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呪いの人形ポポちゃん

作者: やまおか

 その日、男は10歳になる娘のための誕生日プレゼントを探していた。

 人形がほしいというリクエストで仕事帰りにおもちゃ屋にもよったがキャラクターグッズばかりが陳列されていた。

 娘が好むものはどれだろうかと店内を歩いていると、不意に声をかけられたような気がした。

 

 周囲を見回すが店員はレジカウンターの奥にいる一人だけだった。

 もう一度声の聞こえたほうを見ると一体のぬいぐるみが目に入る。

 黄色の毛糸の髪と白い肌をしたお姫様のようなかわいらしい人形だった。丁寧なつくりで手にとって見ると、肌触りがいい不思議な布で作られていた。

 

 これなら娘も気に入るだろうと財布を取り出す。

 

 しかし、レジで人形を受け取った店員は戸惑った様子だった。

 

「おかしいですね、商品タグがどこにもないんですよ」

 

 店員は考え込むように口に手をあててから、取り繕うように微笑んで店の奥に消えた。

 そうして、代わりにやってきた店長はこの人形が店の商品ではないと告げた。

 

 しかし、男はその人形があきらめきれなかった。

 なんとしてでも買って帰らなければならないという不思議な感覚にとらわれていた。

 娘へのプレゼントのために言い値で買い取ると頼み込んだ。

 

 

 男の住む家には、家族3人で住んでいた。

 

「パパ、おかえりなさい!」

 

 玄関をくぐった男を娘がうれしそうに抱きつくと、頬をゆるませながら娘のやわらかい髪をなでた。

 

「ねえ、それなあに?」

 

「あー、見つかっちゃったか」

 

 娘の興味は男がもっていた包みに向けられた。

 娘から期待に満ちたまなざしで注がれる。廊下の奥からやってきた妻が苦笑を浮かべているのを見て、男は娘に包みを渡した。

 

「ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう、マチ」

 

「ありがとう、パパ!」

 

 娘はこぼれんばかりの笑顔をうかべる娘を見て、男は満足そうにうなずく。

 リボンを解き包みの紙を丁寧に開いていく様子を夫妻はほほえましげに見ていた。

 

「わあ、かわいい子ね。あなたの名前はポポちゃんよ!」

 

 人形は娘のお気に入りになった

 学校から帰ってくると、毎日人形と遊んだ。

 どこにいくときもずっといっしょ。

 夕食の席でも人形をはなそうとしない娘に、よごれたらかわいそうでしょうと妻が優しくたしなめた。

 

 娘はあまり外にでようとせずに、部屋にこもることが多かった。それは人形がきてからよりいっそう顕著になっていた。

 

「マチ、外に遊びにいかないの? お友達と一緒のほうがきっと楽しいわよ」

 

「いい、ポポちゃんがいるから」

 

 人形を相手に一人でおままごとをする娘に妻はため息をついた。もしかしたら、お人形を与えたのが失敗だったのかもとも思うようになっていた。

 

 妻が家の掃除をしていると、娘の楽しげな笑い声が部屋から聞こえた。

 

「どうしたの? おもしろそうなことしてるならママも混ぜてちょうだい」

 

「えー、どうしよっかなぁ、ポポちゃんがいいっていったら、ママも混ぜてあげる」

 

「そんな、いじわるいわないでよ。ポポちゃんはしゃべらないでしょ」

 

 苦笑する妻に娘はきょとんとした顔をした。

 床に転がった人形は動こうとせず、娘は優しく人形を胸の前に持ち上げた。

 

「ポポちゃんは恥ずかしがり屋さんみたい。まったくもうしょうがないんだから」

 

 娘の口調が自分とそっくりであることに気づき、そっと微笑んだ。ゆっくり時間をかけてこの子を見守っていこう。

 

 しかし、次第に娘の様子が変化していった。

 

 夕食の席で娘が話す話題は以前であれば学校でのことが多かった。しかし、最近では人形のことばかりで「ポポちゃんがね」という言葉が目立つようになっていた。

 

 娘が寝静まったころ、妻は夫に相談する。

 

「あの子、最近何か様子がおかしいのよ」

 

「難しい年頃だからね。何か学校のことで悩んでいるのかな?」

 

