一話 日常
静まり返った室内、ほのかなヒノキの香りが心を落ち着かせてくれる。そんな安らぎの時間は、窓から聞こえてきた、重たい音によって中断させられた。アルトは読んでいた本を静かに閉じる。窓を見るもそこには誰もいない。それもそのはず、ここは建物の二階だ。そんなところから訪問してくる奴なんて、泥棒か変人ぐらいなものだ。
「風の音がうるさくて集中できない……」
アルトはガラス越しに空を見つめ、黒髪をくしゃくしゃとかきながら、息を吐き出した。
季節は秋。北から吹いた風が窓を叩いていたのだ。窓を開ければ少しはマシになるのではないか、そう考えたアルトは、その場から立ち上がり窓を押し開ける。すると、待ってましたとばかりに冷たい風が室内に入り込み、アルトの体を震わせた。
「さぶっ! 今日は一段と冷えるな」
東から昇った太陽は、空の頂上で燦々(さんさん)と輝いている。一日の中で一番暑い時間帯のはずなのにこの寒さ。夏に猛威を奮い、大地を焼け野原にしようとした太陽と同じだとは思えない。
────はっ、もしかしてあの太陽は偽物か!? 地上焼け野原計画が失敗したから、偽物の太陽を配置して、リベンジのために英気を養っているのか!? こうしてはいられない、俺たちも戦いに備えなければ!
「まあ、そんなわけないか」
痛い妄想もほどほどに、アルトは寒さに耐えられず窓を閉めようとすると、
「あ、窓閉めないでください」
幼さを微かに残した可愛らしい声に呼び止められ、アルトは振り向く。そこにいたのはアルトより頭一つ分身長が低い、華奢な少女だった。
「シロネか。閉めるなってどういうことだ?」
シロネと呼ばれた少女は青い瞳を輝かせ、白銀の髪を風にひらひらと揺らしながら、ゆっくりとアルトの元へ近づいていく。服装はなぜか白と黒を基調としたメイド服だ。
「空気の入れ替えは病気にならないためにも大切です! 寒い? 大丈夫です。私がお兄を暖めてあげます! もちろんか、ら、だで」
飛びついてくるシロネをアルトは華麗に回避する。躱されたことに不満でもあるのか、シロネは頰を膨らませて、
「お兄、なんで躱したんですか?」
「おい、躱さないのが当たり前みたいに言うな。あとお兄って呼ぶな」
アルトは窓を閉め、シロネの頭をソフトにチョップした。
アルトとシロネは兄妹ではない。二人の関係は同じギルドの仲間だ。街のはずれに建てた二階建ての木造ギルドハウスで、計四人で運営している。小規模ではあるが、変わり者ばかりで、いい意味で飽きない楽しいギルドだ。
「私たち家族みたいなものじゃないですか。ララノアお母さんに、アルトお兄。そして雑用のストック」
「ストックよ、どんまい! ……いや、むしろあいつなら喜ぶのか?」
仲間の性癖について思考を巡らせていると、
「おい、誰が変態どM野郎だって? 俺は服装フェチなだけだ」
「おふっ、いたのかよ」
からかうような楽しげな声とともに、アルトは後ろから首をホールドされた。音もなく近づき、背後から技を決めてきた者の正体はもちろん暗殺者ではない。
ギルドメンバーの一人で、名前はストック。亜麻色に染まったショートヘア。フレームの細い眼鏡をかけており、それが端正な顔立ちと憎たらしいほどマッチしている。細身ながらも鍛えられた体躯。爽やかな雰囲気の青年だ。そしてシロネにメイド服を着させた犯人はこいつだ。
……見た目はイケメンなだけに、中身が残念なのが玉に瑕である。
「さっき戻ってきたばかりだよ。二人がお楽しみ中だったから邪魔しにきたぜ」
「……その心は?」
「リア充爆発して跡形もなく消え去れ」
真顔で答えるストックに、アルトは思わず苦笑い。リア充とは、彼女彼氏がいて、リアルが充実している人を指す言葉だ。なんども言うがストックはイケメンである。彼女をつくるのは簡単なはずなのだが……。
「彼女いない歴は?」
「年齢と完全一致」
アルトの質問に即答するストック。アルトは「ふっ」と笑い、右手を差し出しながら、
「安心しろ俺もだ、同士よ」
そんなアルトの姿を、セリフを聞いたストックは同じように右手を出し、お互い手を重ねた。これは男と男の友情の証だ。二人の友情は絶対だ。誰にも壊すこと……
「お兄、何を言ってるんですか? 可愛い彼女ならここにいるじゃないですか」
簡単に壊された。一人の少女によって。
