長の首に硝子を突き立てた。
「ログ」
豪雨のように飛び散る血を無視してログを呼び出す。
『カペラル・アリシージャを殺害しました。経験値30、JOB経験値20(40)を獲得しました。
ステータス進行:LV1→LV2 ステータスポイント+1 経験値0/30
HP4/5→HP4/7 MP2/2→2/3
暗殺者JOB進行:LV1→LV2 スキルポイント+1 経験値10/30
屠殺者JOB進行:LV1→LV2 スキルポイント+1 経験値10/30』
俺は院長が死んだのログで確認する。
なんの感情も湧かなかった。
「シグ・・・」
そんな俺を大事な幼馴染が見つめていた。