 余裕を見せる男に妻は「そうじゃない」とかぶりを振る。そして、ぽつりと「おはじき……」とつぶやいた妻に男が「え?」と聞き返す。

 

「おはじきで遊んでいたの、あの子」

 

「別に変なことじゃないだろう」

 

「おかしいわよ、いまどきおはじきなんて。私もやったことなんてないわよ、だったら誰が遊び方を教えたっていうの」

 

「マチが自分で考えたってこともあるじゃないか。子供はその辺にあるものを自由に遊び道具にするものだろ」

 

 男の返答に妻は眉根をよせる。

 さらに妻はおかしなことを並べていく。

 行ったこともない遠い場所のことを話してきた。

 マチが生まれる数十年前のできごとを見てきたように話すこともあった。

 男は困惑しながらもテレビとか見たのだろうと、妻をなだめた。

 

 

 最近悩まされるようになった頭痛に顔をしかめながら、洗濯物を干そうと娘の部屋の前を通ったときだった。

 中から娘の笑い声が聞こえる。

 以前であれば、その声に心を落ち着けたものだったが今の妻にとって不安を掻き立てる音にしか聞こえなくなっていた。

 

「マチ、少しは外にいってきなさい!」

 

 乱暴に扉を開けて怒鳴り声を上げる母親に、娘はびくりと肩をすくめる。

 その様子を見て妻は冷や水をあびせられたようになる。

 娘に八つ当たりするなんて自分は何をしているんだろうか、と罪悪感がずしりと心を重くした。

 

「……いってきます」

 

 うなだれながら娘が出て行くと、とたんに静けさに満たされた。

 

 

 娘が人形をつれて公園にいくと、汚さないようにシートの上に人形を座らせた。

 

「ほら、ポポちゃん、ごはんの時間ですよ」

 

 人形の前に葉っぱのお皿にのせた泥団子を並べていく。

 一人でおままごとをしていた娘に同年代の少女が声をかける。

 

「かわいいお人形ね、ちょっとさわらせてくれない?」

 

「ダメ! ポポちゃんはあたしのなの!」

 

 ケチんぼと顔を真っ赤にして怒り出す少女は無理やりに人形を奪おうとした。

 人形の両手をお互いに引っ張り縫い目の糸が伸びていき、中の綿が飛び出しそうになる。

 

 ―――イタイヨ、ヤメテ

 

 唐突に聞こえた声にはっとしたように少女は手を離す。

 少女は人形を不気味そうに見て、それを大事そうに胸に抱える娘からも距離をとるように逃げ出していった。

 

 帰ってきた娘を妻は気まずそうに迎えた。

 怒鳴ってしまったことを謝ってから、娘の表情が泣きそうであることに気づく。

 

「マチ、どうしたの?」

 

「あのね……ポポちゃんが……」

 

 おずおずと人形のほつれを見せる娘を安心させるように、針と糸を取り出してきた。

 生地自体は多少伸びてしまっていたが、補修は簡単に済んだ。白い肌と同じ糸で縫い合わせその出来具合を確認しているときだった。

 

 人形の首にシワがより、ゆっくりと振り向いていく。

 

―――アリガトウ

 

 プラスチックの瞳がはまった表情のない人形と目が合った。

 

 

 夜、男が家に帰ると違和感を感じた。

 薄暗い玄関先にポツンと小さな影が見えた。

 黄色い光に照らされて一体の人形が転がっている。

 娘があんなに大事にしていたはずなのにと、男は不思議に思いながらも拾い上げた。

 

 家に入ると、最初に、娘の泣き声が聞こえた。

 妻はなきじゃくる娘を放置してソファにぐったりと横たわっている。

 尋常ではない様子の二人に慌てながら話を聞きだそうとする。

 

 妻はおびえた表情で「人形が……」とぶつぶつと口にするだけだった。

 埒が明かず娘から話を聞くと、妻が人形を捨てたとしゃくりあげながら繰り返した。

 そして、男が手にもつ人形を見て「ポポちゃん!」と大事そうに受け取った。

 

「……うそ、どうして……確かにゴミ捨て場に置いてきたのに」

 

 人形を凝視する妻の表情は固くこわばり、口元をわなわなと震わせている。

 

「お願い! すぐにその人形を遠くにやって! 一人帰ってこれないところまで!」

 

 

