16 学園祭荒らし
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「オメェらが一年一組か!」
校門近くにいた生徒に絡むなり、気怠そうに近づいて来た赤髪の男が誰にともなく気勢を張った。
後ろには、茶髪、緑髪、青髪、黄髪、ピアス、タトゥーにラッパズボンといった面々が控えている。
バイクで乗り付けた男たちは二十数人。改造学ラン、ボンタン、スカジャン、思い思いのファッションに身を包んでいるが、ベースには名前が書ければ入学できるとまことしやかに囁かれる高校の制服を纏っていた。
「一年一組かって聞いてんだ、ああ!?」
反応できない一年一組に向かって、赤髪の声が沸騰する。
――どうすんだどうすんだどうすんだどうすんだ。
後ろの方で控えめにしていた創汰は今、冷静を装いながらもパニックに陥っていた。
不良たちが苛立っている。膝が震える。はやくだれか。こういった場合、委員長やリア充が交渉にあたるものだ。ほら、こんなときこそみんなの晴人が。
「ビビリどもが!」
赤髪が吐き捨てると、後ろの集団がなにやら指さし始めた。
にやつきながら進む方には、怯える女子が固まっている。
「おいお前、ちょっと顔貸せ、な」
黄髪が言って、青髪とボンタンがその腕を掴んだ。
「……!」
強引に腕をひかれるスズメは抵抗をしない。抵抗できない。声も出せない。周りの女子がささやかに抵抗するも、「お前も来るか?」と腕をひかれそうになって引き下がる。
「なにしてんだよ、アンタら!」
ようやく登場したのが晴人だった。
「なんだコラ」赤髪。
「あ? やんのかこら」晴人。
晴人は奮闘するけれど、結果は目に見えるようだった。
晴人と赤髪の間には明白な差がある。
実際に戦場で戦っている人と、ただのミリタリファンくらいの差がある。
晴人の足が震えていることにも創汰は気づいていた。
先に手を出したのは、胸倉を掴まれ動転した晴人だった。
晴人の拳が空を切る。次の瞬間、晴人は胸倉を掴まれたまま振り回されて、ペルセポリスに叩きつけられた。倒れたところにストンピング式の蹴りを連打される。見かねた八十島や高橋が頑張るけれど、二人の助けは他の不良たちが参戦する口実になってしまった。
「やっちまえ!」
乱戦になり二人とも殴られて突き飛ばされて、あっけなくペルセポリスに叩きつけられる。叩くたびにペルセポリスの発砲スチロールや木材が悲鳴をあげる。同時に女子の悲鳴もあがる。「やめて!」「お願いだから壊さないで!」
けれどむしろに興に乗った龍のスカジャンはペルセポリスに蹴りを入れ続け、ここ一か月の一年一組の努力を徹底的に無駄にした。
――あの龍のスカジャンには見覚えがある。
呆然と眺めるしかない創汰は、この理不尽の原因を理解し始めていた。
龍のスカジャンだけじゃない。不良の面々にちらほら見た顔がある。
――河原で陽奈にシメられてた連中だ。
あのとき陽奈は制服を着ていたから学校はバレている。
こいつらはどうにかして陽奈が一年一組であることを突き止め、お礼参りにやって来たのだ。
――陽奈は!?
だが肝心の陽奈の姿はない。
「おう、もういいだろ。先公が来ねえうちに行くぞ」
ペルセポリスをバキバキにする龍のスカジャンを赤髪がたしなめると、切り上げムードが漂った。
不良たちに手と足を抱えられ、口を押さえられ、無抵抗のスズメが運ばれてゆく。
「警察呼べ警察!」
「悪事の代償はきっちり払ってもらうわよ!」
どこかで先輩たちが叫ぶけれど、不良の囲いを突破して助けようとする人間はいない。
不良たちはまるで意に介していない。
バイクと一緒に停車していたバンに、スズメは放り込まれる。
バイクの音があっという間に遠ざかってしまうと、緊張が解けた校庭はようやく騒然としだした。
すすり泣く女子がいる。
膝を抱えて微動だにしない晴人がいる。
崩壊したペルセポリスの前で膝をつくファルリンがいる。
「何があったんだ!」
誰かが呼んだ教師が二人、いまさらやって来る。
来るなり女子に囲まれて「スズメが」「はやく警察を」とせっつかれた。
陽奈も駆けつけてくる。状況を見回して動転している。
「……何これ」
訊かれた創汰は答えられない。
「天乃さんを連れて行ったのは北西高校の人たちです!」
教師に訴える女子の声が響いた。
陽奈の顔があからさまに白くなった。
陽奈が自分と同じ考えにたどり着いたのだと、創汰にはわかった。
「くそっ!」
校庭の喧噪をよそに、陽奈が駆け出す。
「どこ行くんだよ!」
訊いた創汰に陽奈は答えない。
けれど、訊いた意味もあまりない。
陽奈の行き先はわかっている。