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17 群像 餡螺麻優

     ○


「これ誰よ?」

「え、麻優さんが連れてこいって言ったから……」

「学園祭の実行委員って言ったじゃん」

「だって、ほら実行委員の腕章つけてますよ」

「一年一組の?」

「一年一組の」

「……あー」


 北西高校の旧校舎三階。

 部下たちがさらってきた謎の女子を見据えて、餡螺麻優あんらまゆは大きくため息をついた。

 確かに、南西学園一年一組の学園祭実行委員をさらってこいと命令した。

 だけど、南西学園一年一組に学園祭実行委員が他にもいたのは誤算だった。

 麻優は目の前の女子を眺め回す。


 ――これじゃ、あんこは喜ばないよねえ……。


 麻優は先日、久しぶりに親友と交わした電話を思い出した。

『なー、麻優氏ならどっちを攻め認定?』

 開口一番、あんこは訊いてきた。

 もしもしすら言わないのがあんこらしかった。

『もちろん、こっちの冴えない方なのだ』

 麻優は確信を持って答える。あんこが求める答えなんてお見通しだ。

『さすが麻優氏わかってますなー』

 ほらね。

 わたしたちのカップリング眼が違かったことなんてないんだから。

 中学以来四か月ぶりの親友との会話を楽しみ、電話を切った麻優の心は弾んでいた。

「あんこが電話してきてくれた!」


 中学時代、麻優とあんこはよく一緒に遊んだものだった。

 校庭と体育館、美術館と図書館、観覧車とジェットコースターに至るまで、あらゆるカップリングを二人で試みた。仲間を募って結成した漫画同好会では、あんこ・餡螺のあんあんコンビとしてぶいぶい言わせた。もしどちらかが不慮の事故で死んだ時は、生き残った方がPCのハードディスクを破壊する契りさえ交わしたものだった。

 だが高校が別になって、少しの間連絡を取らなかったら、なんとなく連絡を取りづらくなってしまった。あんこからも連絡が来ることはなかった。


 ――高校で新しい友達ができて、あたしなんてもうどうでもよくなったのかな。

 ――こっちから連絡を取ってみようか。でも……。


 麻優の思い込みは加速する。


 ――電話をかけて「今さら?」みたいに気まずくされたらどうしよう。

 ――ラインを送って既読無視されたらどうしよう。


 考えるほど、麻優はスマホのボタンを押せなくなった。

 実際、麻優も高校に入り、交友関係が革命的に広がったものだから余計にそう思った。

 麻優が入学した北西高校は、名前が書ければ入学できると揶揄される高校だった。

 もしかしたら名前が書けなくても入学できるのではないか、という噂すらあったけれど、餡螺麻優は不本意ながらその噂を自らの手で証明することとなった。受験会場独特の緊張に飲まれ、名前の漢字を間違ったのだ。名字が難しすぎるから悪い。


 そんなちょっとない素質の持ち主だったから、麻優は目をつけられた。


 四月二一日は、麻優十六歳の誕生日だった。

 邪教信者みたいな黒ローブが、天井裏から現れた。


「あなたはこのたび『魔王』の能力者として、悪役管理連合に登録されました」


 麻優は『魔王』の力を使って、善の芽を摘まなければならないらしかった。


「なんであたしが悪なのだ?」


 麻優は自分が悪の側とされたことに納得がいかない。


「世界のバランスをとるために悪を演じてくれ、というお願いであって、あなたが悪人だと言っているわけではないのです。だからあくまで『悪役』管理連合。この世の全ての生物は、生まれつき悪でありながら、成長するにつれ善を獲得していきます。放っておけば世の中の善が過剰になるので、バランスを取るためには悪役を設定しなければならない。善の連中がバランスもろくに考えず、みだりに正義を濫用するものですから、善に対なす存在として我々が必要になだけなのです」


 麻優はにわかに信じ難い。


「それにあなた、邪気とかお好きでしょう?」

 黒ローブは続ける。

「魔王は闇の力が操れますよ」


 麻優は契約書にサインをした。


 ――馬鹿なあたしには悪がお似合いなのだ。

 と、なげやりなふりをする麻優のタンスには、黒いゴスロリファッションが大量に眠っていた。


 ――でも闇の力なんてどうやって使ったらいいのだ?


