12 全長谷川創汰進審会議(意識高い系)
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授業が始まっても、依然として創汰会議は続いていた。
今回の顛末に阿呆らしくなったほとんどの創汰は帰ってしまい、今残っているのは真に長谷川創汰の行く末を案じる意識高い系創汰だけだった。
「――そもそも清掃部フーズが買収されるというのは、晴人がみんなの気を引こうとしてついた嘘だったんじゃないだろうか?」
「いや、そんな嘘はリスクが高いだけだ。どうせすぐバレる」
「俺もそう思う。気を引くための嘘なら一日でバラした意味もわからない」
――ということは、清掃部フーズが昨日まで買収されそうだったのは事実なんだろう。
「謎の買収集団とやらは、どうして急に手を引いたんだろうな?」
「買収しても利益が見込めないと判断したからだ」
「そうかな。昨日の店の様子だと繁盛してるみたいだったぜ」
「だな。利益になるかならないかなんて、普通買収をかける前に調査しておくことだ。直前になって判断することじゃない」
「じゃあ単に清掃部フーズを潰したかったんじゃないか?」
「なぜ潰したかった?」
「ライバル企業だからじゃないのか」
「そんなまっとうな企業なら、謎の買収集団なんて呼ばれるやり方はしないだろう」
考え込む創汰たち。
「まてよ……」と、含みを持たせて言ったのは創汰〇〇七だった。
「さっきおかしなことを言ってた奴がいたな。『清掃部一族を滅ぼそうとしている買収集団は正しい集団だから攻めては駄目だ』とか」
場に失笑が溢れる。
ペットボトルを投げつけられる創汰Wを思い出したのだ。
だが〇〇七は「案外笑えないぞ」と皆をたしなめる。
「もし謎の買収集団とやらが『正義ノ味方』だったとしたら、どうだ」
全員の表情が種々に転じた。目を丸くする者、顔をしかめる者、少なくとも笑う者はもういない。
「清掃部フーズは悪だから買収して叩き潰す、ということか。なるほど。経営者にあの清掃部晴人と同じ血が流れているのなら、まず悪どい経営をしていると断定していい」
「正義ノ味方なら、この時期ノルマにも苦しんでるはずだ」
「謎の買収集団ってとこも怪しいぞ。『正義ノ味方』は正体がばれるわけにはいかないからな」
「だが正義ノ味方みたいな非現実的存在がそんなにホイホイいるものかね。それに、仮にそんなノルマに苦しむ正義ノ味方がいたとして、昨日突然手を引いた理由はどう説明する?」
誰も答えられない。
皆の視線が自然とある一人の創汰に向く。
視線の先にいるのは、額に手を当てたまま一人沈黙を保つ『分析屋』創汰Pro.だった。それは熟考に入った彼特有のポーズだ。今pro.はボトムアップ・アプローチを試みている。自分の周辺にある小局的マクロ情報を統合して、大局を――世界の動向を導き出すつもりだ。
pro.が、かっと目を見開いた。
皆の注目が集まる。
「その正義ノ味方は、清掃部フーズを潰すと晴人が退学してしまうと、昨日初めて知ったのではないだろうか」
その正義ノ味方は清掃部フーズを潰すことが、晴人の退学につながるとは考えていなかった。
だから、昨日になって慌てて清掃部フーズから手を引いた。
――一方で、こういった考えもあります。
「清掃部晴人の退学を昨日初めて知った正義ノ味方は、晴人の退学を防ぐため清掃部フーズを買収集団から守ったのではないか」
――その正義ノ味方は、晴人が善であり、謎の買収集団が悪だ、と誤解したのです。
場がどよめく。
さすがはpro.だ。名探偵pro.健在なり。
「だが皆さん、驚くのはまだ早いです。どちらにしてもキーとなるのは『昨日初めて知った』という部分です。犯人は『どうして昨日知り得た』のでしょうか?」
「……そうだ! 晴人が昨日、教室で公表したからだ!!」
「そのとおり。つまり正義ノ味方は昨日あの場にいた人間の誰かである可能性が高い。言ってしまえばクラスメイトの誰か。我々の案外近くに正義ノ味方が潜んでいる可能性があるのです!」
おおおおおお。沸く。
「ただ、これはあくまで可能性が高い考えの一つに過ぎません。もしかしたら教室以外でも、昨日たまたま知った人物がいたのかもしれない。クラスメイトから又聞きした人物がいた可能性だってある。とんこつらーめん四迷の店長の可能性だってある。清掃部フーズの社員やその家族、とんこつらーめん四迷のファンなど、清掃部フーズの消滅を防ぎたかった人間は数多くいるでしょう。そういった人物が昨日たまたまどこかで知っただけなのかもしれない」
pro.の推理を、創汰が引き継ぐ。
――なるほど。と考えれば真っ先に疑うべきは七福あんこなのだろう。
一介の女子高生にしては豊富すぎる買収知識。日常生活不詳の生態。そしてこのタイミング。これを怪しまない方が嘘だ。自分が昨日部屋を訪ねたから、あんこが知ったのは昨日だったのだ。
昨日初めて知ったという点では、ファルリンだってそうだ。ファルリンはとんこつらーめん四迷が清掃部フーズの一店舗であるとは知らなかったようだった。店を買収から守ることで恩人である晴人を助けたかったのかもしれない。
――ってか、考え出したらキリがないな。
教室を眺め回して創汰はため息をつく。
まことに遺憾だけれど、清掃部晴人に学校を辞めてほしくないと思っている人間は相当いる。
特に女子界隈だ。考えたくない事だが、スズメである可能性だってある。
ふと、創汰が思いだしたのは、クローゼット女の言葉だった。
『協会の同志や、悪役管理連合の連中に正体がバレるのは問題がありません』
――協会の同志。
と聞いたとき、創汰はどこか遠くの国や星で活躍するタイツマンを想像しただけだった。同じ日本に、ましてやご近所さんに『正義ノ味方』がいる可能性なんて考えもしなかった。
――考えてみれば、正義の味方には大抵仲間がいるものだな。
そしてその仲間は、可愛い女子であると相場は決まっているものだな。
できれば一緒に活動したい。
二人の方が活動しやすいだろうし、辛いノルマを分かち合ったりもできるかもしれない。
重要なのは特殊な秘密を二人だけで共有するという行為で、その緊張が吊り橋効果的感情をもたらしたとき二人が導かれる先にはラブがある。
スズメだったらいいな、と創汰は考えるものの、一番可能性が高いのが七福あんこだと思い出しうんざりもする。
――だがどうしたらいい。
問題はどうやって、正義ノ味方だという確認をとるかだ。
それらしい人間を見つけて「もしもし、あなた正義ノ味方ですよね?」なんて訊いても警戒されるに決まっている。「はいそうです」なんて答えて、相手がただの一般人だったりしたら即動物園行きだからだ。
じゃあ「実はぼくも正義ノ味方なんですよー」とこちらから言ってみようか。
駄目だ。
相手がもし正義ノ味方じゃなかったら自爆にもほどがある。
――ターゲットを絞って、一〇〇%確信を得たうえで接触しないといけない。
結局どうすりゃいいんだ、と創汰は思う。
「正義ノ味方出会い掲示板」とかあれば便利なのに――。