三話 助っ人
冒険者が集う城壁都市、ミズガルズ。ミズガルズの中心には巨大な神木があり、それを囲うように街が形成されている。さらに街を囲うように高さ六メートルの城壁があり、魔物や魔獣の侵入を防ぐ役割を果たしている。
東西南北にそれぞれ、東門、西門、南門、北門があり、そこから冒険者や商人などさまざまな人がミズガルズを出入りする。
ミーティングを終えたアルトたちは、一時間ほどの仕度する時間を設け、集合場所を決めて解散した。
アルトはギルドのリーダーである。それゆえに集合時間に遅れてはいけないと考えている。
急いで仕度を終えたアルトは、寒さに震える体に喝を入れ、石畳の道を駆け抜けた。その結果、一番乗りで、集合場所である東門に着いた。
「ティナ? なんでお前がここにいるんだ……」
東門の近くにある噴水。その縁には座る美少女と視線がぶつかる。残念なことに知り合いだった。
「お? アッくん! 久しぶりに会った師匠にその言葉。アッくんは相変わらず恥ずかしがり屋だね」
流れるように伸びる黄金色の髪を風になびかせ、透き通る綺麗な水色の瞳でアルトを見つめるティナ。
秋とは思えない露出度が高い服からは、ほんのり焼けた肌と、ほど良く鍛えられた体が顔を出していた。
ティナの鈴を転がすような声に、アルトは心を奪われそうになるが必死に耐え、
「誰が恥ずかしがり屋だ。あとアッくん言うな!」
アルトは彼女のことを知っている。なぜなら、彼女は同じ村に生まれた幼なじみだからだ。歳はアルトより二歳ほど上で、幼い頃、よくからかわれたものだ。
「相変わらずツンツンしてるね。反抗期?」
楽しそうに笑うティナ。笑顔の裏に悪意でもあれば憎めたのだが、残念なことに悪意は一切ない。ただ思ったことを素直に言ってるだけなのだ。
「これが反抗期なら、一生治らない自信あるぞ。……それでここで何してるんだ?」
「いやー、それがさ。久しぶりに助っ人頼まれちゃってさ。嬉しすぎて、時間より早く待ち合わせ場所来ちゃったわけですよ」
冒険者ギルドの助っ人システム。難しい依頼を受ける時や、人数に不安がある場合に、冒険者ギルドで手伝ってくれる人を募集するシステムだ。
冒険者ギルドで募集すると高い手数料を取られるため、大抵のギルドは親しくしているギルドや、仲のいい知り合いに助っ人を頼む。なぜなら、それだとタダで済むからだ。
ちなみに、ソウルシーカーズは悲しいことにぼっちギルドなので、高い手数料を払わないと助っ人は得られない。
「へー、ティナを助っ人で呼ぶなんて、物好きもいたものだな」
「む、これでも少し前までは助っ人で呼ばれること多かったんだからね? ……ただ、別の冒険に出ようとか言いながら襲ってくる人たちを成敗してたら、呼ばれなくなった……」
肩が垂れ下がるほどしょんぼりするティナ。そんなティナとは対称的にアルトはホッとした。男の汚い欲望を満たす冒険なんて行かないほうがいい。
「まあ、そんなに落ち込むなって。そんなに誰かと一緒に冒険したいなら、どこかのギルドに入ったらどうだ?」
「んー、自分より強い女なんていらないって言われちゃった。はいれたこともあったんだけど……。君は自由が似合う、一人で頑張ってくれって言われて、追い出されちゃった。てへっ」
「……どんまいと言うべきなのか、自業自得と言うべきなのか」
小さな頃、ティナの自由奔放な性格に振り回されたアルトとしては、なんて言えばいいの分からず、しどろもどろになる。
「それでアッくんはどうしてここに? 今から冒険?」
「ゴブリン討伐の依頼だ。ここが集合場所なんだ」
「へー、私の助っ人もゴブリン討伐だよ。お揃いだね」
「マジか。そんな偶然もあるんだな」
同じ日の似たような時間に、同じ場所集合。どんな確率だよと心のなかで驚きながら、アルトは、嫌な予感を吹き飛ばすために笑った。
「お、アルト。相変わらず来るの早いな」
話しかけてきたのはストックだった。相変わらずの爽やか笑顔だ。嫌味のひとつでも言ってやろうかと考え、アルトが話しかけようとすると、
「あ、えーっとストックさん? だっけ。よろしく」
ティナが立ち上がり、ストックに話しかけた。怪訝に思ったアルトはティナに顔を向け、尋ねる。
「ストックと知り合いだったのか? よろしくってどういうことだ?」
「今回の助っ人依頼主だからだよ。あれ、もしかして今回の助っ人ってアッくんのギルドだったりする?」
「ははは、まさかそんなわけ……」
「ティナさん、助っ人受けてくれてありがとう。よろしく」
「そんなわけあったのか……」
嫌な予感が見事にあたって、アルトはうなだれた。
──ティナと一緒にいたら、からかわれてリーダーの威厳が落ちてしまう。
「驚かせようと思ってミーティングでは言わなかったんだが。ティナさんに助っ人頼んだんだ。まさかアルトの知り合いだとは思わなかった。……美少女と知り合いとは羨ましいな、おい」
「見た目は美少女だけど、中身は野獣だぞ! 助っ人チェンジを希望する」
「アッくん失礼だなー。いつも私をエロい目で見てたアッくんには言われたくないよ」
「……エロい目で見てないぞ? 見てなかったはず」
アルトは自分に言い聞かせるように呟いた。
「むむむ、私もお兄に賛成です! この巨乳は猛毒です」
シロネは青い瞳を尖らせて、たわわに実った胸を睨みつける。
シエラの胸はそこまで巨乳ではないのだが、露出の高い服、ところどころ見える日焼け後、ハリのある胸。色んな要素が重なって、見た目以上に大きく、かつエロく見せている。
なるほど、確かに猛毒だ。目から入った毒は一瞬で全身に回り、あっという間に出血死するだろう。
──あれ? もしかして、俺エロい目で見てたのか?