「なるほどな。友情より愛か。俺らの非リア充同盟はここまでだ。なーに、仲間のよしみだ。爆殺だけは勘弁してやろう……」
ストックは繋いだ手をほどき、一歩後ろに下がった。表情からは熱が消え、外の寒さにも負けない冷え切った真顔が顕現した。そしてストックの左手には……
「そう言いながら左手に持ってるものはなんだ!? どう見ても爆弾にしか見えるんだが!? あと仲間なら、仲間のジョークぐらい気づいてくれ!」
「爆殺はしないさ。たまたま近くにあった爆弾を爆発させるだけだ」
ストックの表情は真顔から笑顔に変わるも、黒い瞳から伝わる冷たさは変わらない。こういう表情のことを狂気の笑顔と言うのであろうか。
「そんな……私の気持ちをジョークだなんて。ひどいですお兄!」
狂ったような笑顔を見せるストックに対して、シロネは捨てられた子犬のような、悲しげな瞳でアルトを見上げていた。
「え? ちょっと待って。これもしかして修羅場? 誰か助けてくれー!」
助けを求めるもの助けは来ない。窓をノックし続ける風のせいなのか、二人の放つ負のオーラのせいなのかは分からない。
原因は何であれ、助けを期待できない状況。そんな状況でアルトに出来ることは一つだけだ。危険な賭けではあるが、実行するしか方法はない。
────よし、
「逃げるが勝ち!」
アルトは言葉を放つと共に床を思いっきり蹴り、加速する。突然の行動に、ストックとシロネは呆然としていた。スタートダッシュ成功である。部屋は十二畳ぐらいでそこまで広くない。だからドアまではすぐだ。
ドアまであと一歩、とその時、異変は起きた。
「さっきから騒がしいけど何かあったの? ……ご飯当番とはいえ、仲間はずれにされるのは悲しいんだから……、え?」
ドアが開くと供に女性の声が聞こえてきた。急な変化に反応が遅れたアルトは加速した身体を止められず、そのまま突っ込んでしまって。
「ばふっ」
アルトは柔らかい弾力によって勢いを殺され、目の前が真っ暗になる。ぶつかった痛みも、暗闇に対する恐怖もない。それどころか、冷えきった身体を温もりが優しく包みこみ、鼻に流れてくるアロマの香りが心を落ち着かせてくれる。
────ああ、これが幸せってやつか。
「な、何してるの……かな?」
白いお肌を真っ赤に染め、端麗な顔を引きつらせる女性。透き通った水色の髪が魅力な彼女の名前はララノア。ギルドメンバーの一人だ。
「……死ぬ前に味わっておこうかと」
二つのスイカに埋まりながら、わずかに震えるアルト。なぜなら聞こえるからだ、死神が近づいてくる音が。
「お兄、そんなところで何してるんですか?」
一歩ずつゆっくり、でも確実に近づいてくるシロネ。アルトはララノアの胸から顔を解放させ、後ろを振り返る。そこには縄を持ったシロネがいた。その後ろで、縄を渡した犯人であるストックはお腹を抱え、必死に笑いをこらえている。この状況を明らかに楽しんでいた。
────いや、そんなことより弁明しなくてわ。
アルトはうつむいて思考する。そして、
「これは事故であってわざとじゃないんだ。だから……あれ?」
顔をあげて前を見ると、目の前にいたはずのシロネが消えていた。顔をうつむかせている間に何が起きたのか、呆然としながらシロネがいたはずの場所を見つめていると。
「きゃっ、何してるのシロ!」
可愛い悲鳴が聞こえた。ララノアの声だ。
「お兄を惑わすおっぱいにお仕置きです! こんな脂肪の塊、潰れてしまえ!」
シロネは手に持っていた縄で、ララノアの身体を胸を重点に縛っていた。縛りあげる速さは疾きこと風のごときである。まさに神業。
そして縛られてたララノアはかなりエロい状態になっていて。それを見た、いや見てしまったアルトは慌ててシロネに言う。
「シロネやめるんだ。俺が悪かった! だからこれ以上ララの身体を縛るな!」
────じゃないと鼻からの多量出血で死んでしまう。
「もう分けがわからないよー!」
「あははははは!」
アルトは暴走するシロネをなだめることに徹し、一番の被害者であるララノアは状況を把握できずに半泣き状態。そして我慢出来ずに笑い始めるストック。
今日もギルド――【魂の探求者達】は平和そのものだ。
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