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2 チート力

     ○


 翌朝日曜。パジャマを着替えようとクローゼットを開けた創汰は、念のため奥を押したり、ノックしたり試みる。クローゼットの裏表をひっくり返しもしたけれど、もちろん異世界に通じていたりはしなかった。

 ――昨日の夢はなんだったんだ。

 どちらかと言えば、悪夢寄りだった。

 でも。


 ――『チート』は、もしかしたら俺の願望なのかもしれない。


「チート」とは元々、データを不正改造してあり得ない強さのキャラを作る、「ずる」を意味する言葉だったが、転じて、努力しなくても何でもできる登場人物やヒトを指して言うようになった。努力しても結果が出ない自分は、無意識領域で『チート』に憧れていたのかもしれない――。

 MMORPGのような仮想世界において、創汰はよく自分を飾った。ゲームに登場する創汰のアバターは、創汰に微妙に似ているけれど、上野で描いてもらう似顔絵のように五割増し男前になっていて、きらびやかな装備をまとい、派手な魔法を駆使し、モンスターから可愛らしい少女を助け出しては、彼女たちから恋をされるのだった。


 ――だから俺はあんな恥ずかしい夢を見てしまったんだ。


 思えば、「正義の味方は正体がばれると動物にされる」というくだりも、昔読んだ漫画の影響かもしれなかった。冴えない少年がある日突然正義の力を与えられ、時速一一九キロで空を飛び、炎上する飛行機を六六〇〇馬力で支える物語を、幼い時分に愛したものだった。あんなヒーローになりたいと思ったものだった。


 創汰は寮の食堂で朝食を済ませ、掃除洗濯を終えると外に出た。

 創汰の高校と提携している民間アパートの学生寮『コーポレイト川沿』は、河川敷沿いの、まさに川沿いにあった。と言っても別に川沿いにあるから川沿なのではなくて、私の名字が川沿だから川沿なのだと、大家の川沿明日子かわぞえあしたこは主張するけれど、その滑稽な主張を狙って川沿いに建てたアパートに敢えて『コーポレイト川沿』と名付けた感は隠せなかった。

 休日の午前中から日にも当たらずゲームをするのは不健康なので、創汰は外で日に当たりながらよくゲームをした。寝そべりながらゲームができる晴れた河川敷の土手は格好の場所だった。

 電源を入れ、ゲームが立ち上がるまでの時間を持て余して、創汰は視線を上げる。

 橋の上に、道路のど真ん中を歩く老婆がいる。

 橋というものは得てして交通量が多い。たくさんの人がそこを渡りたいと思うから、そこに橋はできる。老婆は車にホーンを鳴らされても臆することなく、橋の真ん中を歩いていた。

 その覚束ない足取りに、創汰は異変を覚えた。

 老婆はどこか、中央分離帯で立ち往生する猫を思わせた。

 ――危ないなあ。

 創汰はゲームの電源切り、土手を駆け橋に向かう。

 創汰の正面――老婆の背後からは、大型トラックが近づいていた。

 ホーンが鳴っても老婆は気にする様子がない。耳が遠いにしても何かが変だ。

 そのとき、創汰の横を市街バスが抜き去った。

 やはりバスもホーンを鳴らしていた。

 このままだとトラックとバスがすれ違うことになる。車線幅を目一杯に走る二台のタイミングがもし悪かったなら、老婆はうまく避けられるだろうか。

 ――と、考えたときにはもう、創汰はバスを追い抜いていた。

 駆け足で、だ。

 創汰はあっと言う間に老婆を背負うと、すれすれでトラックをかわし、逆側の歩道に逃げ込む。

 創汰は自分の足ながら、その速さに唖然とする。

 短距離走の成績は良いときでも五人中三位だったのだ。

 そして、一瞬でもこの場で立ち止まってはいけない気がした。

 歩行者の女の子が、創汰に驚愕の目を向けている。

 ――車より速く走った人間が、長谷川創汰だとばれてはまずい。

 我が身に起こった事態を、創汰はすでに理解していた。

 ――夢にしてはやけにリアルだと思ったんだ。

 創汰は老婆を歩道に下ろすと、人気のない橋脚のたもとまで駆けた。それは五人中三位の速さでだった。誰も追いかけて来ないと確認して息をついたとき、スマホがメールの着信を知らせた。


 Title:【速報】善行点獲得のお知らせ

 本文:おめでとうございます! あなたに善行点がプラスされました!!

    詳細は『正義ノ味方自己管理アプリ』からマイページにログインして確認してください。


 確かに、ホーム画面に覚えのないアプリがインストールされている。

 早速それを開いた創汰は、まず自分のIDとパスワードを設定するよう要求されたのだった。

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