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13 ビートルズvsオジーオズボーン

     ○

 

 ――ようこそ! 長谷川創汰 さん。

 長谷川創汰 さんの善行点は現在 三二 ポイント。

 ノルマまであと 六八 ポイントです!


 登校の道すがら正義ノ味方管理アプリを開くと、その表示が目に飛び込んだ。


 ――まずいなぁ……。


 九月が着々と進行してゆく。

 月末の学園祭が一日一日近づき、同時にノルマの期限も刻々と迫っている。

 期日まで残り一週間を切った今、六八は創汰にとって絶望的な数字に思えた。


 ――こうなったら一刻も早く晴人を倒さねば。


 晴人ほどの悪を倒せば、一気に三〇〇ポイントくらいはいくだろう。

 そんなラスト問題で一発逆転チャンス風の展開に、創汰は賭けるしかなかった。


「おはよう、創汰くん」

「お、おはよう」

 三日ぶりのスズメの声が創汰の耳に染みわたる。

 今日は席に晴人の姿がない。まだ登校していないようだった。

「あ! そうだ創汰くん。甘くないコーヒーって好き?」

 席に着く創汰に、スズメから予期せぬ会話の申し出があった。

 降って沸いた僥倖に戸惑う。

「え、あ、うん。嫌いじゃないけど」

「これなんだけど……」と、スズメは机にあったペットボトルを取り上げて「間違って甘くないヤツ買っちゃって」

「ブラック?」

「うん、私馬鹿だよねー。飲んでから気づいたんだー」

「飲んでから」

「でさ、これよかったらなんだけどもらっ」

「スズメういーす。長谷川もういーす」

 創汰の頭が爆発しかける。

 会話に割り込んだのは、もちろんあの男――。

「おはよう、晴人くん!」

 スズメのトーンは明るかった。

 と、創汰は晴人が背負うひょうたん型の物体を見て、目を見張った。


 ギターだ。


 学校にギターを持ってきている。


 ――軽音部でもないのにだ!


 創汰は椅子からひっくり返りかけた。

 目玉はすでにひっくり返っていたと言ってもよかった。

「晴人くんそれってギターじゃない!?」

 スズメが妙にはしゃいでいる。

 晴人は創汰の机に勝手に腰かけて、ケースからギターを取り出す。

 レスポール型のエレキだ。「おお、晴人ギターじゃん」「晴人くんギター弾けるの!?」と取り巻きがじわじわ集まり毎度の朝の光景になる。

「イランカフェでさ、BGM代わりにイランの曲を弾けば面白いんじゃないかと俺は考えたね」

 と、これ見よがしに弦をかき鳴らすのは晴人の方便と考えるべきだった。


 ――女子の注目を浴びるため、ギターを持ってきたに違いない。


 晴人は学校にギターを持参しカッコつけるタイミングを常々狙っていたに違いないのだ。

 そしてとうとう学園祭をダシに持っていくことを思いついたに違いないのだ。

 あまつさえ目の前の晴人はビートルズを弾き語り始める。


 ――イエスタデイ。


 創汰が最も嫌悪するのは、安易にビートルズを弾き語る連中だった。

 もちろんビートルズが嫌いなわけじゃない。嫌悪するのはあくまで、ビートルズを弾くことでおしゃれ感を出そうとする連中だ。連中はビートルズでもやれば、洋楽ロック知ってる感を出せるだろうと安易に考える。そこにジョンとポール、ジョージやリンゴへの敬意などない。その証拠に、ビートルズのメンバーは誰かと彼らに訊ねれば「メンバーってか、ビートルズというバンドをリスペクトしてるんだよね」などと、本当は言えないだけなのをごまかす始末なのである。


 ――なのに弾き終えてから「イエスタデイは基本かな」とか言うのだから!


 創汰は憤懣やるかたない。

「この曲わたしも知ってる!」

「ビートルズ弾けるなんてすごーい!」

「晴人、イランの曲でバンドやろうぜ」

 そんな底の浅い晴人を皆がもてはやしている。


 なんだこの茶番は。


 深刻な事態だと創汰が危惧したのは、スズメの目も輝いていたからだった。

「もっとなんか弾いてよ!」との女子のリクエストに、満更でもない晴人はレットイットビーのイントロをはじいて、歌おうとして声がかすれて咳払い。

「あ、晴人くんこれ良かったら――」とスズメが差し出すブラックコーヒーに創汰は愕然とする。「サンキュー」晴人がぶちゅうとしゃぶりつく。

 気がつくと創汰の眼下に晴人がいた。

 創汰は無意識のうちに立ち上がっていた。

「貸して」

 晴人の手からギターとピックを奪い取る。


 ――何を始める気だこいつ。


 怪訝な視線が集まる中、創汰はスマホのお気に入りミュージックから「クレイジートレイン」をチョイスする。それはオジー・オズボーンの名曲であり、ヘヴィメタルの名曲でもあった。

 ギターを構えた創汰は集中する。「絶対音感」と「耳コピ」と「ギター演奏」のチート能力を同時に発揮しなければならない。幸いだったのは、創汰が音楽の授業を選択していなかったことで、創汰の真の音楽能力がそれほどでもないと誰も知らないことだった。


 ――オオオオル、ユア、ブラアアアアアアッド! ガッハッハッハッハ!


 イントロ。オジーのシャウトを皮切りに、ランディのギターがリフを刻む。

 合わせて創汰の指が面白いように動く。指が初めて見る開き方をする。創汰はギターの持ち方を間違って、意図せずライトハンド奏法になっていたにもかかわらず、一分のズレもなく天才ギタリスト、ランディ・ローズの奏でる音符を模倣してのけた。


 ――俺すげえ。


 創汰は改めてチートの力を思い知る。

 反応を見ようと顔を上げると、人だかりから離れていく女子が一人、二人、目に入る。「絶対音感」と「耳コピ」のチート能力で耳が敏感になっていなければ、「あれなんなの?」と後方の女子が小さく言うのは聞こえなかったかもしれない。同調するような失笑もさざめいている。

 じゃらーん。とパワーコードを弾き終えた創汰を待っていたのは、どこか引いた歓声とまばらな拍手だった。

「……お、おう」みたいな反応だった。


 ――圧倒的演奏力で、晴人の面目を丸潰しにできたはずだ。


 創汰は周囲を見回す。

 ファルリンがぽかんとしている。

 遠巻きに眺める陽奈の目が哀れんでいる。

 そして、スズメの視線が険しい。

 場に気まずい沈黙が漂っている。

 カラオケで場違いな曲をノリノリで歌いあげてしまったあとに流れる緊張。

 この流れで次の曲どうすんだよという膠着。

「長谷川スゲエじゃん!」

 膠着を魔法のように解いたのは清掃部晴人だった。

「長谷川スゲーよ。なあみんな、今の凄くねえ!」

「お、おう。すげえな長谷川」呼応するように賞賛が上がる。

 けれどそれは創汰を賞賛するというよりも、晴人の意見に同意することで、晴人を賞賛しているようにしか聞こえなかった。

 創汰はギターを晴人の手に戻す。

 居辛くて、用もないトイレに足を向ける。

「ねえ、もう一回晴人くんの歌が聞きたいな!」

 スズメが晴人の腕にしがみついた。

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