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好きな人に振られた、喋る肉塊になってた  作者: ニドホグ


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正体不明の感情と矛先

「優太郎く~ん、ま~だ~? 狭いよ~」


 俺の引いているキャリーケース内から、府川さんが声を発する。


「後十分くらいで着くから、ちょっと待ってね」


「は~い!」


 キャリーケース越しに元気な返事をすると、府川さんは再び大人しくなった。

 尤も、後数分もしたらまた同じように聞いてくるのだろうが。


 まだ薄暗く人目も少ない早朝、俺達は目的地の沢を目指してそこそこに整備された山道を歩いていた。 

 既に、香菜ちゃんからは侵入成功の連絡を受け取っている。

 今のところは順調だ。


「朝だからか、結構涼しいですね。もうそろそろ秋だっていうのに最近はずっと暑いですから、ありがたいです」


 妹さんは気持ちよさそうに伸びをしている。


「もう数時間もしたらここらも暑くなるだろうけど、俺達が行くのは沢の近くだからそこまで暑くならないと思うよ」


「そんな良い所、他に人は来ないんですか?」


「通常の登山ルートからは結構はずれてるし、木に囲まれてて外からは見え辛いからたぶん大丈夫」


「そうなんですか。わ!」


 妹さんが木の根に躓き、盛大にバランスを崩した。

 いそいで受け止めようと構えたが、咄嗟の事だったので間に合わない。

 そのまま俺は、妹さんに押し倒されるようにして体勢を崩した。


「痛っつ……!」


 背中に衝撃が走る。

 しかし、それはすぐに別の衝撃で上書きされた。


 すぐ目の前に、妹さんの顔がある。


 府川さんと全く同じ顔。

 それと間近で見つめ合うこの状況に、俺の鼓動はどんどん激しくなっていく。


 俺達は無言で見つめ合った。


 俺も妹さんも、一向に動こうとしないのだ。

 きっと俺達は、この時間を終わらせたくなかったのだろう。

 ただただ、お互いに瞳を覗き合う。


「…………っ」


 彼女の手が、俺の頬を撫でた。

 そして、そのまま彼女は俺の胸に顔をうずめる。


 鼓動が、どんどん速くなる。


「…………好き、です」


 本当に幽かな声だった。

 しかし、俺の耳には確かにその声が届いている。


「……あと、もう少しですから」


 何がもう少しなのかとか、俺の事が好きというのは本当なのかとか、聞きたい事は色々あった。

 でも、言葉が一つも口から出ない。


 府川さんが声をかけてくるまでの数分間、俺は一ミリも体を動かせず、鼓動を高鳴らせる事しかできなかった。



+++++



「わー! おいしそう! これ全部優子が作ったの?」


「まあ、白石さんの企画したピクニックですから」


 府川さんは、全身の肉を混沌と蠢かせて喜びを表現していた。

 それを受けた妹さんも、まんざらでも無さそうにしている。


 実際、妹さんの持ってきた食べ物はどれも美味しそうだった。


「じゃあ、俺は唐揚げを最初に貰おうかな」


「私はおにぎり~」


「どうぞ、召し上がって下さい」


 唐揚げを食べる。

 美味しい、本当に美味しい。


 最近は腐敗臭に耐えながら食事をする事にすっかり慣れていたが、府川さんが風下にいるだけでここまで違うのか。


「すごい美味しいよ、本当にありがとう」


「いえ、私も楽しかったので」


「優太郎君! サンドイッチも美味しいよ」


「お、じゃあ俺も次はサンドイッチにしようかな」


 府川さんと一緒の美味しい食事に、思わず笑みがこぼれる。


 不快感を隠しながら府川さんと接する事に、ずっと罪悪感があったのだ。

 でも今は、腐敗臭が無いお陰で吐き気もほとんど感じずに、心の底から笑みを浮かべて府川さんと話せている。


 開放的で気持ちの良い外にいるからだろうか?

