8 ファルリン・アルハマーズ(2)
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注文した『とんこつらーめん+激厚チャーシュートッピング』が提供されると、創汰は遠慮がちに梅干しを二つのせる。
ファルリンが頼んだのは、焼豚サラダ(焼豚抜き)とオレンジジュースだけだった。
醤油ラーメンは醤油にみりん――アルコールが入っているから駄目。
ドレッシング類もどんな調味料が入っているかわからないから駄目。
あるイスラム教国では、日本から輸入していた有名化学調味料に豚エキスが含まれていたことがわかり、暴動が起こったこともあるらしかった。
「日本ではちゃんと食べれてるの?」
そのストイックな食生活に、創汰の疑問が口をつく。
「とりま。アシタコサンが研究して作ってくれます。アシタコサンにはアッラーのお導きがあるといい」
寮での食事はファルリンだけ別メニューで、朝には昼の弁当が一緒に並んでいる。本当はイスラム公認の食品を意味する『ハラル・フード』がいいのだけれど、都会でもないとまず手に入らないのだという。
「アスタクフラッラーアスタクフラッラーアスタクフラッラー」
スープをすする創汰に向かって、ファルリンがなにやら唱え始めた。
「それ、なに?」
「神よお許しください。お慈悲をすがっています」
創汰は神に許される必要があるらしかった。
「とんこつは悪魔の料理ですね。食べると地獄に落ちます。ニホンは地獄の料理屋だらけ。国の対策がまたれる」
目の前の店長が具材を切りながら複雑な表情を浮かべていた。
店長の黒Tシャツには「とんこつ一筋」の文字がある。
「ソータはとんこつよく来ますか?」
「うん」と答えて、創汰は声を潜める。
「……なんか店がなくなるかもって聞いたから、見にきたんだ」
「店がなくなる? とんこつ滅びる!?」
声を張ったファルリンは、創汰が声を潜めた意味をわかっていない。
寸胴のスープをかき混ぜていた店長が固まった。
「しーっ。朝、晴人くんが話してたでしょ」
確かあの場にはファルリンもいたはずだ、と考えて創汰ははっとする。
清掃部晴人の言う「父親の会社」が、清掃部フーズであることは県民兼クラスメイトなら常識だ。けれどファルリンは県民でもなければ、日本人でさえない。
「このお店は清掃部フーズのお店なんだ。清掃部くんの父親のお店」
「あーねー。……え、まじか?」
「まじ」
「じゃあここは滅びてよくないとんこつだな。ハルトはいい人だから。ズッ友だから」
ファルリンが満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が創汰の黒い炎を再燃させる。
――本来の目的を忘れるところだった。
俺は敵情視察に来たのだった。清掃部晴人に関係する店は、チートの力で一刻も早くつぶさねばならないのだった。いや、そうだっけ。違う。あれ?
「ハルトはガクサイで『イランフェスティバル』を提案してくれた恩人ですね」
――学園祭の出しものを決めるホームルーム。
『せっかくファルリンがいるんだから、イランっぽいことをしないか』
そう切り出したのは、スズメとともに学園祭実行委員に推薦された晴人だった。
『あげぽよー』
喜んだのはファルリンだった。喜ぶ外国人を見ると、日本人はどうしたことか誇らしくなる。外国人を喜ばせたぞ。これが日本のおもてなしだ。したがって一年一組の出しものは「イランっぽいもの」に決まった。停滞していたホームルームに水を導いたことと、外国人であるファルリンを喜ばせた功績で晴人の株はみるみる上昇した。
――ファルリンは利用されたのかもしれない。
創汰には晴人の魂胆が透けて見えるようだった。
晴人はファルリンを純粋に喜ばせようと思ったわけではなく、ファルリンを喜ばせることによって、クラスメイトからの人気を獲得しようとしたのだ。ファルリンは目的を達成するための手段でしかなかった。あこぎな真似だった。
そうとも知らず目の前のファルリンは、
「ニホンジンたくさん見に来てくれるかなー。イラン好きになってくれるかなー」
と張り切っている。
「今日はイランカフェで出すメニューも決めたですね。女子はみんなでヒジャブかぶることにしました。みんなにワタシのヒジャブ貸してあげます。お洒落なのいっぱいあるからね! このたびはイランをお知らせする機会をいただけまして、ワタシとても嬉しい。ワタシはニホンにイランのこともっと知ってもらいたい。イランとイラク区別つかないニホンジンいるのはとても悲しいこと」
目の前で湯切りをする店長が泣きそうな顔をしていた。