後編
そして、召喚魔法陣を発動できずに、試験本番に来てしまった私。
試験会場には、ミネルヴァ教授と野次馬の生徒がずらりと顔を並べている。
私の失態を見物しに来たのだろう。とても、暇な奴らだ。
「分かっているわね? これで、合格できなければ、即退学よ」
「はいっ!」
ミネルヴァ教授は、先がコゴミのように、先端が渦を巻いている杖を掲げる。
すると、野次馬すれすれに、試験会場を囲むような結界が張られた。
杖をもう一振りすると、ミネルヴァ教授の隣に藁でできた人形が立つ。
「この人形を壊せたら合格よ。制限時間は30分。合格に向けて、頑張るのよ」
ミネルヴァ教授がピーッと笛を鳴らすと、カチリと音が鳴る。
試験会場の壁にあるタイマーが、29分に変化していた。
試験はもう、始まっている。
本番まで、碌な成果がない私にできることは、限られている。
練習ではできなかった魔法陣に、一通り魔力を込めるだけ。それしかない。
私は4つの魔法陣を広げると、それぞれに魔力を注いでいく。
柱、喚、神、鬼。どれもありえそうで、間違いでもありそうな魔法陣だ。
やけっぱちになっていた私は、魔力不足になるのも覚悟でどんどん注いでいく。
小心者でもある私は結果を目視できず、成功も失敗も分からないうちから、目を瞑る。
後がないのだ。孕み腹には、なりたくない!!
「えっ」
野次馬の誰かが、素っ頓狂な声を上げた。
野次馬の目線を辿ると、私が注ぐ魔法陣に視線が皆行っている。
つられて、私も魔法陣を見る。
「ええっ、光っている!?」
魔法陣は、きらきらと発光していた。
それも、四枚全て。
白に赤、青や緑に黄色と、あらゆる色を飛ばす魔法陣に目を見開く。
多くの色を混ぜ合いながらも、溶け合わない光に、緊張も忘れて圧倒してしまう。
惚けていた私は、ハッと意識を取り戻すと、命を投げ出す勢いで祈りを捧げる。
「お願いします。私に力を貸してください。何でもやります、あげますから!!」
私の必死な祈りが届いたのだろうか。四枚全ての魔法陣が、さらに光出す。光は柱のように天まで伸び、上から徐々に散っていく。
光が収まると、4つの影が魔法陣に見えた。
「あー。だりぃ……久しぶりに呼ばれたぜ」
気怠げな、男の声。
「契約者に初めて呼ばれたっ!」
どこか、歓喜回った少年の声。
「うむ。とてもよい魔力じゃ」
艶やかな女性の声。
「ドンッ!!」
地面に突き刺さる鉱物の音。
眩しさに閉じていた目を、恐る恐る開ける。
私の目の前には、三人の人外と一つの剣が刺さっていた。
「だ、誰?」
「え、僕のこと忘れたの?」
泣きそうな声を出す少年の姿に、罪悪感が心を支配する。
光に溶けるような、淡い金髪は肩ほどでざっくばらんに切り揃えている。珍しい紫色の瞳は、目尻にじわじわと涙が溜まっていく。
怜悧な美貌は、少年らしい愛らしさによって、冷たい印象が薄れている。
この少年、目も眩むほど美しいのだが、見覚えのあり過ぎる容姿なのだ。
「アレンのちっちゃいバージョンがっ」
「アレンは僕の分身だよっ。そんなことも、忘れたの?」
私は、心中で「知らねないよっ」と叫んだが、一つ心当たりがある。
子どもの頃に発動させた召喚魔法陣は、成功していたとしたら……
「もしかして、私が子どもの時に召還した?」
「なーんだ、覚えているんだ」
よかった、よかった。と、少年ーーアレンは呟いている。
「おいおい。俺を忘れるなよ」
声がした方に顔を向けると、気怠そうな男が立っていた。
退廃的な美を体現した男だ。
垂れ目で、薄く微笑む姿は穏やかそうな人柄がに見えるだろう。
しかし、瞳には鋭さを宿す力強さがあり、どこか悪辣さを滲ませた、油断ならない男にしか見えない。
そして、真っ黒なウェーブした髪の間から出ているとんがった耳と、額から伸びる長く白い角は、男が人間じゃないことを示している。
「どちら様で?」
「お前じゃねぇか、俺を、鬼を喚んだのは」
「あっ」
もしかして、鬼の召喚魔法陣から出てきた奴か。
「はい。そうです、私が喚びました」
「そうかそうか」
「むむ、妾を忘れるでない」
私の頭ががちりと押さえられると、無理矢理女性を見るように動かされる。
