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好きな人に振られた、喋る肉塊になってた  作者: ニドホグ


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18/40

見つめ合って怯え合うなら

 俺は何気なく平たい石を手に取り、軽く握り込んで重さを確かめる。


 行けそうだな。

 沢を見つめ、右手に意識を集中させる。


「よっ!」


 石は回転しながら、勢いよく俺の手を離れた。

 一回、二回、三回、四回、五回!

 バシャッバシャッと気持ちよく石が水面を跳ねる。


 昔は三回が限界だったが、俺も随分と成長したものだ。


「おー! すごいね! 私もやりたい!」


 俺の水切りを見て、府川さんがナメクジの様に這い寄ってくる。


「ああ、分かった。じゃあ、平たい石を探してきて」


「はーい!」


 府川さんはチャプチャプと石を探しに川へ入って行く。

 自分も石を探そうと周囲を見渡すと、ボンヤリとこちらを眺めている妹さんが目に付いた。


 あ……弁当の片付け、一人でやらせちゃったな。


「おーい、妹さんもこっちで水切りしない?」


 俺は罪悪感を誤魔化す様に、妹さんに軽く手を振る。


「良いんですか?」


「そりゃあ、悪いことはないでしょ」


「やっぱり、白石さんは優しいですね」


 そう言うと、妹さんは小さく笑った。


 俺は妹さんの存在をすっかり忘れていた上に、それを取り繕う為に話しかけたんだ。

 それが優しいなんて事はあり得ない。

 尤も、自分が優しい人間であるかのように取り繕っているのは他でもない俺自身なのだが。


 自分を誤魔化して、取り繕って、上手くいったら自己嫌悪。

 いっそ、全て曝け出してしまおうか?