 今は府川さんのグロテスクな外見もそこまで気にならない。


 本当に、幸せだ。

 ……こんな幸せを享受する資格、俺には無い。


 さっき妹さんに押し倒されて完全に分かった。

 府川さんが変わってしまった今も、俺は府川さんの事が好きなのだ。

 だから、俺は府川さんとそっくりな妹さんの顔を間近に見てドキドキした。


 俺の恋は、府川さんのちょっとした変化だけで冷めるような薄っぺらいものではない。

 或いは、そう思いたいだけかもしれないが。

 しかし、妹さんの顔に府川さんを重ねて、何も考えられない程に鼓動が高まったのは事実だ。


 だからきっと、俺はまだ府川さんの事が好きだ。

 ……それが今の府川さんなのか、過去の府川さんなのかは、分からないけれど。


 サンドイッチを飲み込む。

 俺は笑顔を作り、妹さんを見た。


「本当に、妹さんは料理が上手だね。俺が作った奴は、どれも不格好になっちゃったよ」


「えへへ、白石さんに振舞いたくて練習してたんです」


 妹さんは、はにかんだように笑う。

 ……府川さんの見た目でそういう事を言われるのは、酷く複雑な気分だ。


 感情を心の内に隠しながら、俺は次のサンドイッチを手に取った。


 府川さんは器用に触手でフォークを操り、ハンバーグをちまちま食べている。

 妹さんも、まるで先ほどの告白など無かったかのように楽しそうにしているし、出だしは順調だ。

 俺もさっさと切り替えよう。


 そのまま楽しく朝食をとっていると、沢山あった重箱の中身も減っていき、次第に俺達は食事から会話に移っていった。


「あ! 優太郎君! カニだよ! カニがいる!」


 府川さんが触手で大きな石の下を指す。


「あー、沢蟹が。たぶん、探したら沢山いると思うよ」


「ほんと! 探してくる!」


 そう言うと府川さんは、沢にバシャバシャと突っ込んでいく。

 ……府川さん、水に溶けたりしないよな?


「あ! 魚もいたよ!」


 どうやら、溶ける心配は無さそうだ。

 しかし、こうしてみると本当に府川さんの幼児退行が目立つな。

 俺への態度も彼氏と言うよりは親に対するもののように感じる。


 きっと、肉塊になってからの周囲の反応は、府川さんが人生で初めて経験した親しい人間からの拒絶だったのだろう。

 府川さんも、不安を埋めようと必死なのだ。


 しかし、いくら不安だとはいえ、俺にベッタリさせたままという訳にもいかない。

 元彼氏や、府川さんの親を調査する為に、俺もある程度は自由に動きたい。

 その為に、今回のピクニックでは出来る限り府川さんを安心させる。


 俺は靴を脱ぎ、一緒に遊んでやろうと府川さんに歩み寄った。

 そこで、府川さんが大事そうに俺のあげたパーカーを持っている事に気が付く。


 …………。


「府川さん、沢蟹は見つかった?」


「うん!」


 府川さんはそう言うと、体内からボトボトと無数の沢蟹を落とす。


 ゾワリと背筋が冷える。

 ガシャガシャと一目散に逃げる蟹達は、まるで卵から孵った蜘蛛の子だ。


「あー、逃げちゃった……でも、ちょっと面白かったね!」


 府川さんは楽しそうにワサワサと逃げ出した蟹を見送っている。


「……そうだね。そういえば、さっき魚も見つけたって言ってたけど、そっちも捕まえたの?」


 必死に平静を取り繕う。

 一瞬でも引いた顔をしてみろ、府川さんが不安になる。

 それは今後の為にもできる限り避けなくてはならない。


 口角をゆるく上げながら、府川さんの反応を待つ。


 府川さんが次の言葉を発するまでの一瞬が、嫌に長く感じる。

 早く、早く、今の表情が引きつっていないと態度で示してくれ……。


 ゆらりと、府川さんが伸縮する。


「魚はねー、速くて捕まえらんなかったよー」


 府川さんは無邪気に沢蟹を追いかけ始めた。

 水しぶきに揺れる水面は、キラキラと光を反射する。

 流れる水が、ゆるく足を撫でた。

 

 俺は、この場所に不釣り合いだ。


 小学生の頃はこんな事、考えもしなかったのにな。

 そういえば、この沢を見つけたのは小学生の頃だったっけ?

 そう、蓮一と二人で見つけたんだ。


 ……蓮一なら、もっとうまくやるのかな?

 そんな仮定に意味は無いと知りながら、俺は美しい風景を前に自己を嫌悪した。

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