五話 対決
風が吹くたび、草原は生き物のようにうねる。風の音だけ静かに聞こえる草原で、二つの影が向かい合う。
肩まであった金色の髪を一箇所に束ね、一本の木刀を両手で握るティナ。先程までヘラヘラと笑っていたのが嘘のように、集中している。心が弱い人であれば、向かいあっただけで逃げ出してしまうほどの迫力だ。
しかし、向かい合う少女には怯えも、恐怖も感じられない。白銀の髪を風になびかせ、青い瞳は一点を見つめる。右に一本、左に一本の木製の小太刀を握り、構えるシロネ。天敵を見つけた獣のように、ティナを威嚇している。
そんな二人をララノアは心配そうに見つめていた。何かあったらすぐに止めに入れるように、邪魔にならない程度に近い距離で戦いの行方を案じる。風でなびく髪を押さえる仕草や、凛とした顔から漂う雰囲気は大人っぽく、子供の心配する母親のようだ。
アルトとストックは、ララノアより更に離れた場所にいた。アルトがストックの隣にいるのは、聞きたいことがあるからだ。
「なんで、二人を戦わせるんだ?」
「さっきも言っただろう。ティナさんの実力を知りたいって」
アルトの質問に素っ気なく答えるストック。アルトは小さく息を吐いて、ストックのムカつくほどイケメン顔に視線を向けた。
「嘘つけ。人間不信のお前が、実力が分からないやつを助っ人で呼ぶわけないだろ」
「あらら、さすがリーダーだな。そうだなー、じゃあシロネがティナさんに敵対心を抱いていたから、というのはどうだ?」
ストックは降参とばかりに両手をあげた。降参はしても本音は言いたくないらしい。
「はぁ、言うつもりはないってことか。ならもう聞かない」
「お、本当にいいのか? もしかしたら悪いこと企んでるかもしれないぞ」
ストックは口元を緩ませ、ニヤニヤと笑いながら言った。
「その時は俺が死ぬ気で止めてやるよ」
「頼りになるリーダーだな。……それで、アルトはなんで俺の提案を止めなかったんだ? 二人が戦ったらどうなるか分かってるだろう」
アルトはストックから視線を逸らし、シロネの姿を目に映す。
巫女服で着飾った儚げな少女。シロネの思いはいつだってアルトに向いていた。その思いを嬉しいと思う反面、罪悪感で胸が苦しくなる。
「あの時から、シロネは俺のことしか見なくなった。俺がシロネに呪いを掛けてしまったんだ。だから、呪いを解くキッカケが欲しかった。シロネには変わってほしい」
シロネにはアルト以外の世界も見てほしい。それがアルトの想いだった。
「……エゴだな。自分がどうあるかは、自分で決めることだ。シロネが今の自分を選択したんなら、周りの人間にそれを否定する権利なんてないよ」
ストックも同じように、視線をシロネに向けながら言った。
「そう……かもな」
ストックが言うのももっともだ。アルトは理想をシロネに押しつけているだけなのかもしれない。シロネ自身、今の自分に納得して変わりたくないと思ってるのかもしれない。
──それでも、やっぱり俺はあの時見た笑顔をもう一度見たい。
「ほんと、難しいな」
アルトは声になるかならないかの小さな声で呟いた。
二人の間に流れる沈黙。その沈黙を破ったのは、風を切るような鋭い音だった。
******
シロネにとってアルトは太陽のような存在だった。
一緒にいると心が落ち着く。
一緒にいると勇気を貰える。
一緒にいると楽しくなる。
──だから、取られたくない。私にとっての太陽を。もう一人ぼっちになりたくない。
シロネの太陽を奪おうとしているティナ。向かいあっただけで、強いことは分かった。武器を握る手に汗がにじむ。心臓の音が聞こえてくる。恐怖も怯えもない。ただ、緊張はしていた。これは負けられない戦いだから。
「絶対たおす!」
シロネは思いっきり地面を蹴り、前に飛び込む。勝利条件は一撃浴びせること。
シロネの強さは敏捷性にある。ひと踏みで最高速度に到達する。最高速度からの方向転換、急停止、すべてが思うがままだ。
それゆえに、シロネの武器は小太刀の二刀流。強力な一撃ではなく、攻撃数に特化した戦い方。
威力は関係なく、一撃を浴びせるだけでいい。シロネに有利な条件だ。負けは考えられない。
でも慢心はしない。ティナの目の前で急停止。そこから左、右へと飛び方向転換する。後ろに回り込んだシロネは、右手に持った小太刀で斬りかかる。
──これで終わりです!
「速いだけじゃあ、私に勝てないよ」
ティナの余裕に満ちた言葉。それと共にシロネの一撃は交わされた。簡単に。
「……まだです」
シロネの特技は連撃、まだ一撃かわされただけだ。二刀の小太刀を交互に出して、攻撃する。
しかし、ティナは軽快に最小限の動きで回避していく。
──当たらない、当たらない、当たらない!
いくら小太刀を振ってもかすりすらしない。思い通りにならない気持ち悪さに、シロネの表情が険しくなっていく。
そして何より許せなかったのが、
「なんで、攻撃してこないんですか! 舐めてるんですか」
ティナは躱すばかりで、攻撃を仕掛けてこない。遊ばれている気分だった。
「舐めてないよ。私は知りたいだけ」
「はあはあ、これでだめならっ!」
シロネは攻撃をやめ、バックステップでティナから距離を離していく。
最初の位置から三倍ほど離れた場所で立ち止まる。そして、地面を思いっきり踏み込み、加速する。
加速は限界を超える。風が痛い、呼吸が苦しい。それでも勝つために止まらない。
ティナとの距離は一瞬で縮まる。シロネは加速で得た力を小太刀に込め、斬りかかった。
そこで初めてティナが武器を使った。防御として。
刀と刀がぶつかる。木刀とは思えない大きな音と共に、空気が震えた。
──防がれた!?
ティナはシロネの強力な一撃を、後ろに飛ぶことで緩和させたのだ。
「まだ、負けたわけじゃないっ!」
防がれ、呆然としていたシロネだったが、すぐに頭を切り替え、二刀の小太刀を振るう。
速度重視の連撃に緩急をつける。ティナのリズムを崩す作戦だ。
「くっ」
空を切る音だけが草原に響く。
当たらない。それどころか、ティナの回避精度がどんどんあがっている。まるで心を読まれているような気持ち悪さだ。
一度立て直すため、シロネは後ろに下がった。ティナは相変わらず攻撃してこない。
「私は戦うのが好き。剣技であったり、戦略、戦いの中で見せる表情。それらを見ている相手がどんな人なのか、ぼんやりだけど分かるから」
真剣な表情で語り出すティナ。
「何が言いたいんですか」
「私が戦うのは勝つためではなく、相手のことをもっと知りたいから。……なんでそんなに」
「うるさい! だまれ、だまれ、だまれ!」
シロネは咆哮した。
理解なんてされたくない。同情なんてされたくない。肯定なんてされなくない。否定なんてされたくない。
シロネが怒りに任せ、突っ込もうとする。
そのときだった、不自然なほどに強い風が吹いたのは。
目も開けられないほど強風に、シロネの動きが止まる。
「そこまで。この勝負引き分け」
シロネが目を開けると、目の前にはララノアが立っていた。
お読みくださりありがとうございます。初めて戦闘シーン書いたのですが、上手く書けてるのか分からない(><)
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近々ツーリングの旅に出るので、次の更新は来週ぐらいになるかもです。