 ……勿論、そんな事はしないけれど。


 結局、俺は優しくなんてないよ、と謙遜した風に本音を吐く事にした。

 それが、余計に相手から好感を得る行為と知りながら。


「じゃあ、一緒に平たい石を探そうか?」


「はい。私、水切りってやった事無いから楽しみです」


「そうなんだ。結構簡単だし、たぶんすぐに出来るようになるよ」


 そんな当たり障りのない会話をしながら、水底に視線を走らせる。


「コツとかって、あるんですか?」


「あー、コツか……なんだろう、あっ」


 視界の端で、水切りに良さそうな石を捉える。

 しゃがみ込んで手に取ってみる。

 うん、良さそうだ。


 俺は両手に石を握り、顔を上げる。


「あったよ、しかも二つ。ラッキーだった……ね」


 鼓動が速くなる。


 高くなりだした太陽のせいで、妹さんの顔は逆光になっていた。

 だからと言って何かある訳でも無いが。しかし、俺にはその妹さんが妙に美しく見えたのだ。


「……どうかしましたか?」


 呆けている俺を見て首を傾げる妹さんは、異様に画になって見える。

 これは俺が妹さんに惚れた証拠なのか、妹さんに府川さんを重ねている証拠なのかは分からない。

 ともかく、太陽と水面に照らされた妹さんが、とても綺麗だと感じた事だけが確かだった。


「あのさ、告白の返事とか、したほうが良いかな?」


「……大丈夫です。白石さんは姉と付き合っていて、もうすぐですから。問題ありませんよ」


 何がもうすぐなのかとか、告白の結果を知るのは怖いよなとか、ごめん、なんて色々言葉を選ぼうとしたけれど、結局は口に出さなかった。

 というか、妹さんの表情を見て、口に出せなかった。


 まあ、俺に告白の返事をする勇気が無かったというだけの話かもしれないが。

 手持ち無沙汰に、石の表面を撫でる。


 いよいよ妹さんの顔を見られなくなってきた頃、背後からジャブジャブと水を分ける音が聞こえてきた。


 妹さんに一つ石を渡し、俺は当たり障りの無い笑顔を作って後ろを振り返る。


「府川さん、石は見つかった?」


「結構いっぱいあったよ! これで何回も練習できるね!」


 府川さんは、嬉しそうにガチャガチャと石を打ち鳴らしている。

 身体を激しく伸縮させて、随分と楽しそうだ。


「じゃあ、優太郎君。石跳ねさすやり方教えて?」


「ああ、うん。水切りは石の回転数によって跳ねる回数が変わるらしいから、それを意識してやってみると良いよ」


「分かった、やってみる!」


 府川さんは、石の一つを触手に絡ませる。


 次の瞬間、俺の背筋にゾワリと怖気が走る。


 ヒュッと、風切り音が鳴る。


 府川さんの元から打ち出された石は一瞬で沢を超える。


「ズチュ」

 ……そして、何かが潰れる音がした。


 血の気が引く。

 何が潰れた?

 府川さんは、何を潰した?


 ズルズルと、府川さんが石の跳んだ先に這い寄る。

 無言で、這い寄って行く。


 まずいと、そう思った時には既に遅かった。


 藪に押し入った府川さんが、静かに固まる。

 そこでようやく、俺は府川さんの後を追った。


 果たして藪の中は、まるで大きな爪で抉り取られたかのように穴が開き、土が露出していた。

 だが、その衝撃すら掻き消す事実が穴の中には転がっている。


 そう、そこには血と、肉片と、ふわふわとした何かが散乱していた。

 もはや、原型は分からない。

 ただ、そこで小さくてふわふわとした生き物が潰された事は明らかだった。


 それを見て、俺は無意識に一歩後退った。

 手の震えが止まらない。


 ……クソ。

 初めて肉塊となった府川さんに会った時、俺は見ていた筈だった。

 ねじ切れた金属製のベッドと、バラバラになった椅子の残骸を。


 肉塊化して、府川さんの力が強くなっている事を俺は知っていたんだ。

 だというのに、俺は府川さんにできるだけ石を回転させろ、などとアドバイスして……。


 散らばった肉片を見下ろす。

 これは猫だろうか? 鳥だろうか? うさぎだろうか?

 何であろうと、肉片の前で震え続ける府川さんが酷く傷ついているであろう事に変わりは無い。


 府川さんがゆっくりと触手を伸ばし、肉片をかき集める。血をかき集める。ふわふわをかき集める。

 そして、押し固めた。

 何度も、何度も、押し固めた。

 しかし、肉片は肉片のまま何も変わる事は無い。

 それでも尚、府川さんは肉塊や毛を押し固め続ける。


「……府川さん」

 ただ、慰めたかっただけなのに、怯えたような声が出た。


 府川さんの表面が大きく震える。


「ご、ごめんなさい。わ、私、私、千場君の言ってた通りだった。化け物だった。優太郎君、今まで怖かったよね? 優太郎君、ごめんなさい。近寄らないで、殺しちゃう、殺しちゃうよ。私、遊んでるつもりでも、殺しちゃう……さっきみたいに、殺しちゃう。ごめんなさい。ねえ、ずっと怖かったよね? ごめん、ごめんね?」


 府川さんは小さく蹲り、ごめんね、ごめんね、と繰り返す。


 そんな彼女に慰めを口にしようとして、止めた。


 俺の手は、未だにガタガタと震え続けている。

 臆病な俺は、小さくなって震えている今の彼女でさえ、心の底では恐ろしく思っているのだ。

 そんな俺が声を出しても……また、怯えたような声になってしまう。

 そんなの、府川さんを傷つけるだけだ。


 府川さんが動きを止めた。

 その一瞬、なんとなく府川さんと目が合った気がする。

 彼女は、俺を見て何を思っただろう?


 府川さんは触手を小さく揺らし、二声、三声、言葉にならない声で悲しげに哭いた。

 そして、ゆっくりと山の奥へ消えて行く。


 俺は、一歩も動けなかった。

 その場には、俺と押し固められた肉片だけが残されている。


 まだ、手の震えは治まらない。

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