 はああと念じてみたもの、腕から闇が飛び出す気配もない。

 突然闇の使者が降臨して「実は、あなた様は人界に顕現した『最悪の救済者』なのです」とカミングアウトされる――。

 そんなあたしの願望が夢を見せただけなのかもしれない、と麻優は思った。


 翌日。

 学級崩壊どころの騒ぎではない教室。

 麻優の後ろで、何年生かもどこのクラスのかもわからない男子が揉めていた。

 聞き耳を立てると、チームを裏切った男二人にどんな罰を与えるかで揉めているようだった。


「爪はがすか?」

「アメェよ、指折ろう」

「いや、腕だ。腕折らないと気が済まねえ」

「とりあえず二人とも全裸にしようぜ」

「バカ、全裸にしてどうすんだよ」

「ロープで縛ってプールに沈めるとか?」


 酷い、と麻優は思った。

 そんなことしたら死んじゃうよ。

 優しい麻優は口を挟まずにいられなかった。


 ――お仕置きにはもっと愛がなくちゃ駄目なのだから――


 麻優の提案に、場が戦慄した。

 麻優には全裸の男子が二人いればすることなど決まっていたのだけれど、不良たちにその発想はなかった。

 語り終えた麻優は、黒髪のツインテールをさらりとなびかせ「あ、やるときは動画撮らせてね☆」とさえ言った。

 麻優は不良たちに「こいつちょっと違うぞ」と思わせることに成功した。

 それは不良界隈で一目置かれるには大切なことだった。その点で麻優は不良たちの畏怖と敬意を、意図せずに勝ち取ってみせた。


「あの女なにもんだ」

「名前を書かずに合格したとかって噂だ」

「違う。麻優さんは名前を書くのを拒否されたのだ」

「学校への挑戦か」

「あたしが欲しけりゃ学校が名前を書けってことだ」


 餡螺麻優のエピソードには尾ひれがついて、尾ひれでびれびれになって、やがて尾ひれしかなくなった。かえって伝説とはそういうものかもしれない。不良たちもどうかしているのだが、勿論そこには麻優の魔王の力が影響していた。麻優のあずかり知らぬところで、餡螺麻優伝説はまことしやかに囁かれていった。


 だから、トイレで突然「アンタ調子にのってるらしいじゃん」と、上級生の女子四人に囲まれても、麻優には青天の霹靂だった。

 こわい、と思ったけれど、麻優には魔王らしい戦闘力も身に付いていたから問題はなかった。

 ちょっと闇の力を解放してやったら四人はすぐひれ伏した。

 でもひれ伏した四人が、北西高校女羅刹四天王と呼ばれる人たちだとは知らなかった。

 四天王リーダー格の女子が、北西高校を統べるトップの男の彼女だとも知らなかった。


「アンタやるね」リーダー格が言う。

「来なよ、トップが会いたがってる」


 かくして麻優の交友関係は革命的な広がりをみせていった。



 そんな麻優に九月が訪れる。


   九月一日現在のあなたの悪行点は 七四 ポイントです。

   目標の一〇〇点まで 二六 ポイント不足しています。

   前期末の九月三〇日までに目標を達成するよう努力してください。

   

 北西高校を支配する不良組織でセンセーショナルなデビューを飾った麻優は、一年生では前代未聞のナンバーツー、トップの男の右腕として着々と悪行点を稼いでいた。

 けれどノルマにはまだ遠い。


 ――善の芽を摘めっていわれてもな……。


 本来は悪事が嫌いな麻優には難しい作業だった。だから手下たちを使って間接的に悪いことをしたのだけれど、やはり直接手を汚さないと高ポイントは得られないようだった。


 ――そもそも善ってなんなのだ?


 例えば先生や警察といった人たちは善で正義だろうか。

 でも先生や警察だって悪いことをする人がいる。

 例えば、この高校にも進級と引き替えに女子にある取引を持ちかけることで有名な教師がいたらしかった。その教師はある日、女子の仲間の不良たちにぼこぼこにされたそうなのだが、学校を去ることになったのは不良たちの方だった。


 彼らがなにより優先するのは仲間だった。

 いろんな人たちに裏切られてきた反動なのだろうな、と麻優は彼らと話してみて思う。

 彼らが墜ちてしまったターニングポイントには必ずと言っていいほど裏切りがあった。

 親とか教師とか友達とか社会とか。だから彼らは裏切りを絶対に許さない。


 不良内には本当に駄目なヒトもいるのは事実だった。

 けれど先生や警察にだって本当に駄目なことをしてニュースになる人がいる。

 先生や警察に悪い人がいるより高い確率で、ここには善い不良がいると思える。

 仲間を守るためなら自分の危険など顧みずに突っ込んでいく彼らを、麻優は悪と思えない。


 ――善い不良を倒したら悪行点はどう反応するのだろ。


 麻優は首を捻る。

 もしくは悪い正義。

 悪い正義というのは言葉として成立しているのかしらん。


 頭を悩ませていると、スマホが鳴った。

 画面には「七福あんこ」の表示。麻優は慌てて通話ボタンに触れる。


「なー、麻優氏ならどっちを攻め認定?」

 BL談義に花が咲く。

 楽しい時間だったが、会話の中であんこは今学校に通ってないことがわかった。


「登校拒否してるのか?」

「登校拒否ってか、ぼくにはもう学校とか必要ないからさー」

 暗さをみせずに言ったけれど、あんこは強がっているに違いなかった。本当は辛いのだ。


 ――あんこは人との距離の置き方が下手だ。

 麻優は知っている。

 あたしは誰とでも比較的上手く距離をとれるけど、あんこは違う。

 例えば、あたしは一般人相手にはBL好きを隠すけど、あんこはBLの良さを公の場で語ってはばからない。あたしのBLグッズは押し入れの奥にあるけど、あんこはむしろ誇らしげに陳列する。

 あんこは正直すぎるのだ。

 世間を過信して身を投げ出しすぎるのだ。

 電話を切った後、あんこから送られてきた入学記念のクラス写真を眺めて、麻優は思う。


 ――この人たちがあんこを登校拒否に追い込んだのだろうか?