ゆったりとしながらも、艶やかな着こなしをした美女は目の毒でしかない。
毛先に向かって、淡くなる紫色の髪を背中に流す姿は、老若男女を虜にする。
綺麗に微笑む姿は、絶世の美女が自身の魅力を駆使して、世を支配しようとするものである。
背中には、宝石の硬質さを宿したかのような羽を広げている。風に揺れるたびに、羽筋を煌めかせ、色を変え、キラリと輝かせている姿は溜息を吐くほど麗しい。
「えっと、神様ですか?」
「違うぞえ。妾は妖精じゃ、喚の魔法陣から喚ばれたのじゃ」
「じゃあ、アレンが神様なの?」
恐る恐る、私はアレンに聞いてみる。
アレンはキョトンとした顔になると、ケラケラと笑い、「違うよ」と口にする。
「神様はあれだよ」
アレンが指した先には、地面に突き刺さる剣。
装飾は最小限に抑えられている、実戦用として考えられている白銀の大剣は、妙に神々しい。
私が大剣に目を向けると、光を放つ。その姿は「ここにいるよ」と伝えているみたい。
「え、あの剣が?」
「む。失礼な。あの剣様は、剣神デオパルト様ぞ」
妖精が非難の声で、剣の正体を告げる。
「で、ララ。僕たちに何をして欲しいの?」
「あの藁人形を、壊して欲しいの」
「了解」
「分かった」
「そんなことでいいのかえ」
口々に、了承の言葉を言いながら、人形へ攻撃を始める。
アレンは両手を、人形へ焦点を当てる。すると、青い光が溜まっていく。
妖精は、片手を厨二掲げると、私には分からない言葉で詠唱を始める。
鬼は剣神を担ぐと、ニヤニヤと笑いながら視線は人形へ向ける。
「はっ」
「ふんっ」
「やぁ」
示し合わせたかのように、息を合わせての攻撃。
アレンが溜めた光が線となり、人形へ向かう。
妖精の掲げた手が勢いよく下げると同時に、空から雷が落ちる。
鬼は背負った剣神を勢いよく、人形へと投げつける。
人形は、人外×3の攻撃を浴び、勢いよく爆発する。もくもくと黒い煙を上げ、晴れた先には人形の欠片一つもない。
「あっ、あっ。デオパルト様っー!!」
悲痛な妖精の悲鳴が、試験会場に響いた。
それから、2日後。
「はい。合格証明書」
「ありがとうございます」
ミネルヴァ教授は合格証明書を渡すと、視線をアレンへと移す。教授は、机から一枚の紙を取り出すと、アレンへ渡した。
「君には、これ」
「召喚契約証明書?」
「君、ララさんの契約者なんでしょう。だったら、学生の立場はあげられないわ」
「ああ。そうですね」
アレンは証明書を受け取ると、懐に仕舞った。
教授の研究室から退出し、廊下を歩くと、多くの視線を感じる。
恐れ、妬み、どこか憧れを秘めつつも、侮蔑を含んだものばかり。
何だか居心地が悪く、私は身を縮こめて歩く。
「……今は幻の召喚術師なんだぞ。そんな小さくしてないで、大きな態度でもしたらどうだ」
「人間、そんなにすぐに変われはしないよ」
「……お前が変わる気がないだけだろう」
呆れを含ませながら、アレンは忠告まがいなことする。
「変わる気がない、ね。召喚した力って、本当に私自身の力って言えるのかな?」
「随分、つまらないことで悩んでいるんだな」
非難を込めて、アレンを見上げる。
アレンは私を見つめると、ニヤリと口角を上げる。
「お前に世界を見せてやろう」
「え、急にどうしたの」
がしり、とアレンは私の腕をとると、颯爽と歩き出す。
私は困惑しながら、アレンに引っ張られながらついて行く。
まぁ、百歩譲って、世界を見せてくれることは、楽しそうだ。このまま着いていきたい気持ちが、湧き上がるというもの。
しかし、大きな問題がある。
「ねぇ。私、まだ卒業していないよ。だから、遠出は難しい」
「あっ」
アレンは忘れていたのか、瞠目する。足は緩やかになり、ピタリと立ち止まった。
「そうだった、そうだった」
「あなたにも、忘れることがあるのね」
目をぱちくりさせながら聞くと、アレンはそっぽ剥きながら、頬を掻いた。
これからの学園生活が、どんなものになるのかは分からない。
しかし、孕み腹の未来が羽を付けて去っていったことを思うと、知らず知らずのうちに弧を描いた。




