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4 ノルマに追われる

     ○


 創汰の安寧が脅かされたのは九月の一日、二学期が始まった直後だった。

 ベッドに寝そべった創汰が、就寝前のソシャゲに勤しんでいると、メールの着信で画面が揺れた。

 時間は午前〇時ちょうど。

 発信相手は『正義ノ味方管理システム』となっていた。


 Title:善行点不足のお知らせ

 本文:九月一日現在のあなたの善行点は 一三 ポイントです。

    目標の一〇〇点まで 八七 ポイント不足しています。

    前期末の九月三〇日までに目標を達成するよう努力してください。


 正義の味方にノルマがあったことを、創汰はすっかり忘れていた。

 恐らく創汰のような人間のために、このメールは発信されているのだった。


 ――面倒なことになった。


 正義の味方やめたい、と創汰は速やかに手のひらを返したものの、契約が解除できるクーリングオフ期間はとっくに過ぎていた。どうしよう。そもそもノルマが達成できないとどうなるんだっけ。今から慌てるくらいなら、素直に罰ゲームを受けた方が楽かもしれない。

 創汰はアプリでQ&Aを確認する。


 Q. 半期の善行点が一〇〇ポイントに満たなかった場合、どうなりますか?

 A. 二か月間の低成績者合宿に参加してもらうことになります。


 Q. 低成績者合宿ではどんなことをするんですか。大変なのでしょうか。

 A. 銀河系から少し離れたASXの四九八九番地星で、正義ノ味方としての再教育を受けていただくことになります。

    もちろん楽な合宿ではありませんが、参加者からは「二度とノルマを破らないようにしようと思った」「協会長様のお言葉が常に頭の中で再生されるようになった」「思っていたよりは酸素の心配がなかった」など、たくさんの好評の声をいただいております。


 創汰は早急に善行点を稼ぐ必要に迫られた。

 日本も出たことがない創汰は、いきなり銀河系を飛び出したくはなかった。酸素もたくさん欲しかった。

「夏休みのうちにやっておけば良かった……」

 後悔もそこそこに、創汰は前を向く。

 手っ取り早く点数を稼ぐにはどうしたら良いか。

 やっぱり悪を倒すべきなのだろう。

 けれど、悪はそう道端に転がっていない。


 ――そもそも悪っていったいなんだ。


 クローゼット女は「自分で考えろ」と言っていた。

 こっちが悪だと判断したものを尊重する、と――。

 漠然とつけていたテレビが、創汰の部屋に殺人のニュースを伝えていた。

 詳細はよくわからないが、二〇代の女性が三〇代の男性を「口論の末、ついかっとなってやってしまった」らしかった。

 ――殺人、これは悪だろう。

 でもまてよ、と創汰は思う。

 その殺人者は、殺した相手から酷い脅迫を受けていた、とかならどうだろう。ミステリ小説なんかでありそうな動機だ。けれど現実の殺人だってそういうものじゃないか。殺す方だって、悔しくて悔しくてやむにやまれず凶行に及んでしまうんじゃないのか。そこまで追い詰められなければ、殺すだなんて極端で悲しい方法は選べないように思える。

 次は歩道に車が突っ込んで、三人が重傷を負ったニュースが流れた。二〇代の男は「誰でもいいから殺してやろうと思った」などと供述しているらしかった。

 ――無差別殺人は悪だろう。

 無差別は駄目だ。死刑にすべきだ――とさえ創汰は思う。

 でも、その男は小さな頃から謂れのない虐待やいじめをずっと受けていて、世の中を愛せない大人になってしまった――とかなら。愛を与えられなかった人間が、世界を愛することなんてできない。それでも無関係の人間を殺しては駄目だ。けれどそんな男に向かって、俺は「死刑だ!」などと声高に叫んでいいのだろうか――。

 少なくとも、テレビの情報だけで決めていい気はしない。

 創汰はよくわからなくなって寝た。


――できることからこつこつと。

 創汰は取り急ぎごみ拾いをすることにした。特段悪を倒さなくても、良い行いをするだけで善行点はもらえるらしかった。確かに老婆を車から助けただけでも点数がもらえていた。

 ひと気のない早朝の道、創汰は時速三〇キロで駆けながら道路のごみを拾う。

 車を持ち上げて車の下にあるごみを拾う。

 ――悪を倒すよりこっちの方が性に合っているかも。

 だがなにぶんもらえる点数が低い。一時間拾い続けて一点にもならず、残り一か月足らずで八〇点以上を稼ぐのは厳しく思える。

 なにより、チート能力の持ち腐れ感が半端なかった。


 ――やっぱり悪を見つけないと駄目かな。


 その日、登校した創汰はちょっとしたトラブルに見舞われた。

「俺、昨日三時間しか寝てなくてさー」

 創汰の席に清掃部晴人が座っていた。周りには晴人を取り巻く常連の男女がいる。そして天乃雀がいた。

「学園祭の段取りもあるし、部活も新人戦近いから出てくれって。マジきつい」

「ウソー。晴人マジやばーい」取り巻く女子の一人が言った。「ワタシに手伝えることがあったら言ってー」と甘い声を出しさえした。

 創汰は立ち尽くしたまま、俺なんてごみ拾いをしてきたのだ、と思っていた。

「あ、晴人くん、席邪魔になってるよ」

 そんなことを言うのはスズメしかいなかった。

 スズメはそういう気遣いができる子なのだと、なぜか創汰が誇らしく思った。

「ああ、わりぃ」と、しぶしぶ立ち上がる晴人。興ざめの空気が場に流れ、周囲の視線が創汰を責める。

 集会の中心は隣のスズメの席に移り、清掃部晴人ワンマンショーは続いた。

「先輩とバンドをやることになった」

「東高の連中にカラオケ誘われてさ」

 晴人の話の内容は主に忙しい自慢だった。

 ――と、チャイムが鳴り、場がゆるゆると解散する。

 スズメと二人になった晴人が、何か特別な雰囲気を漂わせたのを創汰は見逃さない。

「スズメって、カラオケ好き?」

「うん、好きだよ」

「マジ? 女の子足りないんだけど、どう?」

 創汰は、誰の許可を得てスズメの名前を呼び捨てにしているんだ、と思った。

 そして、あの真面目で清廉なスズメが、そんな合コンじみたふしだらなカラオケに行くはずがないと思った。

「え、本当に? 嬉しいかも」

「マジオッケー? よっしゃ、あとでラインするな」


 創汰はしばし気を失っていた。

 ――なんてことだ。

 それはちょっとした告白の風景だった。

 隣にいた創汰の存在などまるで無視で、その秘め事は交わされた。

 晴人のような高校生がカラオケボックスに集まったなら、煙草を吸ったり、男女でジュースを回し飲みしたりするに決まっていた。アパート暮らしをさせた娘がそんな乱れた行為に手を染めていると知ったら、スズメの親御さんはどんな気持ちになると思っているんだ。

 純粋な、真っ白なキャンパスのようなスズメが、いま道を踏み外そうとしている!

 人を堕落の道に引き込む存在をなんと言うか。


 ――悪と言うに決まっている。


 汚ない手でご神体に触れられては許せなかった。

 授業中、顔を緩めてラインをするスズメを見るにつけ許せなかった。


 清掃部晴人を倒そう――創汰は決意した。

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