クラリッサ日記③《7月》
はあぁっ
と、隣に座ったレナートが深いため息をつく。これで何度目なのか、分からない。
ヴァレリアナがアルトゥーロ付きの従卒として、コルネリオ王の地方視察に同行して三日目。彼女が帰ってくるのはまだまだ先なのに、これでは先が思いやられる。
私だって仕事があるのに。今は休憩中だけど。日陰とはいえ、真夏の庭は暑い。それを幼馴染のために我慢して付き合う私は偉い。
「大丈夫かな、ヴァレリアナ」
レナートは息も絶え絶え、末期のような様相だ。そのセリフも何度目なのだろう。
「なるようにしかならないわよ」
「クラリーはどうして平気なんだ!」
「だってヴァレリアナですもの。ひとりで旅に出ると言い出したときよりは、心配してないわ」
「だけど!」
レナートが勢いこみすぎて唾を飛ばしている。汚いなあ。
「あのときは兄貴がいた。今回はいない」
「人数は比べ物にならないわ。ひとり対大人数」
「だけど全員敵!」
「……そうだけど」
確かにそうなのだけど。ヴァレリアナは全く不安がっていなかった。むしろ旅に出られることに心踊らせていた。多分、アルトゥーロやコルネリオ王たちを信頼しているのだ。
なんで父や兄を殺した相手をそう思えるのか不思議だ……と言いたいところだけれど、最近、さすがに分かってきた。
ここの人間たちは、私たちの敵だった。だけど私たちと変わらない人間で、みな家族も友人もいる普通の人たちだ。けっして悪鬼ではない。
面倒見のよい先輩メイドとか、頻繁に手伝ってくれるクレトとかを、敵として見ることはできない。
「……自分だって、従卒仲間と楽しく過ごしているのでしょう?」
そう言うと、レナートが力を抜くのが分かった。
「……だけど、敵だ。どこかで落とし穴が待ち構えているかもしれない」
「……」
「離れていたら、ヴァレリアナを助けることも出来ない」
「そばにいたからといって、助けられるとも限らない。でしょう?」
レナートは目を伏せた。彼は一度兄を見捨てて逃げた。そうするしかなかったとはいえ、かなり深い傷となっているようだ。どうしてなのか、ダニエレが生きて逃げてきてくれたから良かったけれど、そうでなかったら恐らく一生の負い目となっただろう。
「ヴァレリアナを信じて待ちましょう」
これも何度、口にしたことか。
「……待つのは辛い」
「レナートはそろそろ彼女を諦めて、他の女の子に目を向けるべきよ」
すると幼馴染は私にきつい目を向けた。
「兄貴がフラれて、ようやく俺にチャンスが回って来たんだ」
「本当にそう思っているのかしら?」
姉が何故恋人に別れを告げたのか、誰も分からない。どうしても教えてくれないのだ。
「最近、ヴァレリアナは本気で騎士になりたいのではないかと思うの」
それほど従卒の仕事に打ち込んでいる。
だがレナートは不機嫌な顔をして何も答えなかった。