「……シロネ!? いつからいたんだ」
いつの間に来たのか、シロネがアルトの隣で服の袖を軽くつまみながら立っていた。シロネの後ろには暖かい服で身を包んだララノアの姿もあった。ララノアは真剣な表情で水色の手帳とにらめっこしている。
「今来たところです。そんなことより、その女は危険です! 嫌な予感がします」
天敵を見つけた猫のように、ティナに対して警戒の目を向けるシロネ。そしてなぜか、シロネの服装は巫女服だった。
「危険なのはシロネの服装だ。なんで巫女服?」
「戦闘服です」
即答するシロネ。しかし、その答えに納得出来なかったアルトはこう続けた。
「いや、絶対動きづらいだろ」
「アルト安心しろ。その巫女服は戦闘用に作ってある。防寒性能もばっちり。俺の頭脳のすべてを集結させて作った自信作だ」
アルトの疑問に対して、答えを提示したのはストックだった。そしてその提示された答えは驚くべき内容だった。
「戦闘用の巫女服ってすごいな。今度、俺用のかっこいい戦闘服を作ってくれよ」
戦闘用の装備というのは性能が良くなればなるほど、見た目がださくなる傾向がある。
アルトが男である以上、かっこいい戦闘服に憧れてしまうのは仕方ないことだ。
「ははは、冗談きついな。男の服を作るとか拷問じゃないか。可愛い子のために服をつくり、それを着てる姿を見てこうふ……、努力が報われるんだろ」
「同じ男として気持ちが分かってしまうのがつらいな……」
「はあ、男って馬鹿しかいないの? あと私に相談なしで助っ人を呼ばないで、ストック。ただでさえ最近赤字なんだがら……」
水色の手帳を閉じ、大きなため息を吐くララノア。ストックを叱るのも忘れない。
「アッくんのギルドって面白いね」
ティナはニヤニヤしながら、アルトを見る。羨ましそうに見つめるティナに対して、アルトは微笑みながら、自信満々にこう言った。
「自慢のギルドだからな。なあ、ストック」
「なんだ?」
「ひとつ気になったんだが、今回の依頼ってそんなにやばいのか? ゴブリンは確かに危険な魔族だが、ティナを助っ人に呼ぶほどではないと思うが……」
ティナは基本的にどんな依頼の助っ人でも受けることで有名だ。しかし、実際ティナを助っ人で呼ぶギルドは少ない。その理由はティナの強さに由来する。
ティナと戦った者たちは口を揃えてこう言う。
『冒険者を続けていきたいなら彼女と戦うな。彼女と戦ったら最後、二度と立ち上がれなくなる』
そんなティナを恐れ、下位層の冒険者やギルドは近づこうとすらしない。中堅層は変にプライドが高く、特に男性冒険者は、女性冒険者が自分らより強いということが気にくわないらしい。ティナがギルドに入れない理由の一つだろう。
上位ギルドはそもそもメンバーの募集したり、助っ人を頼んだりしない。すでにギルドとして完成しているからだ。
「……ここでは話せないから、出発してから話す」
ストックは真剣な表情になり、周りを見渡しながら言った。どうやら周りに聞かれたくない内容のようだ。
「全員揃ったことだし出発するか。ティナ、昔みたいに一人で突っ走るなよ」
「もちろん分かってるって。冒険はみんなでしたほうが楽しいからね」
「お兄がそう言うなら我慢します……」
「まあ、お金より命のほうが大事だし、赤字も仕方ないか」
三者それぞれの思いを呟く。
「それじゃあ、冒険に出発だ」
アルトの掛け声とともに、ソウルシーカーズと助っ人のティナは東門に向かって歩き出した。
読んでくださりありがとうございます。毎日更新目指してたけど、予想以上きつい(><)
急いで書いて、つまらなくなるのも嫌なので2、3日に1回更新で行きます