 あんこを受け入れられない気持ちは理解もする。

 けれど、かといって登校拒否に追い込んでなどいいはずがない。

 仲間は何よりも大切にしなければいけない。


 ――特にこのイケメンだ。


 性格極悪だ、とあんこは口を尖らせていた。凶悪だとさえ言っていた。

 この人に酷いことをされたのかも、と麻優は想像する。


『首輪につないでしっぽを生やしてみたい』


あんこの声が思い出される。

 さすがだと思う。

 言われてみればもうわんこ受けしかなかった。

 安易に総受けを発想した自分の甘さを痛感した。


 ――そういえば、あんこに誕生日プレゼントをあげてなかったな……。


 翌日の麻優は、朝イチで旧校舎の階段を上がる。

 北西高校旧校舎は老朽化のため今は使用されていない。

 そのせいで不良たちのたまり場となっていて、教師もうかつに近づけない治安レベル赤地帯と化している。その三階の元々化学室だった部屋を、麻優たちトップの不良連が幹部室として使っていた。


 麻優は幹部室に行く前に、二階の美術室に寄る、


「ねえ誰か。南西学園の一年一組に行ってくれない?」


 部下たちの中でも上位クラスがたまるその部屋で、麻優は控えめに指令を下した。

 この部屋で「行ってこい」は「戦争してこい」を意味する。


「南西学園って坊ちゃん高じゃないスか。いくら麻優さんの命令でも意味ねえ戦争はしねえスよ」

 仁義を説いたのは、二年生統括班長をつとめる赤髪の男だった。

「そこの連中があたしのダチを裏切ったのだ」

「そういうことなら……っスけど、いまノースイースト高の連中と揉めてるんで、ちっと時間いただいていいスかね」

「いいのだ。南西学園は学園祭が近いらしいから、前日あたりにペナルティを与えるといいかもだ」

「学祭荒らしスか。悪くねえスね」

「あと、連れてきてほしい奴がいるのだ」

「誰スか?」


 ――そういえばあのイケメンの名前を知らない。


 あ、でも。


「一年一組の学園祭実行委員、って言えばわかると思うのだ」

「オス。一年一組の学祭実行委員スね。麻優さんのダチにナメた真似した奴は許さねえ」


 ――これでいい。


 美術室を出た麻優はひとりほくそ笑む。

 学園祭荒らしに誘拐が加われば、悪行点のノルマは達成されるだろう。

 少し可哀想かもだけど、正義面してあんこを虐めた奴らには、これくらいの悪の制裁があってもいい。

 けれど、ポイントは麻優にとって所詮おまけだ。


 ――あんこは喜んでくれるかな……。


 麻優が真に欲しいのは、あんこへの誕生日プレゼントだった。

 いや、正確に言えばそれも違う。

 麻優も裸の男子は嫌いじゃないけれど、本当に好きなのは裸の男子ではない。

 麻優がBLを嗜好するのは、それがあんこと自分をつなぐ架け橋になってくれるからに過ぎない。麻優はその感情を友情だと信じている。けれどその感情は、友情と呼ぶには過剰なほど麻優を暴走させる。


 ――この四か月の空白を取り戻す、破壊力のあるプレゼントをあんこに贈りたい。

 可愛いリボンをつけて。あと首輪とリードもつけて――



 ――だったはずなのに……。


 麻優は部下がさらってきた一年一組学園祭実行委員を見てうなだれる。

「麻優さんのことだから、俺らてっきり女だと……」

「単にきみたちがこの女を気に入ったんじゃないのー?」

「心外スねぇ。んじゃどうしましょ、この女。返品してきます?」

「うーん」

 女は、タオルを噛まされたうえ、手をロープで拘束されているせいか、運命を受け入れたように大人しい。


 ――この女も一年一組なのだから、あんこを虐めていたに違いない。


 直接虐めてはいなかったとしても、登校拒否に陥るあんこを傍観していたなら同罪だ。


「まあ。好きにしたらいいのだ」


 麻優は命令に従ってくれた部下の労をねぎらう必要もあった。

 赤髪がにやりと口角を上げて、「来いよ」と女を連れて行く。

 鍵がかかる美術準備室にはベッドがある。


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