四話 対立
東門を出て、すぐ目に入ってくるのは草原だ。秋になっても変わらず緑色の世界が広がっている。夕方になると紅に染まり、とても綺麗なのだが、今はまだ昼過ぎなので見ることが出来ない。
ところどころで草を食べる鹿の姿が見える。寒さのせいか夏と比べて数が少ない。
草原の先には森があり、そこを超えた先に目的地であるポッケ村がある。
アルトたちは足早に、草原を進んでいた。本当は走って向かいたいところだが、早く着いたはいいが疲れて戦えない、なんて笑い話にもならない。
ソウルシーカーズが下位貧乏ギルドである以上、自分の足で進むしかない。
「最近、ゴブリン討伐の依頼を受けたギルドが全滅した」
ストックは周囲にアルトたち以外いないことを確認した後、落ち着いた声で言った。
ストックから出た言葉にアルトは驚きを隠せなかった。
拍子抜けという意味で。
「……全滅? 悲しい知らせではあるが、下位層の冒険者が舐めてかかって、全滅するのはよくある話じゃないか?」
「全滅したのは下位層ではなく、中堅層のギルドだ」
ストックは淡々と告げる。その言葉を聞いて、アルトの体が震えた。先程まで強かった風も今は大人しくなっている。それなのに鳥肌がとまらない。手のひらを見るとなぜが湿っていた。
遅まきながら気づく。自分が怯えていることに。
アルトはストックの言葉を信じられず、聞き返す。
「……え? 確かにゴブリンは凶暴性が高いし、危険な魔物だが、魔物の中では弱い部類だぞ? そんな相手に中堅層のギルドが……。本当に、ゴブリンだったのか?」
魔物関係の依頼。それだけで依頼の難易度、危険性はぐんとあがる。それぐらい、魔物という存在は恐ろしい。ただゴブリンは魔物のなかで、凶暴性ではトップクラスだが、強さは下位層の冒険者でも、恐れず油断なく戦えば勝てるぐらいだ。
それなのに、中堅層。しかもギルド単位の全滅。信じられない出来事だ。
「ほかの魔物の可能性もある。なんせ全滅で情報が少ないからな。でもそれは希望的観測だ。最悪の事態を想定して行動したほうがいい」
最悪の事態で考えられるのは二つ。
一つ目は、ゴブリンの増殖。元々数の多い魔物だ、ありえない話ではない。そして数の暴力ほど強力なものはない。
二つ目は、ゴブリンの突然変異。元々魔物と呼ばれる種は謎が多い。だからこの可能性も否定出来ない。どのような突然変異かは予想出来ないが、中堅層ギルドを全滅させられるぐらいと考えると、恐ろしい。
「この依頼、俺たちには荷が重いんじゃないのか。上位層のギルドに任せたほうがよくないか?」
「上位層のギルドはほかの依頼で忙しいらしい。ゴブリン討伐は下民の仕事とでも思ってるんだろ」
ストックは吐き捨てるように言った。上位層に近づくほど、プライドが高く、自分より下の存在を見下す傾向がある。もちろん全員がそうと言うわけではないが、自分の地位を振りかざさない上位層の冒険者は少数派だ。
ララノアがストックの言葉に補足するように続ける。
「でも、中堅層のギルドが全滅するほどの危険性があるから、誰もゴブリン討伐を受けたがらないみたいで。だから私たちで受けることにしたの」
「そういうことなら仕方ないな」
アルトは納得して頷いた。誰かがやってくれる、そんな風に考えていては誰も救えない。誰もやりたがらないなら、自分たちがやるしかない。
「うーん、難しい話はよく分からないけど。まあ安心しなって、どんな奴が出てきても私が守るから」
重い雰囲気に耐えられなくなったのか、ティナは明るい声で言った。
「本当に出来るんですか? 信用出来ない人にお兄は任せられません。お兄を守るのは私の役目です!」
ティナの言葉にいち早く反応したのはシロネだった。シロネは青い瞳でティナを睨みつけながら、指を突きつけ、高らかに宣言する。
「美少女二人に守る宣言される俺って……俺そんな弱そうに見える? なんか悲しくなってきた」
