クラリッサ日記④《9月》
いつもの裏庭の片隅にヴァレリアナと並んで座り、ランチのパンをかじる。
日向は暖かいけれど空は高く、木々の葉は色づき始めていて、季節は秋になったのだと実感する。
「この城に来て洗濯女となって一年が経つわ」
ヴァレリアナは食べるのを止めて私を見た。
「慣れって凄いのね。そうなる前の私が一日を何して過ごしていたのかが分からないわ。きっと実のない時間を送っていたのね」
「大丈夫?辛くない?」
心配そうに姉が聞く。
「大変な仕事だし、辛くないこともないけれど、仲間はみんな良いひとだし、お喋りも楽しいから大丈夫」
にこりとすると、彼女はほっとした顔になった。
「ヴァレリアナは?半年よね?」
「ええ。私、従卒は天職だと思うわ」
「そうね。御前試合のあなたは生き生きしていたもの」ついついため息がこぼれる。「このまま騎士になりたいの?」
「……どうかしら」
意外にも、姉は考えこんだ。
「……戦に出たいとは思わないの。人に仕えて武器の手入れをしたり、武芸の研鑽をするのが好きなのだと思う」
その『人』はアルトゥーロ限定ではないでしょうね、というセリフが脳内に浮かぶ。
御前試合の時、試合結果を嬉しそうにあの男に報告する彼女の姿は、ダニエレに恋していたときと同じように見えた。
冷血アルトゥーロは、考えていたよりはまともな騎士だ。ヴァレリアナのことを従卒としてきちんと扱ってくれている。
だけれども、彼は征服した国の国王一家を皆殺しにしてきたコルネリオ王の片腕だ。
「……私たち、いつまでこのままでいられるのかしら」
そう言うと、姉は目を伏せた。
現状、私たち姉妹は他の使用人と同等な扱いを受けているけれど、いつ何時駒として使われるか、もしくは王族として処刑されるかは分からない。
気を許していたら、ある日突然地獄の底に突き落とされるかもしれないのだ。
「私たちが生かされている理由も一向に分からないし」
「……なんとなく、思うところはあるの」
「え」驚いてヴァレリアナを見る。「どういうこと?」
彼女はどうしてなのか、辛そうな表情をしている。
「ヴァレリアナ?」
姉は私に身を寄せると、小さな声で耳に囁いた。
「……確証はあるの?」
「いいえ。だけど間違いないと思う」
彼女はそう言うと、泣きそうな顔でズボンをキュッと握りしめた。