入学式
僕は今日、高校生になった。
県内では上から数えた方が早いマンモス校だ。
今年の新1年生は800人である。一人もかけることなく卒業を目指しましょう、と語る校長のスピーチは、すでに5分を経過している。
学校の成り立ちや、初代校長の生き様、今のあり方等を有難い訓示や四字熟語を入れ込んで話している。
「お前、入学式が終わったら部活棟3階の一番端の教室に来いよ。待ってっから。」
長い校長の話を聞きながら、今朝、兄に言われた言葉を思い返すのはこれで何回目だろうか。
兄は、僕と入れ替わりでこの学校を卒業した。
文武両道、眉目秀麗とは生徒会長のことを言う。と持て囃されていたらしい。もちろんそんな兄は僕にとっても尊敬できる人だ。
ただ、兄と比べられるのだけは困る。
噂高い生徒会長である兄が卒業した学校に、弟が入学するとなれば、善し悪しはあれど陰口が出るのは必須だろう。
僕はなりを潜めて自分のペースで高校生活を終えよう。
結局、考え事をしてる間に校長の話は8分で終わった。
最中は長く感じた式もあっという間に終わり、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた体育館から出られたのはそれから10分後だ。
校門のすぐ脇にある体育館は、出てきた生徒を迎える空間もなく、校舎前の空間が生徒で埋まる。
校門の外はすぐに車通りの多い道だ。バスが大体10分おきくらいにやってくる。
下校したい生徒はすでにそこで行列を作り始め、歩道もスペースがないようだ。校門を出るのは第一関門になっている。
校舎前の少し離れた場所で教師がプラカードを持って叫んでいる。
部活の見学、校内案内、学科別案内、諸手続きの質問コーナーなどがあるようだが、あまり人は集まっていないようだ。
僕は断然校内案内を頼みたい。なにせこれから部活棟3階まで行かなくてはならないが、場所を知らない。
だがすでに数人だけ居る人数を見るに、好待遇になるのが分かる。途中でさようならなんてしたら下校まで着いてきそうだ。
それは、正直鬱陶しい。
人の波に逆らって校舎の中を目指すと、早速グラウンドが見えた。同時に新しい校舎も現れる。
入試の時も感じたが、この学校は入り組んでいて道が分からん。
とりあえず2つの校舎の間の道を行くと、それぞれの昇降口と2つをつなぐ渡り廊下にぶつかる。
さらに通り抜けると中庭に出て、そこに売店がある。
入学式でも売店がやっているらしい。
「部活棟はこの上だよ。そこの校舎の2階の階段と繋がってる。あとはここをまっすぐ行ったところにもあるらしいけど、かなり遠いって聞くよ。」
売店のおばちゃんが教えてくれた校舎の2階に上がるには、さらに隣の校舎から階段を上がる必要があり、面倒臭い道順になるらしい。
まっすぐ行く道は暗くて先が見えないが、こっちの方が分かりやすそうだ。
おばちゃんに礼を言ってまっすぐ歩く。
3分ほど歩くと突きあたり、上がる階段が出てきた。
3階分上がり、すぐ脇の教室に手をかけると、鍵はかかっていない。
「失礼しますよー。」
気持ち程度のノックをしながら開けると、教室は夕焼けみたいな赤に染まっていた。
「よっ!」
西日眩しい教室の中心に、人が居る。
兄の声ではない。が、眩しくてよく見えない。
「君が春秋の弟くん?」
「ぱっとしないねえ。」
言いたい放題だが、2人分の声が聞こえる。
「春秋の弟は僕です。すいません、眩しいのでカーテンを閉めてくれませんか。」
兄以外の人が居るとは思ってなかったが、場所は合っているようだ。嬉しくないが。
「先に来てたのかお前、早かったな。」
聞き慣れた声に振り向くと、思った通り兄が居た。
振り向けば眩しくないからよく見える。
「お兄、この人達は?」
「まぁ入れよ。中で話そうぜ。」
兄は気にした風もなく自然に教室に入る。しかしカーテンを閉めてくれない教室は相変わらず眩しい。
空いたままの扉は悪い気がして後ろ手に閉めると、眩しさが増したような気がする。
「で、こいつが後継ぎなんだろ?」
「そうです。弟の弦月。げんげつと書いてゆみはり。俺より素質ありますよ。」
「たしかに。はるあきよりは影響ありそうな名前だな。」
…………僕の気に入らない名前をいじるのは止めていただけないだろうか。
「影響って、なんのことですか?」
「あなたの名前、特別でしょう?」
この教室に来た時、名前を言い当てた声だ。
姿はよく見えないが、女の子の声。もう一人の声は、軽く僕をからかっている雰囲気を感じるが、男っぽくも女っぽくも聞こえる。
眩しさで黒く影にしか見えないが、女の子の声は小さい影から聞こえている。
「お前、今日から俺の後継いでこの2人の協力者になってくれ。」
「協力者? なんの?」
「分かりやすく行こうぜ。俺の友達になってくれりゃあいいんだよ。」
大きい影がずけずけと言う。
さっきからこいつ、軽すぎないか?
「嫌ですよそんな、初対面の人にいきなり言われても納得できません。」
「ま、そらそうだ。」
ほいっ、と軽い声が聞こえた瞬間、僕の意識は途切れた。