肩を落とし、落ち込むアルト。実際、ここにいるメンバーのなかで、一番弱いのはアルトだ。だからといって、はっきり守ると言われるとつらいものだ。
「それじゃあ二人で戦って、勝ったほうがアルトを守るってのはどうだ?」
ストックの提案に、ティナとシロネの目の色が変わる。
「お、それおもしろそうだね。私はいいよ。いやむしろやりたい!」
ティナは楽しそうに生き生きとしながら言った。
「もちろん私もやります!」
ティナの余裕な態度が気にくわないのか、シロネは不機嫌になりながら言った。
「……ストック?」
アルトは怪訝そうにストックを見つめた。気になったことを聞こうかどうか迷っていると、ララノアが口を尖らせこう言った。
「二人ともストックの話に乗らないの。ストック、何馬鹿なこと言ってるの!? これから依頼なのよ。怪我をしたらどうするの!」
「ティナさんの実力を見てみたい。知識で知っているのと実際見るのとでは全然違うからな。実力が分からなくては作戦も組めない。怪我に関しては大丈夫だ」
そう言うとストックは、立ち止まった。そして腕を前に伸ばし、手のひらを上にして、一言こう唱えた。
「創造するペン」
ストックの手のひらに小さな光が集まり、形をなしていく。そして、形を作りだした光は弾け、羽根ペンが現れた。
ストックはその羽根ペンを握り、空中に赤色のインクで描く。空中に描かれた絵は、二本の小太刀と、一本の刀だ。
「具現化」
ストックの言葉により、二本の小太刀と刀が具現化する。だだし、三本とも茶色で明らかに木製だ。
これがストックの能力の一つ。一度、能力なしで作ったことあるものであれば、創造のペンで描き、作り出すことが出来る。
「あ、立ちくらみが……」
能力を使い終わると、ストックは少しふらついた。
強力な能力ではあるが、血液をインクにしているため、使いすぎると貧血になる。無理をすれば死ぬ恐れもある能力だ。
「すっごい! 何その力!? スッくん能力者だったんだ。初めて見たよ」
鼻息を荒く、興奮するティナ。神に選ばれし者のみが持つ力、それが能力だ。冒険者の数に対して、能力者は圧倒的に少ない。ティナが驚くのも無理ないことだ。
「す、すっくん? 違和感がすごいな……」
褒められたことより、すっくんと呼ばれたことに驚くストック。普段はクールなストックではあるが、珍しく間抜け面になっていた。
「諦めろ、ストック。ティナの自由奔放さに毎回反応していたら疲れるぞ」
アルトは笑いそうになるのを必死に堪えながら言った。
「ははは……それで、ティナさんが持ってる武器に合わせて作ったけど、これで大丈夫?」
ストックは、から笑いを浮かべ、能力で作った木刀をティナに渡す。
「あ、私武器にこだわりないからどんな武器でも大丈夫だよ。ありがとね」
ティナは受け取った木刀の感触を確かめるように、上から下に振り下ろす。
「こっちの小太刀はシロネに」
ストックは残った二つの木製小太刀をシロネに渡した。
「……どうもです」
シロネもティナに対抗するかのように、受け取った武器を振り回し、空を切る。シロネの表情は真剣そのものだ。
「この武器の素材になった木は特殊でな。人のような温かいものに触れると柔らかくなる性質があるんだ。だから、戦っても怪我することはない。ちなみに柄の素材は普通の木だ」
「おお! ほんとだ」
ティナが木刀の刀身を手で握ると、ぐにゃっと曲がり、離すと元の形に戻る。ティナはオモチャで遊ぶ子供のように楽しそうだ。
「……」
そして、ティナが笑えば笑うほど、比例してシロネの機嫌が悪くなる。
「もう、二人ともやる気満々だし……怪我しても治さないからね!」
止めるのは無理だと悟ったララノアは、大きくため息を吐いた。
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