 人形は車の助手席にのせられ、窓から遠ざかっていく家を見て残念に思っていた。

 今度こそはと思った。

 自分を大切にしてくれる娘に初めて話しかけたとき、驚きながらも喜んでくれた。

 初めてのことだった。自分を大切にしてくれる子供はいたが、話したり動いたりする人形はいらないと捨てられてきた。

 

「ごめんな」

 

 男は人形のことが嫌いではなかった。

 罪悪感を持ちながら隣町のゴミ捨て場に、人形を置くと車に乗った。

 

 エンジン音が聞こえなくなるほど十分に遠ざかったのを確認すると、人形はひょこりと身を起こす。

 あたりは暗く、時折ライトをつけた車が通り過ぎる。

 

 自分がなぜ動けるのか。

 自分のように動ける他のぬいぐるみがいるかもと、色々な玩具売り場に忍び込み話しかけたこともあったがみんな黙ったままだった。

 仲間がほしかった。

 誰かと仲良くしたかった。

 

 娘のことを思い出す。

 自分がいなくなっても、すこしたてば新しい人形をもらって仲良くするのだろう。

 知らない人形といる彼女の姿を想像すると、息が詰まるような胸の苦しみを感じた。それは、ぬいぐるみでは感じないはずの痛みだった。

 

 しかし、人形はその痛みに感動すら覚えていた。

 娘がいなければこんな感情も知ることができなかったのだから。

 

 

 家に帰ってきた男が人形を捨ててきたことを告げると、妻はようやく顔のこわばりを緩めた。

 

「……ごめんなさい、取り乱してしまって」

 

「いいさ、あの子は?」

 

「部屋で泣き疲れて寝ているわ」

 

 男は疲れた顔をする妻をいたわってベッドへと連れて行った。

 

 次の日、男は妻の様子を心配し会社を休んだ。

 妻は申し訳なさそうにしながらも、ベッドに横になる。

 

 2階の娘の部屋に起こしにいくと、パジャマ姿の娘は一晩泣いてはれぼったい目で人形のことを男に聞いた。

 

「ポポちゃんは、用事を思いだしたから出かけるっていってたよ。マチにもありがとうって伝えておいてくれっていわれたよ」

 

「じゃあ、そのうち帰ってくるんだね。いつごろかな?」

 

 娘の質問にあらかじめ考えておいた答えで納得させ、男は娘を学校に送り出す準備をしようとしたときだった。

 1階の窓の先に見えるものに、ぎょっと目を見開く。

 

 そこに捨ててきたはずの人形がいた。

 それは庭先の物陰に隠れるように娘の部屋を見上げている。

 

 また、あの姿を見たら今度こそ妻が卒倒すると思い、男が人形を捕まえに行こうとしたときだった。

 

「あっ、ポポちゃんだ!」

 

 二階の窓から身を乗り出す娘の姿が男の目にはいった。

 娘の注意は人形にしか向いておらず、バランスを崩した娘の小さな体がずるりと外にすべり落ちていく。

 

「マチ、危ない!」

 

 一瞬が数時間に引き伸ばされたように、すべてがスローモーションに男の目に映った。

 必死に駆け出すが、アスファルトの地面に向けて落ちる娘に手は届きそうもなかった。

 

 

 くぐもった衝突音が響き、娘の体がゴムマリのように弾んだ。

 

 

 夫の切羽詰った声を聞いて、飛び出してきた妻が見たのはケガひとつなく起き上がる娘の姿だった。

 

「なに? どうしたの? マチは無事なの?」

 

「……大丈夫だ、マチは無事だ。一応、救急車を呼んでくる」

 

 男は家の中に取って返し、残された妻は娘の無事を確かめようとする。

 娘は赤く泣きはらした目でなにかの塊を両手に乗せていた。

 

「ママ、ポポちゃんが……助けてくれたの……」

 

 それはあちこちが破け、中から綿が飛び出した人形の残骸だった。

 娘の瞳からこぼれた涙がポツリと人形に吸い込まれ、黒いしみを作る。

 

 最後の力を振り絞るように人形の手が娘の頬にのばされ、そっと涙をぬぐった。

 

―――元気デネ

 

 ぶつりぶつりと糸が解け人形はばらばらになっていく。

 あたりに散らばった綿が風に吹かれていった。

 

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